「でもさ、これ洗濯してあるわよね?」
広げた衣服を指差して、大河がみつめてきた。
眼光鋭く。
「あ、ああ。当然だ」
怯みながらもちゃんと答えてやる。
いくら捨てるものとはいえ、最終決断をする前には必ずきれいに仕立て上げる。
それが今まで着た服に対する礼儀だし、愛情だ。
言葉にはしてないはずだが、その辺を感じ取ったのか、「・・・うざ」と小さな呟きが聞こえてきて、少しへこんだ。




「まあ何はともあれ、これはまだ未完成なわけよ」
「・・・」
・・・なんとなくわかった。気がする。
俺はじりじりと、気付かれないように身体をドアの方へスライドさせていく。
そして気付かせないように質問でカモフラージュ。
「・・・未完成って・・・なんだ?」
まだわかんないの?
言外に小バカにした含みを持たせながら、大河は肩をすくめて大袈裟に首を振って見せる。
いいぞ。そのまま目を瞑っていろ。
少しづつドアへ移動しながら、心で呟く。




嫌な予感は依然している。
逃げねばと思うほどに。
そして例に漏れず・・・嫌な予感ほどよく当たる。
「つまりこの服達には、あんたの匂いが皆無なわけよ」
目を瞑ったまま、出来の悪い生徒に教える先生よろしく、大河は右手の人差し指をフリフリ説明を続ける。
「でもって、私はあんたの匂いが欲しいの」
恥ずかしい事を、臆面もなく言うな。
逆に俺の方が赤面するわ。





ったく・・・。
ほだされそうな心を必死で繋ぎ止めながら、俺はまた移動を開始する。
そうとは知らず、大河はますます得意気に話し続ける。
「さて、それじゃあこの服に匂いを付けるには、どうしたらいいかしら?」
ニコリ、と満面に優しげな笑みを張りつけた悪魔が視線を向ける。
馬鹿野郎。
既に距離は充分にとった。
いつまでもお前の思う通りになると思うなよ?
「そこに俺を寝かせる・・・か・・・?」
念には念を。
言いながら、ちらりと視線をベッドに送る。
つられてそちらを向く大河。
「よく分かったじゃない竜児。わかってるなら話は早いわ。さ、ここに・・・」
一瞬目を切った大河の隙を見てダッシュ!!
イニシアチブは十二分。
目指すはあの扉!あそこを抜ければ・・・!
カコン。
え?




不意に視界が回転する。
縦に。
例えるなら、ジェットコースターで最上段から真っ逆さまに落ちつつ、そのままループに突入した感じ。
もっとも、回転の方向は真逆だったのだが。
それが足払いを食らわされ、前方宙返りをしたのだと分かったのは、床に強かに背中を打ち付けてからだった。
「い、いってぇ・・・グッ!?」
衝撃と痛みにあえぐ俺に、刺されたとどめは腹への蹴り・・・ではなく、足での抑えつけ。
「・・・どこへ行く気なのかしら?ねぇ、竜児ぃ?」
そうして目の前には、ニンマリと張りついた笑顔を向けてくる大河。
顔の上半分に影が差してるように見える。
「もしかしてぇ・・・あんた程度の身体能力で、私を出し抜けると思っちゃったのかしらぁ?」
優しげな表情とは裏腹の、怒気含まれる笑顔。
正直言ってかなり怖い。
なんとかして言い訳を・・・。
「あ・・・いや、い、インコちゃんに餌をやるのを・・・」
「一食位抜いたって死にはしないわよ、あのブサ鳥」
「あ、ある意味病気の母親の為に、帰ってきた時のケアを・・・」
「やっちゃんには、私から連絡しといてあげる。きっと快諾だから安心して?」
他には?
言外に殺意を秘めた問い掛けに、
「・・・ありません」
俺は静かに白旗をあげた。


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