「でもよ。実際結婚式だなんてどうやってやるんだ?」
北村に連れられながら、俺は至極もっともな質問をした。
考えたら、この時間に開いてる式場なんて無いし、そもそもそれを行う資金など無い。
もしかしたら、体育館か教室で、簡易に行ってくれるのかもしれない。それはそれでいいな。
そんなことを考えていた俺に、ふと、北村は振り返ってニッと笑った。悪戯っぽく。
「その辺は、見てのお楽しみだ」
「多分気にいってくれると思うよ?」
「苦労したんだから〜」
北村に続いて、櫛枝、川嶋も笑顔で答えてくる。
どうやら、細工は流流仕上げをご覧じろ、といったところらしい。
全く・・・重ね重ね頭が下がるよ。
そして、ちらりと傍らに目を向ける。
繋がった手の先にいる大河が、視線に気付いてニッコリとみつめ返してきた。
そうだな。
今日はこいつらに全て任せよう。
俺たちの為に集まってくれたこいつらに。





「ここは・・・」
つれてこられたのは、日が暮れて真っ暗になったメイングラウンド。
ナイター用の証明があるはずだが、今日は使用する部活がないのか沈黙したままだ。
視界すらあまり利かない暗闇。
そんな折り、櫛枝の声が後ろから響いた。
「ささ、お二人さんは前へズズイッとどうぞ」
そう言いながら、背中を押す櫛枝。
大河も押されているのだろう。同じようにおっかなびっくり歩を進めている。
「い、いや前にって言われても・・・」
どの辺まで行けばいいんだ?
それでも押される背中の感触そのままに、前へと歩き出す。
大河も不安なのだろう。
握った手の平から伝わってくる。
「お、おい櫛枝。いったいどこまで・・・」
「よーし、そこでいいぞー!」
突然響く北村の大声。
「じゃ、いくぞ!スイッチオン!!」
北村の声にあわせていきなり現れる光。
それは・・・。





「ああ・・・」
「・・・!!」
いきなり目の前に現れたのは、真っ白な光を宿した小さなネオン。
大きな大きな白いモミの木にその身を巻きつけて、辺りをその淡い光で照らし出す。
そうして天辺で光るのは、幾つもの方向に、光を撒き散らすプリズムのような大きな星。
大河の・・・星。
「お・・・お前等・・・」
あまりにも突然のことで、言葉が咄嗟に出てこない。
大河も同様で、呆けたようにその大きなツリーを見上げていた。
そうツリー。
あの日・・・俺たちに色々なことが起こったあの日に、俺たちを見ていたツリーがそこにあった。
「どーだ驚いただろ?」
いきなりかけられた声に振り返ると、能登がしてやったりの顔で立っていた。
「大変だったんだぜー?お前等に隠れて皆呼び出して、吶喊で作ったんだからなー?で、どーよ感想は?」
「・・・あ、いや・・・あ、あんまりにも突然で・・・」
そこまで言うのが精一杯だった。
思わず涙が出そうになって、慌てて言葉を飲んだ。
「あーれー?ターイガー?ひょっとして泣いてんのー?」
ひょこっと能登の後ろから顔を出した春田が,大河の顔を覗き込むように首を傾げる。
その言葉に釣られるように俺も大河へと視線を向けた。
「バ、バカ。な、泣くわけ無いじゃん・・・」
そう答えた声は、裏腹に涙の色をしていた。
そこにいた全員の顔が綻ぶ。





「・・・しかしコレ、よく使用許可取れたな・・・」
いいながら、もう一度ツリーを仰いだ。
設置にしろ電源にしろ、教師の許可なく出来はしないだろう。
それは容易に想像できた。
「一体どんな魔法を使ったんだ?」
「私が許可を出しました」
「え?」
言いながら歩いてきた人物。
今は変わってしまったが、今までで一番世話をかけた教師。
「ゆりちゃん先生・・・」
呼ばれた先生が、目の前でニッコリと微笑んだ。
「もと2−Cの生徒のことですからね、真っ先に生徒会長が私のところにきたのよ」
「北村・・・」
振り返った視線の先、親友は、ただ黙って笑顔を浮かべた。
「皆、あなた達が大好きなのね。今日1日見てたけど、それは楽しそうに作業してたわよ?あいつ等泣かせてやるんだー、このツリーの下で幸せにしてやるんだー・・・って」
そう言って微笑んだ先生の目尻にも、ネオンを反射して光る一滴の涙。
それを目にしたとき、俺の胸にも何か熱いものが込み上げてきた。
泣かないように上を見上げる。
そうして目に入るのは、キラキラと光るガラス細工の星。
なにかの拍子に色々な物は壊れてしまう。
でもそれは、元に戻せるんだと、俺に教えてくれた星。
その星にみつめられて、今日俺たちは結婚する。
みんなの祝福を受けて
「じゃあ、あと少し準備があるから、高須たちはそこで待っててくれ」
能登の言葉に何人かが駆け出す。
残った奴らは俺たちの周りへ。
そうして掛けられる暖かい祝福の言葉に、俺は心の中でそっと礼を述べた。





「でも・・・正直意外でした」
「ん?なにが?」
ワイワイと騒ぐ連中を横目に、北村がお礼と共に恋ヶ窪に話し掛ける。
その目には、感謝の念と、幾許かの申し訳なさが浮かんでいた。
「いえ・・・その、大変失礼なのですが、こういった婚礼のようなものに関係したイベントには、あまり参加したがらないのではないかと思い、最初はお誘いしなかったのですが・・・」
そうなのだ。
北村は最初、許可だけ取り付けて、後は自主的にやろうと考えていた。
自分達の手で全てやりたかったのと、こういったことに神経をピリピリさせる独神への、ささやかな配慮で。
しかしゆりは、生徒だけでの作業では何かあった時に誰が責任が取れるの?と、自ら監督役を買ってくれたのである。
それは大変嬉しかったのだが、もしかしたら気分を害しているのではと、少々北村には気の引ける申し出だった。
でもゆりは、作業中終始笑顔であったし、一緒に手伝ってくれたりもした。
それ故に、北村は自分のある意味『見くびっていた』ことを正直に謝罪しているのだった。
「・・・」
ゆりの顔が苦笑に歪められる。
言わなければわからないことなのに・・・。
心中そんな風に呟いて、目の前の真面目すぎる生徒会長を静かにみつめた。
「ありがとうね北村君。でもあんまり真面目すぎるのも、時と場合によりけりだから気をつけてね?」
「はい。申し訳ありませんでした」
「でも意外だったのはホントですよ?」
隣からひょこっと亜美が顔を出して、ゆりの顔を眺める。
「いつもだったら『そんなもん出でるもんですかい!やるんだったら勝手にやって頂戴!』ってなことゆりちゃん先生言っててもおかしくないですし」
「あーみん、言いすぎだよ・・・」
「えーそっかな実乃梨ちゃん?でもなーんかスッゲー余裕ての?亜美ちゃん感じてたんですけどー?」
どう?とクリンと首を傾げて、亜美がゆりに問い掛ける。
その絶世の可愛さと裏腹の、真っ黒な質問で。
どうやら1年以上の付き合いは、既にゆりすらも亜美が心を開くべき相手になってたらしい。
一瞬ひくっと頬を引きつらせたゆりだったが、コホンと一つ咳払いをすると、ニッコリと微笑んだ。
それはもう幸せそうに。
「な、なにいきなり?」
「いい観察力です川嶋さん。折角だから話しておきますね?」
そう言って、ゆりがゆっくりとまわりを見回した。
くるんと一周して最後、自分に腹黒な質問をしたカリスマモデルのところに視線を戻す。
視線を受けた亜美が一歩後ずさったのを見て、軽くほくそ笑む。
そしていきなりの爆弾投下。
「川嶋さん、先生ね?来年の春に結婚するから」
え?
一瞬空いた間。
「ええーーーーーーーっ!!?」
今まで大河と竜児に群がっていた連中も、いや、当時者の二人も含めて、一斉にゆりの言葉に声をあげた。
それ程に驚きの大ニュース。
しかしそれを言った本人は、静かに微笑みを浮かべていたりする。
「あ・・・そ、そうだったんですか。せ、先生。お、おめでとうございます」
動揺しながらも、北村が律儀に祝辞を述べた。
それに対しニヘッと笑うと、おーありがとーと答えた。
春田が。
そして場の空気が凍りつく。
ゆっくりと皆の視線が、ゆりからずれていく。
その横で相変わらず能天気な笑顔を浮かべた春田に。
「な・・・なんであんたが・・・お礼、言うのよ・・・?」
動揺しながらも、春田の横にいた木原が、クラスを代表して聞き手を買って出た。
しかしそこでその場にいる全員が思った。
いや待て。ちょっと待て、と。
それを聞いていいのか?心の準備とか・・・。
「えー?だってゆりちゃんと結婚すんの、俺だもーん」
やっぱり必要じゃねーか!!
一瞬といわず数瞬の沈黙。
そして起こった怒号怒声は、先程とは比べ物にならない大きなものだった。





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