「ちょっと竜児……顔近いわよ…」
「し、仕方ないだろ! 見つかるよりマシだ」

静まりかえった深夜の校舎。遠くの方で警備員の足音が
響く。
「だからってこんなところに隠れなくたっていいじゃないのよ」
「ばっか、隠れなかったら一発で見つかるだろ」
「私が言ってるのはこの狭さよ! 掃除用具入れは定員1名…」
「シッ! 静かにしろ…見回りが来た」
コツ、コツ、コツと硬い靴音が近寄る気配を察し、竜児が
大河の口を手で遮る。用具入れの格子を懐中電灯の光が
何度か撫で、やがてその靴音が遠ざかっていった。

「「ふぅ〜〜〜……」」
緊張の糸が解け、ずるる、と二人は沈み込んだ。
「…そもそも竜児が課題を忘れたのが悪いんでしょ!」
「あ、俺のせいにするのか?お前が課題を今夜中に終わらせるとか
 言い出すから取りに来てやったんだろ。俺の課題を写すとか…」
「うるっさいわね、犬は飼い主の手助けをするのが当然でしょ?」
「…………もう知らん。あったま来た。勝手にしろ!」

そう吐き捨てると用具入れの扉を開け、大河を置いて教室を出ていく。
一人取り残された大河は、なによなによなによ! とぶちぶちと
ぶすくれ、真っ暗な教室で課題の教材を探し始めた。
「…もう、どこにあんのよ…全然見えないじゃな……」

――――――ガタン。
「!?」
教室の外から、音。 竜児はとうに行ってしまっている、警備員の
足音だってしてなかった。振り返り、耳を澄ますが誰の気配もない。
「き、ききき、気のせいよね空耳よねっ!」
つとめて楽観的に考えるようにし、再度机の中を物色し始め―――

――ガタンッ!

「ひッ!」
今度は真後ろで音が。明らかに近づいている『何か』。
大河は固まり、後ろを確認することが恐ろしくなり振り返れない。
――ガタガタガタッ!!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

耳元で音が弾けた。途端に大河が立ち上がり、一目散に
出口へ向けて無我夢中で走り出した。後ろを見る余裕など
ない。
(竜児、竜児、竜児竜児竜児……助けて……!)
どこを走っているか分からなく、闇雲に廊下を走り抜けた。
数え切れないほど曲がった角の先、見知った顔を見つけた。

「〜〜〜っ!! りゅうじ――――っ!!!」
「えっ、お、おい、大河…? わぷっ!!」
バズーカ砲が突っ込むかのように竜児の胸へと飛び込む大河。
勢いを支えきれず共にもんどり打って派手に倒れ込んだ。



「…いってててて、なんだってんだ…?」
「竜児竜児竜児竜児〜! ……怖かった、よぉ……」
事の経緯は分からないまでも、腕の中で恐怖に震える大河を
突き放す道理はない。むしろ落ち着かせるために優しく抱きすくめて
やる。



「……落ち着いたか?」
「…うん。学校の七不思議を急に思い出すようなことがあって…」
「無敵の手乗りタイガーもお化けは苦手、か?」
「う……/// 私、やっぱり竜児がいないと何も出来ない…みたい」
弱気な発言を紡ぎながら、潤んだ目で竜児を見上げる大河。
暗闇の中、その瞳の煌めきがやけに心を打った。
「…そうか。大丈夫だ。俺がいつまでもお前のそばにいてやるよ」
ため息を一つついてそうつぶやくと同時に、大河の頬が
紅で彩られる。
「ありがと、竜児。それと―――」
「それと?」
「さっきはごめんね? 私、自分勝手すぎ…た」
消え入りそうな声で謝罪の念を絞り出した大河の小さな頭に、
竜児の手がぽふっと載り、左右にわしゃわしゃと揺らされる。

「俺も少し短気すぎたな。悪い。せっかく頼ってくれたのにな」
「ううん、怒らせるようなことを言った私が…」
「いや、俺が」
「私が」

お互い引かない性格なのは重々承知している、ここは
竜児が折れることにした。

「…!」

不意打ち気味の口づけを大河の唇に落とした。
「……あ、あううあ……!」
目を丸くして、自分の身の上に起こった顛末を理解した瞬間、
加湿器のように上気する大河の顔がそこにはあった。
「これで許してくれる……か」
竜児も頬を赤くし、目線を横にずらし、ぶっきらぼうにつぶやいた。
「うぅ……許さない、なんて言えるわけないじゃない…ずるい」
「よし、…仲直りだな。教室戻って、課題取って帰るか」
「……うん」
手を取り合ってゆっくり立ち上がり、教室へと向かう大河と竜児。
その手は、しっかりとつながれて。



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