「しゃあねぇ、言った通り食わせてやるよ」
俺は諦めた。いや、負けたとも言う。
真摯に物欲しそうな顔されたら、断れない。
「やった♪」
両手を上げて、その長い髪を揺らして小さな顔に笑みを乗せて喜ぶ。
まるで子供と言われような姿だが、俺はそうは思わない。
これが、ただ素直な大河なだけなんだ。
それにこうやって喜ぶ姿を見ると、正直どんなこともまぁいいかと思っちまう。
でも、負けっ放しってのはおもしろくねぇ。
「何?はやくプリンちょうだい!!」
はやく、はやく、とばかりに肩を上下に揺らし、ウキウキしながら両手をこちらに向ける。
ちょっとイタズラしてやろう。
「おぅ、ほら」
「は?何?」
は?ときたか。そりゃそうだろうけど。
大河の目の前には待望のプリン。
やや少なめに盛られたそれは、「食べて」と自己主張しているようにさえ見える。
そう、両手を突き出している大河の目の前に、スプーンに入ったプリンがあるのだ。
大河が両手を突き出したままということは、スプーンを持っているのはもちろん俺だ。
「もう一度聞くわよ?何?」
やや不機嫌そうな態度で大河が尋ねる。怒るなよこんなことで。
「いや、俺は言ったぜ?『食べさせてやる』ってな」
「はぁ?いやそれはでも、っていうかそういう意味?あぅあぅあぅ……」
先程までいつもの薄い桜色だった頬が、突如リンゴみたいに赤くなる。
葛藤しているのだろう。食べたい、けど恥ずかしい。
けど食べたい。顔を真っ赤にさせながら自分の中でいろいろせめぎ合ってるようだ。
「あ……うーでも……いやせっかくの……けどそれじゃ……でもでも……」
口を近づけては逃げ、近づけては逃げ。
なんか流石に可哀想になってきた。
「いや、ほらじょうだ……」
冗談だ、とスプーンを引っ込めようとしたまさにその時、意を決した大河がスプーンに食らいつこうと前のめりになっていた。
大河からスプーンが遠のく。大河は上半身だけで追いかける。
目はスプーンのプリンのみ。もう羞恥を捨てて、いや、むしろ喜んで受け入れるという気迫のようなものさえ纏って大きく開けた口は、結局スプーンに届かない。
トンっと優しい音。次いで揺らぐ視線。いや、揺らいでいるのは体。すとんと畳に倒れ、胸の上には大河。
「あ……」
「え……」
しばし見つめ合う。
トクン、トクンと時計よりも大きな音を胸の鼓動が奏でる。
時が止まったような錯覚さえ覚える。頬を染めた大河に馬なりに乗られ、見つめられている。
場が場なら、なんというか……ええい言えるかそんなこと!!
しかし、実際に時が止まる何て事はない。動揺し、見つめ合ったままだったためおろそかになっていた手に持つスプーン。
そこからたらりとプリンが畳に落ちそうになる。
それを見逃せる綺麗好き竜児ではない。そして、食い意地のはった大河ではない。
お互い変なところでシンクロし、大きく口を開け落ちるプリンを竜児は下から食べちゃおうと……むちゅ。
…………………………………………。
何だ今の音は。何でこんなに大河の顔が近いんだ。何で……俺と大河は……シンクロしてるんだ。
何でと聞くなら理由は簡単。大河は上から落ちそうなプリンを食べようとした、それだけのこと。
二人の位置関係からそれは至極当然のこと。それだけのこと。
ただそれだけのことが重なって……結果、二人は大口開けてぱくりと……むちゅっと、ついでにレロレロと繋がってしまった。
「その、竜児」
最初に声を発したのは大河。真っ赤になって、顔は吐息が感じられるほどまだ近い。
「……おぅ」
「その……もう一口食べてもいい?」
そう言って大河が食べたのは果たして……。

大河SWEET END




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