「おう」
「っうわ!びっくりした……いきなり後ろから話しかけないでよ!」
「おお、すまん」
夕食後、竜児は廊下の窓から月を眺める大河を見つけた。
「ったく……まだ完全に許したわけじゃないんだからね!」
気安く話しかけないでよ!と更に言いたいのであろう。だが何も言わず、月を見る作業に戻る。
食事中、男全員で土下座して謝ったときは、北村たちがいる手前、許さないわけにはいかなかったであろうが、2人きりになるとやっぱり気まずいか……
いままでの竜児ならここで対応に困るところだが、あいにく、そんなことは微塵もなかった。
2年のときにいろいろあり過ぎたせいか、この程度のことでは動揺しない身になってしまった。
こんなとき、竜児は1番の対処法を知っている。
「なぁ大河」
「何よ……」

チュッ

「……!」
振り向きざまに、キスしてやった。
大河は目を丸くする。
完璧な不意打ちだった。
「これで許してくれるか?」
一瞬、何をされたか分からないという表情をした後、大河の顔はみるみる赤くなっていく。
「な、何言ってんのよ!キス1回くらいで許すわけないでしょ!」
大河が目を閉じ、顔を突き出す。
「もっと」
「おまえ……」
「ほ、ほら!部屋に戻ったらみんないるから何もできないでしょ!ね?だから今のうちに?」
「……わかったよ」
月明りに照らされた2つの影が、1つに収束していく。




「『みんなの不幸も自分が背負っていきます』、か……あいつらしいな」
「そうですね」
「亀の間」の縁側に、大橋高校の元生徒会長が2人並ぶ。
「そうか……わたしのいない間に幸太も成長した……まさか生徒会長になるとはな」
「またまた、最初からそうするつもりで生徒会に入れたくせに」
「ははは、ばれてたか」
「俺のときもそうだったんでしょう?」
2人はその日を思い出す。
北村が大河に振られた日であり、狩野すみれという人物にであった日……
「まあな。不幸な境遇の奴を見ると放っておけなくてな」
「……今でも会長のそういうところ、尊敬しています」
「ん……」
会話にしばらく間があく。
やがて、意を決したように北村が口を開く。
「会長!」
「……みれ」
「はい?」
「すみれ……って呼んれ?」
「会長……」
「ん?」
「お酒、飲んだでしょう」
「飲んれらい」
そう言うすみれの口からは強烈なアルコール臭がした。




縁側に面するふすまの隙間から、好奇の目が2つ。
「おお!狩野選手、北村選手に絞め技を強行だ!」
「ふふん、どうやら酒に弱いってのも本当のようね」
「ぐーぐー」
「おおっと、絞め技から寝技に入った!北村選手、抵抗できない!」
「さっき、水と称して」
「お酒を盛ったんだね、あーみん!」
「ただの酒じゃないわよ」
「えっ、じゃあ……」
「ぐーぐー」
「あ・わ・も・り?」
「まじでか!」

「こらこら、これ以上は野暮だよ実乃梨ちゃん」
「了解です隊長!」
実乃梨がふすまを閉める。
「さーて、暇な私らはどうしますかなぁー」
「そんなの決まってんじゃん」
2人の視線は足元で就寝体制に入っている春田に向けられる。
「ぐーぐ……」
「なにいつまでも狸寝入りかましとんじゃー!」
「ぐはっ!」
実乃梨の肘が春田のみぞおちに入る。
「った……痛いよみのり〜ん」
「気安くみのりん言うんじゃねーっ!」
「ごばっ!」
次は右の鉄槌が寝起きの頬に直撃する。
「おらおらおらおら!おとなしく彼女の話を1から10まで聞かせてもらおうか!」
「えー、めんどくさいよー」
「あら〜、じゃあ、今度亜美ちゃんが春田君の彼女さんに会ったら『私が浩次の婚約者です!』とか言っちゃうけどいいのかなぁ〜?」
「そりゃないよ亜美ちゃ〜ん」

夜は更けてゆく。




夜中の1時、すっかり静まり返った「鶴の間」でただ1人、能登久光だけが目を開けていた。
能登は横を見る。
そこには、30センチほど離れて木原麻耶の布団が掛けられている。
そして能登からは木原の背中しか見えない。
「木原……」
相手が寝ていると分かっていても、いや分かっているからこそ言う。
「俺、ずっとおまえのこと……」
鼓動が高鳴る。



1時間後、再び静かになった「鶴の間」
木原は寝返りを打ち、すっかり寝入った能登の寝顔に向き直る。
目は開いている。
「知ってたわよ、バカ」
その声が聞こえたのは、竜児、大河、香椎の3人だけ。
(麻耶ちゃん……)
(……ぷぷっ)
(こら笑うな大河!)

まもなく夜が明ける。





朝、一行はとある公園に来ていた。

「うわぁ、綺麗」

公園の真ん中には早咲きの桜が、大木で1本だけ植わっていた。
その日、肌寒い冬の空気の中、その桜は見事な満開を見せていた。
「でも、なんだか淋しいね」
亜美が呟く。
「これが終わったら私たち、またこうやって集まることはできなくなっちゃうんだね」
先頭にいる亜美の涙は誰からも見ることができない。

「「そんなことない!」」

断固として言ったのは竜児と実乃梨だった。
「そうだよ!」
大河が続ける。
「会いたければ、会いに行けばいい。集まりたければ、集まればいい。10年後も、20年後も、私たちは、ずっとずっと変わらない友情で結ばれてるんだよ!」



なぜだろう、そのとき竜児には桜の花が笑いかけているように見えた。

END




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