新緑がまぶしい、五月の或る日。
午後の優しい光差し込む寝室の、開けた窓から吹き込む風は心地よく、柔らかく彼らを包み、まどろみを、より深くいざない奏でる。


『優しい時間』


ベッドの上、ごろりと寝転がりながら、大河は自らの髪を梳いている膝枕の主を、ちらりと細目で見上げた。
その僅かな動きに気付いて、竜児は大河をみつめると、満面の優しい笑みを浮かべた。
「どうかしたか?」
「べつに・・・」
それきり答えて大河は、横を向いてしまう。
しかし竜児は落胆するでもなく、微笑みを浮かべたまま、また大河の髪を優しく梳き始める。
丁寧に、丁寧に。
くすぐったいような心地いいようなその感触に身を委ねながら、大河は一つ欠伸を噛み殺した。
「眠いんなら、寝ちまってもいいぞ?」
「ん・・・」
耳朶を打つ、お気に入りの声がそう囁いて、眠りへと誘うサンドマンの手招きに拍車を掛ける。
このままおちて――・・・
「・・・竜児?」
「ん?」
「・・・好きよ」
「ああ、俺もだ」
いささかも動揺を感じさせない声音に、ちょっとばかり寂しさを覚える。
「・・・ちぇ」
「?なんだよ?」
「・・・なんでもない」
別段言うことでもない。
このまま、眠りの守護者の手の内に落ちようと心に決めた。
そうして目を閉じようとしたそのとき、
「え?」
視界に入ったのは、真正面にある大きな姿見。
そこに映っていたのは・・・。
「竜児?」
「ん?」
「顔真っ赤」
「!!?」
あからさまに動揺した手が、思わず大河の髪の毛を引っ張る。
「な、なんで?」
「いたたたた・・・ほら、鏡に・・ね」
言われて顔を上げた竜児の目にも、目の前の光景が映る。
膝枕されている大河と・・・真っ赤な顔で慌てている自分が。
「ふふ・・・声だけじゃなく、顔も平素にしないと片手落ちだね?」
「く・・・顔をみるのは・・・反則だろ・・・」
もはや動揺も隠そうともしない声音でつぶやく竜児の唇が、フッと塞がれた。
「・・・慣れないのも悲しいけど、やっぱり初々しいのもいいわね」
唇を離しがてら、真っ赤になっている竜児の照れ顔をみて、ニンマリと笑う。
「・・・悪趣味」
そんな大河を、困ったようにみつめ返しながら、竜児は愛し人のほっぺたを軽くつねった。
そんな、なんでもない日のなんでもない午後。






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