***

なんだよ、なんなんだよそれ。
今日大河は家にいなかった。
ウチに寄りもしなかった。
だから、昨日の事で恥ずかしくなって学校に先に一人で行ったんだと思ってた。
でも、学校に大河の姿は無い。
代わりにあったのは、
「みなさんに大事な話があります」
という担任の言葉。
「逢坂さんは、ご両親の都合で転校されました」
という俺への死刑宣告。
聞いてない、聞いてないぞ大河。
「高須君どういうこと?」「高須?」「聞いてないんですけど〜!?」
口々に俺に聞いてくるクラスの奴ら。
俺に聞くなよ。俺だって聞いてないんだ。
「逢坂さんについては一昨日面談室にて詳しい経緯をお母様に説明されました」
一昨日?あぁ、そういや呼ばれてたな。
「昨日の晩は残念ながら連絡がつきませんでしたが、本日、無事に立たれたとのことです」
そういや、昨日電話取らなかったな。何だよ、それ。聞いてねぇよ。
『ブブーッブブーッ』
携帯が鳴る。なんだよ、こんな時に……メール?

From:逢坂大河
件名:無題
本文:待ってる。

「!!」
あの馬鹿、待ってるって何処か書かなきゃわからないじゃねぇか!!
立ち上がる。先生やクラスの奴らがびっくりしているが知ったことじゃねぇ。
走った。あいつが待っている。場所は書いていないが、きっとあそこだ。

***

「竜児、来るかな」
本当はもっと早く教えたかった。
でも、言葉にしてしまえばそれで二人の時間が終わってしましそうで恐かった。
パタンと携帯を閉じる。
斜めに傾いた電柱に背中を預け、目を閉じた。

***




「はぁ……はぁ……」
息が切れてきた。
でも走る。あそこへ。
俺が勇気をもらったあそこへ。
多分あいつは、あの電柱にいる。
「……竜児」
ほうらやっぱり。お前の思ってることなんて丸わかりだ。馬鹿め。
「お前……はぁ……場所くらい……はぁ……書け!!……はぁ……」
膝に手をつきながら息を整える。
大河はしまった!!といような顔をして携帯を見直している。ドジめ。
「で、どういうことだよ、転校って」
聞いてないぞ。本当なのか。
「うん。あのくそ親父事業に失敗して夜逃げしたらしくてね」
マジかよ。
「それで母親が私を引き取るって。あのくそ親父がいないからマンションも近いうちに引き払うつもりだし」
「そんな……」
「ねぇ竜児。私はさ、アンタのこと好きだよ、どれだけ時間が経ってもきっと好き。竜児はさ、私の事……」
「決まってんだろ!!」
「本当に?どれだけ時間が経っても?」
「おぅ!!」
「だったら、だったら待っててくれる?私がアンタのとこに戻ってくるまで待っててくれる?いつまでかかるかわからない、もしかしたらアンタには素敵な女が現れてるかもしれない!!それでも……」
どれだけかかろうと、待っててくれるのか、と問うのか。
「待つよ。お前が、必ず俺のところに戻ってくるってんなら、待つ」
「絶対に?」
「絶対だ!」
大河は少し俯いて、
「……言葉だけじゃ信用できない」
と紙切れを俺に寄こした。
「何だこれ?」
「今朝は、電車一本遅らせてそれを取りに行ってたの。ママにはもう向かってるって言ってあるけど」
なるほど。それで先生は無事に立ったと聞いて……これは!!
「そ、その、誓約書みたいなものよ!!待つっていう」
大河が渡してきたのはなんと婚姻届だった。正確には婚姻届書だけど。で、これに記入しろ、と?
「あ、その、え、えと……」
慌ててる慌ててる。考える暇が全然無かったって顔だ。
「ほら、これでいいのか?」
「え?うん……うん!!」
真面目に書いてやる。胸ポケットにボールペンを入れておいてよかった。
「俺はお前を待つ、それにかけてな。っつうかそれ、本当に提出しちまうか」
「そうしたいけど、まだ竜児は18歳じゃないし、未成年は一方の両親の合意が必要だから。あと二人の成年者の署名、だったかな」
「そうか」
少し、残念だ。
「だ、だからね。えっと、これとは別におまじないをしようと思うの」
「おまじない?」
「うん、アンタが私を忘れないおまじない」
「俺がお前を?忘れるわけねぇだろ?」
「うっさい!!気付いてないでしょうけどね、アンタは結構人気あんの!!アンタの顔が恐いって言ったって少し一緒にいればそんなの気にならないってすぐにわかるの!!私がその証人なの!!」
「お、おぅ」
鼻の頭をかく。大河にそう言ってもらえると、こうむずがゆくなる。
大河は、ポケットから包装されたソレを取りだした。

***




私は今朝用意したこれを開封した。
ふわっと甘い香り。これはチョコレート。
バレンタインは一日過ぎちゃったけど、でもみんなと同じじゃないチョコを竜児には食べて欲しい。
だから、ぱくりとチョコを咥えて、
「んっ」
竜児に顔を向ける。
「は?……まさか?」
「んっ!!」
そのまさかだってば。早くしてよ。こっちだって恥ずかしいんだから。
「お、おぅ」
竜児の唇がチョコに触れて、そのまま私の唇に繋がる。
甘く広がるチョコを竜児の中へ。
竜児が舌でチョコを溶かしているのがわかる。
「んっ……むふふぅ……んん……」
竜児とのキスはまだ3度目だけど、どれも長くなる。
今回は特に。
これからしばらく会えないんだ。ずっとキスできないんだ。
もう忘れないように、竜児の唇を、感触を、熱を、臭いを、全てをできるだけ刻み込まないと。
でも、きっと無意味。
どうせ離れた瞬間には寂しくなって欲しくなる。
どんなに覚えようと、この瞬間に勝るものなんて無い。
チョコがトロトロ溶けて竜児の口からチョコの味がしてくる。
「アン……んっ……はぅ……あ、んん……」
何度も唇をはみあって、両手を回して、まるで今生の別れみたいに。
離れるという事をしらないお互いの求め合いは、体がとろけそうになっても続く。
チョコの味がするキスは、私の味なんだから。
竜児、忘れたら許さないんだからね。

***




大河、お前がいなくなってわずか一週間。
俺は既に耐えられないと思う。
ついいつもお前がいたところを見ちまうよ。
二週間目に入って、慣れたと思いきや俺はいないお前に話しかけてた。
そこに誰もいないとわかっててもつい言葉をかけちまう。
一ヶ月経って、そろそろお前のシャンプーが切れる頃とついいつもの奴を買っちまった。
どうすんだこれ?俺が使うのか?
二ヶ月経った。ようやくお前がいなくても心が穏やかになってきた、と思いきや、
「竜ちゃぁん〜やっちゃんのストッキングが無いよぉ〜」
とか泰子が言い出して、てんてこ舞いだった。俺に心休まる暇は無いらしい。
三ヶ月経って、「竜ちゃん判子がないよぉ」とか「ふえ〜んボールペンないよぉ」とか言い出す泰子にも大分慣れてきた。
いや、慣れるってのは違うか。
お前がいないで泰子の相手をするっていうのに、昔の生活に戻ったことを体が思い出し始めた。
今だ米は炊きすぎて後悔するけど。
そういやそろそろ、お前の嫌いなプールが始まるころだな。
今俺は教室の窓から外を見てるけど、お前はどうしてるんだろうな?

***

「ねぇ?あれ誰?なんか見たことある気がするんだけど」
「背小さいね。セーラー服だし余所の学校の子?」
そんな噂をされながら、下駄箱に近づくふわりとした長い髪を持つ小さな少女がいた。
二年の下駄箱に入っていって、ふと思いついたようにある下駄箱に触る。
触ったのは『富家』と書かれた下駄箱。
「あの、僕に何か……あ!?」
その下駄箱の使用人であるらしい男子生徒は、恐ろしいものでも見たような顔になる。
「この下駄箱、今はアンタが使ってんのね」
少女は張りのある透き通った声で呟き、下駄箱の使用人には目もくれずつまらなさそうに歩き出す。
止まったのは三年の下駄箱。
ネームプレートには『高須』の文字。
ニヤリと表情を歪ませると、自分の外靴をその下駄箱に放り込む。
長いソックスだけになった足には、来客用の大きなスリッパを履いて少女はその場を後にする。
この学校の制服を着ず、セーラー服の彼女は、まるで知っているかのように廊下を歩き職員室へと消えていった。

***

ガララと教室の戸が開く。
担任の恋ヶ窪ゆり先生(30(今だ独身もうじき31))が出席簿を持って入室する。
今日も一日、お前がいない授業が始まるかと思うと、勉強がはかどりすぎてつまんねぇよ。
はぁと溜息を吐く。
「今日は、みなさんに新しいお友達を紹介します」
「男子ですかー?」「女、女来い!!可愛い娘!!」
クラスの連中が騒ぎ出す。つまらない日常になにがしかの事が起こりそうだぜ大河。
そんな、心の中の大河に話しかけるという危ない(?)癖がついた俺だが、いたって正常に日々を過ごす。
「はい、入ってきてください」
言われて転校生が教室入ってくる。どうやら女のよう……は?
「えーみなさん。挨拶は……いらないかしら?」
入ってきたそいつは、制服じゃなくセーラー服を着ていて、長いふわりとした髪を揺らして小学生かと見まがうほどの背丈で、
「いえ、自己紹介します」
そうよく知ってる声で言って黒板に名前を書き始め、頭には見覚えのある髪留めがしてあって。
もちろん、勘違いかもしれないし、見間違いかもしれない。けど、俺の記憶とそれはピタリと一致して。
随分と古そうだけど、でも輝きは失わずに眩く光って自己主張をし、まるでただいま、と言っているようだ。
カッカッとチョークで名前を書くその後姿はそのただいまにぴったりで。
さっとこっちを振り向いて、そいつ、俺のよく知ってるそいつは笑顔で……は?
「ただいま!!竜児!!」
笑顔をこちらに向ける。その背中にある黒板にかかれた文字は、

――――高須大河――――


     おわり


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