西日の差す週末の夕暮れの帰り道をいつものように二人で手を繋ぎ、並んで歩く。
高須家へと向かう角を曲がりながら、
「なあ大河。今日の晩飯は何がいい?」
「そうね・・・。肉」
「お前なあ・・・。いっつもそれじゃねえか。つーか肉って何肉だよ。豚か?鳥か?牛か?
言っておくが鳥はインコちゃんがいるからなるべく使いたくないし、牛は高いから滅多に使えねえぞ?」
そう言いながら高須家への階段を上がろうとする。
このアパートの階段は狭いので、二人で並んで上がるのは少々具合が悪い。
したがって、繋いでいた手を離すことになるのだが・・・。竜児はこれが少し寂しい。
大河も同じように思ってくれているのだろうか・・・。
大河が先に階段を上がりながら、
「その理屈だと豚しか選択肢はないじゃない。大体何だっていいのよご飯なんて。なんてったって竜児が・・・。」
うつむきながら言葉を切る。
「なんだって?最後までちゃんと言えよ。」
「うっさいわね!細かいこと気にするんじゃないの!」
と、大河は勢いよく振り返りながら答える。
「何だってんだよ・・・。おい、足元気を付けないと危ねえ・・・・・ぞ!?」
階段という場所と大河のドジっぷりについて、竜児が考えついたまさにその時。
先を行く大河が階段で足を滑らせていた。
「・・・え?」
何が起こったのか分からないのだろう。呆けた声を出しながら大河が落ちてくる。
「うわあああああ!」
叫びながら落ちてくる大河を必死に抱き止めるが、いくら大河の体がモスキート級とはいえ、地球の重力は結構なものだ。
竜児もそのまま地面に倒れこむことになる。
「いってえ・・・。だから気を付けろって・・・・・え?」
言いながらその不思議な状況を感じ取る。
竜児が大河を受け止めたのだから、竜児の背中には固い地面があるはずだ。
だが、感じるのは自分を包み込む大きな体であった。
さらには自分の発した言葉が、いつも自分が聞いているあの甘い声で再生されたような気がする。
「いたたたた・・・。またドジっちゃ・・・・え?」
大河も異変を感じ取ったようだ。
そしてお互い顔を見合わせようとして、いつも向く視線の先に何もないことに気付く。
二人してそのまま三秒ほど考え、まさか・・・と思いつつ、次の瞬間には同時にいつもとは逆の方向に視線を向ける。
つまり、竜児は上向き、大河は下向きにである。
そうして二人はよく見知った・・・自分の顔を見つけた。
そのまま二人はたっぷり十秒ほど見つめあい、
「「えええええええええええ!?」」
同時に声を上げた。





二人の体が入れ替わった。
とりあえず二人で居間のテーブルの周りに座り込み、この状況について考えていた。
「うーむ・・・。」
「遺憾だわ・・・。」
二人で顔を突き合わせて三十分ほどこうしているが、状況は何も進展していない。
体が入れ替わった直後、とりあえず部屋に戻ろうと二人は立ち上がって階段を上がろうとしたのだが、
いつもと違う体のせいでうまく歩けなかったので二人で支えあい、手すりを握り締めながら何とか居間にたどりついた。
そして現在はこの状態である。幸いにも今日は金曜日。明日あさっては休みなので問題解決のための時間は一応ある。
しかしこのままずっとこうしているわけにもいかないので、竜児は、
「なあ、た、た、大河。と、とりあえず買い物に行かないか?」
と言った。どもりまくっているのは、この状況に動揺しているせいもあるが、
大部分は自分の顔に向けて「大河」と呼ばなければならない違和感のせいである。
「そ、そ、そうね。このままこうしていても埒があかないしね。」
きっと大河も同じような気持ちなのだろう。
二人して立ち上がり、買い物にでかける準備をしようとして足を出し、つまずいてテーブルに手をついた。
「ねえ、り、竜児。ちょっと体を慣らしたほうがよくない?」
と大河が言い、それに対して竜児も異論はなかった。
「お、おう。そうした方がよさそうだな。」
そうして二人はお互いで支えあいながら、いつぞやの体育の授業のように準備運動をし始めた。



三十分ほど体を慣らした後、着替えるわけにもいかないので制服姿のまま二人で手を繋いで家を出た。
いつものように手を繋いでいるのだが、今日はいつもとは感じが違う。何しろ竜児は必死なのである。
慣れない体で転ばないように、また、お互いが転んでもすぐ支えられるように、と。
しかしそう思っているのは竜児だけのようであった。
体が入れ替わってから一時間ほど経っており、手乗りタイガーでならした大河は、その卓越した運動神経によって既に竜児の体に慣れているようだ。
「な、なあ大河。もう少し歩くスピードを落としてくれないか?」
と竜児は大河の手を、すなわち自分の手を握り締めながら頼む。
「だらしないわねぇ。まあいいわよ。慣れてくるとアンタの体は快適ね。」
そう言いながら大河は少し歩く速度を緩め、竜児の手(今は大河の手である)を引っ張り、隣あって並んで歩くようにしてくれる。
「そうは言ってもよ。何か歩いても歩いても進んでる気がしないんだよな・・・。」
と竜児はつぶやき、それを聞いた大河は、
「それは私がチビだって言いたいわけ!?いいじゃない別に!普段から誰かに迷惑かけてるわけじゃないんだしさ!」
途端に怒り出す。迂闊に地雷を踏んでしまったことを悔やみながら、
「悪い。そんなつもりじゃないんだ。それに、俺はお前の・・・」
言おうとして口を噤む。言おうとしたことが余りにも変態じみていると思ったからだ。お前の体も好きだぜ、などと。
「何よ。最後まで言いなさいよ。アンタがついさっき言ったことじゃない。」
さっきのこと、と言われ、この状況になった原因の階段での出来事を思い出す。
「え?ああ・・・。そういえばさっき階段でなんて言おうとしたんだ?」
と聞き返す。それを聞いて大河は、今は竜児の顔であるその顔を真っ赤にしながら、
「そ、それは・・・。その、アンタの作るご飯だったら私はなんだって好きだよって・・・何言わせてんのよ!」
やはり怒り出す。それを聞いて竜児は、そんな自分の顔から目を背けながら、
「そ、そうか。」
と照れながら答えるしかない。目を背けたのは自分の顔とはいえ、照れた表情が怖かったからだ。
俺はいつもあんな表情をしていたのか・・・?と密かに軽く自己嫌悪に陥る。
「で!?アンタは何を言おうとしたってのよ!?私は言ったんだからアンタも言いなさいよね!」
そう言いつつ迫ってくる。こうなっては観念するしかなく、
「その・・・。大河の小さな体も好きだぞって・・・。」
それを聞き、やはり真っ赤になりながら、
「ななな何言ってのよこのエロ犬!こここんな公道でそんなこと言わないでよ!」
「お前が言わせたんだろーが!だー!暴れるな!俺の体で暴れたらシャレになんねえ!」
そんな会話をしながら夕暮れの道を、二人でスーパーへと歩いていく。





スーパーに入り、竜児はいつものように買い物カゴを取ろうとするが、それよりも先に大河が、
「私が持つ。この体だったらいつもより力が出るし。アンタは何買うか言いなさいよ。」
と、いつもならば決してそんなことはしないのに、今日は率先して手伝おうとしてくれる。
「そうか。ちょうどこの体だと持ちにくいかと思ってたんだ。ありがとな。」
言いながらにっこり笑ってみる。すると大河は、
「・・・なんか悔しいわね。」
とつぶやく。首を傾げながら、
「え?なんでだ?」
と聞くと、
「なんでもない!」
と言ってそっぽを向いてしまう。
「まあいいか。とにかく晩飯だ。豚のしょうが焼きと付け合せにポテトサラダでも作ろうか。」
「分かった。じゃあじゃがいもと・・・あと何がいる?」
「ポテトサラダと聞いてじゃがいもしか思いつかないのかよ・・・。
じゃがいもときゅうりにニンジン、卵はあるから他にはレタスとトマト。マカロニも入れよう。」
そう言いながら、二人で店内を回る。回っているうちにふと、
「なんかこれこそ在るべき姿って感じじゃねえ?」
とつぶやく。そう、男が買い物カゴを持ち、女が作るものを考え、買うものを指示する。
客観的に見れば今の光景こそ本来あるべき姿ではないかと思ったのだ。
「・・・だから悔しいっていったのよ。今のアンタ、口調以外は完璧じゃない。」
どうやら大河も同じように思っていたようだ。
一通り買い物を終え、レジを通る時、いつものようにレジ袋はいらないと伝え、店員さんを顔を見ると、にっこり微笑んでくれる。
いつもならば悲鳴をあげられるというのに。これが大河マジックか。またしても自己嫌悪に陥る。
買ったものを持参のエコバッグにつめ、二人並んでスーパーを出る。そこで、
「あ、ばかちー。」
川嶋亜美とばったり出会ってしまった。これは幸か不幸か判断がつかない。一人で混乱している間に、
「何?高須君。何で高須君があたしのことタイガーみたいな呼び方するの?」
ちょっと引き気味に半眼で二人をじろじろと見られる。
「もしかしてぇ、いつも二人でべったらべったらしてるからタイガーがうつっちゃった、とか?いやだぁ〜きもちわるぅい。」
いつもってどういうことだよ、と思いながらもとりあえずは状況を説明しなければどうにもなるまい。
いつもべたべたしてると言われたのは想定外だが、この程度の言われよう、すなわち不幸は想定していた。ならば幸もあるはずだと思いつつ、
「か、川嶋。実はかくかくしかじかで・・・。」




「へぇ。不思議なことが起こるものねぇ。」
とても信じられないような現象だが、存外あっさりと受け入れられてしまった。
「そうなのよばかちー。折角だから元に戻るための方法を考えてちょうだい。」
なんとなくなのだが、あの川嶋亜美なら天啓を授けてくれるような気がするのだ。今はそれに期待する。
「ベタだけど同じように衝撃を受けてみたらどう?」
「お断りよ。そんな賭けしたくないわ。それは最終手段ね。」
当然竜児も、大河も考えたであろう方法を告げてくる。
「・・・その口調どうにかならない?ものすごく気持ち悪いんだけど。」
いきなり口調を変えてくれと言われても難しい。いつもの面子の前ならなおさらだ。
「これはどうにもならねえな。悪いけど我慢してくれ。」
すると亜美は何を思ったか、
「ならあたしは買い物してくる。」
と言い出した。
「な、何でだよ。一緒に考えてくれたっていいじゃねえか。」
そんなに、受け付けないほど今の状況が気持ち悪いのだろうか?確かに違和感はあるがそこまでとはどうも思えない。
「実はあたし結構混乱してるの。それに早く買い物も済ませないといけない用事もあるし。大丈夫、あたしもちゃんと解決策を考えるから。
そうだ、実乃梨ちゃんと祐作には連絡した?力になってくれるんじゃない?」
そう言われて、気付く。そうだ、こんな時でも、こんな時こそあの大切な友人たちは力になってくれる。
すぐに思い至らなかったのは自分が思っていた以上にこの状況に混乱していたからであろう。
このことを気付かせてくれただけでも幸だろう。
「あたしも何か思いついたらすぐ連絡する。時間とってあげられなくて本当にごめん。」
どうやら本当に急いでいるようだ。
そんな時に時間をとらせてしまったことを申し訳なく思いながら、しかしちゃんと話を聞いて信じてくれたことに感謝する。
「川嶋。ありがとな。」
「ちゃんと考えなさいよね。ばかちー。」
「分かってるっつーの!じゃあね。」
そうして竜児と大河はスーパーの外、高須家へ向かって。亜美はスーパーの中へ。反対方向へ歩き出していく。




帰り道、大河は片方の手にエコバッグを持ち、もう片方の手を竜児と繋いで並んで歩く。
もちろん体は入れ替わったままだ。行きの道では必死だった竜児も既に相当慣れたようでいつものように自然な感じで手を繋いでいる。
先ほど亜美に言われたように北村と実乃梨に連絡を取ろうと思うが、
「この時間だと北村はまだ生徒会だろうな・・・。櫛枝も部活だろうし・・・。」
「みのりんはさらにそのあとバイトだと思うよ。メールしておけばいいんじゃない?
電話してさっきのばかちーみたいに気持ち悪がられても困るし。」
確かにそうかもしれない。とりあえずはこの状況を伝えておいて二人からの連絡を待ってみてもいいだろう。
「ならそうしとくか。・・・っと、これでよし。」
現状をできるだけ分かりやすく伝えられるような文面を考え、二人に送信する。
突拍子もない話だがさっきの亜美のようにきっと二人は信じてくれる。そして、助けになってくれるだろう。
とりあえず打つべき手は打った、ということにしておく。
解決策を考えるのは当然なのだが、そのうち直面する問題がある。
そう、トイレとお風呂である。お風呂はともかく、可能ならばトイレという問題に直面する前に解決したいものだ。
そう竜児が考えていると、
「ねえ竜児・・・。私が今見てるこの景色っていつもアンタが見てるものなのよね・・・?アンタってこんな世界を見てるんだ・・・。」
不意にそんなことを言ってくる。
「そうだな・・・。大河もいつもこの景色を見てるんだな・・・。」
この不思議な現象を通じて二人の世界が一つになるようもっと近づいたのならば、たまにはこんな事があってもいいかもしれない。
大河はちょっぴりセンチメンタルになった空気を吹き飛ばすみたいに冗談めかして、
「それにアンタって意外と力もあるみたいだし。やっぱり男の子なんだね。」
と微笑みながら言う。それに対して竜児も、
「お前はよくこんな体でいっつもあんな力を出せるよな。」
と笑いながら返す。




家に戻るとすぐに竜児は夕食の支度を始めることにする。
しょうが焼きはすぐにできるからいいとして、まずはポテトサラダにとりかかる。
買ってきたじゃがいもの表面をきれいに洗い、ニンジンの皮を剥き端を落とした後、
鍋に水を張ってお湯を沸かし、じゃがいもとニンジンを放り込み茹でる。
それらを茹でている間にレタスとトマトを冷水にさらす。
さらにはきゅうりを洗いスライスしていく。体が入れ替わっても料理の手順は変わらない。
大河は、いつもとは若干違う手つきで料理をする竜児の様子をじっと見ている。その視線に気付いた竜児は、
「どうした?大河。テレビでも見てろよ。」
と言うが、大河は、
「竜児。その体じゃちょっと不便じゃない?私も何か手伝うわ。」
などと言い出した。竜児は少し慌てて、
「え?いいよ。お前はそこに座ってろよ。」
となだめようとする。普段から料理をやり慣れている自分でも今日は少しぎこちない手つきだというのに、
大河のドジも合わせるとどんな惨事が起こるか予想もつかないと思ったからだ。しかしながら、
「いいの!こんなときじゃないと私は助けになれないんだもん!さあ、何をすればいい!?」
真剣な表情で迫られるとどうしても竜児が折れるしかない。
「・・・分かったよ。じゃあきゅうりを塩もみしてくれ。その後それを冷水充分にさらすんだ。そしてよく水気を切る。
その間に俺は他のことをするから、それらが終わったら最後にへらで混ぜ合わせてくれ。」
と指示を出す。それを聞いた大河は、いつになく張り切った様子で竜児の隣に立って手伝いを始める。
竜児が料理の合間に大河の手元をちらっと見ると、
大河も自分のドジさと今の体が入れ替わっているという状況の相乗効果が分かっているのか、慎重な手つきで料理をしていた。
竜児はそれを見て少し安心し、それから二人は料理に没頭した。





出来上がった料理を二人で食べ終える。
「ごちそうさま!!」
「ごちそうさま。」
普段なら「お粗末様。」と言うのだが今日は大河が手伝ってくれたのだ。だから、そのことに感謝しながら竜児もそう言う。
料理が出来上がった頃、実乃梨と北村から返信があった。
それらによると北村はネットで、実乃梨はバイトの同僚にでも解決策を聞いてみるとのことだった。
三人を当てにする、というのはなんだかおかしいし、二人で本腰をいれて解決策をひねりださなければならない。
というのも、そろそろいつトイレに行きたくなってもおかしくはない。
お風呂は我慢すれば入らなくても済むのだが、きれい好きな竜児としてはそれは避けたい。
「なあ、大河。その・・・ト、トイレは大丈夫か?」
「実は・・・結構我慢してる。」
まずい、と竜児は思う。
あの後すぐにもう一度同じように衝撃を受けてみるべきだったのか・・・?とも考えるが時既に遅しというものだ。
なにせ危険が伴う。もう少し安全な解決策はないものか?と考えたそのとき、竜児の携帯が鳴った。
誰からだろうと思ってディスプレイの表示を見ると、亜美からだった。





「もしもし。高須君?」
「おう。川嶋。もしかして何か思いついたか?」
少し期待して亜美からの着信をとる。その返事は少々言いにくそうだった、
「・・・うん。あたし、さっきいつもべたべたしてるからうつったって言ったよね?
それで思ったんだけど、もしかしてキスでもすれば元に戻るんじゃないかなーって。」
「・・・は?」
「竜児。ばかちー、なんて?」
呆けた声を出した竜児に、大河が尋ねる。
「別にそんなに呆けなくてもいいんじゃない?だってどうせいつもべたべたしてるんだし、キスの一つや二つ今更なんでしょ?
・・・なんだか亜美ちゃんむかついてきた。とりあえず試してみてダメだったならまた連絡よこしなさいよ!」
何故か突然怒り出した亜美は、その勢いのまま突然電話を切ってしまった。首をかしげながら竜児は大河に今聞いたことを伝える。
「その・・・キ、キスすればいいんじゃないか、って・・・。」
「はぁ!?キキキ、キス!?何でキ、キスしたら元に戻るってのよ!?」
「わかんねぇよ!川嶋が一方的にそう言って切っちまったんだから!」
二人とも、真夜中に好きな人をお互い言い合ったいつぞやのときのように顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
確かに二人はこれまで何度もキスをした。だが第三者から改めてキスをしてみろ、と言われるとなんだかすごく恥ずかしい。
しかし亜美のことだ。何か根拠があってそんな解決策を提示してきたのかもしれない。
それに別に危険でもないし・・・いや、この雰囲気だと別の方向に危険かもしれない。
「た、大河。どうする?やってみる価値は・・・・あるかもしれない。」
「ふ、ふん!とんだエロ犬だこと!で、でもアンタがそう言うなら、や、やぶ、やぶさかではないわ!」
二人とも顔を真っ赤にして、目を閉じて顔を近づけていく。
いつもとは違う方向に顔を向け、いつもとは違う雰囲気にとまどいつつ、いつもとは違う不思議な高揚感に支配される。
そして二人の唇が合わさり、ほんの数秒分、時間が止まる。
唇を離し、ゆっくりと目を開けた先には・・・愛しい人の顔があった。
「・・・よかった。元に戻れたな。」
「・・・うん。」
目の前に愛しい人の顔があるいつもの景色に、二人はにっこりと微笑みあう。
そして顔を離し、元に戻った自分の体の心地を確かめる。
その後大河の方を見て、不思議な現象のおかげで体験できた大河の世界のことを思い出し、少しだけ寂しい気分になる。
大河も同じような気持ちなのだろうか?少し眉をハの字気味にして、微妙な表情をしている。
もしかして、料理の時に零したみたいに、自分はあんな非日常でないと竜児の助けになれないとでも思っているのだろうか。
そんなわけねえ、そんなことねえよ、と思いつつも、だとするならば・・・
「なあ、大河。これからは少しずつでいいから家事を手伝ってくれねえか?」
と言うと、大河はハッとした表情になって、
「な、何で・・・?何で分かったの?」
と聞き返してくる。
「何でだろうな・・・。何だかそんな気がしたんだ。もしかしたらさっきまで体が入れ替わってたせいで、お前の気持ちが分かったのかもしれねえな。」
「だったら・・・。もしそうなら、たまにはあんな体験もいいかもしれないね。」
そう言って大河は微笑みながら竜児の胸の中に飛び込んでくる。竜児も大河を受け止め、抱きしめる。
いつもの体、いつもの空気、いつもの景色。
しかし、少し変わった二人の世界。いつか、二人の世界は一つになるのかもしれない。


おわり





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