福引きで箱根温泉一泊二日を見事当てた大河。(一回のチャンスで)しかし行くのは竜児と大河のみ。実乃梨、亜美、北村は用事があるそうで…結局ふたりっきりでの旅行です。
「いや、しかしまさかこんな豪華な宿とは思わなかったな。これも大河の強運のおかげだな。」
「そうね、まさかほんとに当たるとは思わなかった。まぁなんか当たる気はしたのよ。」
「でもさぁ、お前いいのか?」
「なにがよ。」
「いや、その…同じ部屋に寝泊まりするのとか…あるじゃねぇか?ここまで来て言うのもあれだけどさ…。」
「何言ってんの、今まで同じ部屋に何度も寝てるじゃないの。それにもし、なんかやらかそうとしたらその時点であんたの人生は終わりよ?そんな度胸があるとは思わないけど、念のために言っておくわ。」
「…しっ、しねぇーよ!」
「そうよね、チキン野郎。あーぁちょっと疲れたから温泉でも入ってくるわ。日頃のお守りで疲れてるし。ああ、ごめん世話だったわ。」
『世話してんのは俺だろうが…』
「なんか言った?」
「別に、それよりお前その格好で行く気か?せっかくだから浴衣着ればいいじゃねぇか。」
「それもそうね、じゃああんたちょっとむこう向いてなさい。言っとくけど、振り向いたらどうなるか…」
「わかってるよ。」
「ならよろしい。」
そう言うと大河は着ていた服を脱ぎ戸を開けて浴衣を広げた。
「竜児…。」
「なんだ、もういいのか?」
「ちょっ!ちょっと待って!まだ裸だから!違うのっ!浴衣、浴衣のサイズが合わないの!」
「はぁ?マジかよ。それより小さいサイズのやつは?」
「…ない。」
「じゃあフロントに子供用の浴衣あるか聞いてみるか。」
〜電話中〜
「子供用あるってさ。今持ってくるみたいだ。」
「…そう。じゃあ今はまだこれ着てるわ。」
大河は今脱いだばかりのホカホカの服を着て、宿の人から浴衣を受け取り(恥ずかしそうに)さっさと着替えた。
「はい、もういいわよ。」
「おお、今度は大丈夫か。」
「バッチリよ。じゃあお風呂行ってくるから。」
「ああ。」
女湯
「はぁ…まさか福引きで当たるとは思わなかったなぁ…いずれこうするつもりだったけど、ラッキーといえばラッキーなのかも…だけど…やっぱり恥ずかしいよ、でもいつか言わなきゃいけないことだから。逃げちゃダメだよね。」
ガチャ
「ふぅ…いいお湯だったわ。あんたも入ってきたら?広いよ、大浴場。」
「おお、そうするかな。っておぅ!」
「なによ?変な声あげて。」
「い、いや…なんでもねぇ!じゃ風呂行ってくるわっ!」
「変な奴…。」
男湯
「いや…なんか大河の奴色っぽいじゃねぇか…風呂上がりの女子はあんなにも外見が変わるものなのか?ただでさえあの容姿なんだ…あれは反則級だ。レッドカード退場だ。ああ、今日は一睡もできそうにねぇな。」
ガチャ
「おお、もう飯の時間か。」
「ああ、竜児すごいよ!あんたん家のメニューとは比べものにならないわよ!松阪牛でしょ、鮑でしょ、それに見てよこのお刺身の数々!」
「おお!すげえなこりゃ。って今なんかすごい失礼な事言われた気がするが。」
「ほらっ!早く食べようよっ!私もうお腹空きすぎて倒れそうなんだから!」
「わかったわかった!わかったから浴衣を引っ張るな伸びるだろ?ほら座れよ。」
大河はいつものように、いや、いつも以上に飯を平らげ、もう動けないと仲居がひいた布団に潜り込み、ぬくぬくと幸せそうな表情で笑う。
その光景を見て竜児も笑った。
布団に入った大河が神妙な口調で話すまで2時間近く。二人はずっと笑っていた。
「ねぇ竜児…。」
「ん、どうした?」
「あのね、私、竜児にずっと言わなきゃいけない事があるのよ…」
「いきなりどうした?そんな顔して、隠し事なんかあるように思えないぞ。」
「うん。あるのよ、本当は。絶対言わなきゃいけない事が…」
「なんだ?」
「あのね、竜児…ありがとう。」
「え。」
「いつもご飯作ってくれてありがとう。笑ってくれて、怒ってくれて、一緒にいつもいてくれてありがとう。」
「……。」
「本当は私のお金で旅行に連れてくつもりだったの。たまには竜児にゆっくりしてもらいたかったから。いつも迷惑かけてばかりだから…私には竜児の為にできることはないから、こんなことしか思いつかなかった。」
「……大河…。」
「だから今日竜児の笑ってる顔見れて嬉しかった。楽しんでくれてるって思えたから。よかった…ほんとに…ほん…と…に。」
「大河、ありがとな。お前がそんな事思ってくれてるなんて、知らなかったよ。だけどそんなに心配しなくていいぞ?」
「ふぇ?」
「俺は大河といるのほんとに楽しいから、俺の作る飯をうまそうに食べてくれるからな、それにお前に罵倒されるのだって嫌じゃないんだよ。不思議なんだけどな。」
「竜…児…。」
「だからいつもどおりの大河でいてくれ。俺はそういう大河が好きなんだから。大河の気持ちは嬉しいよ。ありがとう大河。」
「うん…ありがとう竜児…」
「おう。」
結局竜児は一睡もできなかった。大河が起きるまでの間、ずっと大河を見つめていた。
大河が起きていつもの罵詈雑言を発するまで、ずっと、見つめていた。