卒業式の5日後、早朝の須藤バックス。
「さっむー」
「ったく北村、こんな時間設定にすんなよー」
大きな人影と小さな人影が1つずつ。

事の発端は1枚のチラシであった。
「失恋大明神主催 華の卒業旅行!」
それは3年生用の廊下にひっそりと貼られていた。
紙には近場の温泉街への1泊2日ツアーとだけ書かれており、主催者(北村)に問い合わせたところ、集合場所と日時だけを教えてくれた。
ちなみに現在6時17分。集合場所である須藤バックス前には大河と竜児のみが来ていた。
須藤バックスは9時開店なので店の中に入ることもできない。
「よっ!高須アンドたーいがー」
しばらくすると能登と春田が、
「あれー?マルオはー?」
直後に奈々子と麻耶が、
「ところでみのりんは?」
「野球で忙しいんじゃないか?」
「と、思うだろ?ちみぃ。だがしかし!温泉マスターの私めが温泉に行かない訳にはいかないのですよ!」
竜児の背後からは実乃梨が現れた。
「いや聞いたことねーよ」
竜児も突っ込みを忘れない。

そんなこんなで6時30分、集合時間。
須藤バックスの前に白いワゴンカーが止まっていた。
『俺と亜美は都合上、集合場所には来れない。の時間になったらナンバー87−39ワゴンカーが来ると思うから、みんなを乗せてやってくれ』
竜児は前日の北村からの電話を思い出し、無言でみんなの背中を押してやる。
運転席の窓が下がる。
そこに乗っていたのは……







そこに乗っていたのは……
2人の漢だった。
いや、正確には男が1人と女が1人だ。
惜しみもなくダンディズムを漂わせながら運転席から顔を覗かすのはスーパー狩野屋の店長。
そして奥の助手席にはその娘、狩野すみれの顔があった。

3時間後、一行はとある温泉街の、いかにも隠れ家っぽい旅館に到着した。
「あー肩凝る」
「あんたはまだいいわよ。私なんかずっとお尻が痛くて……痔になったらどう責任取ってくれんのよ!?」
実はこの3時間、ワゴン車に全員分の座席が余っていなかったったので、大河は移動中ずっと竜児の膝の上に座っていたのだ。
お尻痛い云々も決していやらしい意味ではない。
「いや文句なら狩野先輩の親父さんに言ってくれ」
若干険悪な会話をしている竜と虎を尻目に、今件の発案者、北村祐作が満面の笑みで手を振り出迎えた。
「よーし、全員集まったな!ではこれより失恋大明神主催、大橋高校卒業旅行をはじめる」
「ちょっとまった」
「おっ、高須、始まるなり先生に質問か?よ〜しどんどん聞け!先生はそんなやる気のある生徒が好きだぞ」
「おまえは先生じゃねえ。てか、何で狩野先輩がいんだよ」
「細かいことは気にするな。会長が右と言ったら右に、左と言ったら左、温泉と言ったら温泉なんだ!わかったか!」
「おいおい北村、私はもう会長じゃないぞ」
ハッハッハッハと2人分の笑い声が響く。
何かこの2人似てきたな。
「訳わかんねえよ……」
竜児は早くもこの旅行に不安を覚え始めた。

「じゃあ部屋分けをするぞ」
「「「は?」」」
約7名の頭上にクエスチョンマークが上がる。
「……もしかして会長、説明してなかったんですか?」
「ん?ああすまん、すっかり忘れてた」
「……じゃあ俺が説明を。この旅館には鶴の間と亀の間の2部屋しかない。しかも両方とも定員は5人だ。部屋には布団を敷くスペースは5枚分しかない」
「え?じゃあそれって……」
「そう、今回のツアー参加者は男子4人、女子6人の10人だ。だから男女混合で2グループに分ける」
「「「……」」」
北村の発した言葉を理解するのに5秒。
そして5秒後、
「「「えぇ〜っ」」」
さびれた温泉街に、7人分の悲鳴が響き渡った





「亜美ちゃんは賛成〜。どうせこの中には夜な夜な女性を襲うような度胸のある男はいないしぃ〜」
なにぃっ?
竜児は三白眼を亜美に向けた。そして見た。彼女が悪魔のごとく邪悪な笑みを浮かべたのを。
「お……おい!大河!何か俺たち罠に嵌められて……大河?」
竜児は愛する彼女の肩を揺らす。しかし反応はない。
「……」
大河は顔を真っ赤にし、口を△←この形にして本人にしか見えない何かを見ていた。
どうやら妄想世界に閉じ込められたらしい。
「竜児とご飯、竜児とお風呂、竜児と夜な夜なランデヴー……うへへ……」
こうなるとしばらくは還ってこれない。どうやら大河の分は無効票になりそうだ。
「俺は全然構わないぜ。ちゃんと布団で寝たいしな」
「はぁ?何考えてんの?あんた遂に頭おかしくなっちゃったの!?」
「まって麻耶ちゃん……」
能登に罵倒する木原をすかさず香椎がとめに入る。
「もし運良くマルオ君と相部屋になればナンタラカンタラ」
……木原も堕ちた。
結果、多数決で北村の「ドキッ?若干女の子多めの男女混合相部屋」案が可決された。

そしてくじ引きの結果、

鶴の間
竜児・大河・木原・能登・香椎
亀の間
北村・狩野・亜美・実乃梨・春田

となった。
当然、木原は再抽選を要求したが、その訴えは聞き入れられなかった。






昼食後、しばらく時間の空いた一行は温泉街周辺を一通り見て回ることにした。
しかし、見て回るといってもこの周辺にはおみやげ屋がほとんどで、たまに大きな料亭と古い工房が並んでいるだけである。
仕方がないので手近なおみやげ屋に入ることにした。
「あっ!竜児、見て!あれ何かブサ鳥に似てる!」
「あんなのとうちのインコちゃんを一緒にするな!」
どうやら木製の工芸品を中心に置いているようだ。
旅行にしては物足りない感があったが、皆それぞれに楽しんでいるようだった。
大河も様々な動物をかたどった木の置物へ好奇の目を向けている。
と、急に顔つきを変え、竜児へと向き直った。
「……」
上目づかいで竜児の目を見つめる。
対する竜児は大河を睨みつけた。
大河は何の思惑も無くこんな風に見つめてくるような女じゃないし、なにより、そうしなければ胸の高鳴りを抑える自信がなかった。
「……ねぇ竜児、」
「あんまり高いのは駄目だぞ」
大河の顔がぱあっと明るくなる。どうやら欲しがっているものはあまり高い品ではないようだ。
「これ買って!」
大河が持ってきたのは1本の木刀。値札には¥3500と、また高いのか安いのかわからない微妙な値段が書かれている。
「え……」
「この前、今使ってるやつにカレーこぼしちゃって臭くなっちゃったか新しいのが欲しいと常々思ってたの!まさかこんなとこにあるなんて!」
「ち……ちょっと待てよ!匂いはちゃんと洗えば落ちるし、何もこんなところで買う
必要はないだろ!しかも『洞爺湖』とか別の地名が書いてあるし」
「お・ね・が・い?」
なっ……
そんな言い方で言われれば、竜児は買ってやるしかない。
秘かに思う。
誰だ!大河にこんな……こんな甘え上手にした奴は!

犯人は亜美



おみやげ屋の帰り、実乃梨が突然料亭の前に立ち止まる。
「見て見て大河!あそこでお見合いやってる!」
他の面々もどれどれと覗いてみると、実乃梨が言うように、中では1組のカップルがお見合いをしているようだった。
男性の方は袴をはいた好青年で、生き遅れた感は微塵も見せていない。
一方の女性は、赤い着物を見事に着こなしている少し厚めの化粧をした
「うそ……」
独身(31)だった。
全員で一斉に垣根の陰に隠れた。











きたきたきたーっ!
ついに……私にも……春が来ましたーっ!
恋ヶ窪ゆり(31)は今、絶頂のさなかにいた。
駄目もとで登録したお見合いサイトに「ぜひ会ってください!」とラブコールが送られてきたのが3日前、ちょうど卒業式の後始末もひと段落し、暇を持て余していた時だった。
しかも引っかかったのが思わぬ上玉。20代にして一流企業の課長を務めている陰陽師、じゃなかった御曹司だった。
前回の失敗を生かし、探偵に身元を調べてもらったがこれもクリア。
容姿端麗で人当たりも良く、実際に会ってみても非の打ちどころは全く無かった。
無かったのだが……
探偵による調査で、彼がモテない理由とされる最大の汚点が浮き彫りになった。
「いやー、まさか貴女みたいに綺麗な方とお会いできるとは正直思ってもみませんでした。このご時世、出会い系サイトを使った犯罪とかもざらでしょう?」
「ええ、でもこんな素敵な出会いがあるなら、インターネットも決して捨てたものじゃないと思いますわ」
「ゆりさんもそう思いますか!」
見合いは一貫して和やかムード。このまま押せば百戦錬磨の恋ヶ窪ゆり(31)の勝利は確実である。
「いやー、どう思う?ニョロちゃん?」
急に彼の着物が動き出す。そして袖口から1匹のヘビが顔を出した。

そう、彼の唯一の弱点は「爬虫類好き」。特にヘビの「ニョロちゃん」は仕事場にも持ち歩く程の溺愛ぶりだという。
他にも彼の家にはイグアナの「パッくん」、カメの「かめ太郎」がいる。
この無類の爬虫類好きが女性を近づけさせない秘訣(?らしかった。
しかし、この汚点は恋ヶ窪ゆり(31)には逆に追い風となった。
田舎生まれのゆりちゃんは小さい頃から野生のヘビを見て育った。シティー育ちのギャルとは違い、ヘビを見て「キャ〜こわ〜い」などとは言ったりしない。この雄々しさが男を寄せ付けない一因にもなったのだが、そんなことはもう過ぎ去った過去になりつつあった。

見える……私にも勝利(勝利と書いて「けっこん」と読ませます)が見えるわ!
ヘビが出てきたときのリアクションは決して悪くなかったし、「わ、わぁ〜可愛いですね〜」なんてお世辞も言ってやった!これで玉の輿ゲットだぜ!
それにこのヘビ、よく見ると結構ほんとにかわいいかも。瞳もつぶらだし、色もうちの裏山にいたマムシなんかよりずっと良い……

うぎゃあ

うぎゃあって何よ。私の一世一代の戦いを邪魔しないでくんない!
ったく、一体どこの誰が……

「なに声上げてんのよ!ばかのう!」
「こわいこわいこわいこわい怖いよぉ……」
すみれは柄にも無く顔を北村の背中に押し付け、驚くことに、怯えている。
「しまった、会長はヘビが苦手だった」
「てかお見合いにヘビ持ち歩くとかどんだけ……」
「あっ!ゆりちゃんに気付かれた!」
「あっ……あんたたち何でここにぃ!」
ゆりちゃんが今だかつて見せたことのない鬼の形相で迫ってくる。
「独身(31)が怒った!逃げろーっ!」
大河の一声で蜘蛛の子を散らすように逃げた。

一方、独身(31)は……
「(31)!?だってプロフィールには27歳って……!」
「えっと……それは……あの……」
最後の弾を
「……すいません」
打ち損じた。








「はぁ〜、まさかあんなところに先生がいるとはな〜」
「相当必死こいてたよね〜」
「俺、もうゆりちゃん結婚諦めた思ってた〜」
「あ〜俺も〜」
竜児、能登、春田は湯船に浸かりながらゆったりと会話する。
そこは男女別に分かれた露天風呂で、2部屋しか備えていない旅館のそれにしてはいささか広過ぎた。
3人は悠々とスペースをとりながら湯を満喫する。
ガラガラガラッ
「よぉ3人とも!楽しんでるか!」
「北村……」
「前くらい隠そうよKITAMURA……」
「うおっ!でかっ!」
「ワハハハハ!とうっ!」
バシャッ!
北村はそこから美しいモーションでダイビングを決める。
「っぷ、どうだ高須!俺の芸術的な飛び込みは!」
「入る前に体洗え!せめてマナーは守れ!……ったく、最近おまえ春田より馬鹿に見える時があるぞ」
「ひどいよ高っちゃん!それじゃまるで俺が大先生より馬鹿みたいじゃん!」
「しっ……」
急に北村が真剣な顔つきになり、口に人差し指を当てて静かにするよう促す。
竜児たちは言われるがままに口をつぐむ。

一瞬の沈黙。

そして……






ガラガラガラッ
「わぁ〜広〜い!これ全部私たちで貸し切り!?」
「夜風が気持ちいいね〜」
「取材で結構いろんな温泉宿見て回ったけどぉ〜、これはこれでいいかも?」
「広い!広いよ大河!ここで釣りができるよ!」
「煮魚になっちゃうよ、みのりん……」
「泳ぎの練習ができるよ大河!この機会を逃す手はないよ!」
「風呂で汗かいてどーすんのよ」
亜美の大きな溜息が竜児たちにも聞こえてくる。
そう、男風呂と女風呂の区切っているのはたったの仕切り1枚。女性陣の会話は丸聞こえであった。
「亜美ちゃんやっぱりスタイルいいね〜」
「仕事よ仕事。これでも維持するの結構大変なんだから」
「あれぇ?去年は『太らない体質なんだ〜』とか言ってなかった?」
「うっさいわねバカトラ!そういうあんたは貧にゅ……あれ?前より少し大きくなってる?」
「え……そう?」
「ねーねー実乃梨ちゃん、どう思う?これ」
「うーん、言われてみれば若干……目測だけどギリでAくらい?」
「そういえば異性に揉んでもらうとおっきくなるって昔からいうよね〜」
竜児は周囲の視線が一斉に自分に向いたのを感じた。
「おいホクロ、何言って……」
「あれぇ〜?もしかして高須君に毎晩……」
「ちょっ……話飛躍しすぎ……」
ちっ、違っ!違うんだ!
ジェエスチャーで周りに伝えようとするが、壊れてしまった友情は簡単には戻らない。
「へぇ〜、否定しないんだぁ〜。もしかして図星?」
おい大河!そこは否定しないと俺の立場が……!

「そういえばマルオたち遅いね〜」
木原が急に話題を変える。
「もういたりして……」

香椎の一言に、気まずい静寂が訪れる。

ハクシュン!

春田……

「サイテー」

木原の声が男性陣(特に能登)の胸に突き刺さる。

ガラガラガラッ
「なに定番のイベントでうろたえてんだお前ら!」
「うわっ!狩野先輩!?」
「てかタオル巻けよ……」
「何を恥ずかしがることがある!女同士だろうが!」
「あんたの存在が一番恥ずかしいよ……わっ!ちょっ!どこ触って……!」
「よいではないかよいではないか〜」
「ちょっ……やめっ……あん?」
亜美の喘ぎ声に顔を赤くし、罪悪感を覚えた竜児たちは即行で退散。
己の素行を深く恥じ入ることになった。

「……よし、もう演技はいいぞ川嶋」
「はぁ〜、どうして亜美ちゃんがこんなこと……」
「これでガールズトークが再開できるんだからいいじゃないか!」
「へー、あんたガールだったんだー」
「……なんだその目は」


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