口を開いて発しようとした拒絶の言葉は、


「――ッ」


喉元でつっかえて外れない。

睨み付けた筈の瞳からはまた新しく涙が零れる。


霞がかった視界、その向こうで竜児は真っ直ぐ自分だけ見てくれている――そんな気がしたのだ。



それが嬉しくて、

辛くて、


「……痛い、よぉ」



絞り出した言葉の後は、両手で泣き顔を隠し、嗚咽を漏らすだけ。

頭の中がこんがらがって、もう何も分からない――――考えたくない。



そして、抱きしめられた。

両腕は反射的に彼の背中に。自分の泣きっ面を彼の胸に押し当てる。



「……ごめん」


――なんであんたが謝るのよ


「もう泣かせたりしない」


――私のことなんて、どうでもいいのに


「誰よりも、何よりも……大河が大切なんだ」



――――……これは、夢だ。


夢に決まってる









***


――目を覚ませば、見慣れたベッドの天蓋が視界を埋めていた。


窓から差し込む光が眩しくて、加えて泣き腫らした目元がひりひり傷んで、どうしても目を開くのが億劫になってしまう。


鼻から微かに上る涙の匂いを感じながら、大河は再び瞳を閉じた。


「……どこまで夢だったんだろ……」



『――大河が大切なんだ』



思い出して急に心臓が大きく跳ねた。

……一気に冴えてくる頭、込み上げる羞恥心。


「ち、違う!抱きついちゃったのはその場の流れで…!」


がばりと半身起き上がり、頭を抱えて悶えながら誰にするまでもなく言い訳を始める。


「というかあんな展開ありえないわ!幻よ、そう幻想!夢!ゆ、め……」




ベッドには無意識のうちに"一人で"戻っていたのだろう


目元の痛みは"孤独"への辛さに泣き腫らしたから


愛しい人の抱擁は――――……"叶わぬ夢"




――急激に熱は冷める。

同時に襲うどうしようもないほどの不安、寂寥感、



「夢……」


、胸の痛み。








「夢じゃねえよ」


ベッドの傍らから突然聞こえた声に、大河はびくりと身を震わせた。

窓の反対側、声が聞こえた方向に目を遣ると、ベッドが作る水平線にひょっこり飛び出したヤンキー面一つ。


「――残念だったな」


ベッドを背もたれに、そこに座っていたのは言わずもがな、


「りゅ、竜児っ!」


高須竜児、その人であった。


「……ったく、散々人の存在を否定しやがって」


やれやれと小さくぼやいて、竜児は立ち上がる。首から下は依然、クマのぬいぐるみだ。


「あんた……一晩中その格好だったわけ?」


その不恰好さに大河の表情はみるみる呆れへと変わる。


「……仕方ねぇだろうが……昨日、『傍に居る』つったばっかりなのに…………お前、泣いてたし、一人にできねぇよ」


口調は尻すぼみに弱くなり、言い終わるとお互い赤面して目を逸らせた。

昨日は暗がりで誤魔化せたが、朝日差し込む部屋の中、お互い表情が確認し合える状況ではこんな台詞を言うにも恥ずかしくて仕方ない。



暫しの沈黙の後、大河ははっとして呟いた。


「……夢じゃ、なかったんだ」


「だからさっきから言ってるじゃねぇか……」





「うぅぅ……」

弱弱しく唸りながら、大河は深く俯いた。


「泣くなよ……そんな認めたくねぇのかよ…………なら、悪かったけど」

「……か」

「は?」



「ばかああぁぁっ!!!」

「ぬおぉっ!!」


大河の突然の咆哮と飛び蹴りをまともに受け、訳も分からないまま仰向けに倒れる竜児。

かなり強烈に後頭部を打ったが、意識を手放さなかったのは奇跡だろう。


「何、俺…何か悪いこと言った?」

「言ったのっ!!」


腹部に跨る馬乗りタイガーは、涙をぼろぼろ零しながら叫ぶ。


「あんたが……あんたが変な誤解して謝りだすから…!」

「ご、誤解?俺には何のことだかさっぱり――」


「――『認めたくない』んじゃなくて安心したのっ!ゆめ、じゃ、なかったからぁっ!」


胸に倒れ掛かってきた大河を受け止め、竜児は苦笑する。


「……悪かったよ。ごめん」





「ち…違う、やっぱ夢だ」


今度は急に起き上がり、頭を撫でようとしていた竜児は肩透かしを食らう。


「な…なんで?」

「だって今、私泣いてるっ!」

「は?」

「だって竜児は確かに『もう泣かせたりしない』って言った筈だもん!」

「ちょっと待て、いや言った、言ったけどさ――」

「でも私泣いてるよ?!絶対あの言葉は夢だったんだぁぁ!」

「お、お前混乱しすぎだ!分かった、今タオルと氷もって来てやるから!」

「うわぁぁん!『傍に居る』って言ったぁ!」

「あーもう、めんどくせぇ!じゃあどうしろって言うんだよ!」

「何その言い方!私のこと『大切だ』って言ったのに!」



ぷつーん、と、竜児の中で何かが切れる音がした。


「く…うらあぁぁぁあ!!!」

「ひゃああぁ!」


がばりと起き上がるか早いか、転げ落ちそうになった大河をひしと抱きしめ、自分の唇をその唇に――――


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