医者の話によると、全身を強く打っていて、出血も多かったがこれといって大怪我というレベルでは無い。
問診もして、若干事故前後の記憶が無いようだ、との診断を受けた。
若干?ふざけんじゃないわよ。竜児は……。
そんな事を竜児と二人っきりになった病室で考えていた時、
「高須、大丈夫か!?」
「高須君お見舞いに来たよ!!」
「高須くぅ〜ん、ってか無事なの?」
勢い良く病室の扉が開き、三人が入室する。
「おぅ!?北村と、く、くく櫛枝!?と……誰だ?」
「ナニソレ?もう高須君たら冗談きっついなぁ〜」
亜美は、一人だけバカにされたように思い、ぴくりぴくりとそのこめかみを脈動させながら竜児の頭を小突く。
「痛っ!?」
「あっごめぇんねぇ〜包帯巻いてるんだもんね〜そりゃ痛いよね〜でも今のは私の心の方が痛かったんだよ〜?折角お見舞いに来たのに誰?はないでしょ?」
理性をギリギリに押しとどめるように、亜美は笑う。
「ハッハッハッ!!まぁいいじゃないか。高須がこうして無事だったんだ!!それにしても災難だったな高須!!」
北村も、竜児が起き上がってるのを見て、無事だと確認したんだろう。無事じゃない。そんな小さい大河の声を聞き取る者はいない。
「いや〜高須君、君が事故にあったと聞いた時にはこの櫛枝、肝を冷やしましたぞ?」
あっはっはっはっは、とばかりに実乃梨も笑う。
「……?高須君?どうかした?」
最初に気付いたのは亜美。イマイチ、竜児のリアクションが薄いことに疑問を持ったらしい。
「いや、どうかって、北村と、く、櫛枝はいいとしてお前は誰だ?」
「ふざけてんの?怪我だからって随分と……チビ虎!?」
亜美が、本当に怒りそうになったのを、大河が止める。
「違うのばかちー。竜児はふざけてなんかいない」
「はぁ?何言って……」
そう亜美が聞こうとしたとき、
「何だ、逢坂の知り合いだったのか?」
竜児の言葉に、場が凍る。きゅっと大河が自分の服の裾を強く掴んだ。
「高須……今、お前……」
そう、北村が尋ねようとしたのを押しのけ、実乃梨が前に踏み出した。
「高須君、ふざけている、わけじゃないよね?大河と喧嘩でもした?」
小さくも、凄みのあるドスの聞いた声で実乃梨は尋ねる。
「ふざけるも喧嘩するも、コイツとは知り合ったばかりだし……」
「っ!!」
大河が顔を背ける。全て、自分のせいだと、背中だけで物語るように。
「ちょっと……まさか本当に亜美ちゃんわかんないワケ?」
亜美が、顔を真っ青にして、竜児に詰め寄るようにして尋ねる。
「えっ?だか「あーみんちょっと黙ってて」ら……?」
恐い顔をした実乃梨は、大河を一度だけ見て、もう一度竜児を見つめ、
「高須君、私や北村君はわかるんだよね?」
「おぅ、進級したばっかでまだ知り合いは少ないが、お前ら二人はわかるぞ」
決定的。大河は自分の体の震えが止まらない。
「そっか。ごめんね高須君。変なこと聞いて」
実乃梨が、ようやく穏やかな、太陽のような顔で微笑みかける。
「あ、いや……」
「みんな、ちょっと病室から出よう。……大河も。ちょっくら席を外すぜ高須君♪」
「あ、おぅ」
パタン。
急に一人きりになる竜児。騒がしい台風が去った後のようだ。
「うっ……」
まだ頭が若干くらくらする。できるだけ横になっていよう。そう思い、竜児はベッドに横になる。思ったより体力の減りも早い。これならすぐに眠って……。
「……足りねぇ」
何かが、決定的に足りない。眠れない。なんだろうか。よくわからないが、胸に、何かの重みが無いのが寂しい。でも、それが何だったのか思い出せない。
「……あれ?いや、いいのか?」
やたらと動かせる右手首にまたまた違和感。こんなに動かせるものだったっけ、と疑問に思う。もっとこう、何かに繋がれているような感じがあった気が……。
「……わかんねぇ」
竜児は、何かが足りないと、そう思いながらも、それがなんだったか思い出す事が出来ない。いつの間にか、何もない右手首ばかりを、気にしていた。





「おっはよー高っちゃん」「おっす高須」「高須君おはよう」
入院費を懸念した竜児は、それほど酷くない怪我を理由にそうそうに退院し、学費がMOTTAINAIとの観点から、次の日からは登校を再開していた。その竜児に、次々と朝の挨拶が降りかかる。
「お、おぅ……」
自慢の三白眼が、豆鉄砲でもくらったかのように丸くなる。
「お、俺のイメージは払拭されているのか……?」
ここ数ヶ月の記憶が無い竜児は、この以外な、予想だに出来ない事態についていけない。まさか自分の顔が受け入れられる日が来るなんて誰が予想しえただろうか。いや、自分でくらい予想したかったよ、そりゃ。
「ホントに、俺は記憶がなくなってんのか……」
改めて実感する。あの日、病室に来た三人から、自分はどうやら数ヶ月分の記憶が無いらしいことを聞いたが、実際半身半疑だった。
でも、自分の記憶と違う暦、違う季節、そしてクラスメイトの反応を見れば、それが真実なのは火を見るよりも明らかだ。
「おはよう高須!!」
またも、元気良く挨拶する者が現れる。ここに来て、ようやく『今』の自分が面識ある相手からの挨拶だ。
「おぅ北村。遅かったな、どっか寄って来たのか?」
「ああ、今日も生徒会室にな。いやー生徒会長たるものやることが多くてな!!」
「生徒会長……おまえ副会長じゃなかったっけ?」
竜児の疑問は当然。しかし、時は確実に流れている。
「いや、俺はもう選挙を経て会長になったんだ。いろいろあって、な」
「いろいろ?」
「恥ずかしながら、俺は前の会長に惚れていたんだ。それでまぁ、その会長の事でいろいろあって会長なんかやらないって言ってたんだけど……お前と逢坂のおかげで俺は今会長をやらせてもらってる」
「俺と逢坂?」
「ああ、実は俺、お前と会長と話して、会長になることを決めたんだ。それでこれで最後とばかりに当選演説で会長に告白したんだ。好きだー!!ってな。もちろん全校生徒の前で」
「はぁ!?」
驚きながらも竜児は大河に視線を向ける。視線に気付いた大河は、ぷい、と視線を逸らした。北村は続ける。
「まぁその時は流されてしまったんだが、逢坂が会長に……いやこれ以上は言わない方がいいな。とにかく、そんな事があって俺は今、昼休みに番組を持つ失恋大明神兼生徒会長をやっている」
「何かよくわかんねぇけど、大変だったんだな」
心の底からそう思いながらも、何か釈然としない。そんな思いを抱きながらも、お昼休みがやってくる。
「ほら逢坂、弁当」
大河は黙って弁当を受け取り、包みを開封する。竜児は大河の正面に座り、小声で尋ねた。
「おい、今朝聞いた北村の話は本当か?お前大丈夫なのか?」
大河はびくっと震え、
「アンタね、今は人の心配よりも自分の心配しなさいよ」
怒ったようにそう言い出した。
「アンタね、今自分が『モグッ』どういう状況『モグッ』だかわかって『モグッ』……」
「いや、食ってから話せ。ほら、こぼしてるぞ」
竜児は、机の中を探り常備してある布巾を取り出し……手が止まる。
「……竜児?どうかした」
「あ、ああ。いや、なんでもねぇ」
止まっていた手を動かし、机を綺麗にする。ついでにポケットからウェットティシュを取り出し……再び手が止まった。
「竜児?」
「あ、いや……ほら逢坂、これで口周りふけ。汚れてるぞ」
「……うん」
やや消沈したように大河は頷き……両者とも沈黙。いつの間にか今朝北村が言っていた相談が放送されている。
「……俺、ちょっと飲み物買ってくるな」
「あ……」
その沈黙に耐え切れなくなったかのように竜児は腰を上げ、教室を後にする。大河はその背中をただ見つめていた。

***

自販機に硬貨を入れてプッシュ。がちゃんという音とともにコーヒーが出てくる。その場で竜児はプルタブを開けると、二つある自販機の中心の隙間にどかっと腰を下ろした。
「さっきは俺……なんで……」
頭に先程の手の動きが思い浮かぶ。手馴れたように机から布巾を取り出した。でも『布巾など入れておいた記憶』が無い。無いのにそれを知っていた。
ウェットティッシュもそうだ。あんなの、普段は持ち歩かない。知らない筈なのに体が勝手に動く。妙な気分だ。妙な気分なのに……。
「なんで……こんなに……当たり前みたいに感じるんだろう……?」
竜児はくぃっとコーヒーを飲み込む。久しぶりに飲んだコーヒーは、若干ほろ苦かった。





「あっれー高須君じゃん」
綺麗な声と綺麗な顔。気付けば目の前にはモデルかと思うほどの美女がいた。いや、実際モデルらしいんだが。
「うぉう!?たしか、川嶋……だったよな?」
先日病院で受けた自己紹介を思い出す。
「や〜ん♪亜・美って呼んで♪」
「俺はお前をそう呼んでいたのか?」
「いいえ。でもこの機会にそう呼んでみない?」
急な表情と態度の変化。女ってのは恐ろしい。
「え、遠慮しとく。女子を名前で呼ぶのは得意じゃないから……」
おどおどしたように竜児は立ち上がる。
「……タイガーは呼んでたクセに」
「ん?何か言ったか?」
「べっつにぃ〜?そこ亜美ちゃんの指定席だから空けて〜って言っただけ〜♪」
「そうか、悪いな」
竜児はすぐに場所を譲る。空になった缶を正面のゴミ箱に捨てて教室へと歩き出す。
「ほーんと、私ってば損な役回り〜……フェアじゃない、か……」
亜美は、いつも通りの体制で隙間に座って、そう呟いた。

***

竜児退院後一日目の学校は、特に波乱も無く終わった。竜児が鞄に教科書を詰めて立ち上がると、入り口では大河が待っていた。
「おぅ、逢坂。良かったら一緒に帰るか?」
「……買い物、行くんでしょ?今日は野菜の特売、だったかしら」
「おぅ?良く知ってるな。そーなんだよ、あれ人がいればいるほどゲットできる確立高くてな。お前どうせ飯食いに来るんだろ?」
何か、複雑な表情をして、大河は背を向ける。
「……うっさい。さっさと行くわよ」

***

「いや、逢坂のおかげで今日は上手い事キャベツをゲットできたぜ。サンキュな」
竜児はその三白眼をギラギラさせてキャベツを睨みつける。こんなもの食えるか、と思っているわけではない。今日のキャベツゲットに満足しているのだ。
「……何度付き合ったと思ってるのよ」
ぼそりと大河が呟く。
「ん?何か言ったか?」
「別に……そんなにたくさんのキャベツ、どうするのよ?」
「知らないのか逢坂。人はキャベツさえあれば生きていけるぞ」
「……アンタねぇ」
はぁ、と大河は溜息を吐く。その大河と竜児の間には、微妙な隙間がある。友達が一緒に歩くには妥当な距離だが……。
気にならないと言えば嘘になる。何か、心の奥でひっかかっている。何かが違うと、訴えて止まない。
「………………」
竜児は無言で数歩歩くと同時に、その二人の距離を埋めた。まるで、自分の右手首と大河の左手首がぶつかる位にまで。
はっとしたように大河が竜児を見上げる。その瞳は、何かに期待し、哀願し、求めている。
「逢坂、あのさ」
しかし、それも一瞬。竜児が口を開いたと同時、みるみる元気が失われていく。自分の知る逢坂大河はもっと元気が良かったはずなのに。
その、あまりの変わりぶりに言葉が続かない。気付けば、もう家の前まで来ていた。大河は、着替えてくる、とマンションに向かい、竜児は慣れ親しんだ2DKへの扉を開く。
「ただいま」
返事は無い。泰子は今日は早出しなければならないと言っていた。ちゃんとご飯を食べてるか気になるところではある。マザコン?だからなんだ。
「インコちゃんただいま〜」
返事が無いので、寂しさを紛らわすのも兼ねて、家族の一人(一羽?)のインコちゃんに話しかける。そう言えば退院してから構ってあげてない気がした。
「おっ!?エサ箱のエサが半分くらい減って……何だこりゃ?」
「サ、サイショ、カラ!!サイショカラ!!」
インコちゃんがよくわからない鳴き声をあげる。インコちゃんのエサ箱は半分くらい残っているエサに混じって、鈍く銀色に輝く金属が刺さっている。
「これは……鍵、か?」
手にとって見ると、それは小さな鍵だった。何か、見たことのある鍵。見つかって良かったと思うのと同時に、残念でもある。
「残念?何で?」
また、自分でよくわからない思いが駆け巡る。最近こんなのばっかりだ。そう思いながら、竜児は物欲しそうにしているインコちゃんにその鍵を返した。




これは、私への罰。そう思う。
普段なら、竜児は帰るときに一緒に帰るか?なんて聞かない。当然のように一緒になって、買い物して、帰る。それはもう決定事項の筈だった。
でも、竜児はかつて私にしていたように尋ねた。何も知らないような顔で『逢坂』って声をかけて。
シュルシュルと制服のリボンを解く。赤い制服をその場に投げ捨てて、スカートも無理矢理下ろしてその辺に蹴り飛ばす。ほとんど下着姿のまま、姿見の前に立つ。
「……これが今の私」
その姿は頼りなく、なにやってんの?と自分に喝を入れたくなる。でも出来ない。
買い物だってもう幾度となく付き合ってきた。そのせいか、今日は何処の特売だから何処にいく、なんてのもわかるようになってきていた、のに。
『良く知ってるな』
まるで、私が知らないとばかりに。そんな言葉が私を抉る。何度付き合ったかわからない二人の時間が失われていく。
だから、手首が近づいてきた時、少し、ほんの少し期待した。たまたまかもしれないし、そんな意図は無かったかもしれない。
それでも、せめてあの言葉を言ってくれることを期待した。でも、かけられた言葉は優しく私の心を抉る。
さて、そろそろ服を着ないと竜児に怒られる。遅いぞって、風邪引くぞって、何やってんだよ、って。
「……う、……うぅ、……竜児」
だから、泣いてる暇なんて、無いのに。

***

「よし」
竜児は制服姿にエプロンで料理支度を終える。今日はさつま揚げとキャベツの炒め物にキャベツの味噌汁。キャベツの味噌和えとキャベツの千切りまで用意した。まさにキャベツ祭り。
ちなみに、千切りは多めに切っておいた。明日はとんかつにしようと思うし。それにあいつが好きだからな。と考えて違和感。
「何で俺は……あいつの好みを知ってるんだ?」
首をかしげていると、高須家のドアが開いた。
「おぅ、ってどうかしたのか?目、赤いぞ?」
「……何でもない、ちょっとゴミが入っただけ。それよりお腹すいた」
「そうか?ちゃんと洗っておけよ。こするんじゃないぞ?お前は……」
そこまで言って、おかしいことに気付く。何で、自分はこんなにこいつの事に詳しいんだ?
「……?どうしたのよ、急に黙って」
「あ、いや。何でもない。飯なら丁度出来たトコだ。俺は着替えてくるから先に食ってていいぞ」
そういい残し、エプロンを片付けて竜児は部屋に行く。そして、部屋に行ってから気付いた。
「何で俺、先に制服から着替えなかったんだ?」
おかしい。いつもなら先に着替えを済ませていたじゃないか。わからない。とりあえず制服をハンガーにかけようとして、ポケットから生徒手帳が落ちる。
やれやれ、とばかりに手帳を拾い、しまおうとして、何かが挟まっている事に気付く。
「これ、何……!!???」
それは写真。見たことが無いが、写っている奴は知っている。少し気落ちしてるような顔。でも、すごく綺麗な衣装を着ていて……これは何の時の写真なんだろう。
「何で、俺がこんなものを……」
手が震える。何か、何かが自分の中で蠢く。、でも知らない。いや、知らないのではなく思い出せない。
ただ、時折何かが見えそうになる。それが何かはわからない。
今、頭に浮かぶのは、青い空に、二本の飛行機雲が並んでいる景色だけ。
それが何を意味するのかもわからない。
竜児は、頭を振って、着替えを終わらせる。生徒手帳は写真を挟んだまま、制服のポケットへと戻した。





俺は、逢坂の写真を持っていた。
「……うじ」
しかも生徒手帳に挟めとくなんてベタな仕舞い方で。
「……ゅうじ」
それは、何を意味するのだろうか。ここに来て、自分の数ヶ月無い記憶が無性に気になるようになって「ぐほぉっ!?」殴られた。
「聞いてんの?」
目の前には、空の茶碗と怒った虎。どうやら、茶碗で頬を叩かれたらしい。
「おまっ!?割れたらどうすんだ!?」
「うっさいわね、そうそう割れやしないわよ。だいたい、アンタがさっきからぼーっとしてるからじゃないの。おかわり」
「……おぅ」
竜児は茶碗を受け取り、炊飯器のスイッチを押す。パンッと蓋が開き湯気、次いで米の香りが立ち込めつつ白米がまだこれでもかと言わんばかりに炊飯器の中でひしめきあっている。
「……炊きすぎた」
つい、漏らす。MOTTAINAIをモットーにする自分にしては随分と余しそうなほどご飯を炊いたものだ。どうしちゃったのだ自分?と密かに思い、
「何よ?いつも通りじゃない」
大河のその台詞にヘラを落としそうになる。いつも通り?馬鹿な、俺がこんなにいつも炊くわけがない。竜児は茶碗目一杯にご飯をよそい、大河に渡しながら思ったことを告げる。
「馬鹿言え、こんなにあるんだぞ?どうみても炊きすぎじゃねぇか」
「炊きすぎてないわよ。アンタ記憶が無くても飯の準備は出来るみたいね。感心感心」
大河はそう言いながら頷き、受け取ったご飯を掻き込みだす。
「あーあーあー!!ほら、お前そんな食い方じゃせっかくのヒラヒラな服が汚れちまうじゃ……」
途端に何かがフラッシュバック。スープがテーブルに零れてる。その零れたスープが逢坂大河の服にまでかかり、何度も布巾でポンポンと拙い染み抜きを……ああ、そんなんじゃダメだ。俺がやってやるから……。
「竜児、おかわり」
「……へ?」
急に現実に引き戻される。目の前には空の茶碗、ってか早!?すぐに茶碗が一杯になるまで盛り、渡してやるとまたがつがつと食べだす。結果、本当にご飯の量は丁度良くなってしまった。
「ふぅ」
「こら、食べてすぐ横になると牛になるぞ」
食事を終え、竜児は洗い物を片付けるためにキッチンに立っていた。振り返ると、横になりながらテレビにゲームのコードを刺していく食いしん坊万歳の姿。
「アンタ、それ何回目だと思ってんの?ボキャブラリーが少ないにも程があるわよ」
そんな後姿を見て、またフラッシュバック。夜中、ゲームをやり続けてる逢坂。俺は隣でソーイングセットで……『悪かったわ、竜児』……。
「っ!?」
頭を振る。何だ今のは。俺の数ヶ月分の記憶の一コマだろうか。でも、妙に潮らしいあいつの姿は、何ていうか、こう……。
「だぁあぁぁぁあ!!!」
手を激しく動かす。高須流四十八の家事術の内の一つ、高速皿洗いで今思ったことを打ち消す。
その姿を、ゲームをしながら大河はちらちらと見ていた。
「ふぅ」
いつもよりかなりスピードを上げたせいか、皿洗いはすぐに終わった。一息つくためにお茶を入れてテーブルにつく。大河は横になって足をパタパタ上下させながらゲームをしていた。
その大河の足が、竜児の背中に当たる。
「こら、足当たって……」
今日は、一体なんだというのか。知らないはずのことがよぎりすぎる。一瞬よぎったのは広い何処かの部屋。
自分は床に大河を背にして座り、大河はソファーに座って足を背中に乗せてきて、『ねぇ、竜児。あの夢、意外と……』
「……くそっ!!」
首をぶんぶんと振る。妙な気分だ。わからないことが多すぎる。こんな時は……風呂だ。
竜児はさっさと風呂に入ってしまうことにした。
「〜〜♪」
体を綺麗に洗い流し、鼻歌を歌う。やはり風呂はいい。命の洗濯とはよく言ったものだ。こう背中が……。
「………………」
何かが物足りない。背中に当たるいつものスポンジの心地が、何か違う。
またか、と思いつつシャンプー。次いでコンディショナー。
「……あれ?」
おかしい。いつもの銘柄なのに、何か臭いが違う気がする。何度も何度も洗っても、自分の知る臭いじゃない気がする。
「……今日は何だってんだ」
竜児は、それ自体が違和感を感じる右手で、自分の頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。


--> Next...




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