高2夏 昼過ぎ

「大河〜。なぁ、たいがぁ〜!」
手際よく食器を洗っていくその手を止めず、再び声をかける
「……」
座布団を枕にして、テーブルの下に足を入れ、だらーんと横向きになったまま、振り返りもせず、当然返事もない。
食器を洗い終えた手をタオルで拭きながら、スタスタとテーブルの方へ歩き、背中のすぐ後ろで止まる。
「一人、2つまでなんだから、協力してくれたっていいじゃ…って……」
横になる顔を覗き込むと、口元にも力が入っていないだらしない顔は、ぼーっと畳の目を見ているようだった。
「お前…だから食い過ぎだって言っただろ。…口開いてるぞ。よだれ垂らす前に起き上がれよな。」
開き過ぎた口をゆっくりと閉じ、それと同時に、目だけを、覗き込んだ顔に向け、不機嫌そうに
「…るさい、ただでさえ暑いんだから、話しかけて、無駄な体力使わせないで。」
寝転がる小さい体は、食べて間もないからであろうか、透き通るように白い顔や首に汗をにじませ、細く柔らかい髪が張り付いている。
大河の背中から出される熱が、すぐ近くの裸足に伝わってくる。気怠そうなその姿とは逆に、燃料を入れすぎた体はエンジンをふかし続けているようだ。
テーブルに向かって背中のすぐ後ろに正座して、昨日、スーパーから持ってきた特売週間のチラシに目をやる。
「そうだ、今週はアイスも安いんだ。ほら、大河の好きなやつ、コンビニで買うより40円近くも安い。これを買っても良い。」
「…竜児、アイス取って。」
「お前が朝に食べたのが最後だ。…俺のだったのに。」
「…冷たいお茶。」
「自分で取ってこい。」
「…うちわで扇いで。」
「やなこった。」
「…」


「なぁ、大河。早く行かないと無くなっちまうかもしれねぇんだよ。いくら、お一人様2つまでって言っても、」
「あー、うるさい!なんで、このクソ暑い中、飼い犬の頼み事なんか聞かなきゃならないの!?」
グイッと横向きになっていた体をひねりながら起き上がり、正座する真横に足を伸ばして座り、下から鋭く光る目が睨み上げてくる。
「お前がティッシュをやたら滅多使うからだろ。お前が俺の家に入り浸るようになってから、ティッシュの減りが早いんだ!」
「ケチ臭いこと言ってんじゃないわよ!それなら、私の家のを持っていきなさい!」
「お前の家に買い置きがないのを踏まえて、俺は言ってるんだ。」
目を見据えて、しっかりとした口調で言った。
「…ッチ!」
どうやら、言っていることが正しいことは分かったようだ。竜児は大河の家の物までしっかり頭の中に入っている。大河がこういったことに不自由しないのは、竜児の徹底とした在庫管理がなされているからだ。
「それに、夜、アイスが無くてわめくのはお前だろ。」
大河は、テーブルの下にうちわを見つけ、それを手に取り、顔を扇ぎながら「う〜」と暑さに声をあげてうな垂れている。
うちわで吹かれた風に、ふわふわの髪から甘い香りと、大河の体の臭いだろうか、とても優しい香りが混ざり、その風が竜児の顔をなでていき、少し気持ちをうっとりとさせていく。
「ここ最近、ちっとも夜が涼しくないからよ。」
「ずっと熱帯夜だからな。」
ぱたぱたとあおられて、髪の毛の間に見え隠れする、閉じたまぶたの長いまつげや、ふーっと口を尖らした唇、人形の様なその横顔に、しばし、ぼーっと目を奪われていた。
「りゅうじぃ…。」
「ん?」
「私…。」
「ど、どうした…。」
「…アイス3つなら、手を打ってあげてもよくてよ!」
突然、ものすごく人を挑発したような目でこちらを見上げて、左手で耳の上に髪をかき上げる表情は汗もあってか、少し艶美な雰囲気が醸し出される。
「…なんだよその口調…。アイスは2つまでだ!お前はアイスがあるだけ食べる!またお腹を壊すぞ。」
「…ッチ…まぁいいわ。どうせ、やることもないし、付き合ってあげるわ。ありがたく思いなさい。」
この夏休み、イベント事以外、入り浸っても、やることがあったためしがないじゃないか。
と喉に出かかったが、ここで機嫌を損ねると厄介なので、口を閉じ、大きな瞳でかわいい子供のような仕草で首を傾げ見上げ笑う顔に向かって、少し呆れた顔をした。
とはいえ、今回のティッシュはここ一ヶ月で一番安い。
大河と二人で4つ合わせても、普段の安い日より数十円という微々たるお得だが、竜児にとって、安く買えるなら見逃すことなどできないのだ。大河は、到底その感覚が理解できないらしい。
うちわをテーブルの上に置き、テレビの前に置かれたツバの大きい白い帽子を手に取ると、ふすまの隙間から、鏡で涼しげなワンピース姿をひらりと確認し、流れるような動きで玄関の方へ歩いていった。
竜児は、その後をついて行くように、正座から立ち上がりながらエプロンを外し、財布とエコバックを手に取り玄関を出た。




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