***

結局、あのあと木原は泣いてしまった。
修学旅行初日からこれでは、先が思いやれてしまう。
「はぁ……」
溜息が出る。
本当なら楽しい旅行で俺は大河にこうびしっと……。
「どったの高っちゃん?何か暗いよ?みんな何か今日は変じゃね?」
イマイチ空気を把握しきれない春田が能登と北村を見る。
能登と北村はまるで死んだ魚のような目をしていた。
「……はぁ、俺ちょっとトイレな」
席を立つ。
こんなんで俺、大河に「あの言葉」を言えるんだろうか。

***

「はぁ……」
席を離れ、ロビーの休憩場でも溜息。
だんだん幸福が逃げていく行く気がする。
「溜息、ゲットだぜ」
ふっと暗くなったと思ったら、そこには櫛枝実乃梨がいた。
「櫛枝?どうした?トイレか?」
「違うよ、高須君が一人で出て行くの見えたから……」
そう言いながら実乃梨は正面に座る。
「内緒のお話」
「へ?」
「喧嘩になっちゃったじゃん?能登君と麻耶ちゃん。折角の修学旅行なんだし、私としては仲良くしたいわけよ」
「そうだな」
「だからね、どうにかできないかなって。良ければ二人の仲直り作戦に付き合ってくれないかな?」
櫛枝はこういう奴なんだよな。
だから好きになったんだ。
今の俺は大河のほうが大事だけど、それでも櫛枝の輝きが減るわけじゃない。
「ああ、いいよ」
当然の返事を竜児は返す。

***

あれ?竜児がいない。
気付けば竜児が席を立っている。何処にいったんだろう?
少し気になって探してみるとロビーの休憩場に座っていた。
「りゅ……」
みのりんと一緒に。
何を話してるんだろう?耳を澄ませてみる。
『だからね……どうにか……良ければ……付き合ってくれないかな?』
『ああ、いいよ』
「!?」
今の、竜児とみのりんの会話は、そんな、まさか……。
体が震える。
間違いであって欲しい。
でも、確かに聞いた。
目の前が真っ暗になっていく。




***

竜児は部屋に戻っていた。
横になる。
実乃梨には手伝うと言ったが特に出来ることなど無い。
精々能登に注意を促すくらいだろう。
恐らく実乃梨も似たようなもののはずだ。
だから今考えるのは……大河のこと。
ああ、くそ。一体どうすりゃ……。
「あっれー高っちゃん寝てんのー?」「高須?」「どうした?」
そこに、同じ部屋の三人が帰ってきた。
さんざんわめかれ、しぶしぶと起き上がる。
「で?マジ何かあったのか?」
そう尋ねられ、腹を括った。

***

「「ええぇ!?もう付き合ってたのか!!?」」
「いや、その付き合うっていうか……まだその、言ってなくて……ゴニョゴニョ」
竜児は小さくなる。
「そっかータイガーは既に高っちゃんとくっついてたのかー」
「何だよ、なら俺はどうすりゃいいんだ……」
「は?何だって?」
「な、なんでもない」
口々に勝手なことを言っていく。
「あれ?でも初詣で北村とタイガー一緒じゃなかった?」
ふと、思い出したように能登が言う。
「え?あ、ああ、あれか」
「……何だそれ?」
竜児の三白眼がぎらつく。
怒っているのではない、困惑しているのだ。
「いや、たまたま逢坂と神社で会ってな。お前が寝込んでいるというから一緒に果物を買って届けてもらったんだ」
「ああ、じゃああの林檎は……」
「そう、俺と逢坂だ」
「どうりで随分たくさんあると思ったぜ」
しかし大河、北村の事、隠さなくてもいいじゃねぇか。
少しばかりの不満が胸を覆う。
そんなモヤモヤが出始めたところで、いつのまに決まっていたのか、三人は立ち上がり、
「高須、まだ言っていないと言ってたな。よし、じゃあ今すぐ言いに行こうじゃないか!!」
部屋を退出していた。

***




「待て待て待て!!」
慌てて止めようとする。こいつら他人事だと思って……。
どうせ昼間木原が泣いた件で行きたいんだろうが!!人をダシにするな!!
「ええい、ここまで来て往生際が悪いぞ高須氏、さぁこの扉を開いて……」
「待てーーっ!!」
必死に止めるが女の園への扉は開かれてしまう。
「討ち入りだ女子共!!いざ神妙に……あれ?」
開かれてしまうが幸いな事に、
「何だ、誰もいないじゃん。鍵も開けっ放し」
そこに女子はいなく、代わりに散乱した着替えやらお菓子やらが竜児たちを迎える。
そう、散乱した着替えやお菓子……酷く汚れ、統一性が無く、清潔ではなく、むしろ無造作に放り投げられている―――ピッカーン!!―――部屋が。
「た、高須?や、止めろ、抑えろ高須!!片付けてはいけない!!」
いち早く、親友の目の光に気付いたのは北村だった。
竜児の主婦スキルA++が特殊効果、綺麗好きを発動させる。
「むっ、靴下が奇数に……許せん!!ああっ!?お菓子こぼしてるじゃねーか!!」
竜児がそんな掃除を始めるのと同時、能登や春田も女子の私物を触り始め……ガチャ……ガチャ?
「「「「!?」」」」
今、この場にいる男子の気持ちはかつて無いほどシンクロした。
ばっと押入れに隠れる。この部屋の人間が帰ってきた―――大河?
帰ってきたのは大河一人だった。頭にバスタオルをのせて。
風呂上りの大河。ああ、なんて愛らしい……いや何考えてんだ俺。
大河は、頭にバスタオルをのせたままジュースを飲み……むせた。
「げほっげほっ『ボタタ……』……あらやだ」
むせた時に畳の上にジュースを零す。
大河はやむなく頭のバスタオ……馬鹿野郎!!それで畳拭く気か!?
大河はゴシゴシと畳を拭いた後そのままそのバスタオルを頭に……「待てぇい!!」
竜児は一人押入れから出る。出てしまう。
「え……竜児?」
「お前、それで頭拭く気か?それ今畳拭いた奴だろ?そもそも畳はな……いや、今はそんなことはどうでもいい!!」
「いや、どうでもいいって……確かにどうでもいいけど……そうじゃなくて何でアンタここに」
尋ねながら頭を再び拭こうとする大河。
「だぁーっ!?それで頭を拭くなって!!確かお前には予備のタオルを持たせたはずだな?それを出せ!!いや俺が出す!!確かこのへんに……あった!!ほら頭だせ!!」
「え……うん」
大河は素直に頭を出す。
「ったく。お前せっかく綺麗でいい髪してんのにそんな乱暴に扱うなよ。畳に零したジュース拭いたタオルなんて論外だ……あれ?この香り」
大河の頭を優しく拭く手を止め、つんと鼻につくいい香りを嗅ぐ。
「あ、気付いた?」
大河はぱぁっと明るく笑う。
「おぅ。これいつもの……」
「そっ。わざわざ持ってきたの。その……アンタがいい香りって言ってくれたから」
「あっ……いやそれは確かに、えっとその……」
手が止まる。久しぶりにお互いの顔が近くにある。この距離は……。
「そういえば、クリスマス以来……だね」
そう言って大河は、目を閉じて竜児の服を掴み、竜児の顔を見上げるように唇を向け……。
「あ……大河」
まずい、マズイ、まズい、マずい、まずイ!!!!!心臓の鼓動よ静まれぇぇ!!
ここには俺と同じ班の男が三人もいるんだぞ?そんな所で……ガチャリ……ガチャリ?
「あれー?鍵開いてる。大河先に戻ってるんじゃない?」
これは女子……ってか櫛枝達の声……!?
「ほら、やっぱり大河……と高須君?」
竜児は何でもないように大河の頭をタオルで拭いている。
「なーに?こんなとこでイチャついてたワケ?」
戻って来た女子4人組。そのうちの一人、亜美が竜児と大河を交互に見つめ、笑う。
「い、いや俺はたまたま通りすがっただけ……あー!?あれは何だ!?」
突如として大声を出し、窓の外を指差す竜児。
「「「「「え!?」」」」」
女子全員が窓の外に釘付けになった瞬間、図ったかのように押入れから男子が出てくる。
「って何もな……あれ?高須君は?」
女子連中が振り返った時には竜児の姿は無く、『何故か』押入れが空きっぱなしになっていた。




***

竜児は結局キスしてくれなかった。
もちろんみんなが、女子達が来たからかもしれない。
でも……違うかもしれない。
みのりんが来たから、かもしれない。
真っ暗な闇の中、横になったままゆっくりと唇に触れる。
もう夜中。
さっきまでガールズトークで盛り上がってたばかちーたちも寝静まってる。
「……竜児」
もう、あんまり感触が思い出せない。
早く、竜児を感じたい。
「……竜児」
呼吸が出来なくなるほどの口づけを交わしてぎゅーってして欲しい。
唇が、渇く。
欲しくなる。もっともっと竜児が欲しくなる。
「……竜児」
口を開いては閉じて、吸いあって、貪りあって……。
あの晩の、クリスマスの晩の時のように竜児が欲しい。
「……りゅう……じ……」
唇が冷える。求めて開き、虚しく空をはむ。
むにゅむにゅと唇だけを動かす。
何も、感じられないけど。
はぁ……と溜息。
整えた髪から、今日のシャンプーの匂いがする。
竜児が気に入ってくれたシャンプー。
竜児はすぐに気付いて、赤くなってた。
竜児は私で赤くなってた。
「はふん……」
頬が緩む。でも、やっぱり足りない。
寂しい、欲しい、もっと欲しい。
布団の中で自分で自分を抱きしめる。
でも、やっぱり違う。
竜児の中とは全然違う。
唇が飢える。あの、熱を持った竜児を求めて止まない。
体が疼く。腕の中で感じた竜児の熱、竜児の匂い、竜児の息づかい。
竜児の……『だからね……どうにか……良ければ……付き合ってくれないかな』 ……。
ドキッとする。何故今思い出したんだろう。
竜児は、『ああ、いいよ』 って……。
寒い、何だかとっても寒いよ竜児。
毛布にくるまっても、全然暖かく無い。
あの晩、裸足で外にいた時、アンタが抱き上げてくれた時のほうがよっぽど暖かかった。

「竜児……」
竜児は、私が……???
そう言えば竜児はまだ……私に言っていない。
何て事だ。私は聞いていない。どうしよう。
急に不安になる。
嫌な思いばかりが駆けめぐる。
「竜児……」
眠れない夜が明けようとしている。

***




「はぁ……」
溜息が出る。
結局昨日は逃げてしまった。
いや、逃げざるを得なかったんだ。
「……カッコわりぃ……」
自分で自分をけなす。
女に、大河にあそこまでさせておいてこの自分の体たらくはどうか。
朝から大河に会おうにもタイミングが合わず、スキーに出ても姿さえ確認出来ない。
「はぁ……」
もう一度深い溜息。
この修学旅行中に言おうと思った「あの言葉」が今だ言えてない。
情けない……。
ホント情けない。
俺ってマジでダメ犬なのか……?
また溜息を吐きそうになって誰かが声をかけてきた。
「おーい高須くーん!!」
ズザザァ!!
目の前に白銀の飛沫が舞い上がり、その人物、櫛枝実乃梨は止まる。
「やぁやぁ、どうしたんだい?不景気そうな顔して」
実乃梨はゴーグルを外して顔を覗き込む。
「あ、いや何でもねぇんだ。そうだ、大河見なかったか?」
「大河?大河なら一緒に降りて……?アレ?別の方に降りてっちゃった」

***

「いくぞぉ大河よ!!」
そう言ってみのりんは勢い良く斜面を滑り降りる。
「待ってよみのりん!!」
すぐにソリに乗って追いかけようと……あれは竜児?あ、みのりんが近づいた。
私はソリを止める。
何か話してる。
笑ってる。
モヤモヤする。
恐くなる。
寒くなる。
私は顔を背け、全然違う方にソリを滑らせた。
何で?竜児がいるのに?
でも、みのりんといる竜児を見たくない。
みのりんが悲しむのも見たくない。
だから勢いよく斜面を降りて……何アレ?金網?ってヤバイヤバイ止まらない!!

―――助けて、竜児―――

***

「!?今……」
竜児は振り返る。
「どうかした?高須君」
「いや、今……」
何かが、誰かが、大河が、呼んだ気がした。

***




「今、必死にスキー場の人達が探してくれてる。吹雪がやんだら警察も協力してくれるそうだ……高須!!大丈夫だ、きっと見つかる!!」
「あ……おぅ」
情けない返事。
外を見る。凄い吹雪だ。
吹雪いて1m先がもう見えない。
それに日も落ちた。
俺は今、ぬくぬくとホテルの中にいる。
そう、ぬくぬくと。
でも、大河はいない。
集合時間になっても、叫んでも、探しても、大河は出てこない。
ということは大河は今、この吹雪の中ということになる。
「俺があの時……大河を探していれば……」
拳を握りしめる。
一瞬、確かに聞いた気がしたんだ。
大河の助けを求める声を。
何故、何故俺は大河を探さなかった!?くそっ!!
ギラリとした三白眼で辺りを見回す。不機嫌極まって八つ当たり相手をさがしている……わけではない。
先生は……いない。
「よし」
一旦部屋に戻って紫のウェアに着替える。ニット帽も被ってゴーグル装着。準備はOK。

「で、何処へ行く気だ?」
ぎくりとする。
振り返るとそこには……同じくウェアに着替えた北村と、実乃梨がいた。
「お前等……」
「行くんだろう?俺たちも一緒に行こう」
「大河は私の大事な親友さ!!」
胸に何かが込み上げる。
友達ってのは本当に……良い物だ。
「おぅ!」

***

視界は最悪。足下もおぼつかない。
「逢坂ーっ!!」「たーいがーっ!!」
北村と櫛枝が叫んでる。俺も「大河ーっ!!」叫びながら、声が聞こえた気がする方へ向かう。
「高須、そっちは危ない!!たしか急な斜面で金網があるはずだ」
「おぅ、そうなのか……ん?」
今、金網の下の方が……!?
壊れてる。雪に埋もれてわかりにくいけど確かに壊れてる。
「北村、あの金網が見えるか?」
「金網……?すまん、視界が悪くて良くわからない」
「高須君、私見えるよ、確かに下の方が壊れてる。もしかしたら……」

***

「これは……ニット帽だ。大河のかもしれない」
金網には、帽子がひっかかっていた。
下は丁度人が転がり落ちる程度の大きさの穴。
「私、降りてみ……高須君?」
櫛枝を止める。
「俺が行く。いや、俺が行かなきゃいけないんだ。二人は大人を呼んできて来てくれ」

そうだ。俺が行かなきゃいけないんだ。
あいつは俺に助けを求めてたんだ。俺がもっと早く気付いてやらなくちゃいけなかったんだ。
急な斜面、辺りは暗く視界も悪い。
でも、だから何だと、大河が待っているんだと、自分を奮い立たせながら竜児は金網の奥へと身を投じた。

―――今行くぞ、大河―――




***

ゆっくりと斜面を下りながら、下へ下へ。
暗くてよく見えないけど、でもこっちだと思う。
「うぉっ!?」
雪に足を取られる。危なく転ぶところだった。
「あ……!!」
随分と降りたが、そのかいはあった。
「大河……!!」
目の前には大河が雪をかぶって倒れている。
「大河!!大丈夫か!?大河!!」
「う、うう……痛い……ころんじゃった……痛い……」
痛い。何て悲痛な叫び。寝言のように痛いと言い続けてる。
くそ!!大河が痛がってる。何でもっと早く来てやれなかったんだ!!
「待ってろ、大河!!」
大河を背負う。
斜面を、ゆっくりと登る。
「はぁ……はぁ……」
汗が頬を伝う。
息が荒くなる。
降りるのは楽でも登るのは辛い。ましてや今俺は大河を背負ってる。
でも、諦めない。早く大河を安全なところへ。
「フーッ……フーッ……」
息が荒くなって、足に力が入らなくなって……それでも、俺は登り続ける。
今辛いからなんだ。大河のためなら……「うわぁっ!?」
こけた。思いのほか足元は不安て……「ぐぁぁぁあああ!?」
腕が熱い。ドクドクと何かが流れてる。
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!
腕に、木の枝が、尖った枝が突き刺さってやがる。
「ぐぁぁぁ痛ぇ……!!!!」
倒れこむ。
「……はぁ……はぁ……」
大河の吐息が聞こえる。
背中から大河の熱を感じる。
くそぅ。倒れて場合じゃ(痛い)ねぇってのに(痛い)早く起き上がって(痛い)大河を(痛い!!)……。
「くそぅ……」
だんだんと瞼が重くなる。
ゆっくりと、意識が刈り取られていく。
「た……いが……」
ふっと、頭が雪の上に落ちた。

***




あれ?ここは何処だろう?
真っ白い世界。いや、雪か。
雪が降っているんだ。綺麗な光に照らされて辺り一面眩しい。
でも、寒くないな。
ああ、俺スキーウェア着てるじゃん。そりゃ、寒くないよな。
この光は何だろう?ああ、クリスマスツリーか。ツリー?ってあれ?ここって家の中?
おかしいな。さっきまで外にいたと……。
「サンタさん?」
「おぅ?」
尋ねられた。目の前には小さい女の子。
「ねぇ、貴方サンタさん?」
目をキラキラさせて、傲岸不遜な態度で尋ねてくる小さい女の子。
この子は今、俺をサンタだと思っているのか?だったら……。
「おぅ」
応えてやろう。たとえ本物じゃなくてもサンタはいるんだって言ってやろう。
アイツが信じてたみたいに。
「わぁ!!本当にサンタさんっていたんだね!!私なんかでも見ていてくれたんだね!!」
喜びながらふわふわした髪を揺らして飛び回る。可愛いな。
「何か、大河を小さくしたような感じだな……」
つい漏らす。本人に聞かれたら殺されそうだ。
「呼んだ?」
「え?」
「今大河って……私の名前呼ばなかった?」
「へ?ああ、そうか」
そうか。この子は大河って言うのか。変な偶然もあるもんだ。
「そうだサンタさん!!プレゼント頂戴!!」
笑顔でなんてことを。本当に大河みたいだ。そんなこと急に言われても今持ってるものなんて……ん?
「あ……」
ポケットに手をやると、入っていた。櫛枝にあげるはずだった綺麗な髪留め。
「わぁ!!綺麗!!それくれるの?」
目を輝かせて、目の前の女の子は物欲しそうにしている。なら……いいか。
「おぅ、あげるぞ」
「わぁい!!ありがとう、サンタさん!!」
きゃっきゃっと喜んで飛び回る。まるで、俺が熊の着ぐるみを着て大河のところに行った時みたいに。
「?サンタさん黙ってどうしたの?もう帰っちゃうの?」
「え?あ、ああ」
曖昧に頷く。そもそも俺はどうしてここにいるんだ?
「えーっやだよぅもうちょっと一緒にいてよう!!」
やだやだと、大河のようにこの大河は……大河?そうだ、大河を早く連れていかないと……!!
「わかったわかった。でも俺にも用事があるんだ」
「じゃあ、また来てくれる?」
「来る、来る来る誓う」
「今度会った時私だってすぐわかる?」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ、今度会った時、私だってわからなかったら、『グーで殴る』からね!!」
無邪気な笑顔でこの子はなんてことを……他人様の子とはいえ将来不安だ。他人に乱暴して迷惑をかけないかサンタとして心配だ。
「ああ……わかった。でも俺はサンタだから……そうだな」
ぽんと頭に手を乗せて軽く撫で、
「大河が良い子にしてたらまた会えるよ」
そう言ってやる。
「うん!!良い子になる!!だからまた来てね!!また会えるよね!!」
「おぅ!!」
そうやって大河の頭から手を離すと……視界が歪んで暗くなった。




***

血の臭いがする。
うっすらと目を開けて、あれ?
この人サンタさん?昔見たサンタさん?怪我してるの?
ああ、これはきっと夢だ。私、とうとうやばいのかな?
竜児……どうしてるかな?
あ、だめだ……瞼が重いや。

***

目を開く。どうやら歪んで暗くなったというより、ただ吹雪いて前が見えないだけのようだ。
「う……」
じくじくと腕が痛む。
そっか。怪我してたんだっけ。
さっきのは……少し気でも失って夢でも見てたのか?
でも、今はそんなことを考えてる余裕は無い。
「早く大河を……」
連れていかないと。
まだ出血が続いていることから、大した時間は気を失っていないことがわかる。多分だけど。
「フーッ……フーッ……」
息を吐きながら大河を背負い斜面を登る。
「フーッ……フーッ……」
絶対助ける。雪が、風が、自然がどんなに邪魔しようとも。
「フーッ……フーッ……」
腕が痛かろうと、足がガクガクこようと、汗で視界が滲もうと。
「フーッ……フーッ……」
そんなのに大河を思う気持ちを負けてたまるかってんだ。
「フーッ……!フーッ……!」
辛かろうが知ったこっちゃ無い。
「フーッ……!!フーッ……!!」
大河を助けるんだ!!それだけは他の誰にもゆずらねぇ!!
「……かす、……たかす……高須!!」
声が聞こえる。うるせぇな。
「……すくん……かすくん!!……!!ひどい血!!」
「……るせぇ」
あーもう、うるせぇったらない。俺は大河を助けなきゃいけないんだ。
「……高須!!何してる!!早くこっちに逢坂を……」
「あーうるせぇ!!誰も大河にさわるんじゃねぇ!!大河は……大河は俺が助けるんだ!!」
もう目がぼやけてきた。でも、そんなの関係ねぇ。大河を……。
「……大丈夫だ高須。逢坂は無事だ。良く頑張ったな」
大河を……え?大河が無事?本当か?
「あ……北村?」
いつからいたのか。目の前には北村。
「大河は無事、なのか?」
「ああ、良く頑張ったな。逢坂は無事だ」
「そ、うか……」
良かった。これでようやく一息つ、ける……。
「あっ!?」
竜児は崩れ落ちる。
腕からおびただしい出血を伴いながら。
「高須……本当にお前って奴は……」
北村は、そんな竜児に肩を貸しながら、大河同様、救助隊に竜児の身柄を託す。
すぐに、救急車のサイレンが木霊した。


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