卒業式特有の浮ついた喧騒も過ぎ去り、辺りは少しずつ静寂を取り戻しつつある。
今、この高校生活で最も濃かったであろう時間を共にした5人は、大橋高校正面玄関前に立っていた。
「じゃあ、今晩また会おうな」
「おう」
「大河、どこにも行かないで待ってるんだよ!」
「うん!」
「じゃあ、私もそろそろ。ちびとら、今夜は色々聞かせてもらうからね」
「貢物を持ってくるなら、やぶ、やぶさかではないわ!」
一時の別れを告げ、一人、また一人と去っていく。
そして最後に、目つきの凶暴な男子生徒と、周りとは違う黒のセーラーを着た小さな女子生徒が残った。
「みんな行っちゃったね」
「ああ、でもまたすぐに会えるさ」
片や、その眼光から皆に恐れられた"ヤンキー高須"こと高須竜児。
片や、数多の伝説を残して突如姿を消した"手乗りタイガー"こと『旧』逢坂大河。
二人はどちらからともなく、歩き出す。一年間を共に過ごした大橋高校を背に。

歩きつつ、竜児は大河がいた高校2年を思い返していた。あの1年間は、本当に色々な事があった。
春先の大河の告白、竜児をかけた水泳競争、川嶋の別荘でのこと、文化祭での2-C完全優勝。
まだある。グレた北村、クリスマスパーティ、雪山での大河の遭難。それらの陰で、ずっと大河が傷ついていたこと。
そして、バレンタイン――――
あれから全てが終わった今、大河とともに再びこの門を通る。
「なんか、久しぶりだね。二人でこの道を歩くのって」
「…ああ、本当に、久しぶりだ。久しぶりついでにスーパーに寄ってくぞ。タイムサービスを利用して今晩用の食材を買い揃えねば」
「あんたのそういう主婦くさいところ、全然変わってないのね」
「ほっとけ。お前があっちに行ってからも、ずっと俺はこの道を極めてきた」
「さすがは家事ホリックだわ…」
「…お前こそ、よくこのタイミングで戻って来れたな。…色々、大変だっただろ」
「そうね…大変じゃないことはなかった。…でも…私は私のやり方で答えを出すって決めた。
 だって、竜児が私のこと信じてるって、信じてたから。そうやって私なりに出した成果、それが今、私がここにいられるということ」
大河が竜児の方へ振り返って、にこっと笑う。竜児も微笑み返す。
桜舞う3月の空の下、長い坂道を、二人は晴れ晴れとした表情で下っていく。

「はぁ、重かった」
「結構買い込んだな、まあ食材とその調理はうちが担当だから仕方ねぇ」
今晩高須家では、北村、実乃梨、亜美を招いての、大河帰還祝いと称したパーティがある。
卒業後のクラス会は明日以降行われる予定なので、その前、一足先にお祝いをしようという実乃梨と亜美からの提案である。
両手の買い物袋を台所へ置いて、大河は1年ぶりの、高須家の居間へと向かう。
「あ、これって…」
大河の目に飛び込んできたのは、襖に張られた桜型の和紙。忘れもしない、あの一件でできたものだ。
「おお、覚えてたか」
後から続いて居間に入った竜児が、懐かしさに目を細めて、言う。
「全部あそこから始まったんだよな。おまえの超絶ドジのおかげで」
「う、うっさいわね。でもあのドジのお陰で今がこうしてあるんだから…」
「そうだな、感謝してるぞ、大河…」
「竜児…」
オレンジ色に滲む部屋の中で、見つめ合う二人の距離が少しずつ近くなる。竜児の右手がゆっくりと大河の頬に触れる。
そっと額をくっつけて、鼻をこすり合わせ、唇と唇が重なる、その瞬間
「高須ー!早めについてしまったぞー!」
「「ぶはぁ!」」
「ん、どうしたんだ?」
「あらぁ〜、ひょっとしてお楽しみ中だったぁ?」
「一緒に準備をした方が楽しいと思ってさぁ、って大河!?あたしともやろうじゃないかぁ〜!」
静寂を破って一気に騒がしくなる。大河と竜児は、目を合わせて苦笑した。”続きは後で”、そう思いながら。

やはり、まだまだ物語は終わらない。



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