バタバタと騒がしく駆回る足音がする。
「竜夜、あんまり騒がしくしたらご飯抜きだからね」
大河は我が子に向ける視線とは思えない目つきで睨む。
ありふれた日常。これは誰もが望む世界。
大河に眼力だけで凄まれるのは日常茶飯事。しかし相変わらず足の震えは止まらない。
「母さんはいつもそう言うけど、一度も食べさせなかった事ないよな」
そう言うのは長男の竜夜。目つきは竜児譲りで、今年入学した高校では目を見られぬよう、前かがみに歩く。
大河はカッターシャツにアイロンをかける手を止め、
「う……まっ、空腹の辛さは痛いほどわかるもんね」
「それが母さんのいいとこなんだよなー、…で」
「はいはい、わかってるわよったく…なんでそんなに父さんの事を知りたがるのかしら」
「そりゃあ、見たこともないし、人柄だけも聞いてみたくてさ」
大河はかけ終わったアイロンを片付け、ソファに腰を下ろす。
「それハンガーに掛けときなさいよね」
「りょーかい!………じゃあ、話して貰おうかな、父さんの事」
竜夜はそう言うと大河の横に同じように腰を下ろす。
「…………」
「…………」
「じゃあ、ハッキリ言うね。父さんはもうこの世にはいない」
「……やっぱりねぇ。大体想像はついてたよ」
「…っ! な、なんで…?」
恐る恐る聞くと、
「だって、父さんの話をするといつも黙り込んで夜空見上げるんだもんな。嫌でも分かるよ」
そう、大河は竜児に話してもらった星の話が大好きで、それ以来星観察が趣味になっていた。
「…………。じゃ、聞きたい事言って。それに答えてくから」
「……。別に。適当に喋ってよ(チッチッ)」
別室で息を殺して合図を待っていた双子の妹が駆け寄り、大河の膝にちょこんと座る。
「やっぱりここが一番落ち着くなぁ。私にも話してくれるよね?」
これは誰にも譲らない、譲れない竜河(ルカ)の特等席である。



二人の出会った時の事。友人らと行った別荘。起こった全ての事を包み隠さず話した。
高校卒業後、二人は夏から都内某所のマンションに住む事になった。
当時竜児は車の免許を取りたいと言っていたが、大河は一人になるのが嫌で拒否し続けた。
大河の母親と父親は、一年の間に就職先を決め、収入がしっかり貰えるくらいにまでなったら
嫁として渡すと言った。本当に辛かったが、大河の手助けのおかげで就職する事ができた。
大河の母親の再婚相手である大河の父親はどこぞのお偉いさんで、時期副社長候補にあがっているほどの
技能とメンタル面を持ち合わせた超人であった。
財力にも全く不安はなく、大河と竜児のためにマンションの頭金などをサポートして貰っていた。
もちろん竜児は断ったが、まだそんなに経済力もないため、将来返済するという理由で
ほんの少しのお金を預かっている。大河は「もっと貰えば良かったのに」などと愚痴を零していたが、
竜児も男だ。何から何まで世話になっては示しが付かないという理由で、ほんの少しだけ融資
して貰う事になった。大河の父親は以前大河が一人暮らしをしていたマンションの最上階を勧めたが、
これには竜児も大河も反対。竜児には反対する権利などないはずだが。
理由は「駅から少し遠い。それに二人では広すぎる」との事。
結局駅から徒歩15分の家賃20万のマンションに住む事になる。
竜児はもっと安い所がいいと言ったが、これには大河の父親は一切折れず、
「娘にこれ以下の場所には住まわせたくはない」と言っていた。
血が繋がっているわけでもないし、もっとおんボロアパートにも住んでいたのに。
だが口には出さず、素直に受け入れる事になった。
引越しが住んだ所で、大河の母親と父親は埼玉県へ移住した。なぜだかはわからず仕舞いである。
茶色のお洒落なタイル張りを施した品もあり、存在感も漂わせるマンションの前に二人はいた。
大河「ここが新しいお家なんだね!なんだかウキウキしてきちゃった」
竜児「おう。…なんだかまだ夢みたいだ……大河と二人で暮らせる日が来たなんて…」
大河はにっこり笑うと、結婚指輪を見てデレデレする。そして6階にある自宅を目指した。
新築のマンションで設備は完璧。玄関に設置してあるタッチ式のモニターで部屋番号を押す。
自分で入居時に決めたパスワードを入力するとエントランスの大型ドアが開く仕組みになっている。
来客は目的の部屋の番号を押し呼び出しボタンを押せば各部屋に配備されているモニターに表示される。
カラーで輪郭もはっきりと出るため、相手の確認もしやすい。
許可と書かれているスイッチを押すと確認画面が出て、そこで初めてエントランスの大型ドアが開くのである。
エントランス入り口で4ケタ数字のパスワードを入力。番号は迷う事無く、
『0214』竜児にとって初めての告白、二人にとって初めてのキス。あの日の事は忘れない。
結婚した日にしよう、と大河は言ったがジャンケンで竜児の希望通り『0214』となった。
部屋に着き、おぼつかない手つきで靴を揃え、中に入る。
家具や食器は既に業者が設置し、地震対策もバッチリ。あとは暮らしやすいよう自分達で
机を動かしたりソファを動かしたりして自分達の好きなようにすればいい。
「おおぅ…大河の前の家とあんまり変わらないんじゃねえのか……?」
「ううん。あそこよりは広くはないよ。見た目は似てるけど」
「そうなのか…。一つ二つ三つ…四つ…おう、なんだか部屋があまりそうだな。MOTTAINAI!」
「子供ができたら時期に足らない〜〜!なんて事になるよ」
「こ、子供………///」
「竜児……///」
照れてる竜児可愛いね。そっちこそ。未だにバカップルっぷりを発揮して、二人は自然と唇を重ねる。



今日も明日も仕事は休み。とくに予定のない二人は、広い部屋でもべっとりくっついている。
外は朝からムンムンとして、クーラーが苦手な大河は窓を開けて
腕も足も露出して大の字でくつろいでいる。
ペーローペーピーピピー♪ 大河の携帯が鳴っている。
しかし大河はガン無視で、ずっと汗を掻きながら竜児とくっついている。
竜児「大河、携帯鳴ってるぞ、出なくていいのか?電話だろ?」
大河は二人の邪魔をされて不機嫌になったが、携帯のフリップを開くと目を輝かせた。
ピッ。
「YO!なぁに朝っぱらからイチャイチャくっついてんのさ!?暑いんだからもっと離れて離れて!!」
「えっ!?な、なんでわかったのみのりん?」
そう、電話の向こうでは夏を喜び生を喜ぶ直進娘であるみのりんこと櫛枝実乃梨。
「おぉー!やっぱり朝から晩、夜の営みまであちちなんだなこんにゃろー!」
「ちょっ/// なんでわかったの?なんで?」
取り乱した大河は、電話の向こうで冷かし攻撃をぶっぱなしている櫛枝に問いかける。
「ん?見てないに決まってんじゃんよー、でも大体合ってたろう?」
「うっ…悔しいけど当たりよ…」
当たってるって認めんのかいっという竜児と櫛枝の同時突っ込みを華麗にスルー。
「で、いきなり電話して何か用事でもあるの?みのりん」
「おーうおう!あるよあるよ大有りだぁ!!実はきょ「今日そっち遊びに行くんでよろしくな!」
いきなり相手の声が変わる。その能天気な声は聞き間違えるはずもないだろう、失恋大明神こと北村であった。
「ひぇっ?きょきょ今日?でも竜児が……食事の用意とか…」
竜児は最初っから最後まで話を聞いていて、返事をする。
「おう、いいぞ。何人来るんだ?」
「実は引っ越すのはずっと前から知ってたんだ。だから落ち着いた日を計って、」
「いつものメンバー+αを加え、そっちに泊まりで行こうと計画を練ってたんだよ、たきゃすきゅん!」
「おおう、知らなかったのは俺達だけか。じゃあ夕方くらいに来てくれよ。」
ちょちょちょなんで勝手に決めちゃうの?という大河の言葉には耳も貸さず、
「にゃはは!じゃあ夕方6時に潜入するぜぇ〜!」
「おう、場所は…わかるな。飯用意しておく!」
「やった!時限式超激辛カレー用意して置いてね!」
激辛→熱い→暑い→脱いでも不自然じゃないと踏んだ北村が、
「うおお、最近真面目にしてたから時限式超激辛カレーが食える!裸族になるチャーンス!!」
「防音加工もされてるから今日は許可してやる感謝しろ…じゃんくて、てか何で引越した事知ってるんだ?」
「うはは!その辺は気にしないでくれたまえ、毎日出かける時のキッスまでお見通しさ!」
「んなー!ななななんで知ってる「んだー!?」「のよー!?」」
「ふふふ、駅に向かう途中に新しくできたマンションがあって眺めていたら、
   エントランスから二人が人目も気にせず熱いキスシーンを目撃したという事は
   知らない事にしておいてくれよな!?アデュー!」
プツッ………。
するとすぐメールが来た。「二人とも顔真っ赤!!」
当たりである。まさか見られていたとは。
ぽつりと一言。
そういや、今度引っ越すって言ったの忘れてた………。



二人は4時に買い物を済ませると、重い荷物を半分子にして手作りエコバッグに詰め、
仲良く二人で持つ。こうすれば平等で手も繋ぎやすい。
「竜児、ちょっと買いすぎたんじゃないの?どうすんのよこれ」
そう、二人の片手にはパンパンに膨らんだエコバッグがある。
「別に全部食おうとは思ってないぞ?予備とか明日の朝のとか」
「まぁどうせあんたの事だからMOTTAINAI精神丸出しで策はあるんだろうけど」
「おう、もちろんだとも。さあ部屋に着いたぞ、仕事始めるか」
そう言うと自分らの決めた役割を果たす事に専念する。
「とりあえず飯の仕度するからお前は部屋の掃除をしておいてくれ。念入りにだぞ」
「はいはい、全く人をなんだと思ってるのかしら」
「つべこべ言うなよな。俺がいない時は嫌でもしないといけないんだから」
「わかってるわよ………折角二人きりで居られると思ったのに……」
「ん?何か言ったか?」
なんでもない、と簡素に返事をする。


掃除も料理も完了。居場所もジュースもお酒も全て揃っている。
顔真っ赤メールが来た後、メンバーが書かれていたので、無駄な物も買わず作らず完璧である。
ピンポーン♪
……おっ、早速きたみたいだぜ、と言うと二人でエントランスから招き入れる。
黒いデニムを着こなし、簡単なTシャツの上からペンダントをぶら下げているのは笑顔が眩しい櫛枝実乃梨。
「やぁやぁお二人さん!時間ぴったりにご到着だぜ☆」
昔とあまり変わらない服装をしている失恋大明神事北村。
「相変わらず仲がいいな。それにしても立派なマンションだ。俺の家の3倍くらいか?」
ふわふわフリルの付いた白いワンピースを着こなす大河がみのりんに
いつものように抱きつき、頬を擦り合わせている。
北村がそんな二人をみると興奮したのか、ベルトをカチャカチャと鳴らしはじめる。
「ちょっとまて、こんな所で裸族に変貌を遂げようというわけじゃあるまいな?」
その通りだウォン老子!と叫ぶと流石にパンツは脱ぐ気はおきないらしいが、
当然といった顔で下半身は下着のみ、上半身裸で竜児に抱きつく。
気絶寸前の竜児はさておき、モデル並み…というかモデルで服の着こなしは
左は迷彩色の戦闘服、右は民族衣装となんでも着こなすが今日は適当に済ませたであろう簡易なシャツに
ジーパンを着ただけの簡単な姿で現れたのは既に不機嫌極まる顔で愚痴を零す亜美。
「…きもっ。てか早く中に入れてくんない?暑いし無理やり連れてこられたんだから」
その言葉を別に意味で解釈したのだろう、ユニクロ万歳な能登とアホの坂田…ではなく春田が妙に興奮していた。
春田の服装など誰も気には止めないだろうが、仕事を始めたのでうざいロンゲはばっさり切っていた。
「うわぁ。女子同士のいちゃつきはなんかいやらしくて夢に満ちてるけど」
「男のいちゃつきはなんかこう……とりあえずきもい。てか死ね」
竜児はそうだな、いや死なん。と返事をし、北村を跳ね除け、部屋に案内する。
木原は北村のために2時間も服選びに拘ったが、結局気に入るのがなく
なけなしの3万をはたいて買ったワンピース&リボン付きの白く鍔の長いキャップは能登以外誰も気にしなかった。
「なんか私惨めな感じ…」



多分大河の香水に反応したのだろう、アホの春田が口を開く。
「うひゃ〜!広いなぁー!クンクン、おぉこれはいやらしい匂い!!」
自己嫌悪もいいとこの北村。こいつはなぜか自分の家より大きい家は自分の家と比べる癖があるのだろう、
「おぉ、前の逢坂の家と変わらないんじゃないか?」
「そうだよねー!てかうちも綺麗だからいつかその……。」
家に誘おうとするが、「そうなのか」とだけ返事され、帰りたくなる木原。
「うおおー!これが噂の愛のさんくちゅあり!これが4LDK!!」
「4LDKじゃないよみのりん。それにさんくちゅありって古いよ」
「ふぅ〜ん、なかなかの部屋じゃん。あ、こんな所にクッションが二つ…。意味深だわ、ケッ!」
何が気に入らなかったのか、亜美が唾でも吐き出しそうな勢いで舌を打つ。
玄関をなぜか眺めていた能登がひょっこり(かわいくない)顔を出す。
「おぉ、広いな!寝室だけで俺の家のリビングくらいありそうだ!」
部屋の真ん中に置かれたテーブルに全員座れせると、テーブル綺麗だとか椅子がおされだとか
寝室にベッドが一つしかないとかいろんな話が部屋を行きかう。
次々と料理が運ばれ、最後は当然飲み会のようになる。
途中から酒だ酒持って来いと言われ、戸棚から酒瓶3本を持ってくる。
「うぃ〜。なんでえなんでえ!部屋が余ってるじゃねえか!これはもしや
   子供部屋とかふざけた事抜かすんじゃねぇだろうなぁおう!?」
「櫛枝とりあえず落ち着いて……。も、物置だよな、大河!?」
大河は既に酒に酔ってテーブルに頬をのせたまんま眠りこけている。
「…おう、可愛いな。そういえば、みんなは今何してるんだ?まだ聞いてなかったけど」
「私はモデルやめて、グラビアも飽きたから芸能界で楽しく仕事しているわ…ヒック」
「おれっちは念願の体育大だぜー!筋肉の塊部屋で汗を流うぃっ」
バレンタインデー前日に彼女を見せびらかしてきた彼女を自慢するべく、
「俺は彼女と関係を持ったままふつ〜のサラリーマンだぜー」
「お前がリーマン…。世も末だな。俺は雑誌の小さな記事を担当したり、
   地方を回って聞き込みとかしてる。ちょっと夢とは違ったが楽しくやってる」
「私は大学に通いながら将来設計してる。でもその気になればお嫁に……ごにょごにょ」
「へぇ、木原嫁に行くのか!おめでとう!「え、違っ…」俺は国立大学に通ってる。
 でもこの前、会長が俺をアメリカのロケット開発部門に招き入れてくれたから来月あっちに行こうと思う」
「おう、みんなちゃんとやってるんだな。春田はプーになるかとヒヤヒヤしたぞ」
えー高っちゃんひどいなぁー! 笑い声が部屋中を行き交う。




結局2時まで飲んで騒いで酒が足りなくなり、ジャンケンで勝敗を決め、最後まで勝ち残った3人で
酒屋に行く事にした。竜児は一番に負けて、嬉しいのやら悲しいのやら変な気分で勝負を見届けた。
最後まで勝ち残ったのは大河、亜美、木原の3人である。
「女子だけでは危ないから」と言い、大河の涙目攻撃に敗れたのを隠しつつ竜児を加えた
4人で行こうとするが、酔っ払った汗臭い男共は許可せず、竜児VS北村の男同士の野球拳。
北村にはシャツを一枚脱がせただけで竜児は靴下もジーパンもシャツすっかり剥ぎ取られ、
残りは眠る龍を隠す大事な物布切れ一枚になったが、状況が一変し、竜児の勝利となる。
勝敗は決まったのにパンツを脱ぎ去り亜美に抱きつこうとしたため、昔では考えられなかったが
大河の手刀が首に飛び、一発で北村を撃沈。今は仲良しのふざけあえる友人となっていた。
竜児を加えた面々で全員大声でおまわりさんに注意されつつ覚束ない足取りで酒屋に向かう。
酔っ払いリーマンよろしく酒屋のおっさんをたたき起こし、
酒瓶4本を買い込む。酔っ払った竜児は深夜料金で安くしろなどと言い、怯えたおっさんは
いつもの半額+一升おまけするから帰ってといい店を閉じた。
帰ると目を覚ました北村に加え、能登に春田が自分の龍にネクタイを結び、真剣な目つきで玄関に向かってきた所を
トイレから出てきた救世主よろしく櫛枝が傘を抱え、龍を一閃。3人は20分間生死の境目を彷徨った。
カチャカチャ。パタン。あれぇ?どこだろ…
物音と頭痛と人の声で竜児が目を覚ます。
「おう…夜中の5時か。随分遊んだみたいだ…頭が割れそうだ…」
誰か起きているのか、廊下の電気が点けっ放しになっているのに気づく。
頭を掻き、服装を正して廊下へ向かう。
「! 誰かいるのかい?不届きものめ!」
「あぁ、櫛枝か。寝れないのか?」
そう言いながら、洗面所のドアを開こうとするが、
「あぁー、悪いけど開けないでくれるかい?汗掻いて気持ち悪くてさ、シャワー浴びてたんだ」
「おおう、バスタオルとパジャマ用意してある。場所わかるか?」
裸か?とは聞けるはずもなかった。
「う〜ん、なんか収納スペースとか色んな物があってわかんなかったところなのだよ明智くん」
「おう…って事は下着すが……」
言っちまった。
「こんな所で誘惑かい?大河という者がありながら私は悲しいぞおよよ…」
「わわ悪い。そう意味じゃないんだ。すまなんだ…」
「まーそう事平気で言うやつじゃないって信じとるよ……おっとパジャマ見つけたりぃ!」
30秒の後、櫛枝は洗面所から出てきた。
「おっと、トイレはどこだい?尿意と便意のダブルコンボだ…しかし!伊達に体育大に行ってない!」
筋肉マンでも便意には勝てん、そこだぞ。と教えると覚束ない足取りでトイレへ駆け込む。




自分と大河で共有しているベッドは亜美と木原、それに加え櫛枝が占領していた。
北村と春田、能登は2時辺りにそのベッドに潜り、持参したビデオカメラで撮影し、
上映会を開こうと提案したがどこかで聞き耳を立てていたやつにチクられ、
玄関で布団なしという拷問に耐えている。竜児は参加せず、友情を裏切ったという理由で
春田に押さえつけられ、能登に罵られ、北村に股間アッパー&電気アンマ&間接キスという拷問に耐えた。
30分ほど意識は帰らなかったが、様子がおかしいと思った亜美が、
ねーえ、何で高須君こんな虚ろな状態なの?(ニッコリ)
笑顔に浮かれ、春田がそれを喋り、大河にチクり北村者とも水風呂に入れされられ、玄関が寝室になった。
流石に夜は寒いのだろうか、それとも暑いのだろうか?
3人は北村を中心に抱き合って寝ている。暑い〜だの寒い〜だの寝言を言いながら。
部屋に戻ると、ソファで大河が少し悲しそうな表情を浮かべ、毛布に包まっている。
隣に座り、毛布を自分にもかけ、大河に覆いかぶさるような形で眠る。
すると「うにゃにゃ〜、どけいっ!」と寝言を言うと竜児を押しのけ、足元に転がった。
「おう!?…いてて…ひどいやつだよほんと」
物音で目を覚ましたのか、大河が起き上がる。酔っ払っているようだ。
「りゅ〜じぃ〜?何してるの?そんな所に寝て……」
「っお前なぁ、自分で落としておいてその言い方はねぇんじゃねえか?」
「私そんな事しないもん。ねーキスして?」
するすると蛇のように落ちてきて、竜児の太ももに頬を乗せて言うのだった。
唐突すぎる言葉に戸惑う。いつもなら素直にするが、大河は酒を飲むと6時間もの間の記憶がなくなり、
所構わず竜児に愛を求めるというのは把握済み。そこに漬け込むのは酷という物だろう。
「ダメだダメだ、さっさと寝ろよ。ワイセツタイガーは手に…ん?」
手に負えない、と言おうとしたが、妙な視線を感じる。感じるだけではなく、
テーブルの影、大河からは見えないソファの死角などからこちらを観察している。
おいお前ら…と言おうとしたがその怪しい影は口に人差し指を持っていくと、「シーッ」とするのである。




春田は少し短めに切ったのであろうその髪を揺らし、唇と突き出す真似をする。
つまり、やれと?ここで、やれと?皆の前で、やれと?
そんな顔をすると全員がコクコク、と頷く。
大河はずっと唇を求めるように、竜児を上目遣いで見上げている。
むむむ、無理だ。3メートル付近には能登、櫛枝に首を掴まれている北村大先生を横目でみている木原に加え亜美。
音の鳴らないように改造した携帯をさっき自慢していた春田がその携帯を待機させていた。
外は少し明るいので携帯のランプをつけてもわからないと判断したのだろう、青いランプが光っている。
全員顔に「やっちまえ」と書いてあった。
無理無理無理無理よ無理なの無理なのよ!と顔をぶんぶん振り回すと、
大河がそこで周りを見渡す。しかしそこにはコンマ0.5秒という神業で引っ込み、
誰もいない場所に数本の酒瓶が転がっている。そして再び竜児に向き直る。
「ねぇ……私の事嫌いなの?妙に拒んだり濡れ衣着せたり…。そうならはっきり言ってよ」
今にも泣きそうな顔で竜児の顔を覗き込む。声も聞くからに今にも泣きそうである。
「ちっ違うんだ…えっとそのぉ…」
テーブルを見ると竜児も背筋が凍りつきそうな眼光でこちらを睨む複数の影。
「なによ…もう私には飽きたっていうの?嫌な所があったら言って。直すから。私、竜児がいないと……」
恥ずかしそうだが、今にも泣きそうな「生きていく自信がない……」そう言うのである。
ワイセツタイガーになると、いつもより大胆になる悪い…いや、良い癖だ。
ええぇどうにでもなれ!と意気込み、唇を大河のソレに押し付ける。舌が竜児の中に進入してくる。
口の動きで舌が入っているとわかったのだろう、誰かの呻き声が聞こえてくる。
「大河…大人になったね…」だの
「うわぁあちちだよ地獄の釜も3度までだよ」だの
「もう見てらんない…」だの。好き勝手いいやがって。
離そうとするも大河の華奢な腕が首に回りこみ、抜け出せなくなる。
3分もの長い間唇を重ねる。既に竜児は失神寸前。取り戻した命だ、大切にせねば。と喝を入れる。
それで満足したのか、来たような動きでソファに上がり、寝息を立て始める。
フランス人形のように美しく、きめ細かい頬を笑顔で緩ませた寝顔で、のび太顔負けの早業でスヤスヤ眠りに落ちる。
優しく毛布をかけてやる。風邪引いたら可愛そうだから。
ホッと一安心。2秒の後、テーブルに青く光る狂眼を向ける。その瞬間全員が目を閉じ、
胸の前で手を組み合わせている。不自然にガタガタ震え、神へのお願い事をする。亜美だけが平然を装っていた。
女は遊び道具、男は自分のために尽くせとか考えているわけではないと理解して貰うのに1週間要した。



そんな楽しいワクワク☆ちょっと古いよ愛の巣探検記は無事?幕を閉じ、明日は大学やら仕事やらに行くので、
昼まで全員で酒を飲み、お開きになった。
そしてかれこれ2年が経った。その間に色々な出来事があった。
まずは大河と竜児の間に双子が生まれた。
長男は竜児の名から因んで「竜夜」長女は二人の名から因んで「竜河」。珍しいがこれでルカと読む。
魅惑の妖精川嶋亜美、熱愛発覚!!相手は元タレントの○○××!!
春田は電車で痴漢疑惑をかけられた被害者として特番の番組に出演した。
モザイクと音声変更は気に入らなかったみたいだ。馬鹿キャラとして受けて小さな地方番組にも出演した。
能登は地方を回って記事を書くうちに小さな記事が大反響を呼ぶ。
波に乗って記事を書きまくったが波に乗れたのは一度だけで今は平凡に暮らしている。
木原は医療に向いていると感じ、ワクワク☆ちょっと古いよ愛の巣探検記から1ヶ月ほどで退学。
数ヶ月だけ猛勉強をし、たまたま東京女子医科大学に合格。
ちょっとした閃きから風邪薬を開発。これは以外と効き目があり、報酬として
研究室が設けられ、ひょんな事から新タミフル開発に専念。
新型インフルエンザに対するニュータミフル、今までとは根本的に元素も違う対インフルエンザワクチンを開発。
齢19にしてノーベル医学賞を受賞。世界中を歓喜に舞い上がらせた。
北村は数学でなんちゃら賞を受賞。竜児は自慢するに値する友人をたくさん得た。

しかし幸せもそこまで。2012年夏、この日を境目に竜児と大河は運命の分岐点に立たされる。




その日は雨。ジメジメしていても竜児と大河の周りはずっと新婚さんですよオーラを纏っている。
流石に人目を気にするようになったのか、お出かけのキスはエレベータの中でしている。
たまに止まっているのにも気づかず、高校生が乗ってきて
「うわぁ」とだけ言って乗ろうとはせず、「あ、忘れ物」と言って自宅に戻っていく事がしばしば。
いつもは駅まで大河は見送ってくれるが、今日雨だからという理由でエントランスでお別れ。
大河はマンションに住む独身の男にモテモテであるが、いつもニコニコしているわけではなく、
他の男に声を掛けられるとキッと睨みを利かせ、誰も寄せ付けない。
今日も仕事。夕方6時までのお別れである。土日が休みで有給もたっぷりで
早く仕事が終わり、収入もそこそこという無茶な職探しではあったが、
高校の頃の成績を見せたらすんなり内定が決まり、隣町の事業に勤めている。
大河はそんな竜児の姿が見えなくなるまで手を振ってにっこり笑っていてくれる。
仕事中であろうが寂しくなったら一日中メールを送り続けたり、休憩時間を見計らって電話をしたりする。
ある日のメールでのやりとり。
「竜児元気?何時に帰れそう?」

「元気だぞ。そっちは?今日はいつも通り6時に駅につくと思う」

「竜児がいなくて寂しいけど、竜夜と竜河がいるから大丈夫。
 帰りにあのファミレス行こう?」

「おう、分かった。戸締りとガスの元栓だけは閉めるんだぞ。
 じゃあまた後で」

「えーもう終わり?もっと話そう?」

「いや、もうすぐ休憩終わりだからさ。減給になんかなったらヤだろ?」

「それもそだね。無理言ってごめんなさい。お仕事頑張ってね」

「ありがとう。愛する妻と子のため頑張るよ」

大河が携帯のフリップを閉じる。愛する妻と子のためだって。あの顔で何言ってるんだか。
そう我が子に言い、しかしその顔は依然ニヤニヤしていた。



午後5時30分。雨はすっかり止み、夕日がとても綺麗だった。出かける前の再確認をはじめた。
元栓よし!戸締りよし!夜の準備よし…///でへへ……
そう一人でごちると、玄関に用意してある高価そうな二人用ベビーカーに竜夜と竜河を乗せる。
ティッシュもミルクも全てしまい、下の階へ足を運ぶ。
目的の部屋を目指し、ドアノブも開けていないのにそこからは見慣れた顔がのぞく。
「あ、きたきたー!早く竜夜くんと竜河ちゃんちょーだい♪」
そこには簡単なTシャツと白が目立つ長い脚を自慢げにミニデニムで露出度を高めた亜美の姿が。
「なぁにばかちー。あげるんじゃなくて預けるの。夕方も相変わらずの発情っぷりだこと
 あれ、今日みのりんいないの?」
亜美の家は駅から離れていて自転車でも30分かかり、それだけの理由で
竜児達と同じマンションに越してきたのである。ちなみに櫛枝と同居している。
本人曰く「5時に仕事が終わるのはいいんだけど、毎日自転車こぐのはかったりぃ」とのこと。
「はいはいなんとでも言いなさいよ。今日も預かってあげるんだから感謝してよねー♪
 みのりちゃんは今日はサークル付き合いでUSJに行ってるよ」
亜美と櫛枝はもしかしたら竜児を超えるかもしれない程竜夜と竜河に溺愛していて、毎日竜児を迎えに行き、
デートついでに買い物を済ませる間、亜美と櫛枝が2人を預かっているのであった。
「へぇ、USJかぁ…私も4人で行きたいなぁ、でも人が多いし…。子供が欲しい?さぞ性悪な赤ん坊が生まれる
 んでしょうねぇ。発情っぷりを活かして2人でも3人でも腰振って産めばいいんじゃないの?」
こめかみをピクピクさせて亜美は2人を指であやしつつ、「あらら可愛いねー♪」などと言ってから、
「っさいなぁ〜。だって竜夜ちゃんは細い目は特別愛らしいし、ルカちゃんに至っては言葉で言い尽くせない程の
 美貌を持ち合わせてるんだもん。高須君譲りなのとタイガー譲りなの人目でわかっちゃう。
 絶対いつか私を超えるわ、自信ある。だからちゃんと良識ある良い子に育てなさいよね
 竜夜ちゃんは将来高須君に似るのかと思うとちょっと可愛そうだけど…」
「ふん、分かってるわよ。私に似ても竜児に似てもやっちゃんに似ても可愛いし絶対不幸にはさせないわ。
 どうでもいいんだけど、毎日の様に2人に高い物買うのやめてくれない?
 この子達の靴も小さなポーチもベビーカーだってあんたの選んだ物。遺憾だわ…」
「いいじゃない減るもんじゃないし。私もこんな子供欲しいなぁ……
 そうだ、高須君に手伝って貰えば良いんだわ!そうよ変なタレントとするのはヤだし、
 私のこの天使のような美貌に「遺憾だわ」ぶふぅ…」
「あ、いけないばかちーなんかと話してる暇なんかなかったんだ。じゃぁばかちー、
 ちゃんと2人を見ててよね。絶対寂しい思いなんかさせたらダメなんだから。竜夜に竜河、じゃあね!
 魔性の女に惑わされちゃだめよ?すぐ戻るからね♪」
「ちょっと私はー!?…行っちゃったか…じゃー2人ともお部屋行きまちょうね〜♪」




大河は駅に着くと、一生懸命ホームから出てくる竜児を探す。
竜児をみつけると顔を宝石のように光らせ、気づいて貰えるようにぴょんぴょん跳ねて手を振る。
「おーいおーい、こっちこっちぃ!」
竜児は少し疲れ気味な顔を輝かせ、仕事帰りの人の目も気にせず大河を抱擁する。
「おおう、大河は夏バテって言葉を知らないようだな。今日もいつものファミレスでいいのか?」
「うん、スドバもいいけどやっぱりいつもの方がいいわね。最近はみのりんもバイトしてるらしいよ?」
「そうなのか…。大学で時間が有り余ってるからってラーメン屋に蕎麦屋にスドバ。清掃員に今度はファミレスか…」
「うん、大学に馴染むまでバイトは一時やめてたらしいけど、ばかちーが「家で一緒に住もう」って言ってから
 すぐに再開したみたい。昇給に昇給が加わって月に10万はざらみたい」
「おぉ凄いな。今は夏休みだろ?だったらもしかしたら20万は硬いかもな」
「5万はばかちーに渡してるんだって。「いい、いい要らないって!」って拒否したけど
 無理やり財布に突っ込まれたらしいよ。」
櫛枝らしいな、などといいつつ無事ファミレスに着いた。
「あれ…定休日かな…」
「おう…しょうがない、駅ビル行くか?逆戻りになるけど」
「えーやだ!スドバがいい!」
「スドバはここからもっと歩くだろうが。早く帰らないと2人が心配しちまう」
「うー…わかったわ。じゃ、いこっか」
「あぁ、明日はお前の好きな所連れてってやるからな」
ワーイ!とおおはしゃぎする大河を見て、まだまだ子供なんだな。と一人ごちる。
駅ビルでベラベラくっちゃべり、散々いちゃついた後、買い物に行こうとした時である。
「あそこのパフェはやっぱり美味しいわー。今度竜児もパフェ作ってよ」
「じゃあレシピ調べておくから、今度作ってやるよ」
「おぉ〜!チョコねチョコ!イチゴも忘れないでね!」
そのバリエーションはどうかと…と言おうとした時である。
大河は竜児の手作りパフェに胸を躍らせ、クルクル踊っている。前から猛スピードで迫る車にも気づかず。





───大河──危ないッ!!───

踊って目を回したのだろう、動きを止めた。

「避けろ馬鹿!!!」

「……え?」

馬鹿!と言うと同時に持っていた鞄をほうり捨て、大河を両手で包み込み、反対側の路上に転がる。
キキキィ…と耳を劈くような音を鳴らした。
「お前は馬鹿か!!?下手したら小学生並みだぞ!!」
「な、何が起きたの…?な、なんだっていうのよ……?」
振り向くと、急ブレーキを掛けてスピンをしたのだろう、タイヤはアホみたいにハゲていた。
すると中から極道面をした男が二人出てきた。
一人は紺のスーツで長い髪の毛が目立ち、鼻に大きな傷がある。
二人目はどこの五十台くらいの組長ですかと聞きたくなるような顔でド派手なスーツをだらしなく着こなし、
胸にはペンダント。腕には金色に光った腕時計をつけている。
───逃げろ───
「おうごらあ!!何してくるんじゃ!!」
───早く───
そう言うと竜児との間合いを一気に詰め、胸倉を掴みあげる。大河が離してと言うもその言葉は虚しかった。
──遅かった──
大声で怒鳴られ、一瞬怯む。その隙を突いて肩を押され、簡単に弾き飛ばされる。
「す、すすすいません…タイヤは弁償しますから、どうか…」
許して下さいと言おうとしたが…左頬をぶん殴られる。続けて3発。
「ちょっ……やりすぎじゃないの!?弁償するって言ってんだから…きゃあっ!!」
いきなり腰に手を回された。多分あの中年野郎だろう。
振り解こうもするが虚しく、腕を掴まれ耳元で何かを呟く。
「へへ…可愛いじゃねえか。肉奴隷にしてやろうか?」
「は…な…し、てええぇぇええ!!!」
そう言っても話して分かってもらえる相手じゃないのに、言ってしまった。相手を興奮させるだけなのに。
「胸はちいと小さいが、手術でなんともなろうよ…がは!」
「てめぇ…大河にそんな事してみろ、生かしちゃおかねぇ」
6発も殴られて既にグロッキー状態。力尽きていたが最後の力を振り絞り、
大河に慣れなれしく触っているやつの股間につま先蹴りを入れたのである。
すると当然のようにロンゲ野郎はキレて、腹に渾身の一撃を入れる。



「りゅーじぃ…う゛ぅ…ごめ゛んね…ごめ゛ん……ね……」
まぶたが重い。目を開けるのが精一杯である。
目を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。口には酸素マスク。頭には包帯が巻かれていて、違和感を覚える。
「……た…いが……か……?ここは……」
布団の上に蹲って泣いていた大河が驚いて顔を上げる。
「!!竜児、目が覚めた!?良かった……ごめん…ね…」
大河の方を見ると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「おう…頭がひどく痛い…大河は…大丈夫か?」
「私のこと…なんか、どうだってい゛い゛のよ…ごめ゛んね…」
「おう…。すまん、俺の不注意で…」
そういいながら酸素マスクは必要ないだろうと踏み、外して枕の傍に置く。
そこまで言うと、横開きでスライド式の静かなドアがスゥ…と開く。
果たしてそこには若干涙目な見知れた顔があった。
竜児の姿に気がつくと、顔を笑顔にして飛び掛ってきたのは櫛枝実乃梨であった。
「あーっ!!高須君目が覚めたんだ!!良かった〜〜!!」
ベッドの上に飛び乗り、唇がぶつかりそうな距離でそう言うのである。
「目を覚ましたんだね、良かった…みのりちゃん、高須君は怪我してんだよ?とりあえず降りなよ」
優しく櫛枝を促すのは川嶋亜美。
「おぉ高須、元気そうで…じゃないか…でもまぁ良かったな、帰ってきて正解だったよ」
「お前ら…櫛枝、USJに行ったんじゃないのか?川嶋、仕事はどうした?北村………」
「ん?どうした?高須」
「お前……何で……」
「…?」
「お前、狩野先輩と一緒にロケット開発してたんじゃねえのか?どうしてここに…?」
「あぁ、その事か。いやなんだ、帰ってきたのはついさっきだ。ようやく休みがとれてな」
「さっき……?」
「逢坂…じゃない。高須…は変だな。逢坂でいいか、逢坂は高須に話したのか?」
大河は黙ってゆっくり顔を振る。
「…そうか。実はだな、お前は4日ほど眠り続けていたんだ。俺も知ったのはさっきだがな」
「わざわざすまん…にしても、そんなに寝てたのか…すまん大河。一人にさせちまって…
 傍らにいるって…言ったのに…口ばっかりだ、俺って。情けない…いてて」
「!無理に起きようとしないで。私こそごめん…。私のせいで、竜児がこんなめに…うう…」
再び泣き始める大河を優しく抱きしめた。
部屋が沈黙に包まれる。聞こえるのは大河の泣き声だけ。
10分ほど泣き続け、そこで櫛枝が口を開く。
「…大河。そろそろ離してくれてもいいんじゃないかい?」
「なんだ大河、言ってなかったのか?」
「竜児の事考えてたら…私のせいだって考えてたら…言えるほど頭が回らなかったの」
そうか、じゃあ皆に説明してやってくれ。そう言うと、大河は頷いて話し始める。




「っ…!」
ようやく開放された大河は、涙で濡らした頬を拭いもせず、
「りゅうじ…?ねぇりゅうじ…。起きて…逃げるのよっ…」
そう言うが竜児は完全に力尽きて、もう起き上がることもできない。
「……大河。俺はいい…お前だけでも逃げろ…早く、逃げろ…」
「なにいってんの!?あんたは!?あんたはどうすんのよ!?あたしのせいで……
 あたしなんかのせいで、竜児が傷つくのは…嫌なの、よ……」
するとサイレンの音を消して近づいていたパトカーが姿を現す。
焦ったヤクザらは痛む股間を押さえつつ、惨めな格好でずるむけた車を走らせる。
しかし警察が撃った弾丸がタイヤ1本を貫き、前方からエンジンを貫く。
「確保ーーー!!」
その合図で6人ほどの警察がヤクザを囲み、御用となったのである。

話を聞き終えた櫛枝が口を開く。
「だぁっはっはっは!そんなやつらに殴られるなんて高須くんなってないね!」
「おい…櫛枝、お前何を……」
「おう…そうだな。本当に情けない」
はっとした顔で櫛枝を思わず睨む。
「ちょっとみのりん!!なんでそんな事が言え───」
なんでそんな事が言えるの!?本来はそう言うはずだった。
しかし言えなかった。綺麗に光る目は完全に色を失い、涙が流れていた。
「──本当に間抜けだよ。高須君はさ。どうしてすぐに逃げようとしなかったの?
 こうなるって大体分かったはずだよ?誰も咎めなかったはずだよ?
 なのになんで?なんで?警察が来てなかったら2人とも今頃─バカだよ。本当に…バカ…」
やっとの思いでそこまで言う。後半は声が裏返っていた。
「……本当にすまねぇ」
「……竜児は、私を守ろうと、殴られても殴られても私をかばってくれた…。それで十分じゃないのよ」
「……そうだよね。ごめんね、辛気臭い話しちゃって。2人の事何も分かってないのに…」
──ううん、みのりんは悪くないよ──



その後、元2-Cの面々や上司の方がお見舞いにきてくれた。友人の話によると独身は去年駆け落ち結婚したらしい。
3ヶ月で離婚したらしいが…。
入院している間、大河は一度家に帰っただけで病室で寝泊りをした。看護婦さんに文句を言われたが、
妻なので当然でしょう?という殺気溢れた一言で何も言ってこなくなった。
3日ほど安静にし、退院したあとはすぐに出勤した。
休みすぎるとクビになるかもしれない。それだけは御免蒙る。
退院してから1週間ほど経った時だろうか。
お茶を淹れ、椅子に腰を下ろす。リモコンでTVのスイッチを入れる。
ニュースをやっていた。いつもながら気が滅入るような事ばかり報道している。
「さて、お次のニュースです。本日正午、○○組の男二人が脱獄しました。
 2人は2週間前に都内で20台の夫婦に対しての殺人未遂、強姦未遂の疑いで現行犯逮捕されました。
 ○○刑務所から─────。」

「…うそ…でしょ…」
不意に携帯がバイブレーションで震える。ビクりと跳ねて、携帯のフリップを開ける。
果たしてそこには見慣れた文字。
──高須竜児──
怖かった。出たくなかった。見たくなかった…。
迷っても仕方ないので、電話に出る事にした。
「りゅうじ…?」
しかし相手は聞きなれない低い声であった。
「…奥様でしょうか……○○病院まで、来ていただけるでしょうか」




大河は言われた通りの場所にタクシーで移動した。

「なんの用だろうね」

──うるさい──

「無理して貧血でも起こしたのかな」

──違う──

「もう、私がいないとやっぱりダメね」

──ヤメロ──

「ったく、やっと一息ついたのに」

──分かってる。自分が一番──

「はぁ〜あ、めんどくさ」

──分かってるのに──

止め処なく涙が溢れた。「違う、きっと違う」

──認めない。絶対──




病院に行くと、入り口では警察がネクタイを緩めた格好で大河を案内する。
案内された場所は霊安室と書かれた部屋。
違う。ここじゃない。通り過ぎるだけだろう。そう、考えた。そう、信じたかった。
そうだ、行け。このまま通り過ぎろ。早く、早く…なんで、ここで止まるの……
ドアが不意に開く。白衣に身を包んだ男が出てきた。
「この度は、真に残念ながら──」
その後の言葉はよく覚えていない。
「どうぞ、中へ」
中には真っ白なベッドがあった。白いシーツが膨らんでいる。これはなんだろう?
ふくらみの前まで案内すると、医者が数秒手を合わせた。
上の方にかぶせられた布を取り払う。
「え」
ここまで来て、やっと理解した。本当は電話の相手から居場所を伝えられた時だろうが…。
大河の心が冷たい冷気で満たされ、あっという間に凍りつく。
「うそ、でしょ…」
その後、絶叫した。貯水タンクが破裂したように涙が出た。顔が林檎のように赤くなった。
「ねえ!!嘘でしょ!?あれ、ばかちーか誰かの悪戯でしょ!!!?何とかいいなさいよ!!!」
医者の肩を揺らすが、何も答えてはくれない。入り口に気配を感じた。
そこには、亜美の腕に縋り、肩を震わす櫛枝の姿があった。
「なんとか言えええええええええええええええええ!!!!!」
その時の取り乱し方は凄まじかったらしい。机をなぎ倒し、看護婦をぶん殴った。
その後すぐに警察2人に取り押さえられた。落ち着いた後、警察に言って事情徴収を受けた。
その後は脱獄する手口を聞いた。話を纏めるとこういう事らしい。

2人はなんらかの手を使い外部へ情報を漏らす。待機していたヤクザの仲間が情報を元に作戦を練る。
思いついた作戦は隣県から4トントラックを手に入れ、囚人に与えられる自由時間を狙って
監獄の大きな壁に突っ込ませ、その瞬間炎上。しかしこれはダミーで、そこに注目が止まっている間に、
裏門からロープで括った梯子を侍らせ、脱獄。
そして脱獄して近くに止めてある車に乗り込み、昼休みの時間を狙い竜児を殺害したとの事。
この作戦は一見バカっぽいが、警備が甘くなっている部位を狙って計画を実行したらしい。
外部から内部へどうやって情報が伝わったのかは今も調べているらしい。
脱獄した2人はパトカーに追い回され、突然車を野原に止め、おとなしくなったと思いきや、
拳銃を片手に訳の分からない暴言を吐きつつ白バイ隊員を射殺。その瞬間四方八方から撃たれ蜂の巣になったらしい。



談話から数日後に葬儀があり、竜児を焼き、骨と化した。
毎日、朝から晩まで泣いた。泣いて泣いて泣きまくった。
食事は櫛枝と亜美が毎日世話をしてくれた。
しかし「味が違う」だの「まずい」だの言い、食べるのを拒否した。
そんな反応しかしなかったのに、毎日欠かさずきてくれた。
竜夜と竜河は2人に預かって貰っていた。多分大河だけでは支えになれないから。
朝も夜も何も食べる事はできなかったが、しかし二人が作ってくれたハチミツ入りミルクだけは飲む事ができた。
竜児の作るものとほんの少し似ていたから。それでもまずかった。
2人が帰ると同時に暴れた。ランプをいつかの木刀でなぎ倒し、壁を何十回も何百回も叩いた。
叩き終わると腕が腫れていた。痛みも感じれなかったのかもしれない。
とりあえず暴れたかった。暴れて暴れて、何も考えたくなかった。
そうすれば頭の中がスカっとしたから。それだけ。
初めの2ヶ月は暴れた。とりあえず暴れたかった。
3ヶ月目になると町を歩いた。何度も車に轢かれそうになった。しかし轢いてはくれなかった。
いっそのこと轢いて死んでしまえば、竜児の元にいけるのに…。
4ヶ月目に入ると夜に木刀で町を歩くカップルを襲うようになった。振り上げて威嚇するだけで危害は加えないが。
それが噂になり、観覧板が部屋に回ってくる。
「最近この近くで夜襲が出没しています。夜には出歩かない事を推薦します。」
犯人は大河であったが、誰も気づいてくれなかった。捕まえて、死刑にでもしてくれればよかったのに。
ガリガリにやせ細り、鬱状態に陥る。
今日も朝から櫛枝と亜美がやってきた。
出かける前に合鍵で部屋に入り、食事を作り、掃除も済ませて行く。
「大河……」
「……さい」
「…大河?今何か言った?」
「…るさい…」
「…ごめん、よく聞こえなかった。あーみん、大河今何て「うるさい。ってさ」」
「うるさいうるさい……その名前で、気安く、私を──呼ぶなああ!!!!!!」
「ちょっとタイガー…落ち着きなよ」
「…大河。大河大河大河。そう、あなたは大河。私の親友」
「うるさい…、何も分かってないくせに分かったような口ぶりで喋る。それが嫌なのムカつくの!!!」
「…あんたがそんなに弱くて脆い『生き物』だったなんて思わなかった。幻滅した」
そう言うと、櫛枝は大河を哀れむような目で見下す。
「…じゃあ、これはここに置いておくね」
亜美がそう言うと涙を流す櫛枝の肩を抱いて部屋を後にした。
また、いつものように暴れようとした。しかし、テーブルに何かが置かれているのに気づく。
「……なに、これ……」
そこにあったのは、一枚のCD。手にとってみる。そこでやっと横に添えられた手紙に気づく。
これは多分亜美の書いたものだろう。開けると書いてあったのはこうだ。
「タイガー、これは高須君が死ぬ前に録音したものよ。腹に弾丸2発も食らって、
 それなのに音声を録音したいって言ったの。バカみたいよね。きっかり5ヶ月経ったら、
 大河に渡してやってくれって。今日が5ヵ月目なの。だから、渡しておくね」



以前竜児のアパートにあったコンポでそれを聞く。懐かしい竜児の声。
「おう……聞こえてるか、大河。この話を聞く時は、俺が死んでから託道理5ヶ月経っていると思う。
 なぜ5ヶ月かっていうと、俺が死んで、お前は悲しむと思う。立ち直るまで、その位は必要だと思ったからだ。
 お前の事だから、どうせ何から何まで他人任せなんだろうな。だがな、大河。
 いつまでも落ち込んでいちゃだめだぞ。お前は這いつくばってでも生きて、竜夜と竜河を育ててやってくれ。
 いつでもいいから、お前が笑って過ごせる。再婚したっていい。幸せになってくれれば、それでいい。
 何がなんでも幸せになれ。俺の事なんて忘れて、命ある限り笑え。それが、俺の最後の願いだ。
 じゃあな──竜夜と竜河にも、よろしく伝えてやってくれ。一緒に笑えなくて、すまん──」

これを聞き終えた大河は涙は出なかった。
恥ずかしかったのである。もう少しで、竜児の願いを踏みにじる所だった。
竜児はたくさん『何か』をくれた。
『幸せ』をくれ、『夢』をくれ、『自分の望むもの全て』を与えてくれた。
そして最後には『生きる希望』までくれた。
その日はやり方もしらないくせにパソコンでCDを複製しようとした。
結果、夜までには5枚ほど複製する事ができた。これで、何度聞いて擦り切れようとも、大丈夫だと。
そして朝までたっぷり眠り、朝早くに亜美達の部屋に行った。カギは閉まっていなかった。
無用心だな…と一瞬思うが、すぐに納得した。「分かってたのね」と、一人ごちる。
リビングのドアを蹴り破る。
「うおりゃあああ!!!2人を返せえええ!!!」
来るのは大体予想がついていたのであろう、2人はソファに座っていた。
「おっ、タイガー早速来たね。はいはい、赤ちゃんはこっちですよ」
「あ…大河。その…昨日はごめ「でりゃああ!」…え?何してるの?」
「見てわからない!?土下寝よ土下寝!!」
「ちょっ……元気になったみたいね。昨日はあんな事言って反省してる」
「当たり前よ。…昨日は私もごめん。許して」
「ううん……大河、あんたは強い。ボブサップも真っ青さ!わっはっはっは!」
土下寝をしていた大河は、そこで勢いよく起き上がり、我が子に向き直る。
「竜夜に竜河……。私の命。あなた達だけは、絶対に幸せにするからね。今まで、ごめん」




3時間ほどだろうか。竜夜と竜河に自分の全てを教えたのは…。
そしてその後は、涙を抑えながら俯いていた。すると横に腰掛けた竜夜が優しく大河を
自分の膝の上に寝かせる。するとさらに涙は溢れてきた。
2人は一言も口を開かず、優しく頭を撫でていてくれた。
30分ほどだろうか。涙は止まり、起き上がる。そこで竜夜が口を開いた。
「ここで…住んでたんだよな?父さんの部屋は、ないの?」
「…………」
そこで口を開くのは竜河。
「お母さん、黙っててもわからないよ。そのCD、私達にも聞かせて?」
大河はゆっくり頷くと、自室に向かった。3分くらいで戻ってきた。
手にはCDラジカセ。竜夜を竜河にとっては年代物だろう。
「うおお昔のでけえな〜。でも存在感あっていいかも」
CDラジカセを舐めるように見たあと、大河が手にしていたCDを開く。
「これはここでいいんだよな……んで蓋を閉めて、と…後は…これか」
流れてきたのは、以前聞いた声とは全く変わっていない竜児の声。
全てを聞き終えたが、涙は出なかった。毎日聞いていたからである。
「へぇ、なあ竜河、俺の声と似てるか?」
「きゃははー!そっくり同じ声だよ!面白い〜!」
ガックリ肩を落とし、CDを止めようとする大河の手を制止する。
「ちょっと待った。まだ何か続きがあるかも」
そこで話は終わりだと思っていた。しかし…。
「…………………………あー、言い忘れてた事があった。」
ここで大河の目が大きく見開かれた。
「俺の部屋に大きなダンボールがあったろ?まぁ気が向いたらみてくれ。大河。愛してるぞ。天国に行ってもな」
本当に全てを聞き終わった。ハッとして、リビングの一角を見る。
そこにはかつての竜児の部屋があった場所だが、みると胸が痛むので扉の前に大きな戸棚が置いてある。
「……竜河。私の部屋から車のキー持ってきて」
竜河は頷き、小走りで大河の部屋に行き、鞄の中から車のキーをとる。
小さなカギが付いており、それは戸棚を固定するためにフローリングと繋がれている金具を外すための物である。
「はい。持ってきたよ、お母さん」
「ありがとう。じゃあ戸棚の左側の下に金具が付いてるでしょ。それ外してくれる?
竜河は頷くと、カギを外した。大河が「よいしょ」と踏ん張ると、戸棚の下についていたタイヤが回り、扉が
出現する。そこにはかつての竜児の部屋があった。
竜夜と竜河を迎えに行った後、大掛かりな工事を業者に頼み、竜児の部屋を封印したきり
開けていないので、当然ドアノブも埃まみれである。
濡れた雑巾でキュキュッと拭きあげる。15年まではありえない手さばきであった。
ギィ…という擬音とともに扉が開かれる。
中は埃だらけで動くたんびに埃が舞い散る。昔と変わらない匂いに涙が流れそうになるが、グッと堪えた。
「へぇ…うちにこんな仕掛けがあるとは思わなかったわ」
「おぉ、なんか昔の映画みたいだ!壁に掛けてある動物の剥製模型の首を曲げると本棚がガーって開いてさ。
 中には金銀財宝が隠されてて…。これが、父さんの匂いか。ちょっと掃除が必要だな」
うん…そうだね。と適当な返事をし、向かうのは当然机脇の収納スペース。
中にはダンボールがあった。これは…確か…あぁ、そうだ櫛枝に対する妄想グッズだ。
中を開けると昔と変わらない物がそっくりそのまま置いてあった。
車の中で聞くMD。櫛枝に対するラブレター。妄想ノート。そして櫛枝に渡すつもりであった髪留め。
パラパラ…とページを開くが、以前となんら変わりはない。と思えた。



しかし、途中で異変に気づく。櫛枝という名前は一つもなく、全て「大河」に変わっていた。
───高須大河に捧ぐ───







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