二人の間をただなんとなく、やわらかい空気が流れる。
「お前のほうこそ分かってねえよ、このタイミングの意味。」
竜児はゆっくりと大河に腕をまわし、抱きしめながら呟く。
「……何が言いたいのよ?」
表情は見えないが、声が震えている。これはきっと怒りでも怯えでもなく、喜び。
顔なんて見なくたってわかる。きっと、必ず、彼女も同じはずなのだから。
「一年間だ。」
驚いて、嬉しくて。喜びで目頭が熱くなる。
「長かったね。」
大河が強く顔をうずめる。
「そりゃぁ長かったさ。お前と過ごした一年間に比べればずーっとな。」
ただがむしゃらに強く大河を抱きしめなおす。頬に何かが伝って、もう前もよく見えない。
「ただずっとさ。この一言が言いたくて、…言えなく…て。」
悲しくなんてない。目の前には喜びと未来とロッカーだけ。それでも、ここで流れている涙に意味がないとは微塵も思わない。
大河のすすり泣く声が聞こえて、竜児の学ランの裾をつかむ手が震えだす。
「…ッ言いたぐ……ってっ!…言え……な゛…」
声にならない。たった一年間に抱いた感情がとめどなく溢れ、声に、言葉に。おさまりきらない。
自分はどれほどこの気持ちをぶつける場所を探してきただろうか。こいつも探したりしたんだろうか。
あと何百回伝えたって、どれだけ抱きしめたって。


足りない。

もっと、もっともっと。

愛したい。愛されたい。

その気持ちをただ強くすることしか今はできない。


「もう…ッ…絶対に゛………ッ!!離じでやるもんがあああっ!!!」
誰に伝えるんでもない。自分自身に叫ぶ。
意味とか、理由とか。そんなものはどうでもよくて。
「…ゅうじっ………りゅうじいいい!!!」
大河も声をあげて泣き出す。きっとお互い涙で酷い顔なんだろう。
でも、それでいい。そうやって幸せを大切にする気持ちがあれば。
この先ずっといっしょにいるんだ。
離さないんだ。
離れないんだ。
世界で見つけた、たったひとつを。
離さない強い想いを。強くて弱い、小さなこいつと、生きる意志を。




「おい、なんか高須が叫んでないか?」
「はぁー?…ほんとだ。卒業に感極まって学校中の掃除でもしてんじゃないの?」
「待ってあーみん!……大河の声しない?」

「「「うおおおおおおお!!邪魔して悪いが今いくぞ高須(クン)ぅぅぅぅぅ!!!!」」」



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