「大河、スマンが今日は先に帰っといてもらえるか?」

とある日の放課後、竜児は思案していた。
大河の誕生日プレゼントが、まだ決まっていない。
ここ一週間、いや、ここ一ヶ月ほど考えていたのだが、
どうしても決めきれず、気付けば期限は明日に迫っていた。

「何?なんか用事でもあるの?」
大河にはプレゼントの話をしていない。
大河を驚かせて、喜ばせてやりたいからだ。

「や、ちょっとな、個人的に」
「ふーん、わかったわ。ご飯には間に合うようにね」

一方でやけに素直に退く大河だったが、薄々感付いてはいた。
明日は自分の誕生日だ。竜児が自分のために何かしてくれるのかもしれない。
多少心を躍らせつつも、何とか冷静を装う。

「じゃあ、あたしみのりんに用があるから、また後でね」
「おう!」
大河はにっこりと笑うと、すぐに振り返り、駆け出していった。

「さて、時間は確保したが…」
一体何を渡せば喜んでもらえるのだろう。
とぼとぼと靴箱へと向かう途中、何だかやけに存在感ありまくりの美女を発見。
相変わらず人の目を引くやつだ。
そうだ、あいつに聞けば…!

「川嶋!」
「なーに、相変わらず怖いわねー」
「怖くねぇよ!いや、怖いか…。違う、そうじゃなくて」
つい乗せられそうになり、何とか踏みとどまる。
「…明日さ、その、大河の誕生日なんだ、だから…」
「あー、誕生日プレゼント?」
「そう!それなんだが、女の子って何もらったら嬉しいのかなって…」
「知らないわよ、そんなの。自分で考えれば?」
「そういわずに、頼む!ずっと考えてるけど、わかんねぇんだよ…」
「あんたバカ?私が選んだものあげたってしょうがないでしょうよ。アンタが選ぶってことが大事なの」
「それはそう、だよな…。うーん……」

それでもなお悩む竜児を見て、
「はぁ、しょうがないわね」
亜美はため息を一つ、
「私の知ってるいいお店、案内だけしてあげるから、後は自分で考えなさい」
危険な目つきでギョロギョロしている男に、助け舟を出した。
「…!ありがとう、川嶋!」




場所は変わって、とある教室。
大河と実乃梨が雑談して盛り上がっている。
「ところで大河、明日は誕生日でしょ?高須君から何かあるんじゃないの?」
「えへへ…あるかも」
「のろけちゃって!この青春娘が!」
大河をつつきつつ、ふと窓に目をやる。
実乃梨の目に校門を歩く竜児が飛び込んできた。
「あれ、高須君じゃない?」
「あ、ほんとだ!」
しかし、
「んー誰か隣にいるね。あれは…あーみん?」
「え…?」
一瞬、大河の思考が停止する。
個人的に用事があるといって、先に帰った竜児。
その竜児が今、亜美と笑いながら校門を出て行った。
フリーズした大河の横で、実乃梨が少し動揺の色を見せる。

「た、大河?多分、たまたま靴箱で会っただけだよ。」
「…」
「そんな気にすることないって!」
「…。ご、ごめんみのりん、ちょっと用事が出来た!」
「え、あ、大河!?」

大河は鞄を掴むと、力強く地を駆ける虎のように、教室から飛び出していった。

「…あー、行っちゃった」
一人取り残された実乃梨は、じっと窓の外をみつめていた。
一時して、靴箱から飛び出した大河が、一生懸命校門へと走っていく様子が見える。
「んー心配ないと思うんだけど…。必死になっちゃってもう、大河はかわいいなぁ…」
怪しい目つきで大河を追いつつ、実乃梨は部活の準備を始めた。

「はぁ、はぁ」
校門を出た大河は、遠くの角を曲がって消えそうな二人を見つけた。
気付かれないように、距離を取って後を追う。
どうやら竜児と亜美は駅の方へ向かっているらしい。
間をおいて、時々二人の笑い声が大河のもとへ聞こえてくる。
ズキズキと押し寄せる不安と焦燥に、小さな胸が潰れそうになる。





「いらっしゃいませー!」
何とも言えない良い香りのする店内に、一人竜児は足を踏み入れた。
周りを見渡すと、女、女、女。
気のせいか、周囲の視線が自分に集まっているような気がする。
いや、気のせいではない。竜児の鋭い目つきもあってか、何やら警戒されている。
それでも、大河のためだ、竜児はそう自分に言い聞かせて商品の棚を眺める。
なるほど、川嶋の言うとおり、女の子が好きそうなものばかり並んでいる。
化粧品、アクセサリー、可愛げな衣服、ぬいぐるみ…。
ここなら大河にぴったりのものも見つかるかもしれない。

とは言え、今まで竜児が見てきたのは、陶器屋、家電ショップ、靴下専門店など、
プレゼントとは少しズレた店が多かったのも、見つけられない理由の一つかもしれなかった。
ゆっくり店内を歩いていると、一つのアイテムが目に留まった。
「これは…」
その人の魅力を引き立てる、魔法の液体。香水だ。
香水は、それ自体の香りではなく、使用した人の匂いと混ざって雰囲気を演出する。
去年のクリスマスに、泰子から香水をかけられた大河を思い出す。
あの時の大河は、大人っぽいと言うか、色っぽいというか、そんないい匂いがした。

「うん、これはいいかも…」
多少自分の趣味も混じっているが、なかなかいい選択ではないか。
そう自画自賛しつつ、多数ある香水の中から幾つか試してみる。
(実際は好みの分かれるアイテムなのでプレゼントにはちと難易度が高いけどここではスルー)
匂いが他と混ざらないよう、軽く匂いを試したところで次の香水を手に取る。

ピンクのパッケージの綺麗な香水、バーバリー・ブリットシアー。
「お…柑橘系の…これは…いいな」
ギロギロと目をぎらつかせながら匂いを確認する。当然のごとく半径5メートルに人の姿は無い。
「ちと値は張るが、これを大河がつけたら…どんな匂いが…」
竜児の目がさらに危険な光を放つ。
「よし、これに決めた!レジに…ってあれ、いねぇ」
可哀想に、店員はおびえて店の奥に引っ込んでいた。



竜児を店へと送った後、亜美は特にすることもなく街を歩いていた。
ドーナツ屋の前を通りかかった時、
「ん?」
見覚えのある小さな人影が、サッと店の角に隠れた。
「あいつ…」
角に近づく。後ろを向いて小さくなっている物体に声をかける。
「…ちびとら!」
物体はびくっと震え、ゆっくりと振り返った。
「…ばかちー?」




「なーにやってんのよ。もしかして、後ついてきてた?」
「…」
「何か答えなさいよ」
「…」
「ごめんねー、さっき高須君、あたしがもらっちゃったぁ」
「…!……ひぐっ」
「泣くな!冗談よ冗談!」

亜美の前で、大河が真っ赤な目をこする。
「ったくもう…ちょっと待ってな」
さっと身を翻すと、亜美はドーナツ屋に入っていった。

一時して、制服の袖で目元をぬぐいながら立ち尽くす大河の前に、ドーナツ入りの袋が差し出された。

「これでも食べて元気だしな」

普段は見せない優しい目をした亜美が、じっと大河をみつめる。
いまや顔まで真っ赤になった大河が、ドーナツを受け取るか受け取るまいか迷ってもぞもぞと動く。

「今食べなくても、後で食べればいいよ」

それを受け、大河はそっと手を伸ばしてドーナツの袋を受け取った。
鞄にしまおうとして上手く鞄が開けず、再びもぞもぞと動き、一つドーナツを取り出して、かじる。

「結局食うんかい!…っつーか高須君がそんなに心配だったの?」
「えぐっ、べ、べつにひょうひうふぁえじゃな、ぐっ」
「何語だよ!泣くかしゃべるか食うかどれか一つにしろ!」

泣きながら、大河はドーナツを飲み込む。
「んぐっ、その、明日は、私の、誕生、日、だから…」
話しながら再び涙が零れ始める。
「うぇっ、ぐっ、りゅふじが、私の、ために、ひっ、何か、してくれる、んだと、思って」

「…みっともない顔してんじゃないわよ…」
亜美はそっとハンカチを取り出して、大河の目尻をぬぐった。

「そし、たら、二人で、校門、出て行くの、ぅぐっ、みえて」
「あーはいはい、で、あんたは私に取られたんじゃないかと思ったのね」

大河は今まで以上に大きな嗚咽を漏らして、こくんとうなずく。




「心配しなくていーよ。アイツ、高須君は、あんたのことしか考えてないみたいだったし」
「ぇ……」
「今日はもうおとなしく家に帰りな。ぜーったい大丈夫だから。あたしが保障してやるよ」

そう言って、にこっと亜美が笑った。
つられて、大河も少し泣くのをやめる。

「…な、なんか…ご、ごめんね、ばかちー」
「わーってるって。まったく、あんたの高須君好きっぷりには度肝を抜かれるわ」
また、ボッと大河の顔が赤くなる。

「はいはい、今更恥ずかしがらなくていいわよ。じゃあまたね」
「うん…」
あまりの惚気っぷりあてられつつ、それでも僅かに笑みを浮かべて、亜美は大河のもとを去っていった。

小さな手にしっかりとドーナツの袋を持ち、虎は高須家へと向かう。
心なしか足取りが軽くなっていることに、大河は気付かない。



「おう、おかえり」

扉をあけると、ちょうどエプロン姿の竜児が鍋を火にかけているところだった。
「…ただいま」
「遅かったな、何してたんだ?」
先に帰ってたかと思った、と竜児が続ける。

「なな、なんでもいいでしょ!そ、それより今日のご飯何?」
「今日はな、商店街のおっちゃんからミラノちゃんの息子さんだーっつって鯛をもらったんだよ」
「鯛!」
「そうだ!よって今日は鯛尽くし!煮てもYOSHI!焼いてもYOSHI!味噌汁のだしとしてもBATSUGUN!まあ」
竜児は食費が浮いたこともあってか、かなりご機嫌だ。
「鯛だけにおめでたいってなもんで」
「あんた…」
「あ、あれだよ、おめでたいのは大河の誕生日の前夜祭ということで」
「え…」
「あ、そ、そう、明日だったよな、お前の誕生日」
「う、うん」
「大丈夫、明日も腕によりをかけて料理してやる。お前の好きな肉で!」
「肉!」

肉と聞いて、肉だ肉だと肉踊りをする大河を見やり、自然と竜児の顔が緩む。
ふと、大河のまぶたが少し、腫れていることに気付いた。




「お前…なんか泣いたりした?」
肉踊りをしていた大河がぴたっと止まり、目で見てわかるほどに髪がぶわっと浮いた。
竜児はその様子に、ネコが毛を逆立てているような錯覚を覚えつつも、今度は大河の手元に目が行く。

「お前…そのドーナツどうしたんだ?」
明らかに動揺の色を隠せない大河は、
「どどどどうもしてない!そそれに、な、なな泣いてもいない!!」
ある意味素晴らしい滑舌でどもりをきかせてくれた。

「そうか、ならいいんだけどな」
再び料理へ戻って喋らなくなった竜児の背を、大河は、
もっと声を聞かせて、とでも言いたげに、寂しそうな目で見つめ続けた。



夕食後、洗い物をしたり掃除をしたりして、随分時間が経ったころ、竜児は居間に戻ってきた。

「大河、茶でも飲むか?」
こぽこぽと湯のみに茶をそそぎつつ、
「お菓子はー?」
「お菓子はありません。お前が全部食っちゃったんだろ」
竜児はいつもの風景に浸る。
机にあごを置いて、ぷーっと子どものように頬を膨らませた大河が、突然はっとした表情で竜児を見た。
「な、なんだよ」
「あたし、ドーナツ持ってた!」

言って、大河は隅に置いていたドーナツの袋から、輪っかを一つつかみ出した。
「でも、一つしかない…。竜児、半分こしよ!」
「おお、ありがと。お前が大きい方取れよ」
「当然!と見せかけて、竜児にあげる」
「へ、なんで」
いつもの大河なら迷わず大きい方を取るのだが、と竜児は不思議に思う。

「いいから食べて」
大河が譲らないのをみて、ここは素直に甘えよう、そう思い、大きい方のドーナツを口にした。
竜児の口いっぱいにドーナツの甘い味が広がる。
糖分に脳が刺激されたのか、先程抱いた疑念が再び浮上してきた。

「そういや、このドーナツってどうしたんだ?」
「…うーんと、えーとね」
大河は少しはにかんだあとで、ぽつりぽつりと話し始めた。
「竜児さ、今日の放課後、ばかちーと一緒にいたでしょ」




「っ!!」
不意打ちで、ドーナツがのどに詰まりそうになる。
「窓から、二人で出て行くの見えたんだ」
「あ、あれは」
竜児は挙動不審な動きでお茶を口に含む。
「聞いて。あたしね、びっくりしちゃって、こんなの嫌だって思うかもしれないけど、あと、つけちゃったの」
「ぶはっ!」
お茶を噴出して、大河をみた。
「おま、あとって、どこまで!?」
すごい剣幕で大河にまくし立てる。
「そ、そんなに凄まなくても」
「凄んでねぇ!どこまで!?」

川嶋の紹介した店までついてこられていたら、
密かにプレゼントを用意していることに感付かれてしまうのでは。
あんな店に男が入るのに、理由なんて他にないだろう。
あくまで準備してない風を装って、最後に大河を驚かせるという作戦が失敗してしまう。
どうしても大河を驚かせたい竜児は、はたから見てもわかるぐらいに必死になる。

急に焦りだした竜児の様子を見て、一度は消えていた不安が大河の中にムクムクと沸いてきた。
「どこまでついてきたかが、そんなに大事、なの?」
自分はただ、何でもないことを確認したいだけ、なのに。
やはり、やましいことでもあるのだろうか。

「や、ちが、違くねぇ。大事だ!」
もやもやとしていた不安が少しずつ形を整え出す。
でも、でも、ばかちーは大丈夫って、ぜーったい、だい、じょう、ぶ、って…。
机をじっと見つめていた大河の目に、じんわりと涙か浮かびだした。
「!なんで泣く!?」
「…あ、あんた、やま、まや、やましい、ことでも、ある、の?」
…そうか、こいつは俺と川嶋の関係を…。
「ねーよ!何疑ってんだよ!」
つい声を荒げてしまう。

プレゼントさえ、プレゼントさえ渡せれば、誤解は解けるのだ。
そう思い、竜児は時計を見た。日付が変わるまで、あと5分。
本当は明日の夜渡すつもりだったが、もうそうは言ってられない。

「竜児こそ、そんなにムキになるのが、何か隠してるって、しょう、こ、ひぐっ」
大河は必死に声を絞り出そうとするが、嗚咽に飲まれ、出なくなる。

つい、期待してしまった。
放課後、竜児がどこかに行ったのは、きっと自分の誕生日のためだと。
もしかして、もしかしたら、あたしに、プレゼントを…。
でも、違った。だってそれならそうと言うはずだ。言って誤解を解けばいい。
言わないのは、きっと。…きっと。

突然大河が立ち上がった。
部屋から出て行こうと、玄関へ向かう。




「くっ!」
竜児は再び時計に目をやる。
日付が変わるまで、あと、3分。あと3分で、大河に、おめでとうと、プレゼントを渡せる。
誤解を解くための大前提は、大河が隣にいること。当たり前だがそれが一番大事だ。
大河が部屋を出る前に、竜児も立ち上がって玄関への道を塞ぐ。

「…通して!」
「…通さねぇ!」

深夜の台所で、竜虎相打つ押し相撲が始まった。
力技で竜児を押しのけようと、竜児の体をぐいぐい押してくる大河。
それに負けじと右に左に動きを変えつつ、大河の進路を塞ぐ竜児。
一向に状況は動かない、かに見えたが、この小柄な体躯のどこにそんな力があるのか、
ずりずりと竜児が押され始めた。

「…うそだろ」
大河は本気だ。本気でここから出て行こうとしている。
日付が変わってそれを知らせる合図が鳴るまで、もう1分を切った。
どんな手を使ってもいい、卑怯でもなんでも、ただ、もう、時間稼ぎだ!
「あっ!UFO!」
「うそぉ!」
「隙あり!」
「ひゃー!」
「なんで引っかかるんだよ…」
一瞬の隙を突いて、竜児が大河を一気に押し戻す。
次の瞬間、日付を越えたことを、時計が知らせた。

「っしゃ!」
竜児は凄まじい速さで、大河の膝と腰に手を回し、抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこだ。
そのまま、逃げられないようにしっかりと力を込め、居間の隣にある部屋へと大河を運ぶ。
「なっ、なにしてんのよっ!」
「いいからじっとしてろ!」
運び終えると、竜児はそっと大河を下ろした。
「逃げんなよ、お前に渡すモンがあるんだから」
「渡す、もの…?」
「ああ」
竜児はごそごそと引き出しを探って、綺麗に包装された四角い箱を取り出した。

大河の大きな目が、よりいっそう大きくなる。

竜児は大河に向き合って、穏やかな目をして、言った。

「…お誕生日、おめでとう。大河。」

「…。」

「川嶋にアドバイスもらって、見つけたんだ。気に入るかどうかはわからないけど、受け取ってくれ。」

「……。……ぇぐっ。…ぐっ、うぐっ。っひくっ、うわああああああん!!!」





大河の澄んだ両目から大粒の涙が零れ出す。
ぬぐっても、ぬぐっても、止まらない。
自分の勝手な、愚かな妄想を、竜児が全部打ち砕いてくれた。
信じていなかったのは、自分の方だった。
申し訳なさと、嬉しさと、恥ずかしさと、色んな感情がごちゃまぜになって、大河の中でぐるぐると渦を巻く。

「うっ、うぇっ、りゅう、じ…。」
ぐんぐんと勢いを増し、心に収まり切らなくなった感情が、ついに器からあふれ出して、爆発した。
「うわ!」
ものすごい勢いで、竜の胸に虎が飛び込んでくる。
「りゅうじ、りゅうじぃ、りゅうじぃぃいいい!!!」
「……!」
竜児は凶暴な目にいっぱいの優しさを湛えて、大河の頭をゆっくりとなでた。

「…心配させてごめんな」
なでながら、まだ涙が止まらない大河に話しかける。
「何とか驚かせたくてさ、隠したかったんだ。でも」
竜児の胸に顔を押し付けたままの大河を、じっと見つめながら。
「それでお前を不安にさせちまった」
深夜の穏やかな静寂が、二人を包む。

少しして、落ち着いた大河が、
「あたしの方こそ」
まだ嗚咽交じりの声を、精一杯に出す。
「竜児のことっ、信じて、あげられなかった」
くしゃくしゃになった顔を上げて、竜児の眼を見て、声を絞り出した。
「ごめん、な、さ…ひぐっ」

竜虎はそのまま、長い間、抱き締めあったままお互いの鼓動だけを聞き続けた。



時刻は丑三つ時、ようやく大河が落ち着いた頃、
「竜児、これ開けていい?」
「ああ」
大河が丁寧に包装を開いていく。
「これって…」
竜児を見て、大河が問う。
「香水、だよ」
ゆっくりと蓋を開け、手に少しだけ付けてみた。
「去年、クリスマスの時に付けてただろ。それとは違うけど、きっとお前に合うと思ってさ」
その匂いを嗅いだ大河は、
「ほんとに、本当に、いい匂い。ありがとね、竜児」
極上の笑みを竜児に向ける。
それを見て、竜児の顔も緩みに緩みまくる。
「よかった、気に入ってくれて」


きっとこれから先も、ずっとお互いの誕生日を祝って、その度に少し幸せになって、
そうやって時を重ねていくのだろう。
…そう思えば、多少の困難くらい乗り越えていける。そんな気がする。
腕の中の、大河の体温を感じながら、竜児は静かに目を閉じる。


午前2時の二人だけの世界で、ただ柑橘系の甘い香りだけが漂っていた。


おわり



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