「それで、大河って今も前みたいに高須くんに家事全部やってもらってるの?」
実乃梨は太陽のような笑顔で尋ねた。
放課後、生徒会活動で忙しいという北村を除き、竜児、大河、実乃梨、亜美の四人での下校。
このわずかな時間は、クラスが別々になってしまった友人達との貴重な時間であった。
「掃除も洗濯も私がやってるわ。洗い物だってやるんだから。」
大河はフフンと得意げに鼻を鳴らす。
実乃梨は背後からそんな大河を抱きしめる。
「すごいじゃん大河!前はそんなことぜんぜんやらなかったのに。」
高須くんのおかげねーと実乃梨は続ける。
「いや、お前あれでやってるなんて言えるのか?」
すぐ後ろを歩く竜児が呆れる。
洗濯は全自動、洗い物は食器洗い機任せ。
部屋の掃除はまさしく、四角い部屋を丸く掃くといったものだというのに。
しかし、それでも確かに以前よりずっと進歩したと言えるのだが。



「それに、たまに竜児が夕飯作ってるの手伝ったりもしてるわ。」
気をよくしたらしい大河はさらに続けた。
その一言に心底驚いたらしい、
「あれ!?大河料理まで作れるようになったの!?」
実乃梨はオーバーリアクション気味に腕を振り上げる。
脳裏をよぎるはバレンタインのチョコレート。
ただ溶かし、そして固めなおしただけのチョコレートに起こった奇跡。
まさに神から授けられたような不器用さだったはずだ。
その大河が、料理を作れるというのだ。
「え…、それは……。」
感動に打ちひしがれ、今にも泣き出しそうな実乃梨の剣幕に押される大河。
「その……、できるかできないかって言ったら……、」
「料理は全然できねーだろ、何度も教えてやってるのに。」
そんな無粋な竜児の一言。
やっぱり、といつもの笑顔に戻る実乃梨。
口をはさんだ竜児にキッと鋭い視線をぶつけ、大河は吼える。
「うるさいわね!サラダとか作ってあげてるでしょ!」
「サラダって言ってもレタス盛り付けただけじゃねえか。
 もっといろいろ盛ったりしろって言ってるのに。シンプルすぎるんだよいつも。」
シンプルなのは嫌いじゃない。だが、せっかくだからいろんなサラダに挑戦してもらいたのだ。
そんな竜児の思いとは裏腹に、大河は一瞬固まるとなにやら焦りだした。
「あ、あれは別に……、その……」
なにやら歯切れが悪い。



「へー………。」
小さな、しかし意味深な呟き。
大河が素早く振り返ると、先ほどまで無言だった亜美がチワワのようなその目を、
まるで獲物を捕らえた猟犬のように輝かせていた。
たじろぐ大河との距離を一歩詰め、さらに続ける。
「タイガーってば、あんたサラダをいつも高須くんに食べてもらってるんだ〜。」
言って視線を外す。へー、と再び呟きながらニヤリと唇を動かした。
「なによばかちー。何が言いたいのよ。」
目を細め凄むも、迫力は今ひとつ。
亜美はフッと鼻で笑う。
「べーっつにー。ただ〜、レタスだけのサラダだなんて珍しいなって。
 レタスだけってなんか意味深そ〜。」
「べ、別に意味なんてないわよ。ただレタスのサラダが美味しいから作ってるだけで……。」
「ホントに〜?」
「しつこいわね!ただそれだけよ!」
ニヤニヤと顔を近づけてくる亜美を振り払うようにかぶりを振り、大河は声を張り上げた。
しかし亜美には通用しない。
「そっか〜、じゃあホントに意味なんてなかったんだ。
 亜美ちゃんってば勘違いしちゃったなぁ。
 てっきり高須くんにぃ、気づいてもらいたくてぇ、
 レタスオンリーだなん……」

「わあああああああああああああああああああ!!!!!!!」

「ぬぐっ…。」
「うおっ!」
「ど、どうしたの大河、いきなりあーみんに飛び掛って!」
突然の出来事に慌てる竜児と実乃梨。
大河は髪を振り回すようにして、亜美にしがみ付いている。
「おほほほほほ、ばかちーってば、口の中に蚊がいたわよ。」
「……ん……なせ…、……離せって言ってんだろクソチビ!」
全力で大河を振り払う亜美。
スタッと軽やかに着地し、大河は目で牽制する。
「あんたいきなり馬鹿なこと言わないでよ、あせっちゃったじゃない!」
「ってことはやっぱりわかってて作ってたのね。うわー恥ずかしい女。」
「うるさい!どうでもいいでしょ!」
今にも再び飛び掛らんとする大河の殺気を亜美は軽やかにかわした。



一呼吸の後、目が点の竜児と実乃梨を尻目にさらに口を開く。
「『竜児ってば、今日も気づいてくれないの〜。』ってやってたわけぇ?はっずかしー!」
「ああああああああんた、それ以上言ったら殺すわ!モ、モルグ送りにするわ!」
「きゃはっ、タイガーってば怖い顔して〜。
 女の子はもっと〜、いつも高須くんにサラダ食べてもらってるときみたいな〜、
 か・わ・い・い・笑顔じゃなきゃ。」
「んがああああ、ブっっっ殺す!」
それが限界だったようだ。
低い姿勢から異常な膂力で飛びついてきた大河をしかし予想していたかのように軽やかに避け、
亜美はそのまま抱きつくようにして竜児の腕を取った。
「きゃー、高須くんみのりちゃん助けて〜!」
「うわっ、くっつくなよおい!やめろ!」
「うおー、大河どうどう!おちつけー!」
「竜児!あんた何ばかちー庇ってるのよ!やっぱりあんたはばかちーの味方なわけ!?」
「お、おい、落ち着けやめろって。いててっ、引っかくな!別に味方とか敵とかそんなんじゃ……」
「やーんタイガーってばそんなに怒っちゃって、亜美ちゃん怖い〜。
 でも高須くんはいつも優しいし〜、あたしもレタスのサラダ食べてもらおうかな〜。」
「……っ!」
「いてっ!やめろ、落ち着け大河!やめろってば!」
掴みかかろうとしてくる大河を亜美は竜児を壁にして上手く避ける。
そんな追いかけっこは帰路の間中続いた。





「ほら、サラダ作ってあげたわよ。」
そういって大河は大きな皿に盛り付けたサラダを竜児に差し出した。
今日は大河の親は仕事で忙しいらしい。
こういう日は高須家で弟と一緒に夜まで過ごすようになっていた。
最近は泰子も夜が遅く、弟の面倒を見ながらではあるが二人で過ごす時間も増えていた。
以前までとは違い、家事の手伝いをするようになった大河の姿に竜児は幸せな気持ちでいっぱいだったが、
相変わらずのワンパターンなサラダには一言注文をつける。
「またレタスのサラダかよ。
 シンプルなのは嫌いじゃねえけどよ、もっとバリエーション憶えろよ。」
「うるさいわね、いいのよあんたはこれで。」
「なんだよそれ。」
「いいから、どうせ料理はあんたが作るんだから、
 あんたは黙ってこれを食べたらいいのよ。
 作ってもらえるだけでも感謝しなさい。」
「ったく、わかったよ。」
まあ実際、大河が作ってくれたというだけで、
思わず天にも昇ってしまいそうな気分なのだが。



じー。
フォークを運ぶ竜児の口元に大河の視線が突き刺さる。
た、食べづらい。
「……なんだよ。」
「ねえ、美味しい?」
「なんだ、まあ、美味いぞ、ただのレタスだけど。」
「それだけ?」
「え?そうだな……、もう少し食べやすいサイズに切ったりしたほうが……」
「………そういうことじゃないわよ、ばか。」
はぁ、とため息をつく大河。
竜児は慌てる。
「な、なんだよお前。そんなこと言われてもわかんねえよ。」
「別にもういいわ、鈍感犬。」
「おい、ちょっと待てよ、どこに行くんだよ。」
「トイレよ、トイレ。」
その言葉に黙ってしまった竜児を背に、大河は部屋を出た。

「はぁ……、ばかちーはすぐ気づいたのに……。」
戸を閉め、再びため息。
レタスのサラダに秘めた想い。
大河の正直な想い。しかし、
「あいつってばちっとも気づかないじゃない。」
肩を落とす。
そもそも、こんな回りくどいことをしたことが間違いだったのだ。
相手は鈍感が服を着てるような男。
乙女チックな作戦は通用しないに決まっている。
「やっぱり、こんなのガラじゃないわね。」
呟くと同時に戸を開く。
ここは一つ、正攻法でいくことにしよう。
ポカーンと大河を見上げる竜児を見下ろし、微笑む大河。
レタスオンリーでLet us only
一緒にいたいという気持ちを込めて、大河は竜児に抱きついた。



終わり



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