目を覚ます。今日も春の日差しに照らされて……ん?
「……あれ?……ふぁ」
欠伸が出る。おかしいな、何か数時間しか眠っていないような錯覚さえ覚える眠たさだ。
まぁいい。早く起きてあいつのためにもご飯を作んねーと。
布団からでて軽く着替え、顔を洗ってエプロン装着。
長年慣れ親しんだ生活スタイルはそうそう変わらない。
着替えも、洗顔も、エプロンもいつものこと。今朝は何にしようかなと頭で構成を考えるのもいつものこと。
だが、ガチャリと冷蔵庫を開け初めていつもと別のことが起きる。
「あれ?」
冷蔵庫の中身だけがまるで違う。
「おっかしいな、何か記憶とまるで違うぞ?あいつか泰子が勝手に使ったか?まさかな」
ただの記憶違いか何かだろうとその場で自己完結し、すぐさま思考を切り替える。
「ふんふんふん、と。よし、今朝は炊き込みご飯だ。ついでにそれを弁当にして……」
俺の朝は3年生になっても2年生の時と変わらない。これからあいつは来るだろうし、泰子も直に起きる……だろう。
あいつと会ってからの1年は激動の嵐だったがそれなりに楽しく、あいつを多少なりとも理解できるようになった。
自然と鋭い眼光を光らせ、口元が吊り上る。
別に機嫌が悪いわけじゃねぇ、思い出す度にニヤけちまうだけだ。
結婚、と口に出すとまだ時期尚早だと言われるかも知れないが、今はあいつと一緒にいられるだけで嬉しい。
『プルルルルル、プルルルルル』
そうニヤけていると、携帯が鳴る。こんな朝早くに一体誰だ?あいつか?
考えながらも、味噌汁の火を消し、炊き込みご飯が炊けるまで後10分なのを確認すると携帯を手にとって電話に出る。
「はい高s『早く来なさい!!アンタ誓うって言ったでしょ!!』……は?」
どうやら、電話の相手はあいつのようだが、いたくご立腹のようだ。どうしたんだ一体?
「お前何怒ってんだ?」
『はぁ?アンタが早くこっちくれば怒鳴らなくてもすむのよ!!』
「わかったわかった、あと10分で炊き込みご飯が炊けるからそしたらそっち行く」
『あ、ちょっ!?』
ポチッと電話を切る。
あいつにしては珍しい怒り方だった。まるで出会った頃のような言い方だし。
「まぁいいか」
考える暇があったら手を動かさないと。遅れるとうるさいからな、あいつ。


***


ピンポーン……ピンポーン………………。
出てきやがらねぇ。全くあいつなにやって……お?
ドアが開いてる。毎日あれほど閉めろと言ってるのに、完全オートロックの完璧防護システムを何だと……うっ!?
「何だ?この臭い!?」
む〜んと広がる酸っぱいような腐ったような謎の……いや、覚えてる。これは、この臭いは……!!
急ぎ足で室内へと上がる。そこには、かつて見た修羅地獄があると予想して。
「っ!!」
案の定、あちこちにゴミは散乱し、あれだけ綺麗に、舐めても問題ないくらいに日々磨き上げたキッチンが、シンクが……!!
「た、た、た、大河ぁーーーーっ!!!」
叫ぶ、走る、怒る。一体一日でどうやってここまで汚せるというのだ。いっそ汚し方を教えてくれと言いたい。
もう慣れ親しんだ天蓋付のベッドのある部屋。そこですやすやと眠っている眠り姫。
「……ったく」
怒る気も失せる。こう可愛く眠られていては何も言えないではないか。決して、決して!!かれかれかかか彼氏の贔屓目では無い、断じて無い。
そのままゴミを拾い部屋を後にして時計を確認。
「あと10分ってとこか」
ニヤリと笑う。どうせ今は誰も見ていないのだから怖がられるという笑みをいくらしたところで問題ない。
腕をまくり、汚れてしまった「フローリングちゃん」とシンクも酷そうな「キッチンちゃん」にギラリとした視線を向け、怪しい吐息とともに内閣掃除大臣が動き出す。


***


「ん……」

その頃、ようやくと、竜児曰く贔屓目ではなくとも可愛い眠り姫が目を覚ます。腕に枕を抱え、眼を擦りながらリビングへペタペタと歩き出した。


***


きゅっきゅっと皿を拭く。
「9分20秒ってとこか……まぁまぁだな」
ピカピカになったフローリング、舐めても問題ないくらいのキッチン。
ぬめりとカビと腐った生ゴミで地獄絵図となっていたこのキッチンの有様など、想像がつかないくらいにピカピカだ。
以前よりも素早くこの状況に戻ってこれたことに顔が綻ぶ……という名の残虐な笑みが浮かぶ。
決して、残虐な心持ちなどしていないのだが。だが、それはそれとして、
「しかし、おかしいな……」
少し訝しむ。それは……。
「シンクに溜まってた水が腐ってたぞ……そんなことがあるわけねぇんだが……」
常日頃、シンクの中まで綺麗にする自分としては、見落としなどあろうはずもない。
しかし、いくら何でも水が一日やそこらで腐る筈がない。
逆に言えばそれだけここに何度も来ているということになるのだが、だからこそ不可解。
―――パタン。
音がする。振り向くとそこには枕を抱えた、
「おはよぉ竜児ぃ……」
長い髪が寝癖で跳ね(かわいい)小さくもスラリとした体躯で(かわいい)素足のまま(かわいい)目を何度も擦りながら歩く(かわいい)
「おぅ、おはよう大河」
がいた。
「あれ?今朝は炊き込みご飯?何か初めて逢った日の次の日の朝みたい」
先程の電話の剣幕はどこへやら。
俺の眠り姫(俺のって言っちまった!?)はかつてのようにやや大きめの椅子に座って、
「いただきます」
きちんと両手を合わせておじぎする。
「おぅ、あんまり時間無いから早く食っちまえよ」
背を向け頭をポリポリ。
「うん」
という返事だけを聞いてもう十分なキッチンをさらに磨き上げる……もとい磨くふりをする。
寝起きの大河は犯罪的に可愛い。寝ぼけてぼんやりとしているところなど、一歩間違えれば抱きしめかねない程の破壊力を持っている。
それ故直視するには危険すぎるのだ。
しかし、口には出さない。出せば『また』惚れた弱みををさらけ出すことになる。
「ん、何よ?」
大河はご飯粒を頬につけながら、箸を口に入れこちらを向く。
鋭敏な感覚をお持ちの彼女は、そんなちらり程度の竜児の視線にも反応してしまうのだ。
「あ、いや……」
言葉を濁す。まさか見とれてました等とは言えない。ここは何か誤魔化し……そうだ!!
「お前、何で今朝あんなに怒ってたんだ?」
「今朝って……何のこと?」
「はぁ?お前が怒って俺を呼びつけたんだろうが。覚えて無いのか?」
大河はクエスチョンマークを頭に乗せて首を傾げる。
ぐふっ!!9999ダメージ!!りゅうじは死んでしまった!!おおりゅうじよ、死んでしまうとは情けない。
「私アンタ呼んだ覚えないけど……竜児?」
どうしたの?とばかりに大河はトトトという擬音が聞こえてきそうな小走りで駆け寄ってくる。
「いや、何でもない……そうだ、お前の携帯見てみろ」
必死に異界から舞い戻り、距離が近すぎる大河から何気なく距離を取るための方便を使う。
だって、そうでもしないと心臓のアイドリングが一生分使い切ってしまいそうなんだもん。
「ん……あれ?ほんとだ。アンタにかけた履歴がある」
おかしいな、とばかりに首を傾げ、次いで叫ぶ。
「やっば!?もうこんな時間?急いで準備しないと!!」
大河は急いでテーブルに座り、ばくばくとご飯を食べ、「ごちそうさまっ」と律儀に挨拶してから部屋へと駆ける。
大河がいなくなってようやく落ち着く。
いや、大河がいても落ち着けるのだが、それはほら、心の準備とかがいるというか、寝起きのアイツは特別っていうか。
そんな言い訳を自分にしながら玄関先で大河が来るのを待つ。
「お待たせ!!」
元気な声ですぐに大河は現れる。これも1年前なら考えられなかった進歩だ。
「おう、いくか」
今日も、一日が始まる。


***


春の日差しが暖かい。
さっぱりとした陽光を浴びて、いつもの通学路を二人で歩く。
大河はニコニコ、竜児はギラギラ。
いや、決して竜児に不満があるわけではない。
むしろご機嫌なのだ。
しかし、生来からの目つきがどうしても上手く本心を表現できないでいる。
「ね、竜児」
「おぅ?」
「ふふっ」
この瞬間の大河は反則だ、レッドカード一発退場と言ってもいい。
笑いながらそっと手を握ってくる。
ここ最近、毎朝の恒例行事。
大河はどうやら笑みを見せれば俺は断れないと思っているらしい。
(まぁそうなんだけどさ)
思ってから心の中で敗北を悟る。
これも惚れた弱みの一つか、と思いながら周囲に目を配る。
いくらなんでも人に見られるのは恥ずかしい。
「あっみのりーん!!」
恥ずかし……後の祭りか。せめて手を離してから声をかけろよ。
「おっは……よー?」
なんで疑問系なんだ。
「なんで疑問系なの?みのりん」
あ、大河も同じ事考えてたのか。なんかちょっと嬉しい。
「えっ?嘘?何?ごめん私知らなかった!!大河と高須君がツーショット登校決めちゃうような仲だったなんてぇ!!」
は?何を言っているのだ櫛枝。
「今時ツーショットなんて誰も言わないよ」
いや、突っ込むところそこじゃねぇ!!俺も思ってはいたけど。
「そっか。じゃああれだ、今時は……動転して今時の言い方がわからない〜っ!!あっわかったアベックだ!!」
「だからそこじゃねぇ。ってか何言ってんだ櫛枝?」
「え?何って?」
「いやだから……」
「あっ?遅刻しちゃう!!急ごう大河、高須君!!」
「え?あ、おぅ」
櫛枝は走り出す。
「何かみのりん変だったね」
「そうだな……」
この時は、まるで気にしていなかった、というより気付いていなかった。
自分達の状況に。


***


最初に違和感を覚えたのは下駄箱だった。
履き替えてから気付いたのだが、俺は去年と同じ下駄箱を使ってしまっていた。
だが、そこには確かに高須の文字。
次におかしいと思ったのは教室。
これも座ってから気付いた、というより周りがいつものメンバーだから逆に気がつくのに時間がかかったのだが、今自分が居る教室は2年C組だ。
2年C組?そりゃ去年だろ、と突っ込みたくなるが、周りは知った顔のみ。
おかしいな、と訝しみつつ大河を見ると、大河も「あれ?」というような顔をしていた。
極めつけは担任だった。
「みんなおはよ〜!!さぁ時間は待っちゃくれないわ!!そう待っちゃくれないのよ!!夏までに、三十になるまでに勝負を決めないといけないのっ!!」
とか言ってるし。確か先生は去年の夏休みに三十路に突入したと思っていたんだが。
そうして何気なく壁を見て……!????
首を傾げる。目をこする。頬をつねる。あれ?痛くない。コレ夢か?んなこと言ってる場合じゃない!!
壁にかかっているカレンダー。俺の記憶と「月日」は合っていても「年」が違う。
なんのドッキリだ。カレンダーは一年前のものじゃないか。


***


「竜児、何か変じゃない?」
最初に声をかけてきたのは大河。しかし俺も今は現状を理解するのに一杯一杯だった。
先程の授業は2年の時にすでに履修済みのもの。
一体コレはどういうことだ。
「大河、お前壁にあるカレンダー見たか?」
「カレンダー?はぁ?何あれ去年のじゃない」
そうだ、去年のだ。間違いなく去年のだ。
「なぁ、ここって2年の教室だよな?」
「そうよ」
「俺たち3年だよな?」
「そうよ」
「じゃあ何で2年の勉強してるんだ?オマケに鞄に入ってる教科書も全部2年の時のだし」
「そんなの知らないわよ。わからないから聞いてるんじゃない」
「……ドッキリとか?」
「学校の授業潰してまでやるドッキリになんの意味があるのよ」
「だよなぁ……」
わからない。全くもってわからない。次は体育だ。ああ、苦い思い出が蘇る。    


***


「今日はペアでパス練習するぞぉ!!」
ムキムキと黒い筋肉を動かす体育顧問、黒間先生は記憶と寸分違わぬ動きで周りに説明をする。
おいおいまじか。なんだよこれ?これじゃあまるっきりあの時と同じじゃねぇか。
周りはざわざわ言いながらペアを探し出している。
「まるおー、組もうよー」
覚えてる。この時は確かに北村と木原がペアを組んでいたんだ。
それで俺は……。
「ん……」
無愛想な顔を向けながらボールをこっちに向けてくる大河。
そうだ、こいつと組んだんだ。
「べ、別にアンタと組もうとか思ってたわけじゃないんだけど……ほら、もうペアが埋まっちゃってるし」
今だ無愛想……もとい照れ隠しを止めない大河はボールだけをこちらに向けている。
周りを見渡せば、ナルホド、確かにほぼペアは埋まっている。あ、春田がペアがいないと黒間に泣きついているし。
「何か、思い出すよなぁ」
ぽつりと呟きながらボールを受け取る。
「今度は私の顔面にぶつけないでよね」
ギロリと本気の視線。お前はそんな目をしてても俺ほど恐れられないからいいよなぁ。
「よし、じゃあ行くぞ!!」
「ヘイ、ヘイパース!!」
体を揺らして俺からのパスを待つ大……。
「あ」
アホみたいな声を出す。
「ふみゅっ!?」
意味不明な声とともに倒れたのは……大河。
「すまん!大丈夫か!?」
駆けてきたのは北村。
木原が取り損なったボールに大河はものの見事にぶつかったのだ。
「はぁ……結局こうなるのか」
謝る北村を宥めて大河を保健室へと連れて行く。


***


あれ?ここは……?
ゆっくりと瞼を開く。
周りは白一色のカーテン。
「気が付いたか?」
良く知っている声がする。
これは……竜児の声。
「うん」
起きあがり声のした方に振り向くと、そこにはやっぱり竜児。
「私……あれ?」
確かバスケットボールをしていた筈が……。
「お前は別んとこから飛んできたボールにぶつかって失神してたんだよ」
「そっか。つくづくバスケットボールに運がないわね、私」
「そうだな。あ、北村がすまんと謝ってたぞ」
「そう」
よいしょ、とベッドから降りる。
「おい、もう大丈夫なのか?」
「うん、午後からは調理実習でクッキー、でしょ?」
根拠なんか無いけど、今のところ前と同じ事が続いているからきっとそうだと思った。
「おぅ、そうみたいだ」
なら、がんばらないと。去年のクッキーは失敗だった。なにあれ?しょっぱすぎって感じ。なのに竜児は「美味い!」って言ってくれた。
今年は本当に美味しいのを食べさせてみせるんだから。


***


前回の失敗は塩と砂糖を間違えたことだ。
だから今度はそこに注意しよう。
我ながら形は上手くいったのだ。
もしかしたら自分は手先だけは器用なのかも、と少し自信がつくくらいに。
さて、まず無塩バターを……ってコレ堅くない?ちょっと溶かしても良いよね?(注:よくありません!!)
うーんとうーんと、塩を混ぜてクリーム状に?え?塩?嘘だぁ、前回それで失敗したんだから砂糖だよね(注:そこは塩で良いんです!!)
えーと?次は二回に分けて砂糖を混ぜながら……さっき一回混ぜたじゃん。あともう一回ってこと?(注:だから違います!!)
次は卵か……えいっ!!あ、上手く割れた。これはさい先良さそうね(注:あぁ、白身は、白身は入れないで……!!)
次は薄力粉を混ぜてっと……うわっ!?けほっけほっ……出し過ぎた(注:MOTTAINAI!!)
よし、こねてこねて……くのっこのっおりゃっそりゃっ!!(注:いや、良いんだけど力入れすぎというかもっと優しくだな……)
次は……なになに?今日は冷やす工程は省くから適当な形に切り取って型にはめる……と。よーしこれくらいかな?ん?小さいか。いつも食べてるのはこれくらいの大きさだもんね(注:膨らむんだよ!!)
あとは天板に乗せてオーブンに入れて、と。
「はぁ……」
近くで溜息が聞こえる。あ……、
「なに?竜児?」
「いや、何でも……」
いつから見ていたんだろう?竜児がこっちを見てる。何か随分と疲れてるようだけど、どうしたんだろ?
さて、そろそろ時間だ。オーブンからクッキーを出して、と。
あれ?何かおっきくない?まぁいいか。
これを持って行って冷や……きゃっ!?
足が取られる。このままだと転……ばなかった。
両手が天板ごと支えられている。
「あ……」
「全く、お前って奴は……」
やっぱり竜児に助けられちゃった。


***


竜児と二人、階段を上る。
向かうは屋上。
私の手にはクッキーの袋。
今度こそ上手くいったと思う。
今度は北村君じゃなくて、竜児のために作った。
こうやって、最初から竜児を見ていられたら、去年はもっと幸せだった気がする。
こうやって、一つ一つやり直せたら、私はもっと上手く、早く竜児と一緒になれた気がする。
もう遅いけど。いや、遅くないかな?
何故だかわからないけどこうも1年前と同じ事が起こるんだもん。
もしかしたらこれからいろいろやり直せるかもしれない。
プール、ばかちーの別荘、文化祭、生徒会選挙、クリスマス、修学旅行、バレンタイン……。
思い返せば失敗ばかり。
だから、これからやり直せれば……。
「ねぇ竜児、私……きゃっ!?」
あれ?おかしいな?竜児が斜めに見える。
ふわっとおかしい浮遊感。いや絶対これおかしい。
これには覚えがある。
何ていうことだ。こんなことまで再現されなくていいのに。
すぐに来るであろう衝撃に目を閉じ、感じたのは優しい温もりと必要以上に大きなガンという音。
はっと目を開けばそこには竜児。
私を抱きしめるようにして壁に背を打ち付けている。
唯一違うのは、私は後ろからじゃなく前から落ちたという一点のみ。だからって何も状況は好転していない。
「竜児?やだ、嘘っ!?大丈夫!?」
「……あい、さか?」
「!?」
今竜児は何て私を呼んだ?あい、さか?哀逆?逢坂?
これはきっと夢だ。そうに違いない。竜児が今更私をそう呼ぶ筈が無い。
それとも、やり直し、なんて考えた私への罰なのだろうか。
突然足下が崩れ落ちたかのように、目の前が闇に覆われ日常が壊れていく。


***


「痛っ!?」
ベッドから転げ落ちる。
突然足下が崩れ落ちたかのようにって、本当に落ちてたみたい。
頭を抑えながら立ち上がる。
辺り一面に散在するゴミ。
ぷ〜んと臭うあいつが嫌いな匂い。
「夢……」
随分と長い夢を見ていた。
何か、1年以上眠ってたような錯覚。
事実、夢の中では1年以上経ってたし。
「はぁ……着替えよ」
そう呟きながら、枕を抱えリビングへ。
「………………」
一瞬、何を期待したのだろうか。
そんなわけはないと思いつつも、リビングへの戸を開ける時にワクワクした。
その結果は、いつものゴミが散らばるリビングを目にしたわけだけど。
だいたい、あいつがここにいるわけが無い。
北村君と仲が良くて、隣のボロアパートに住むアイツ。
私が「実際」に知っているのはそれだけ。
本当にアイツが夢に出てきた通りきれい好きかどうかさえ知らない。
時折隣のボロアパートから聞こえてくる声が、何となくそれは正しいという気がするけど。
でも、実際どうなのかなんて知らない。話したこと無いし。
なんでそんな奴の夢なんか見たんだろう。
「っくしゅん!!」
くしゃみが出る。
「あ〜鼻が……ちょっと竜児、ティッシュ……何言ってんだ私は」
殆ど知らない人、ましてや夢でしか話してない奴に何で私はティッシュを貰わなければならないのだ。
くだらないこと考えて無いで学校に行こう。っくしゅん!!あ〜鼻が……。


***


っくしゅん!!あ〜くしゃみが止まらないわ。っくしゅん!!あ〜辛い。
サボれば良かったかも。でも今日はクラス発表だし、二年最初の登校日だし。
さっさと教室に行こ……ドンッ!!
誰かとぶつかった。こっちは最高に機嫌が悪いってのに。
「あ……たい、が……?……あっ!?いや違う今の無し!!」
誰だ、私を呼び捨てにする男は。そんな慣れ慣れしい男がいたとは……え?
「りゅう、じ……?」
「は……?あれ?殴られない?いや、あれは夢で……いやこれも夢か?ん?今竜児って呼ばれたか?」
ポカンとする目の前の凶悪面の男、もとい竜児。
そういや、私は夢では出会い頭にこいつを殴ったんだっけ。ん?夢?え、こいつも?まさかね。
「ちょっと、邪魔なんだけど」
「あ?ああすまん」
竜児がよける。そうだ、これが普通……あ、竜児が何か落とした。
「ちょっと竜児、『高須棒』落としてるわよ」
「え?ああすまん大河……って、は?」
「え?あれ?」
つい夢の中のように話しちゃったけど、通じた?そんなまさか。
でも、もしかしたら……。
「……この駄犬」
「だから駄犬って言うな。俺は……」

―――俺は犬じゃない、竜だ。だから―――

あの時の言葉が音として蘇る。
これから、夢とは違った新たな物語(とらドラ)が幕を開ける―――



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