「ねーねー!今日はお昼外で食べよ?」
「は?」
思わず問い返した携帯電話。7月頭の梅雨の中晴れの日。
いつもなら、暑いから外なんて行きたくないと駄々をこねる大河が、珍しく自分から外に行きたいなんて言い出したからなにかと思ったら、なるほど。
「オニューなんだな?」
「えへへわかった?」
玄関まで迎えに出た俺の目の前、白いワンピースに鍔広の同色の帽子を抱えて大河がニッコリと笑った。





「竜児おっそいわよ!」
先を行く手乗りタイガーが怒鳴っている。
まあ、本気で怒っているわけではないので、微笑みで返す。
「こーら、あんまり急ぐな。こけるぞお前」
「そんなわけないでしょ!この私がこけるなんて・・・おわっ!?」
言ってる傍からこれだ。自分のドジさをそろそろ自覚して欲しいものだ。
でもさすがにそこは手乗りタイガー。
見事なバランス感覚で、無様にこけるのを回避。
ちょっとテレマークってるのがどうかと思うが・・・。
「ほらみろ」
「う、うるさいわね!転ばなかったんだからOKよ!むしろ私の勝利だわ!」
隣まで追いついた俺を見上げて、言い募る。
顔が真っ赤になってるのが可愛いが、言ったら暴れそうなので頭を撫でる。
「そうだな。でも、折角可愛い服着てるんだから、もう少し気をつけろよ?」
「わ、わかってるわよ・・・」
俯くように目を逸らして、自分の服の裾を引っ張る大河。
真っ赤になった顔を隠してるつもりだろうが、耳まで真っ赤なので意味無いぞ?
しかし、
「・・・可愛いんだこれ・・・えへへ」
その呟きで俺も真っ赤になった。
聞こえないように言えよお前。照れるじゃねーか。
「あー・・・それにしてもいい天気だな」
誤魔化すように空を見上げる。
でも本当にいい天気だ。吸い込まれそうな青空が目に沁みるくらいに。
「うんほんとだね」
大河も同意して空を見上げる。
その顔をちらりと盗み見。
キラキラと輝いてる、その大きな目に思わず微笑む。
「さ、どっかいい場所探して弁当食おうぜ」
「うん!私もうお腹ペッコペコ!」
掲げたバスケットに、同様のキラキラ眼(まなこ)を向ける大河。
・・・さっきの俺の気持ちを返せ。





「あれ?」
先を行く大河がふと足を止めた。
「どうした?」
少し足早に追いつくと、大河が傍の階段を指差した。
「ここ・・・神社?」
「ん?」
言われて見上げると、確かに階段の中腹に大きな鳥居が見える。
よく見るとその周りには木が生い茂っていて、その場所をぐるりと囲むようになっていた。
確か鎮守の杜・・・とか言ったか?なるほど神社だ。
「へえ。こんなトコに神社あったんだな。全然気付かなかった」
たまにしか通らない道ということもあるけど、こんな近所に神社があったなんて。
「初詣とかここでいいのかもな」
「ねえ竜児」
「ん?」
声を掛けられて目を向けると、またキラキラの瞳。
「・・・お前・・・」
「うん!登ってみようよ!」
やっぱりか・・・。
言うが早いか、大河はもう階段に足を掛けていた。
お前待て。階段よく見ろ。
異様なほどに長い階段を見上げ、うんざりと溜め息をついた。
「りゅーじー!!」
話し掛ける暇(いとま)もなく、既に20段ほど駆け上がった場所から、声を掛けてくる大河。
・・・ったく、仕方ねえな。
「あー今いく・・・」
覚悟を決めて階段に足を掛けてから、そっと今は見えない社に目を向けた。
そして祈る。
お願いしますここの神様。
できるなら、明日の筋肉痛は、なるべく軽いものにしてください。





「や・・・やっと到着か・・・」
大きく息を吐きながら、そのまま階段の最上段に腰をおろす。
予想通り・・・いや、予想以上に長い階段だった・・・。
上ってきた階段を見下ろし、改めて大きく息をつく。
帰りには、またこの距離を歩かなきゃいけないかと思うとうんざりだ。
「だっらしないわねえ。この程度で息切らしてるなんて、あんた生活習慣病なんじゃないの?」
メタボよメタボ。
とんでもなくひどい言われ様に、思わず眼光鋭く睨んでみる。
普通の奴ならこれで(自分の意志に関わらず)怯むものだが、さすがに大河には通用しない。
うーわ、図星さされて睨んでるよ。とかなんとか言いながら、さっさと境内へと歩を進めていった。
チクショウ。
せめて俺の息が整うまで待っててやれよ。





「うっわー・・・」
思わず大河が声を洩らしたのにも頷ける。
それは階段同様、予想外な景観だった。
白玉の石が敷き詰められた境内。
思いの外手狭な印象だが、御神木らしき大樹には注連縄(しめなわ)も結ばれているし、参道わきには手水舎もある。
何より社が、殊の外立派なのに驚いた。
拝殿と本殿の歴史を感じさせる外観。
なのに、くたびれた様子など微塵も感じさせない。
今でもこの場所に、神気が満ちているように力強く感じさせる威容。
こんな高い場所にあり、尚且つあの階段の所為で、参拝客などそれ程ではないと予想できる。
現に今、自分達以外に人影は無い。
なのにこれほど神々しいというのは、ある意味すごいと単純に感動できた。
思わず呟いていた。
「・・・懐かしいな・・・」
「・・・うん」
そして呟いた言葉に二人で驚いた。



「竜児今なんて?」
「い、いや思わず出たんだけど・・・お前こそなんで?」
「わ、私もなんかポロッと・・・」
懐かしい?今の今まで知らなかったトコだぞ?
そもそも大河も懐かしいってなんだ?
「お、お前来たこと在るのか?」
「な、無い・・・と思う。もしかしたら小さい頃にきてたのかもしれないけど・・・」
モゴモゴと口の中で呟くように言った大河の言葉にハッとする。
なるほどそうか。
「ああ。それなら俺も泰子に連れられてきたことがあったのかもしれないな。ああそっかそっか、なるほど」
多分そうだ。こんなに近所にあるんだし、泰子に散歩がてらつれて来てもらったのかもしれない。
なんとなく納得して、そのまま境内を見回した。
「竜児、折角だからお参りしていこ」
「おう」
大河の提案に否やは無い。
まず手水で手を濯ぎ、その後に口を濯ぐ。
大河は杓子に口をつけるのを躊躇っていたが、俺が使っていたのを渡したら、嬉々として嗽をした。
恥ずかしい奴め。しかも嗽をするな。
「お賽銭いくらにしようかな・・・」
「御縁がありますようにで、五円でいいんじゃないか?」
「・・・安い願いね、あんたは」
あからさまに蔑んで見られて、内心深く傷ついた。
古来より伝わるありがたい習慣だというのに。
「よし。奮発して千円入れちゃお」
「せ、千円だと!?」
しかし大河の言葉を耳にした瞬間、そんな痛みなど吹っ飛んでしまった。
初詣でもなく、ただふらりと立ち寄っただけの神社にお参りするのに千円!?
MOTTAINAI!
思うより先に体が勝手に動いて、大河の手を掴んだ。



「ちょ、なにすんのよ!?」
「そんなMOTTAINAIことさせるか!!」
「いいじゃない私のお金だもん!どう使おうと私の勝手でしょ!?」
「バカいえ!金は天下の回りものって言って、お前のお金であり、みんなのお金なんだ!!だからそれは有意義なことに使わなくちゃいけないんだ!」
「だから、今は私のお金でしょ!?次の誰かが有意義に使ってくれるわよ!いいから離しなさいよ!」
「わからない奴だな!使うなら有意義に使う義務があるって・・・」
「たまには神に奉納するのも、有意義な使い方じゃと思うぞ?」
え?
突然耳に入った声に驚いて振り向く。
いつの間にきたのだろう?
視線の先、一人の老人が立っていた。
「え・・・あ、あの?」
「久方ぶりに人の声が聞こえると思ったら、これはまた可愛らしいお客人じゃな」
お客人?
思わず騒いでいたのを忘れて、大河と暫しみつめ合う。
それって俺らのことだよな・・・って、あっ!
「竜児。あの人の服」
「あ、ああ」
どうやら大河も気付いたようだ。
そう、目の前の老人の服装は、袴姿の純和風。
おまけに頭には冠まで被っていて・・・その所謂・・・。
「神主さんだ・・・」
「いかにも」
大河の言葉にその老人は、ニッコリと微笑んで自己紹介をした。
「この神社・・・高砂竜神神社の宮司をしておる、白桜と申す」
よくおいでなさったな。
言外に言われ、慌てて頭を下げた。




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