時は夕刻、竜児と大河は夕飯の買い物最中であった。
「竜児〜!今日のご飯は何にするの?」
「ん〜秋刀魚でも焼いてさっぱり系にするかな…」
「え〜…また魚ぁ…この前もじゃなかった?」
大河は眉間にしわを寄せて竜児を見上げる。
「なんだよ、嫌なら食わなくたっていいんだぞ。」
「別にそんな事言ってないじゃないよ。秋刀魚好きだけど、たまには肉食べたいだけよ。」
「昨日すき焼き食っただろ、バクバクと遠慮もせずに…」
「だってお腹すいてたんだもの、しょうがないでしょ!成長期なんだからそれくらい大目にみなさいよね。」
「それにしては成長してねぇ…」
ボソッと呟くが大河にはまる聞こえであった。ボガっと大河のローキックが竜児の膝の裏をえぐるようにダメージを与える。

「ぐぬはぁ…!」
「うっさいのよ!アホ犬っ!ん?ねぇ竜児、あれ買ってもいいでしょ。」
「お…おまえ…ちょっ…まじ痛え…なんだってんだよ?」
大河の指の先を痛みに堪えながら見ると、甘い匂いが香るシュークリームがまさに出来たてで棚に陳列されていた。
「ねぇねぇいいでしょ!?」
「でもなぁさっき思いっきし蹴られたからなぁ…あーいてーなー…」
憂いの目付きで大河の様子を伺う竜児。大河は拳をプルプル震わせながら観念したように言った。
「ぐぬぅ…わかったわよ!ごめん竜児!ほらほらいたいのいたいの〜とんでけー!」
その場にしゃがみこみ自分で蹴った竜児の膝の裏を擦る。
「小学生か俺は…」
「ねぇいいでしょー?」
下から覗き込む大河。首をかしげ左目を閉じ、属に言うウインクをするのだ。大河の作戦だとわかっているのに竜児の心臓は高鳴る。
黙っていれば、乱暴をしなければ大河はとても可愛らしいのだ。

「…っ…わかったよ…さ、三個買ってこい!」
「へへっさっすが竜児!じゃあお金ちょうだい。」

竜児からお金を受け取ると嬉しそうにスキップをしながらシュークリームを買いに行く大河。

「くそぅ…反則だ。あんなの…」
ぶつぶつと呟き、顔を多少赤らめながらレジに向う竜児。その時、地面がグラグラと揺れるのを感じ取った。

「な、なんだっ!地震かっ!?すげえゆ、ゆれる!」

竜児は地面の揺れに耐えながら、大河のいる出店の方を振り返る。大河は小さな体で必死に揺れに耐えているのだ。
「りゅ、竜児!こ、これ!地震!?」
「地震以外になにが…ある!って!」
竜児はその時大河の後ろの棚が大きく揺れているのが見えた。

「大河こっちにこい!棚が!」
「え…!?」

ガシャーン!バキバキ!という音と共に揺れはおさまったが。
「…た、大河………?」
竜児は見ていた。棚に出店ごと巻き込まれる大河の姿を。

無残にも商品が散らばる店内に埃が舞っている。

「大河ぁぁぁぁぁ!!!」



落下した商品の波をかきわけるように竜児は大河の元へ歩み寄る。目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「大河ぁぁ!おい!しっかりしろぉ!」
すっかり我を失っていた。ただただ大河の安否を確認したかった。
出店の木片の間でうずくまる小さな体が小刻みに震えていた。

「大河!!」
「………うぅ……」

あれだけの衝撃にもかかわらず、大河は出店にかぶさるように倒れていた。

「おい大河!」
「つぅ……」
「大丈夫ですか!?」
店員らしき男が人混みをかきわけ竜児の元に歩み寄る。
竜児は店員と力を合わせ崩れた店の中から大河を引きずりだす。

「大河!」
「い、痛い…頭…」
誰が呼んだのか、救急車がスーパーに到着した。
大河を運びだす救急隊員、状況説明をする店員。固唾を飲んで見守る人たち。竜児はといえば、救急車に乗り込み、ただ大河の手を握り続けていた。「こんな事しかできないのか」と竜児は自分の腑甲斐なさに苛立ちを強くさせる。

病院に到着して大河は緊急の診察室に運ばれていった。

竜児は誰かに助けを求めたかった、救いの手を。自分にはなにもできない。だけど誰かに縋りたかったのだ。竜児は北村に電話をかけたが何を言ってるのか自分にもわからなかった。
ただ今思うのは大河が何事もなく元気に現われてくれること。こればかりを望んでいた。

自分のせいだと責めたりもした。あの時自分が大河に付いていっていたら…ダメだと拒んでいたら…こんなことにはならなかったのかも知れないのだから。

そんな事を考えていると、北村が血相を抱え、息を切らせて走ってきた。北村が呼んだのか、櫛枝も川嶋も次々やってきた。

みんながみんな、「逢坂は!?」「大河は!?」「タイガーは!?」と心配の声を上げる。

竜児と一緒にずっと大河を待ち続けた。

診察室から出てきた、白衣をまとる医師。
その医師に詰め寄る四人。促されるように診察室に招き入れられた。
そこには頭を包帯でぐるぐる巻きにされた大河がベッドに横たわっていた。



「大河…?」
覗き込むように声をかけるが返答はない。竜児は大河の手をとった。
「逢坂は…大丈夫なんですか?」北村が医師に尋ねる。
「額に多少のかすり傷がある程度です。大丈夫。今は眠っているだけですよ。」
ホッと一息つく四人。
「よかった…たいしたことないみたいで。」
「ほんとよ、祐作から電話きたときは何事かって思ったけど…。」
櫛枝も川嶋もさっきまでの緊迫した表情から安堵の笑顔を見せる。「よかった…ほんとに…」
竜児の目から涙がこぼれ、その姿に川嶋が気付いた。
「ちょっと高須くん!なに泣いてんのっ!?」
「俺が…ちゃんと見てなかったから大河が怪我しちまったんだ…」「高須くんのせいじゃないよ!あんな地震おきたんだもん、そんなに気にすることないって。」
「そうだぞ高須。それに、これくらいの怪我でよかったじゃないか。」
「ああ。よかった…ほんとに。」「タイガーがうらやましいな…」「あーみんなんか言った?」
「別に…」
竜児は大河の手を握り続けていた。大河が目覚めるまでずっと握り続けた。北村も、櫛枝も、川嶋もずっとその場で待ち続けた。
「ん…」
「た、大河!?おいみんな!大河が!」
「逢坂!」
「大河!」
「タイガー!」
「あ、あれ…みんな…?どうした…いっ!」
大河は痛めた頭を抱えた。
「お、おい大河大丈夫か!?」
「う、うん…ちょっとズキっとするけど。」
「いやいや〜びっくりしたよ大河〜でもよかったね。傷あんまり残んないってさ。」
「そうだぞ逢坂、傷残ってたらせっかくの美貌が台無しだハッハッハ。ま、傷があったって俺は気にしないがな!ハッハッハ!」
「みのりん…北村くん、ごめん心配かけて。」
「なーに言ってんだよ大河!気にするなって。」
バシバシと大河の背中を叩く櫛枝。
「ちょっと実乃梨ちゃんっ!病人病人!」
「あー!忘れてた〜ごめん大河〜許してちょ〜」
両手を合わせて懇願する。
「いいよみのりん。ありがと。」「まったく…それにしても何事かと思ったわよチビ虎。でもよかったわね、すぐ退院できるってよ。」
「あ、ばかちーもいたんだ。」
「おまえ!白々しいまねすんじゃねーよ!」
「あ、ばれた?ばかちー。一応お礼言っとくわ、ありがとう。」
「チビ虎、一番先にお礼を言わなきゃいけない人がいるんじゃないの?」
「え?」
辺りを見回す大河。三人は一斉に竜児を見つめる。
「え?」と竜児も驚く。
いまだに手を握り合う二人の間に微かな沈黙がよぎる。
「あ……」
「大河…。」
「あ、ありがと…竜児…」
「お、おう。」
結局大河はその日のうちに退院した。
〜学校〜
「ねぇタイガー、良いこと教えてあげようか?」
「なによばかちー。」
「あんたが病院で寝てたときね、高須くん、泣いてたんだよ。俺が見てなかったから…ってあんた、幸せもんだね。」
「え…?竜児が?」
「嬉しい?」
「うん。まあ…悪い気はしないかな…そっかぁ…へへ」
「ふーん…あ!高須くーん!タイガーがね〜!」
「っ!ば、ばかちー!や、やめろー!」


         おわり。



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