***
「うー、はぁぁ――――」
もごもごと蠢いた布団の中から、ピン、と二本の脚が天井に向けて突き出され、
「――とぅりゃあぁぁぁああ!!」
気合一発、振り下ろされた両足、そして同時に舞ったしなやかな四肢――
髪を乱しながらの一瞬の空中浮遊を終え、ぼふんと音を立ててベッドに降り立つ。
「ふとんが……ふっとんだな」
AM7:00、櫛枝実乃梨が謎の一言と共に覚醒した
――――乱れ髪の下、その目元は真っ赤に腫れていたが
「うおおぉぉぉ、目元が痒いぜこのやろっ!ダンカンこのやろっ!」
失恋直後の女子高生とは思えない叫び声を上げ、両目を擦る。
一度の溜息を挟んで上げた顔は、何故か晴れやかだった。
「……よかったね、大河」
***
大河に"真実"を問い詰めようと向かったのは昨日の晩のこと。
マンションの玄関先に現れたやたらずんぐりした影に実乃梨はぎょっとして足を止めた。
聖夜祭に行っている筈の高須竜児がそこに立っていたのだから。
目つきの悪い、もといヤンキー面の青年が首から下だけコミカルなクマに扮している――――
普通であればその不恰好さに笑いが起こる所であろうが、この時はいささか状況が違いすぎた。
腕の中には大河が、しかもぬいぐるみの胸に顔を埋めて泣き喘いでいたのだ。
なんとなく、いや、結構明確には感付いてはいたものの……目の前で見せ付けられるとかなりキツかった。
『大河はそれでいいの?』
問い詰めるために用意した言葉は、この時点で全く必要無くなった。
大河には高須君が必要で、高須君は世話好きの域を超えて大河のことを愛おしく思っているはずだ。
自覚が芽生えた二人に、自分が介入できる余地など全く無い。
「……邪魔者は、退散するとしますかね」
二人には聞こえないよう呟いた言葉。ただ居た堪れなっただけだ。
逃げ出そうと、目を逸らそうとした瞬間、顔を上げた高須竜児と目が合った。
「く……」
反射的に開いた両手を突き出し、黙らせる。
一瞬言葉を詰まらせた彼は、視線を落とし、
「……ごめん」
――なんで謝るんだか。
突き出した手を握り、親指だけ立ててやる。
動揺の色を見せた彼に対し、自分は気丈だった。
そしてもう、限界だった。
踵を返して、その場から逃げ出す。
――この恋は、終わった。
「もう泣かせないから!」
逃げ出した私の背中に高須君の声が飛んだ。思わず駆け出した足を止めてしまう。
『大河を泣かせたら承知しないから』
思い出すのは昔、二人の仲を"勘違い"して告げた自分の言葉。
「誰よりも、何よりも……大河が大切なんだ」
――そう、それでいい。
私の気持ちは、違う形で報われた。これでよかった。
半回転、敬礼を決めた、再度回れ右をして駆け出す。
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