「竜児の夜」

「…眠れねえ」
小声で竜児はつぶやいた。別に悩みや心配ごとがあるわけではない。夜更かしに慣れたわけでもない。だがいくら目を閉じても眠れない。意識し始めてから一時間は経っているだろう。
(まあこんな日もあるよな…にしてもやまねえな…)
外は相変わらず雨が降り続けている。今日はずっとこんな天気だった。予報では夜中にはやみ、明日は快晴だというが…。
ふと、目を横にやる。雨の音にまじり、小さな寝息が聞こえる。カーテンの隙間から覗く月明かりに照らされた大河は、心地よさそうに寝ている。本当に人形のようだ…こうしている限りは…。
(…大河に会えてよかった)
今更だがそう思った。大河がいたからいろんな事に向き合えた。もちろん、今まで竜児が触れてきたたくさんの人々も自分を支えてくれた。だが、自分を、そして運命さえも大きく変えたのは間違いなく大河だろう。そして、幸せな今をくれたのも…。
「…ありがとうな」
布団からちょこんと出ている、触ったら溶けてしまいそうな白くて綺麗な手に、自分の手を伸ばした。


「…………」
雀の声が聞こえる。いつの間にか朝になっていた。なんだか長い夢を見た気がする。
手に柔らかな温かさを感じる。指と指を絡めあうように大河の手と自分の手が握られていた。大河はまだ小さな寝息をたてていた。まぶたが濡れているように見える。気のせいだろうか?そう思った瞬間、カーテンの隙間から射している強い光に気づいた。
「…いい天気だな」
予報的中。カーテンを少しだけ開けて外の様子を伺う。真っ青な空。太陽の光が目にささる。絶好の洗濯日よりだ。
大河を起こさないように握られた手を離す。
「さてと…朝飯作るか」

そして、竜児の1日が始まった。





「大河の夜」


「……ん………真っ暗…」
部屋は暗かった。どうやらまだ朝には早いようだ。まだまだ眠気が残っている。完全には目は覚めてはいないようだ。
静かな空間に違和感を抱き、そして気づいた。あれだけ降っていた雨がやんでいる。聞こえるのは竜児の呼吸の音だけ。
(…竜児)
知らず知らずのうちに、目の前の竜児を見つめていた…見つめていたかった。何故かはわからない。いつも…いつも見ているのに…。
(どうして竜児はずっと傍にいてくれるんだろうね…)
答えはずっと前に聞いている。でもそう思ってしまう。どうしてこんな私をずっと支えてくれているんだろうと…。いろいろな考えが頭の中を駆け巡る。答えはあるはずなのに…。
(…やめた)
きっとこんなことを考えていたら竜児に怒られちゃう。それに…私はただ竜児の傍にいたい。私に手を伸ばし、支え続けてくれた竜児の傍に…。幸せをくれた竜児の傍に…。ずっとずっと…永久に…。
枕の横に置かれている竜児の手をそっと握った。
「ありがとう…大好きだよ」
自分の嬉し涙に気づく直前で視界は暗くなった。


竜児「お〜い大河〜、朝飯できっからそろそろ起きろ〜」
竜児の声で目が覚めた。今度こそ朝がきたようだ。なんとか体を起こし、炒めものの美味しそうなにおいに誘われふらふら歩き出す。まぶたがカチカチになっている。疑問に思いつつもイスに座る。
竜児「今日の味噌汁はいつもより上手くできた気がするな。」
大河「竜児〜…ぬか漬け〜」
竜児「茄子なら食べごろだな。それでいいか?」
大河「いいけど…きゅうりはないの?」
竜児「きゅうりはまだだな…夕飯になら出せるぞ」
大河「そう…ならいいわ。……ねえ、今日どっか行かない?せっかくいい天気なんだし」
竜児「そうだな…そうするか。洗濯してからだけどな。」
大河「じゃあ決まり!そうだ、前買ったワンピース着ていこっと♪」
竜児「なんか朝から機嫌いいじゃねえか」
大河「フフ、そうかしら?」

そして、大河の1日が始まった。




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