木曜日。学校帰りの帰り道、竜児と大河は夕飯の買い出しにスーパー狩野屋で物色中。竜児は入念にレタスを凝視し、一人唸る。大河はその光景を目の当たりにし、めんどくさそうに呟いた。
「あんたね…後何分そうやってにらめっこ続けるの?どれも一緒じゃない、私暇なんだけど…。」
「あん?バカだな。同じように見えて実は全然違うんだぞ?芯の部分が硬かったり、中身がスッカスカでとても買えたものじゃないやつだってある…お!これは素晴らしいな。これにしよう!」
THE パーフェクトのレタスをレジかごにそっと置いた。
「どれどれ…はん!只のレタスじゃないの。たかがこの程度の為に貴重な時間を消費するとはね。」
大河は鼻で笑い持ち上げたレタスを(竜児が入念に選んだTHE パーフェクトレタス)乱暴に投げ戻す。
「ぬぅあ!大河!何すんだよっ!痛むだろうがぁっ!」
「でかい声で吠えるな犬、公共な場で調教されたいか?」
「な、なにぃ!くそぅごめんなレタス、いや生産者の方ごめんなさい…美味しくいただくからな。」
「恥ずかしいからやめてよ、みんな見てるじゃないの。」
「誰のせいだよ…」
キッと横目で睨み付けられわざとらしく視線をそらす。
「あ、忘れてた。泰子に頼まれてたやつあったんだ。」
「なに、やっちゃん何か言ってたっけ?」
「ああ、なんでもいいから酒を買ってきてくれって言われたんだ。」
「え?やっちゃん家でお酒飲まないじゃん。」
「知るかよ、買ってきて言われただけなんだから、誰かにあげるんじゃねぇか?」
「ま、いいけどね。あーあ…お腹すいちゃったわ…」
「我慢しろ、家帰ったら死ぬほど食え。」
「そうさせてもらうわ。そうだ、あんた選んできなさいよ、私こっちにいるから。ついでに私用の炭酸もお願いね。」
ニコッと笑い大河はぱたぱたとお菓子コーナーの棚に走っていく。
「ちっ、子供め……っと酒は…ああ、あったあった。缶チューハイかなんかでいっか…後は、大河用の炭酸っと…あ、なんかつまみでも買っていってやるか…。」

つまみコーナーに向かうがその通り道、赤い制服をきた子供が胸いっぱいに菓子を抱えている。
大河しかいないだろう。

「おい…なにしてんだよ。」
「見てわかんない?お菓子を選んでいるの。」
「んなもん見りゃわかる。それに選んでるように見えねぇ、片っ端から取りまくってるだろ。」
「だって全部食べたいんだもん。しょうがないじゃん食べ盛りなの。」
「二つまでにしろ、遠足じゃねぇんだから。」
「えー…ケチ。ね?いいでしょ?」
「ウインクしたってダメ。(可愛いけど)置いてこい。」
ブゥと膨れっ面を見せるが素直に棚に戻していく。厳選された二つの菓子を(ポッキーとポテトチップ)かごの中に放り投げた。

「だから投げんなっつの!まったく…っとこれでいっか。」
つまみを二種類ほど選びレジに向う。
「よし、こんなもんだろ。大河レジ行くぞ。」
「うん。」

その道中、大河は驚いたように声を上げる。

「ねぇ、竜児!あれみのりんじゃない?」
「え?櫛枝?」
「今だ…」ガサッ
大河の指先を見るがそこに櫛枝の姿はない。しかも何かを慌ててかごに投入する音が聞こえた。
大河を見るがいかにもわざとらしくそっぽを向いている。吹けない口笛まで披露する始末だ。
「はぁ…バレバレだから。戻してこい。」
かごの中からフーセンガムを取出し大河に押し返す竜児。
「ぐぅ…バーカ!ケチ!ケーチ!いいもん自分で買うもんね!」
竜児からフーセンガムを乱暴に奪いレジにダン!と置き早々と清算を済ませ、その場で封を開け口に放り込み、クチャクチャとガムを噛み、二の腕を組み、ジッと竜児を睨み付ける。
プクーとフーセンを膨らませたかと思えば自業自得か、破裂し顔全体にガムがへばりついてもがいている。
「ばかなやつ…」



トントンとまな板をテンポよく叩く音が高須家にこだまする。
その音にあわせ箸をドラムを叩くかの如く振り回す大河。出てくる言葉は「まだ?」だの「早く!」だのともかく落ち着かない。
「わかってるよ、今作ってるからもうちょっと待てって。それとそれやめろ、行儀悪い。」
「うるさいわね、口出す暇あったら手を動かしなさいよ。」
「動かしてるよ。もうちょっとだ。後味噌汁持ってけ。」
「はいはいわかったわよ。」
重い腰を上げ茶碗を受け取りいつもの定位置で飯が出来上がるのを待っている。
「大河、泰子起こしてきてくれ遅刻しちまう。」
「ふう…人使い荒いわね、やっちゃーん起きて。」
その場で大声で声をかけるが返事がない。
「やっちゃん?もう!」
またまた重い腰を上げ、泰子の眠る布団にスタスタと近づき、もっこり膨らんだ部分を揺する。
「やっちゃん起きてってば!遅刻す…んぎゃーっ!!」
「な、なんだっ!?」
部屋を慌てて覗き込むと布団が中で乱闘でもしているのか生き物のように暴れ回っている。微かに聞こえる大河の悲鳴。楽しそうに笑う泰子の声。
「ひぃぎゃー!く、くすぐったいっ!ニハハハっ!」
「つっかまえた〜こちょこちょ〜へへへ〜」
「やっちゃんやだぁ!ニゃハハハっ!はな、はなしてぇ!」
竜児が勢いよく布団をひっぺがえす。
「おまえらっいい加減にしろ!飯が冷める!泰子!とっとと顔洗ってこい!」
実の息子に怒鳴られしゅんと悲しい顔をする母親、泰子。
大河はくすぐられ疲れ切ってヒィヒィと呼吸を荒げる。
「ごめんね竜ちゃん。わかったよ〜そんなに怒らないで〜?」
「わかったから顔洗ってこいって」
「はーい。」といそいそと洗面台に向う泰子。プリプリ尻を振り回している。こういう時息子として突っ込むべきかと竜児は悩む。
「ほら、大河。お待ちかねの飯だぞ。」
「ちょ、ちょっと…まって、力が入らない…」
「冷める前にこいよ。」
「竜児、引っ張って。」
「はぁ?わかったよ。ほれ。」
大河の手を取り、ズズッズズッとテーブルまで引きずる。良い匂いのおかげか体力が完全に回復する大河。
「いっただきまーす!」
「おまえな…ま、いいやめんどくせえ。」
バクバクと大食い女王のように次々に胃袋におさめていく。
「お、おい。ちょっと落ち着いて食えって、飯は逃げたりしないから。」
「ふぃお!(いいの!)」
「うぉう!汚ねっ!口に含んでる時に喋んなって!」
「ん…し、失礼。」
「あー!ずるーいもうたべてるの?」
「お前が早く起きないからだろ。いいから座れ。ほら飯だ。」
「ありがとー竜ちゃんそういえばお酒買ってきてくれたぁ?」
「ああ、冷蔵庫に入れてあるけど…。誰かにあげるのか?」
「うん、まぁ明日お店の人が来るからねぇお酒ないとあれかなぁ?ってね。」
「お店の人って…うちに来るってことか!?」
「そうだよ〜ダメかなぁ?」
「いや、駄目じゃねぇけど…あんまり騒ぐなよ?近所迷惑になっちまったら大家にまた怒られちまう。」
「大丈夫だよ〜!ちょっと話があるって言われただけだから〜それより美味しいね〜」
「竜児おかわり!」
「お、おう。」
茶碗一杯に米をついで渡してやる。
「大河ちゃん、よく食べるね〜」「うん。お腹すいちゃったから。」
「死ぬほど食えって言ったからな。」
それから大河は三回も山盛りおかわりしてその場に寝るように倒れこんだ。
泰子を送り出す事も出来ず、かろうじてあがった右腕をヒラヒラと振る程度だった。



「う…くるひぃ…」
「そんなに食うからだよ…限度ってもんがあるだろうが。」
「しょうが…ないじゃん。美味しいんだから。」
「お、嬉しいじゃねぇか。」
「あー…お茶ちょうだい…」
「おう、ほれ起きて飲めよ。」
チビチビとお茶を飲んでいく。少量のお茶でさえ大河の胃袋には居場所ない。ゆっくり消化していくのを待つしかない。
「明日も学校あるんだから、今日は早く寝ろよ。」
「わかってるわよ、毎日同じ事言わないで。」
「だったら毎日自分で起きろ。」
「…うっ…あ、後で覚えてなさいよ。ちょっとトイレ…」
「腹いたいのか?」
「別に、生理現象よ…っていうか普通女の子にそう言うこと聞く?」
「おっと、失礼…。」
「デリカシーない奴め…」
ゆっくりゆっくり腹に刺激を与えないようトイレに向かう大河。
「おいおい…大丈夫かよ…」
と心配するが、内心嬉しかったりする。大河が大人しいのは一日の中でも数少ない時間なのだから。自分で入れた茶を余韻に浸りながら味わう。
しかしトイレから出てきて戻ってきた大河が呟くのだ。
「ふぅ…なんとか楽になったわ。」
「早っ!消化早っ!」
「何そんなに慌ててんの?」
「い、いや…?別に…?」
大河が大人しい数少ない貴重な時間が終わったなんて死んでも言えない。
「あっそ。じゃあお菓子食べよ。竜児にあげないからね。」
「お前学習能力ないな…」
冷蔵庫から竜児が買ってきた炭酸をゴキュゴキュ飲み干す。
「……ん?なんか変な炭酸ね…ま、いいや。」
缶専用のゴミ箱に投げ入れてテーブルに腰掛ける。
「やっぱポッキー美味しいな〜誰が最初に作ったんだろ。」
「明治だろ?」
「それメーカーでしょ、私が言ってんのは人!」
「うーんポッキーさん?(笑)」
「………あんた、本気で言ってんの?」
「なわけねーだろ。」
「あーあ、つまんない。ちょっと寝るわ。」
「食いながら寝たら牛になるぞ」「…………」
「聞いてねーし…洗い物でもするかな…」
カチャカチャと洗う音が響くが大河はそのまま倒れている。



「よし…終わった。お、もうこんな時間か。大河ぁそろそろ帰ったらどうだ?もう十時だぞ〜」
「………」
「おい大河?マジで寝ちまったのか?」
「………」
「ちっ、起きろ!おい大河!」
「……ん……?」
「寝るなら自分の家で寝…ってお前!顔真っ赤じゃねぇか!」
「……りゅーじ…?」
「な、なんだよっ」
「りゅーじぃ〜チューして〜」
「!!!はぁぁ?!?」
「おねがぁーいチューしてりゅーじぃ」
「お、おまえ…まさか…」
こういう時でも状況判断は冷静に出来るものだ。
缶専用のゴミ箱を覗き込む。そこには確かに封の開いた空の缶チューハイが入っていた。
「炭酸と間違って飲みやがったのかっ!?」
「へへへ…りゅーじぃ…つっかまえた〜」
ガシっと腰回りを掴む真っ赤な大河。
「ちょ、ちょ!待て大河!」
「まったなぁいよ〜ほらチューして〜」
「ひっ、ひぃーっ!」
「どーしてにげるのぉ…わたしのこときらい?」
「そう言う問題じゃ…だってお前…酔ってるじゃねぇかっ!」
「酔ってるぅ?わたしわかぁんなーい。」
「どどど、どうしたら…いいいんだ。」
「ねぇりゅーじぃ〜わたしのことすきぃ〜?」
「えぇ!?いや…その…」
「わたしはだぁいすきだよぅ〜りゅーじのことせかいでいっっちばんすき〜」
「お、俺を…?いやいや!アホか俺っ!た、大河?ちょ、ちょっとこっちにこい!」
「ん〜?わかったぁ。」
ほぼ泥酔状態の大河をテーブル前に座らせ、水を飲ませる。竜児に出来ることは酔いが覚めるのを必死に待つしかなかった。



「にへへ…」
「ほらっ水飲め。」
「(ゴキュゴキュ)ぷはぁー。おいちぃ。」
「まいったな…このまま大河の家に放っておくわけにいかないし…」
「りゅーじぃ、みてみてぇ」
「え?」
「にゃんにゃん♪」
「ぬぅはぁぁっ!!」
両手を頬近くに上げ招き猫のように首を左右に振っている。凄まじい破壊力に竜児の心臓は高鳴り続け、もはや破裂寸前であった。
「はぁはぁ…『くっそ!なんて可愛さだっ!このままでは死んでしまうぞ!』」
「かわいい?ねぇりゅーじわたしかわいい?」
「うぅ…か、かかか、かわいい…ぞ…」
「にひひひ…りゅーじゲットだぜぇっ!」
「ひひゃああ!」
満面の笑顔で抱きつかれる。これでも竜児は普通の男子高校生なのだ。それに今まで女性に抱きつかれることはあるにはあるが(泰子)同年代の女子に抱きつかれることには慣れてはいない。

「りゅーじほらあーんして…あーん」
ポッキーを一本取出し抱きついたまま口元に近付けてくる。
「あ、ああ…あーん。」
パクっとポッキーをくわえる。もう大河の言うとおりにした方が良い気がしたからだ。下手に拒むと大泣きする恐れがある。

「へへへ…りゅーじそのままねぇせーのぉ!」
「!!!!!った、大河っ!」

竜児のくわえているポッキーの逆側にパクっとくわえる大河。俗に言うポッキーゲームってやつだった。

「にへへ…ポッキーゲームだよぉ、うごいちゃだめだよぉ?」

一口一口近づいてくる大河の唇。竜児は実際生きてる心地がしなかった。このままポッキーが無くなれば自然と大河の唇が触れてしまう。酔ってる相手にそんな事でもしたら警察ざたになっても不思議じゃない。

「うぅ…『いいのかこのままで!?酔ってる大河は何をしてるのかわかっているのか?もし酔いが覚めて…いやいや!考えたくもない!間違いなく殺されるっ!』」
「へへへ…あとちょっとぉだよぅ…」
「くっそお!ええい!ままよ!」

チュッ

「ふへへへへっりゅーじときっちゅしちゃった♪」
「ああうう…」

やってしまった。もう後には引けまい…後は酔いが覚めた後、大河の記憶が無くなるのを祈るしかない。

「りゅーじぃ…わたしねむいなぁ…」
「え?ああ!そっか、じゃあ自分の部屋で寝るか!」
「んーん。りゅーじといっしょにねるぅ」
「えっ!!そ、それは流石に…ま、まずいんじゃないかなぁ!?」「(グスン…)りゅーじがいないとやだ…さみしいんだもん。」

今度は泣きパターンか…

「わ、わかったっ!ね、寝るから泣くなよっ!」
「(グス…)ほんと?」
「ああ。『大丈夫…泰子が帰ってくる前に…そっと抜け出せば…』だから泣くな、な?」
「うん♪」




竜児の布団にぬくぬくと気持ちよさそうにはしゃぐ大河。
酒が入っただけで(缶チューハイ一本)これだけ人格が変わるものなのかと、竜児は思う。
実際大河と一緒にいる時間が長いからその変貌ぶりにも驚くのも無理はない。
「りゅーじぃはやくぅいっしょにねよぉ。」
「は、はひ!」
竜児は水道水をコップに並々注ぎ一気に飲み干した。
「し、失礼します…」
「はぁいどーぞぉ。」
一人用の布団に並ぶ二人。
竜児の心臓は今でも高鳴り続けている。
「はぁ…りゅーじあったかぁい。こっちいっていい?」
「う、うん…」
「へへへへ…」
「大河…寝ような?」
「うん。おやすみぃ。」

後は大河が眠りにつくのを待つだけだった。目をギンギンに見開き自分が眠らないように心がける。

「すぅすぅ…」
「ね、ねた…か?」
「すぅすぅ…」
「や、やった…これで解放される…って…」
布団から出ようと試みるが大河の左手が竜児のTシャツをがっちり掴んで放さない。
「ま、マジかよ…これは放すのを待つしかないな…」

それから数時間後。

「ん…朝…?いたっ!」
初めての二日酔いに激しく痛む頭。
「いた…い、なんで…?ん?…………えっ?……………」

    〜状況把握中〜

「んぎゃあぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「ぬぅおぅ!」
近所の周囲500mにまで聞こえるであろう悲鳴を聞き跳ね起きる。
「なんだ!なんだ!?」
「なんだ!?じゃなぁーい!!」

バシッと右の平手打ちをもろにくらい、目の前に星が飛んだ。

「おぉう…」
「あんた何してんのよっ!エロ犬!変態!変態にも程があるわ!っいだっ…」
「えぇ?ぬぅあああ!!」
「で、でかい声出すなっ!頭に響く!と、とりあえず布団から離れろ!私に近づくなぁ!」
「ち、違う大河!話を聞け!」
「う、うるさーい!何をしたっ!私に何をしたぁああ!」
「いやぁああ!!!」

大河が落ち着くまで竜児は殴られ蹴られ引っ掻かれ、罵声を浴びせられ続けた。

結局竜児とキスをした事実は隠蔽されたままであった。

          おわり。




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