【Love Drink】

「Love Drink…?」
学校の帰り道、駅に用のあった亜美は全体ピンク色の華やかなビンに目を奪われる。
駅前通りに開いている出店でいかにも胡散臭い。
「なになに…?気になるあの人に…一本飲ませればきっとあなたにメロメロですよ…?ふん!なにこれ。ぼったくりじゃないの?」
「ボッタクリジャナイヨ〜。」
不意に台の下から出てきた頭に白いターバンを巻いた外人があっさりと否定する。あまりの不意討ちに亜美はビクッと後ろに仰け反った。
「び、びっくりした…」
「オジョウサン、コレスゴイキキメ!タメスカチアルヨ!」
「いやっ、いきなり勧められても困るし…っていうか私に必要ないし!」
本当は『そんなもん使わなくたってみんな亜美ちゃんにメロメロだし!』とまで言うつもりだったがこんな街中でしかも大声で言うことではないので心の中で叫ぶ事にした。
「シカモ、ヤスイネ!タッタノ525エンネ!」
「聞いてねーし。しかも消費税しっかり取ってるし。」
「ドウ?カッテミナイ?イマナラ315エンデイイヨ!?」
「安売りかよ今度は。ていうか買った人いるの?」
「イルヨ!ミンナカッテッタヨ〜?デモウマクイッタカワカンナイネ。」
「わかんねーの!?駄目じゃんそれ。何の根拠があってこんな看板まで作ってんの?完璧ぼったくりじゃん。」
「ダイジョウブ!」
白い歯を見せ、満面の笑みを見せるが根拠は何もない。
「何が大丈夫なの?はぁ…まぁいいやその笑顔に負けたから買ってあげるわ。」
「ホント!?オジョウサンヤサシイネ!ソレニビジンダカラ100エンデイイネ!」
「あら。わかってんじゃん。はい。じゃあ100円ね。」
多分営業文句だろうが、美人といわれて嬉しくない女はいない。
財布から小銭を取出し、笑顔で渡してやる。
「マイドアリ!マタヨロシクネ!」

亜美の姿が見えなくなるまで手を振り続ける店主。しょうがないから手を振り返しておく事にした。

「はぁ…とは言ったものの…これどうしよっか…」
歩きながらビンを覗き込む。
自分で使うつもりもないのに、つい買ってしまったこの謎の液体。原材料も不明。こんな怪しいものをなぜ買ったのか。今更後悔しても遅かった。100円とはいえ無駄な出費だと亜美は思う。しかし天性のアイディアか、この液体の活用法を思い付く。
携帯を開き、数多くの登録名の中から【櫛枝実乃梨】に電話を掛けた。もしかしたらバイト中かもしれないが、このアイディアをいち早く誰かに伝えたかったのだ。
四回目のコールで聞き覚えの明るい声が耳に入ってきた。

『はいはーい櫛枝でぇーす!あーみんどうしたんだい?恋の悩みかい?』
「違うから…それはそうと実乃梨ちゃん。私ねぇいい物手に入れちゃったんだぁ!」
『お?ずいぶん楽しそうだねぇ!是非聞かせておくれよっ』

「あのね…………」
亜美は事の経緯、そしてアイディアを事細かく伝える。おもわず口がにやけてしまう。

『ふふ…ふふふ…あーみん…お主なかなかやりおるな…』
「でしょう?みたいよね…?みたいよねぇ!」
『こんな面白そうな話、二人で楽しむのは勿体ないぜ。よっしゃ!この櫛枝、伝達部をかってでよう!』
「そうね、じゃあ私は色々作戦を考えるわ…じゃよろしくね。」
『いい作戦を頼むぜ!?楽しみにしとるでよ。ではアデュー!』
「ふふふ…後はこれが本当に効くかどうかね…」
もう一度謎の液体を覗いてみる。ビンに自分の顔が反射してやっとにやけていることに気付いた。




次の日の朝。亜美は実乃梨と共に校門の前に立っていた。ある人物を待っている。その人物がいないと全てが水に流れるからだ。さらにその人物を誘導しなければならない。その為にも必死に作戦を考えてきた。
カバンの中には勿論あの謎の液体【Love Drink】
「あ、来たよあーみん!」
「うん。実乃梨ちゃん頼むわよ。」
二人が待ち望んだ人物。高須竜児が飼い主、いや、恋人。手乗りタイガーこと、逢坂大河と共にやってきた。
「あー!みーのーり〜ん!放せ!竜児っ!」
「あっ」
繋いでいた手を乱暴に弾いて走りだす。
「大河!おっはよーう!」
いつもどおり実乃梨の胸に飛び込む大河。後ろでは悲しそうに大河を見やる竜児。
「おはようみのりーん!」
「どうどうどう…朝から元気すぎだよ大河。相変わらず熱いオーラ漂わせてさぁ〜高須くん淋しがってるよ?」
「いいのいいの、気にしなくて。いこっみのりん。あ、ばかちー。なんでそんなとこにつっ立ってんの?」
「べっつに〜私は高須くんに用があんの。」
「竜児に?ふーん…」
「よしっ大河!私と一緒に行こうではないかっ」
作戦開始。実乃梨は強引に大河の手を引く。大河は「ふぇっ?ちょっちょっと!」と言い残すが、ズルズル引きずられていく。
実乃梨は左手をグッと親指を立て大河を連れ去った。後はまかせた!とでも言うように。
「あら?高須くん、おはよう。」
「おう…おはよう。」
「かわいそうに…そりゃ悲しいよねぇ…?愛しのタイガーが行っちゃったもんねぇ?」
「別に悲しくなんてねぇよ。それに用ってなんだよ、朝から疲れてんだ…手短に頼むぜ。」
「あらら〜いいのかなぁ〜そんな事言っちゃって〜せっかく良い物あげようかなぁ〜って思ったんだけどなぁ〜?」
「なんだよ、まどろっこしい…用があるならはっきり言えよ。」
「とりあえずこっちに来てよ。ここじゃ渡せないから。」
二人揃って体育館裏へ。竜児は頭をボリボリ掻いて尋ねる。
「おい、川嶋!なんなんだよこんなとこまで連れてきて。」
「『早く大河のとこに行きたいんだ!』って?」
「お前なぁ…」
「嘘よ、いい?驚かないでよ?」
亜美はカバンの中をあさり、
【Love Drink】を取り出す。
「なんだ、そりゃ。」
「これはね…恋薬よ?」
「はぁ?意味がわからん。」
「これをねタイガーに飲ませるのよ。そしたら高須くん、タイガーともっともっとラブラブになれるわよ?」
「うっ!そっ、そんな…薬が…どこでそんなもんを…」
「欲しいよね?」
竜児は無言で頷く。
「でもタダではあげられないわ。条件があるの。」
「な、なんだ…」
「今日中に学校で飲ませること。みんなの前でね!これが条件よ。」
「えっ!?そ、それはっ!」
「嫌ならいいわよ?」
フフンとほくそ笑む。竜児には悪魔に見えたことだろう。しかし誘惑には勝てなかった。
「………っぐ…わ、わかった…飲ませればいいんだろ!」
「オッケー!じゃあよろしくね〜!」
ポイっとビンを投げ渡す。竜児は落とさないようにがっちりキャッチ。
「あ、言っとくけど。放課後までに飲ませなかったら、全力で回収するからね。」
「みんな知ってるってやつか…」
「そ、じゃ頑張ってね?これでもあんたたちの仲…応援してるんだから。」
「本当かよ…?楽しんでないか?お前。」
「ちょっとそれもあるかな。大丈夫。うまくいくよ。じゃあ教室行こっ?」
「あ、ああ…」
無事竜児を味方に引き付けた亜美は、にこやかに歩きだした。




「なぁ、本当にうまくいくのかな。」
能登が皆に問う。
「得体の知れない飲み物だしな…しかし本物なら高須と逢坂が家でどんな感じかわかるってもんだ。ハッハッハ。」
「まるお…でもさぁ…正直楽しみだよねぇ…き、キスとかしちゃったら?ね、ねえ、奈々子!」
「きゃっ。」
「んー、俺にはよくわかんないや。」
「お前は彼女とラブラブだもんな、春田のくせに。」
「僻み?ダサっ。」
「……っ、そんなんじゃねぇよ!」

円を作り、静かに談笑するメンバー。

実乃梨は大河を隔離する。大河にばれてしまっては全てが終わる。誰かさんはほぼ絶命するだろう。

ガラッと扉が開き、亜美がニコッと笑い入ってくる。この表情に大河以外が安堵する。小さくガッツポーズする者もいた。
数秒遅れで竜児も入室。
一斉に視線が集中する。『頑張れ!』だとか『頼むぞ!』というメッセージを込めて。

「ちょっと!」
場が一瞬にして静まった。
「竜児っ!早くこっちに来なさい!」
「は、はいっ!」
カクンカクンしながら歩み寄る。明らかに緊張しているのが見て取れる。
「何よそれ、ウケ狙い?つまんないからやめなさいよ。」
「お、おうっ!」
「やめなさいって、まさか、ばかちーになんかされた?」
キッと亜美を睨み付ける。亜美は動じる事もなく冷静に答えた。さすがモデル、肝が据わっている。
「べっつに〜大丈夫、安心して?そもそも高須くんに興味ないから。たまたま借りてたノート返しただけよ。」

さらっと竜児に傷が付く。状況が状況なので我慢しているのだ。

「そんなの教室でもいいじゃないの。」
「別にどこで渡そうと関係ないでしょ?あ、わかった。チビ虎、私が高須くんと話してるの気になるんだ〜」
「ふっ、ふん!そんなもん気にするはずないでしょっ!?もういいっ!みのりんトイレいこっ!」
「がってんでい!」

実乃梨の手を引き慌て出ていってしまう。出ていく際に実乃梨が口パクで。ま、か、せ、ろ、と。言ってるのがわかった。

「あーあ、かわいそうに…」
「う、うるせえ…」
「ねぇ、みんなこれから二人の話ししちゃ駄目よ?ばれたら大変なんだから。」

各地から「そうだよな…」「危ないしな…」「でも気になるぅ〜」と話し声。

それから昼過ぎまで誰一人、噂をするものは居なかった。




そして昼休み。
「よ、よし!大河。飯食おうぜ?今日はな、特製ドリンク作ったんだよ!」
「別に聞かなくても食べるわよ。ほら、早くちょうだい。」
「おう!」
弁当を二つ、中身は一緒の高須特製ヘルシー弁当を机に並べた。
「肉は?あるのよね。」
「すまん…今日は鮭だ…。夕飯は肉にするわ。」
「えー!もう!肉入れてって言ってるのに!」
「わかった!明日な、明日!ミートボール入れてやるからっ!」
「約束したわよ、じゃいただきまーす。」
次々口に放り込んでいく。明らかに噛んでいない。
「落ち着いて食えって…喉つまらすぞ?」
「いいの!美味しいのがいけないんだから!気を付けながら食べてるから大丈夫!」
「本当かよ…」
「なによっ!?」
そんな二人を尻目に、能登が静かに口を開く。
「…っていうか、十分見せ付けられてる気がするんだけど…」
「確かにね…見てるこっちが恥ずかしいわ。」
麻耶が頷きながら答えた。
「あれより…激しくなるんだよね…?」
奈々子が頬に手を当てながら悶えている。
「さっき特製ドリンク作ったって言ってたけど…それ?」
大河の指先に一つの水筒。休み時間に北村に借りた水筒だった。
北村は「お前の為だからな!」と中身のお茶を一気飲みし、今は腹痛で保健室で休んでいる。その好意に甘えて中身を入れ替えて、例の恋薬を入れているのだ。
「あ、ああ。でもな、途中でこぼしちゃって中身少ないんだよ…」勿論嘘である。
「あんたが?珍しいわね…ま、そんな日もあるわよね、じゃあちょうだい。」
蓋代わりのコップに紫色の液体を注いでいく。太陽光に反射して、光り輝いている。
「あ、あれだよな…?」
「そ、そうだろ…?高須ついにやる気だ…」
「な、奈々子!悶えてる場合じゃないよっ。」
「えっ、えっ?嘘っ!」
「み、みんな静かにっ…」
「ついに…大河の真の姿が…そそられるぜ…」
全員が固唾を呑んで見守っている。
「綺麗な色…飲めるの?コレ。」
「あ、当たり前だろっ!?」
「なに、慌ててんのさ。」
「慌ててねぇって!」
「変なの…じゃ…(ゴクン)」
《あっ!》っと全員が思っただろう。いともあっさり飲み干してしまった。効果を期待して皆が固まる。
「ど、どうだ………?」
「………………ふ、普通…。」
「へ?」
《え?》とまた皆が思い、固まる。
数秒後、亜美に問い合わせが殺到した。
「亜美ちゃんっ?」
「あーみん?」
「えっ!?知らないっ…私、知らない…まだよっ、すぐ効果なんて出るわけない。」
「そ、そうだよ!飲んだばっかりなんだから。まだまだ時間はあるし気長に待とうよっ。」
麻耶が必死に亜美を擁護する。
周りからも「そうそう。」「まだまだ…」など声を潜める。
「竜児…コレ…ただのグレープジュースじゃないの?」
「え!?あ、ああ!ちょっとブドウ入れすぎちゃったかなっ?はははっ!」
「なんじゃそりゃ…期待して損したわよ!」
結局、放課後になるまで大河に思ったような変化はなく、亜美や竜児、実乃梨もみんなも落胆の色を隠せなかった。先生(独身)が驚くほどだった。中でも、亜美、竜児の落胆ぶりは半端ではなく、黒いオーラが漂っていた。
「やっぱり騙された…の…?あの糞外人〜!!」




亜美はすっかり落ち込んでいた。
「はぁ…ごめん…みんな…期待させちゃって。」
「しょうがないよ。そんな薬あるわけないもん。」と麻耶。
「高須も逢坂も帰っちゃったし…もう忘れよう。」と能登。
「でも…やっぱり見たかったなぁ〜タイガーがデレデレになったら絶対可愛いもんなぁ〜」
「春田っ!」と二人の声が重なる。
「え?なーに、またおれやっちゃった?」
「あーみん…大丈夫だって。顔あげなよ、十分楽しかったって…大河には悪いけどさ。」
「実乃梨ちゃん…ありがと。じゃあ…私帰るね…」
「あ、うん…バイバイ。」
負のオーラを撒き散らし、壁にもたれながら帰っていく亜美。
「やっぱり…罰が当たったのかな…?」
一方、竜児は…というと。
「はぁ…そんな甘い話ねぇよなぁ。」
「………あと、少し…」
「もういいや…なぁ、大河…お前の好きなもん作るから何がいい?すき焼きでもするか?」
「……………」
「大河?聞いてんのか?」
「………この角曲がったら…」
「おい?」
「……もう無理っ!」
不意に竜児を小さな腕でぎゅーっと抱き締める。
「…………えっ?」
「竜児、好き、好き、好きぃぃぃぃっ!!」
周りに人は居なかった。普段は人通りも多いはずなのだが。
「た、大河っ!?」
「もう我慢できない!もうやだっ放さないっ!絶対放さないっ!」
「え、い、いきなりなんだよっ!?ま、まさか…今頃っ!?」
「なんでっ?急にっ…わかんないっ!だけど、こうしたくなっちゃったんだもん!」
「いやいやっ!大河っちょっと待てっ!」
「待たないっ!もう放さないんだからっ!本当は学校にいるときからあんたのことばっかり見てたっ!なんでかわかんないのっ!竜児の事が好きで好きで仕方ないんだもんっ!」
「あああううう……」
こうもストレートに言われると付き合ってるとはいえ、流石に恥ずかしくなる。あの、恋薬は本物だったのか?効いていたがみんながいるから抑えてただけだったのか?
さらにぎゅーっと強く強く抱き締めてくる。不思議と痛くはないが、本当に包まれている衝動にかられる。
「お願い、竜児っ…抱いてよ…もう放さないで…。」
「わ、わかった…大河…放さないよ。絶対。放さない。」
「ん……安心する…竜児の匂い…私だけの竜児でいてね…?」
「大丈夫。当たり前だろ?俺は俺で居続けるから。大河も大河でいてくれよ?」
「うん。うん…大好き竜児。もうこれしか言えない…」
「じゃあ俺は愛してる。」
「あ、ズルい…先言われちゃった…。私も愛してる。ねぇキスして竜児…。」
「いいのか?」
「竜児じゃなきゃ…嫌だよ。」
「そっか。じゃあするぞ?」
「お願い。」
チュ…
「へへへへ…嬉しい…じゃあお姫様抱っこして…」
「おう。お姫様。」
ガバっと勢い良く大河を抱える竜児。もしかしたら人が見ているかもしれない。しかし周りなど目に入ってないようだった。
竜児の目には大河。
大河の目には竜児しか映っていなかった。
「大好き。」「俺もだ。」
二人は買い物の事など忘れ、二人の世界に居続けた。
その後、【Love Drink】の効果は消え、いつもどおりの大河に戻った。これからは例え道は遠くとも、インチキなしで大河を本当のお姫様にしようと決意した竜児であった。ちなみに亜美は今でも効き目がなかったと思い続けている。

         おわり。 




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