「おー痛てて……」
高須竜児はそのギラギラとした三白眼で目の前の美少女、逢坂大河を睨みつけながら鼻をこする。決して自分の鼻に頭突してきた少女をこれからどういたぶるか考えているわけではない。
「わ、悪かったわよ」
その竜児のあまりの痛々しさに、常ならば考えられないほどの速さで大河は謝罪を入れた。しかし、その顔をこちらに向けようとはしない。
「いや、いいよ。やっぱ大河はこうでなくちゃな」
傍にあった机に腰掛け、しかし視線はわずかにも大河から逸らさずに竜児は笑う。
「な、何よそれ?」
少し、怒ったように紅くなっていた顔を膨らませながら、大河はようやくと竜児の瞳を見つめ返す。
「ドジ」
見つめあいになった途端、竜児が大河に掛けたのは微笑みとその言葉だった。
「なっ!?何よ!?今日はまだ何もしてないじゃない!?」
今度は本当に怒ったように頬を膨らませて、竜児に一歩近づき、
「きゃっ!?」
手を引かれ、抱きしめられた。
「俺の勝ちだな」
竜児の腕の、胸の、体の中で、伝説の手乗りタイガーと呼ばれる彼女は、その名に恥じぬほど小さな体をすっぽりと包み込まれていた。
「な、何が」
急に抱きしめられた大河は、意味がわからないといったように返事をするも、その頬は先程とは比べられぬほど紅く染まり、いつの間にか、腕は竜児の背中に回されていた。
「先に好きって言った」
「あっ!?」
思い出す。かつて、川に落ちてまで先に言われるのを阻止し、自らが先に言うと豪語したその言葉。結局決着はつかず、その件についてメールでバカにしてやったのはもう1年も前のこと。
「お前に会ったら、真っ先に言おうと決めてた」
「うう、ずるい!!私が先に言う筈だったのに!!」
ますます紅くなる顔を隠すように、大河は腕に力を込め、その顔を竜児の最後の制服姿で隠す。
「ずるくて結構。これで俺の方がお前を好きってことだな」
「はぁ!?何それ?、何言ってんの?私の方がアンタを好きにきまってるじゃん!!」
勝手にそんなルールを決めるな、とばかりに久しぶりの彼女特有、唯我独尊的な顔が現れる。
「俺は、まだ言われてないぞ?」
「……あ、」
一瞬、大河は口ごもるも、キッ!!と竜児を見据え、
「私は、あんたがす……」
大河がその言葉を言おうとした瞬間、ガララと扉が開く。
「どうしたの高須君?急に走って教室……大河!?」
現れたのは、櫛枝実乃梨。そしてその声に反応したのか、元2−Cの面々が続々と教室に雪崩れ込んでくる。
「えっ!?タイガー!?」「逢坂だ、逢坂がいるぞ!!」「タイガー!!」「おお!?逢坂!?」
急にたくさんの人間が教室に現れた事で、大河は言葉を発するタイミングを失ってしまった。
「ドジ」
再び、竜児がこの言葉をかける。もちろん怒っているわけではない。
「大河大河ぁ、なんで連絡くれなかったのさー!?」
ほとんど大河に抱きつくようにして離れないのはかつての、いや、今も親友の実乃梨。大河もそれを嫌がらず、むしろ自分からも抱き返して名前を呼ぶ。
「みのりん、ごめんね。心配かけたね」
「いいさぁ、こうやって元気な逢坂大河が姿を見せてくれればオールコレクトォー、略してOKさぁ」
微妙に間違った英語を使いながら実乃梨は1年ぶりの親友に抱きついたまま離れない。しかし、今の実乃梨の言葉に大河は何か思うことがあったのか、
「あ、ちょっとごめんねみのりん」
実乃梨を引き剥がし、再び竜児を見つめる。まさか先程の続きをこの大勢が見ている前でやるのか?と身構える竜児だが、彼女、『旧』逢坂大河はその程度の女ではなかった。伊達に虎とは呼ばれていない。ニヤァと勝ち誇ったような笑みを浮かべ突如竜児に紙を突き出す。
「竜児、はいこれ」
渡された紙は『女昏女因届』、いや違う、大きく見すぎた。じょこんじょいん……だから違う。これは……。
「私は高須になるから」
先程1mmたりとも伸びていないと自供した身長と、その平らな胸を威張ったように自信満々に突き出しながらそう告げる。竜児の手元には間違いようの無い『婚姻届』。大河の顔を見ると、勝ち誇りながらも照れた笑みを浮かべていた。
「「「「えーーーっ!?」」」」
たくさんの驚く声と、
「は、ははっははははははははは!!!!!!!」
一人の、喜びを抑えきれない笑い声。
そう、竜と虎は常に並び立つ。今彼らの物語は始まったばかりなのだ。

「私の方が、アンタを好きなんだからね、竜児」

まだまだ物語は終わらない。

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