大河と竜児が再会した卒業式の数日後、ようやく二人は高須家の居間で、ゆっくりと恋人の時間を過ごすことができている。

とにかく二人にとって、誰もいない空間で、こうして面と向かうのは久しぶりなのである。そのせいか、互いに発せられる言葉は以前よりも少ない。

大河は竜児を背もたれにして畳に座り、腰の辺りで自分を抱き留めている大きな手を眺め、一人安堵する。

竜児は、そんな大河の様子を知らず、もう片方の手で時々大河の頭を撫でたり、髪を触ったりしながら、体全体で自分の恋人である美少女の造形の精緻さ、あるいは女性特有の柔らかさを感じ、何か気恥ずかしい思いで、二人の間にある沈黙を噛み締めていた。

「…竜児」

「…おう、どうした」

「…私ね、あんたにちゃんと伝えたいことがある」

少し顔を上げ、おもむろに立ち上がった大河は、向き直って、背もたれにしていた恋人の胡座の上を跨るようにして座り、その人の背中に手をまわした。そうして自分の顔を相手の胸板にうずめたり、こすりつけたりして、フガフガ言ったりしていた。一人フガフガ祭りであった。

「お前…何一人でフガフガ言ってんだよ。くすぐってえから止めとけ。」

「フガ…うるさい。あんたは黙ってフガフガされてな…」

やはり動物的な何かが働くのだろうかと竜児は思う。しかし手は自然と大河の髪を撫でる。柔らかに香る髪もさることながら、驚く程に顔が小さい。形の良い鼻と尖った顎が自分の胸板にこすられる。

手を滑らし、大河の頬に触れる。触れた頬と手の間に細い髪が絡まっている。大河の顔が止まる。目が合う。睫毛が長い。と思ってる間に触れた。

潤って熱い。甘ったるい。下唇を噛まれた。カプッとか言っている。舌が小さく、薄い。食べてやろうか?と思う。頬に両手を添えて、もう離さない。喉から漏れる声がとても可愛い。

「あっ…ん…り、竜児…ちょっと待って…聞いてくれる?」

大河の目は潤って、震えている。そんな目で見られたら、聞けるもんも聞けなくなっちまう。そう思ったが、竜児は大河の背中に手を回し、大河を見つめた。

「悪い…嫌だったか?」

「違うよ!そんなんじゃなくて…そうじゃなくてさ…。私ね…今幸せで、なんていうか…欲しかったもの、今、こうして全部あるって思ったの。家族とかさ…友達だっている。居場所がある。それで…竜児をこんなに近くで感じれる…」



「…おう。それは…お前が逃げずに立ち向かっていったからだよな。そんで…」

「この幸せは竜児がくれたんだよ!そう思うの…言いたかったことはね…私は、竜児にお返しがしたいってことなのよ…」

「…そんなこと考えてたのかよ?」

「だって!わ、私、あんたのお、お嫁さんだもん!…だけど、私、何も返せるものが思いつかない…だから…」

「…だから?」

何故か今にも泣き出しそうな顔を一瞬竜児に向け、大河は竜児の首にしがみつくようにして抱きつき顔を寄せる。


「だ、だから…せめて…わ、私のこと、好きにしていいんだよ…?竜児のしたいようにしてね?私、お、お嫁さんなんだから全部竜児のものでいいんだよ?竜児が喜ぶことならなんだってしてあげる…」

そう言って、大河は夫の耳にキスをした。そして優しく顔を抱きしめ、離れて、今度は顎の辺り、口元にキスをする。また胸元に主人の顔を抱き寄せた。

「…」

一方旦那は、思考停止。当たる胸元のなんたる柔らかさ。そこから致死量の芳香。甘い毒花畑。
一回死んだのかもしれない。こんな出来事、状況が、人を死の淵に追いやることがあるとかないとか。
そんなことを考えてる間にも、キュートな死神は追い討ちをかけてきた。

「…もう、あんたってやつは、あんな恥ずかしいこと言わせておいて、白目むいてふざけるんじゃないよ?そんなやつはこうなんだから…」

今度は私が離さないとばかりに竜児の頬に両手を添えて、鼻先を舐めた。
舐めた?のだろう。すかさず口を口で開き、小さく尖った舌で廃人に生気を与えんと潤いをよこしてくる。

「…んっ…っ…どうよ?目覚めた?」

好きにしてくれと言いながら、好きにされているのは自分の方で、 もう触れられていない所は無いように思えた。少なくとも口の中は。

「えへへ…ボーってしてなんか可愛い…。でもいい加減かまってよね!」

とか言いながら、自分の口元をペロッとしながら、少しムスッとしながら、標的から離れ、恥ずかしそうにしながら、女の子座りで両手を『抱っこして』ポーズにしながら…嫁は夫を待ってます。

「もう!コラ!好きにしていいよって言ってんだから!早くしなさいよ!もうこれ以上待ってらんな…うわぁ!!」


大河は好きにしてくれと言ったことを後悔しなかった。やっと竜児が自分に甘えてくれたから。
一番近い所で感じることができたから。求める人に求められたから。

おしまい



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