「何を話してるんだろう・・・?」
開いたドアから聞こえてくる声に耳を傾けながら、私は高須竜児の声を聞き逃さないよう集中した。
「・・・え?」
ふと訪れた驚愕。
気付いて訪れた衝撃。
思わず呟いていた。
なんで?なんで私・・・。
「北村君じゃなく・・・あいつの話を聞きたがってるの?」



『1話if・7』



動揺は動悸として身体に伝わった。
ドキドキドキ。
なにこれなにこれ?
心臓がどんどん早くなってくよ。
なんで?なんで?
わからない気持ちは顔にも派生してきた。
なんか顔熱い。
北村君がいるからかな?
でもさっきはそんなことなかったのに・・・。
いろいろ考えて混乱してきた頭に、ふと聞こえてきた声。
はっと我に返る。
「・・・うやら、相坂の家庭は崩壊してるらしい」
その内容を理解して。
頭からスッと熱が引いた。
何故か知らないが、彼らの話は私関連のことになってるらしい。
「どうして北村君がその事を・・・?」
思わず呟いて、また耳を澄ます。
それから聞こえてくるのは、私の家庭のこと。
とつとつと語られる家庭事情。
それも全てあっている。
「・・・」
それを他人に知られていたことに、また心が傷ついた。
おそらくはみのりんが話したのだろう。
多分、私を理解してもらおうとして。
でも・・・これは違うよみのりん・・・。
どこか裏切られた気がして、心がチクンと痛くなった。
「・・・」
そして・・・それを高須竜児に知られたことが、何故か・・・哀しかった。




軽く瞳をグイッと擦る。
そこには引きずられた水の跡がついた。
なに泣いてんだ私は。
あいつは元々なんでもないじゃない。
そうよ。
今日まで知らなかった、ただの他人。
それなら知られたところで・・・。

『何にそんなに苛ついてるかわかんねーけどさ、なんなら相談くらい乗るぜ?』

でも・・・そう思っても・・・涙は止まってくれなかった。
「う・・・うっ・・・」
外に聞こえないように口許を押さえて、私はそのまま泣いた。
なんで哀しいのかもわからない。
何が哀しいのかもわからない。
それでも哀しいのだから、仕方ないじゃないか。
そう思いながら、私はポロポロと涙を流した。
「お前は何でそんなに逢坂に思い入れるんだ?」
その時聞こえてきた北村君の声。
「同情か?」
その言葉に、ザクンと心が抉られた。
その言葉で、全てが一致した。
愕然とする頭の一方で、冷静な心が小さく呟いた。
・・・そか・・・同情・・・されてたんだ・・・私。
高須竜児に。
一瞬目の前が真っ暗になった。




そして溢れてきたのは涙と・・・渇いた笑い。
「あ・・はは・・あはは・・あははは・・・」
・・・何を期待したんだろうね?
・・・何か期待したのか私は?
ばかみたいばかみたいばかみたい。
私が期待したものは全て私を裏切った。
私が求めたものは全て私を捨てた。
私が好きになったものは・・・全て私から離れた。
だから何も期待しないようにした。
だから何も求めないようにした。
だから誰も・・・好きにならないようにした。
どうせ全て無くすなら。
それなのに・・・それなのに?
「ああ・・・そっか・・・」
思わず苦笑した。
ここで気付くなんてなんてバカ。
でもどうしようもない、気付いてしまったものは。
私は。
私は・・・好きになったんだ高須竜児が。





殴り飛ばしても怖がらなかった。
普通に話してくれた。
ジュース奢ってくれた。
話を聞いてくれた。
私のイライラを理解してくれた。
そして・・・手を差し伸べてくれた。
本当は嬉しかった。
でも怖くて振り払った。
それでも心は・・・。
「あいつを・・信じてたんだ」
流れる涙は止め処ない。
もはや拭うことすら億劫だ。
裏切られた気持ちは、こうも人の心をたやすく壊・・・。
「・・・笑わせてえんだ」
え?
その時耳に届いてきた言葉。
高須竜児の言葉。
私は思わず顔を上げて扉の隙間を凝視した。
「あいつよ、俺のこと怖がらねーんだよ。初対面でこのヤクザ面ぶっ飛ばして、その後自販機んトコで話したときも、あいつ全然怖がらねーんだ」
・・・なにいってるの?
「嬉しかったんだな、俺」
「高須・・・」
「でもよ・・・俺にその嬉しいをくれた奴は、何故か怒った顔と泣いた顔しか見せてくれねーんだ」
・・・なにいってるの?
わたしのかおが・・・なに?
「それが嫌だったんだ。悔しかったんだ。だから思わずあの時手を伸ばした。あいつの苛立ちを解消してやりたくて。あいつの・・・笑顔が見たくて。だから俺、こんなに一生懸命なんだな・・・」
そこで目に入ったあいつの横顔。
瞬間ドキンと胸が鳴った。





また心臓が早鐘のように鳴り出した。
ドキドキドキドキ。
「うそ・・・」
思わず洩れた声。
あいつは同情して私に接したんじゃなかったの?
私を哀れんだんじゃなかったの?
「だから・・・こいつは俺のエゴだな」
あいつ自身の意思・・・。
そう思ったとき、心の中に暖かいものが広がった。
なんだか知らない甘酸っぱいような気持ち。
なにこれなにこれ?
また頬っぺたが熱い。
熱くて熱くて火傷しそうだ。
そして込み上げてくる・・・笑い。
さっきの渇いた笑いじゃない、本当に嬉しい時の笑い。
嬉しくて嬉しくて、思わず漏れ出す・・・笑い。
「え・・・えへへ・・・な、何これ・・・えへへ・・・と、止まらないよ・・・」
思わず頬を押さえてしゃがみこむ。
もう涙は流れてなくて、本当に熱い熱が私の両手に伝わる。
嬉しい嬉しい嬉しい。
それだけが私の心を、身体を満たしていった。
その時、
「そういうことなら俺はお前を応援する。頑張れよ」
「おう!ありがとな!」
聞こえてきた声に、ビクンと跳ね上がる。
どうやら話は終わったらしい。
え?え?
そしたらそしたら・・・。
「・・・こ、こんなトコ高須竜児に見られたら、い、遺憾だわ・・・」
私は飛び跳ねたい衝動を押さえながら、静かに階下へと進む階段へ足を掛けた。
顔のにやけを何とかして押さえながら。



そして私は一つの決意をした。


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