「失礼しまーす」
ガラガラと職員室の扉を閉めて、俺は溜め息をついた。
進路調査書のことで呼び出された放課後。
既に日は傾き、横顔にさす夕日が眩しくて目を細めた。



「・・・ったく、教師まで俺の見た目に怯えるってどーなんだ実際・・・」
さきほどの、恋ヶ窪先生の態度を思い出し、また一つ溜め息をついた。
どうやら俺の高校3年間は、今までと同じ、誤解と敬遠の期間に決まっているらしい。
「全くままならねーよなー・・・」
見た目で左右される社会なんてよ。
そこまで考えて頭に思い浮かぶのは、長い髪をした人形のような小柄な女。
逢坂大河。
「そういやあいつどこいったんだか・・・」
昼休み、一つの決意を秘めて教室に戻ってきた俺だったが、その気持ちをぶつける相手、逢坂は教室にいなかった。
どうせトイレにでも行ってるんだと思い、帰ってきたら話をと席についたのだが、逢坂は5限目が始まっても帰ってこなかった。
先生も、逢坂不在に些か困惑気味だったが、問題児視してることもあり、単なるサボりと決め付けたらしい。
その間俺は、教室の出入り口をちらちらと気にしていたが、5限終了の鐘がなってもその扉は開かれることは無かった。
それから、仕方なく探しに行こうとしたら担任に呼び出されて今に到る。
「ったく。本来問題児じゃないとしたって、繰り返したら周知の事実になっちまうじゃねーか・・・」
それでなくてもあいつは既に誤解されてるわけだし。
もう一度溜め息をついたとき教室についた。
仕方ない。
今日は帰って、明日に備えよう。
今ならスーパーのタイムセールにも間に合うかもしれない。
そう思い、手をかけた扉をカラカラとあける。
刹那。

『ドッッッゴオォオォォォン!!!』

「・・・」
瞬間目に飛び込んできた光景に絶句した。
あまりにもシュールすぎて。





まず聞こえてきた大音響。
あまり耳にすることの無い、おそらくは破壊音。
ビル爆破並の。
それ自体が既に日常外であるのに、目に飛び込んできた光景が、それに輪をかけて非日常だった。
なにしろ舞っていたのだ。
机と椅子が。
普段自分達が着席し、黒板にかかれた文字を写し取る、およそ地面にあるべき造形のそれらが、軽々と重力の理をすり抜け、楽しそうに宙を舞っていた。
十数個も。
思わずあっけに取られる。
しかし、その空白も束の間。
やはり重力の呪縛は抗いがたかった。
それら浮かんでいたものたちは、神に挑んだイカロスの如く失墜し、本来の法則に乗っ取り地面へと吸い寄せられ、叩き付けられた。
そして再び起こる大音響。
思わず目を瞑り、その音に首を竦める。
「・・・」
ガラン、カラン、とその名残を響かせながら、机達はようやく沈黙した。
惨憺たる現状を残して。
「・・・な、何なんだいったい・・・」
思わず呟いた視界の隅、カタカタと揺れるものが目に入った。
「・・・掃除用具入れ?・・・こいつも飛ぶのか?」
普段ならなんだこれ!?と後退りもしようものだが、さっきまでのことがあり、頭の中はえらく冷静だった。
・・・いや。
『こいつも飛ぶのか?』とか思っている時点で冷静じやねーか。
ガッタンガッタン!!
そんな事を考えていた俺の意識が、一気に現実に戻された。
一際大きく揺れ始める用具入れ。
今になって得体の知れない怖さが込み上げてきた。
「な・・・なんなんだよ・・・」
呟く俺の目の前で大きく揺れる用具入れ。
あれか?ポルターなんとかとか言う奴か?
俺は別に霊に恨まれる覚えなぞ・・・。
「あ」
その時、ガタガタと揺れていた用具入れが揺れの限界点を超えた。
ズルッと足を滑らした人のように、床に接地していた部分が大きく後ろに跳ね上がる。
そのまま一瞬空中で停止。
そして叩きつけられる。地面に。
勢いよくぶつかった用具入れは、そのままで止まることは無く、あたかも丸太転がしのように2回転、その身体を転がした。
丁度用具入れの扉が、俺の目の前にくる位置で動きを止める。
そして落ちる沈黙。
「・・・なんだこれ・・・お?」
動きを止めていたとばかり思った用具入れがカタカタと小刻みに震えていた。
どうやらまだ終わっていないらしい。
「・・・こんどはなにがくるんだよ・・・?」
いい加減うんざりしてきた俺の目の前、用具入れの扉が、ガタンと開いた。
「・・・は?」
それだけ言うのが精一杯だった。
開いた扉の中。
その中から出てきたのは・・・。
「あ・・・逢坂さん?」
きっちりと体育すわりをしながら、コロコロと横回転しながら、逢坂大河が転がり出てきた。




「・・・」
「・・・」
暫しみつめ合いながら落ちる沈黙。
正直頭がついていかない。
依然逢坂は体育座りで転がったままだし、この教室の惨状も未だ謎のままだ。
そこで一つ溜め息をつく。
ゆっくりと大きく。
そうだ。まずは落ち着こう。
俺はきょろきょろと周りを見渡す。
そして視界に入った俺の机。
どうやらさっきのイリュージョンには巻き込まれなかったらしく、いつもの位置に鎮座ましましていた。
僥倖だ。
ちらりと傍らの逢坂へと目をやってから、俺は机へと歩を向けた。
まずは日常を取り戻そう。
逢坂の件はその後だ。
そうして机の上にあるカバンへと手を伸ばした。
刹那。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
響き渡った絶叫に、驚いて身体ごと向き直る。
その視界の中、いつの間に立ち上がったのだろう、逢坂がなにやら震えていた。





「な・・・なんだ?」
「あああああああんた、ななななになになになになにやってんのよ・・・?」
しどろもどろな逢坂。
なにやってる?
なにもしてない。
「お、俺のカバンを取っただけだが?」
「!?あ、あんたの席は隣の・・・!!も、もしかして一列間違った!!?」
な、なんなんだ?
一人で喚いて一人で納得して・・・いったい・・・うわっ!?
「まっ・・・たーーーーーっ!!!」
静止なのか?
いうないなや、いきなり逢坂が襲い掛ってきた。
最後列からここまで一足飛びなんて、ドンだけでたらめな脚力・・・え?
ガサゴソガサ・・・
「お、お前何してんだ!?」
逢坂は、飛び掛かってきた勢いのまま俺を薙ぎ倒し、流麗な動きでマウントを奪うと、そのまま俺をフルボッコ・・・にする訳ではなく、俺の隣に降り立つやいなや、机脇に掛けてあった北村のカバンを、おもむろに漁り始めた。
慌ててその手を掴んでやめさせる。
「やめろって!人のカバン無断で探るなんて、どーゆーつもりだよ!?」
「うるっさいバカ!!離せバカ!!」
暴れる逢坂はすごい力だった。
気を抜けば一気に振り払われそうで、この小さな身体のどこにこれほど・・・と、俺は内心舌を巻いていた。
とはいえ、目の前で起こる犯罪行為を見逃すわけにもいかない。
懸命に手を握り締めたまま、逢坂を怒鳴り付ける。
「離せるか!どんな理由があるにせよ、これは見過ごせねぇ!!まずは理由を話してみて、それから・・・!!」
「その理由を今から見せるから離せ!つっ、てん、のーっ!!」
「!?」
最後の3文字に入れた逢坂の力尋常ではなく、振り払われた俺は、先の牽引ベクトルそのままに、後方へともんどり打って転がった。
机に強かに打ち付けた頭が痛え。
「・・・おまえなぁ!!」痛む頭を擦りつつ、なんとか半身を起こす。
身体も痛むから、明日は打撲に悩ませられるだろ・・・う?
「あ・・・あいさ、か?」
思わず身体の痛みを一瞬忘れた。
起き上がった俺の目の前、逢坂大河は、両手で握った一通の手紙を差し出していた。
無言で。





「・・・」
「・・・なんだ、これ?」
・・・果たし状か?
思わず呟いた俺に、即座に逢坂の手刀が落とされた。
「ババババカ言ってないで受け取りなさいよ!」
ズイッと差し出される紙片。
それを手に取ると、逢坂はいきなり踵を返して扉へと歩を向けた。
「お、おい。ま、待てよ!!」
俺の掛ける声をきれいに無視して、逢坂はそのまま扉を出て行った。
その際見えた真っ赤な耳は、はたして差し込む夕日の所為なのか?
「な・・・なんなんだよ・・・」
おそらく・・・俺も赤くなってる事を自覚しつつ、手元に残された手紙に目を向ける。
可愛らしいピンクの便箋。普通じゃ使わないであろう愛らしさ。これってたぶん・・・え?
そこで俺の動きが止まる。
有り得ないものを見つけて。
「・・・なんで北村の名前が消されてんだ?」
表面に注いだ視界。
そこには『北村祐作様』と書かれた名前の上に、きれいな2本線。
その下に・・・。
「・・・使いまわしか?」
乱雑な文字で『高須竜児へ』と書かれていた。
「あいつ・・・横着しすぎだろ・・・」
思わず渇いた笑いが洩れる。
とはいえ、これは・・・だ。
ドキドキと胸が高鳴るのを押さえられない。
二三度深呼吸をして気持ちを鎮める。
そうしていざ中身を・・・と決断したその時。
「・・・え?」
綺麗な桜の花びらを形どったシール。
それをきれいに剥がしてみつめた中身。
空っぽ。
一瞬呆ける。
その後我に返り、逆さに振れど何もでない。
何度か繰り返して空しくなってやめた。
そして一言呟いた。
「あいつって・・・もしかして、かなりの・・・ドジ?」
呟いた声に答えるものは無く、俺はただ一人そこに佇んでいた。
そのままどれくらい経っただろうか?
俺は一つ溜め息をつくと、自分のカバンを肩に担いだ。
そうして、もう一度大きく溜め息一つ。
「・・・帰ろう」
惨憺たる状況の教室を直してから。
そう思いながら、俺は倒れている机に手を掛けた。


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