チン…と二つのワイングラスを重ね合う若いカップル。
男性は黒いスーツに赤いネクタイ、腕には金色に輝く腕時計。細い目を向かいの女性に傾ける。
しかしその眼光たるや、見るものを一撃で滅殺するかの如く…つまり恐ろしい。

一方、女性は淡い青色のワンピースにで顔立ちはすっきり整えられ、薄く口紅を塗っている程度のメイクで向かいの男性に屈託ない笑顔で頬笑んでいる。
しかし、遠巻きに見ているからか女性は非常に小柄なのだ、それがまた可愛らしくもあるのだが。

「どうしたの…?竜児。こんな高そうなお店予約するなんて…らしくないじゃない。」
「そ、そうか?いや、たまには外食するのもいいかなって思ったんだ。」
「何かしどろもどろじゃない…緊張してるの?」
「いや…場違いじゃないのかなって思ったり…してる。」

クスッと大河は頬笑むのだ、その光景を見て竜児は更に緊張で顔が強張る。

「大丈夫、竜児格好いいよ。気にしないで飲みましょ。」
「お、…おう。」

二人はまた乾杯をする。

「なぁ大河…今日は何の日か覚えてるか?」

ふうっとワインを飲み干した大河はゆっくり口を開ける。

「馬鹿ね…忘れるわけないじゃない。今日は竜児がプロポーズしてくれた日。」
「よかった。覚えててくれたか…」
「今日は竜也もやっちゃんに預けてるし…久しぶりにふたりっきり…やっちゃんに感謝しないとね、すごい喜んでたけど。」
「今日はいつも子育てしてくれるお礼も兼ねてるんだ。俺は仕事もあるし…最近大河に任せっきりだったからな。」
「何言ってんのよ…今の私がいるのは竜児のおかげなの。色々教えてくれたから、私は今こうして幸せでいれるんだから。」

ワインで酔ったのか、大河の顔色は赤くなっていた。その姿がまた大人っぽく…色っぽい。竜児はゴクリと生唾を飲む。

「なんて顔してんのよ…」
「えっ!いやっ!な、なんでもねぇっ!」
「何考えてたのか言ってもらいますぅ」

ズイっと竜児の方に顔を近付ける。大河のワイン臭の吐息が竜児の鼻をついた…

「うう…。」
「さあ…さあ言ってごらん?」
「わかった…言うから離れてくれ他の客の目線が痛い。」

大河は「ん?」と周りを見渡すと確かにウェイターからなにからこちらを遠巻きに眺めている。
大河はその光景に気付くと、「なに見てんのよ!」と言わんばかりに鋭い眼光を各々に向けた。
各々は喰われる!と思ったのか視線を二人から外す。

「さぁ。言ってごらん竜児?」



大河に詰め寄られ、ようやく観念した竜児はゆっくり口を開いた。
「綺麗だよ大河。」
「ひえっ?」
思ってた事と違うのか、大河は唐突に言われた言葉に動揺を隠しきれない。
「ちょちょっ!りゅーじ!そんな事こんなとこでっ!いやいやっちょっと嬉しいかもっ…てちがーう!いきなり過ぎるわよ!そんな…綺麗だなんて!」
形勢逆転とはこの事で、大河はその場で悶絶している。ワインのせいで赤くなった顔は竜児の言葉によって更に赤くなる。頭から湯気が出る勢いで。
竜児はニヤリと笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかける。
「やっぱり大河は可愛いな。」
「ぎにゃー!」

プスンと全ての力を失った大河はプシューと倒れた。顔は真っ赤ににやけているが。
「お、おい!大河!」
「りゅ、りゅうじがわたしをかわいいていった…かんむりょうだわ…」
「すいません!お会計お願いします!」
竜児は大河を抱えながら、代金をカードで急いで支払い、店を後にした。
       *
「竜也ちゃーん、ごはんでがんすよ〜」
「だぁだ、まんままんま〜」
「やだぁもー竜也ちゃん可愛すぎるでがんす〜でも大河ちゃんそっくりだわ〜きっと将来もてるでやんすなぁ〜」
「まんままんま〜」
「はいはーい、今あげるでがんすよ〜」
       *
「ん…あれ?ここは…。」
「おお、大河。やっと起きたか。」
「竜児…?  !!!そうだ!私あんたに!いやっ思い出しただけで!顔が熱いぃぃ!」
「そんなに恥ずかしがることないだろ…?大変だったんだからな、倒れながらにやけてるしよ…」
「だって…いきなりあんな事…言われたら…誰だって…。」

竜児は冷蔵庫からミネラルウォーターを取出し大河に放り投げた。「あ、ありがと。で…ここはどこなの?ホテルっぽいけど…。」
「本当にわかんないか?」
竜児は大河に馬乗りになった。
「ちょっちょっと!竜児!なにすんの!」
「これでもわかんないか…?」
「えっ。あ…そっか…ここは…。」
ここは竜児と大河が一つになった神聖な場所。
「竜也が…」
「そうだよ。」
あの瞬間を思い出した大河は一気にまた真っ赤に顔を赤らめる。
「で、でででもも!何で!?」
「今日はその日と同じだよ。あの日もこうやって大河は倒れてたんだ。」
「ややや!だけどっ!」
「嫌ならやめよう。」
竜児は大河から体を離して窓際に立ち尽くしている。
「竜児…?その嫌とかじゃなくて…いきなりだったから。びっくりしただけ…嫌じゃ…ない。って私なに言ってんのっ?」
大河は慌ててミネラルウォーターのキャップを開けてぐびぐび飲み干す。
「ぶはっ!だから違うの!私は嫌なんかじゃ…」
「わかってるよ。今、大河同じ事繰り返してる。」
「えっ?」
「あの日もこうやって…慌ててた。」
「あんた…よく覚えてんのね。」「そりゃそうさ。」
竜児はクルっと振り返って言った。

「大河が好きだからな…お前との思い出は全部覚えてるよ。」
「竜児…。」
「忘れるわけ…ない。これからもずっと。今日はありがとう。そして今までもありがとう。それで、これからも…ありがとうって言い続けたいんだ。」
「それなら…私だって…そうよ。あんたがいなきゃ、私は今も一人だった気がするもの。」
「大河。」
「竜児と出会ってなければ、家事だって…する気にもならなかったって思うから。」
「お前は変わったよ…すごくな。竜也と接してる大河は本当にお母さんなんだ。」
「そりゃそうよ、あんたとの子だもの…可愛くてしかたないから。」
「そうだな…」

暗闇の空間に佇む沈黙が二人を包んでいた。
大河がその空間をゆっくりと溶かしていく。

「もう一人…ほしいかな…?」
「え?」
「あんた…デリカシーないわね…もう準備出来たって言ってんのよ……来て…?」
「ああ…大河。愛してる。」
「竜児…私も。愛してる。」

二人はまた一つになった。
二人の鼓動が暗闇の空間と共鳴しているようだった。

もう誰も二人を止めるものは何一つなかった。
お互いに体温を感じあって、時には頬笑んでいる…。これからもずっと笑い続けるだろう。

        おわり。




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