「しっかしコレ・・・どうしたモンかな・・・?」
家に帰ってきてから4時間。
俺は椅子の背もたれに体重を預けながら、目の前でピンクの封筒をヒラヒラと振って眺めていた。


『1話・if 10』


「おそらくは・・・そうなんだよな?」
見るからに可愛らしい封筒。
小さな桜の花びらのシールで封がされてあった。
見た目は完全にラブレター。
所謂恋文。
見たことなんて今まで1度も無いが。
そのまま、クルッとひっくり返して表面を見る。
丁度ど真ん中の位置に、『北村祐作様へ』と書かれた文字が目に入る。
おそらくは逢坂が、北村の為にこれを書いたであろうことは想像に難くない。
しかし今、北村の名前の上には、きっちり定規を使ったであろう真っ直ぐなマジックの線が2本、その存在を否定するかのように引かれている。
そしてその下には、そのままマジックで書かれた『高須竜児へ』。
横着なんだか、はたまた他の意図があるのか。
なんにせよ、俺は理解に苦しんでいた。
大体、今までこういったものなど、1度たりと貰ったこと無い身の上としては、正直嬉しさよりも戸惑いのが大きい。
経験が皆無なもので、どう対処したらいいのかわからないのだ。
その上、容姿にはかなりのコンプレックスがある。
それどころか、内面にすら全く自信など無い。
そもそもこれがラブレターだとして、俺のどこにこんなものを渡そうと思わせるところがあるというのか?
見た目ヤクザ。
内面小姑。
本質好きな女子に告白する勇気も無く、挙句に妄想に走る根暗。
・・・言ってて空しくなってきた。
しばし落ち込んだあと、とりあえず気を取り直す。
ともあれ考えれば考えるほど、俺がこんなものを貰える理由が見つからない。
そもそもだ。
逢坂には、俺を好きになる通りがない。





そうして俺は、今日一日の事を思い出した。
出会いは最悪だった。
朝、トイレに行こうとして歩いてたら、胸の辺りになにかがぶつかった。
何事かと思って見たら、そこにいた小さな女子。
それが逢坂大河。
見た目、人形のように整った顔をしてる。
にもかかわらず、俺にはその顔にそぐわない、眉間の皺が印象に残った。
なんでこいつこんなに苛ついてんだ?
第一印象がこれというのも、存外失礼だろう。
ともあれ、そんな風に思い黙ってみていたら、いきなり顎に強烈な衝撃。
一発くらったんだと理解した時には、もう俺は天井を向いていた。
「でかい図体して邪魔なのよ!グズ!」
一瞥をくれて立ち去る姿が凛としてたな。
その小さな容姿にかかわらずの膂力、愛らしい顔立ちにそぐわない暴言。
あまりのギャップに驚きはしたが、どういうわけか嫌いになるということは無かった。
そのあとで、自販機のとこで2度目のコンタクト。
・・・同じようにぶつかるなんて、昭和のドラマか?
「・・・またあんたなわけ?」
睨み上げる顔には、やっぱり刻まれた眉間の皺。
やっぱりなんかにイライラしてる。
とりあえず詫びてから、ジュースを飲ませて話を聞こうと思った。
・・・なんでだろう?
人との関わりを極端に避けてた俺なのに。
後にそれは氷解するが、とにかくその時の俺は、逢坂のイライラの意味を知りたいと思った。
殴られた所為も少しは含まれてたかもしれないな。
でもそれが・・・多分あいつの地雷を踏んじまった。
後で、屋上で北村から聞いた逢坂の話。
思わず、はらわたが煮え繰り返るほどの憤りと嫌悪を覚えた。
そして自分がしたことの意味を理解した。
安易な同情。
そんなつもりは毛頭無かったが、逢坂はそう受け取っただろうことは容易に想像できた。
裏切られ、見捨てられてきた逢坂。
だからこそあいつは俺の手を振り払い、泣きながら駆けて行ってしまったのだから。
泣きながら・・・泣かせたという事を思い出すと、今も胸がズキンと痛む。
それがなぜなのかは未だに分からない・・・。
そこ迄考えて、俺は軽く頭を振って暗い考えを追い出した。
色々思うところはあるが、今はそれを忘れろ。
とにかく、あいつにとって俺の印象など良い筈がない。
にもかかわらず、放課後に手渡されたこの手紙(中身空っぽ)。
全くもって意味不明だ。
「やっぱり・・・果たし状だったんじゃねーか?」
そこまで考えて頭が痛くなってきた。
答えの出ない命題ほど厄介なものはない。
どうせ考えても、わからないものはわからない。
しかし気になるのは事実。
ため息を吐き、机の上に拡げた教科書を睨む。
・・・無理だ。
パタンとそれを閉じて、天井を見上げた。
予習もこのままでは、あまり身にならないだろうコトを理解して。
なら・・・。
「・・・寝よう」
一言呟いて俺は立ち上がった。
面倒臭い。
すべては、明日逢坂に直接聞けばいい話だ。
なんだか怖い気もするけど・・・。







カタン
「・・・ん?」
布団の中でもぞもぞと目を覚ます。
今何か物音がしたか?
「泰子・・・はまだ帰ってくる時間じゃねーな・・・」
一瞬よぎった考えは、コンポのディスプレイを見て即座に否定。
AM2:02。
あいつはまだ仕事の時間だ。
だとすると・・・?
ぼやけていた頭が徐々にはっきりする。
今のは確かに物音だった。
今この家には俺しかいない。
だとすると・・・なんだ?
俺はゆっくりと布団を出ると、できるだけ静かに立ち上がった。
聞き違いかもしれない。
しかし聞こえた気がする以上、確かめなくては気が済まない。
ああ。こんなトコまで神経質な俺。
まあ・・・まさかこんなボロアパートに入る泥棒もいないだろう。
そう考えると少し気が楽になった。
軽くなった気持ちは、足取りも軽くさせた。
いつものように歩いて部屋の襖を開ける。
「泰子・・・?」
万が一、母親が帰ってる事を視野に入れて名前を呼ぶ。
返答はなし。
数瞬の間を挟んで、大きく溜め息。
やっぱり聞き間違いか。無駄に起きちまったな・・・。
そう思って部屋に戻ろうとした時に、目の端に何かを捉えた。
驚いてそっちに向き直る。
「・・・あ?」
視界に飛び込んできたのは・・・風にはためくカーテン。
「なんだよ・・・」
心中、ホッと胸をなでおろす。
束の間。
おろした後に湧き上がる疑問。
「・・・俺、窓なんて開けっ放しにしたっけか?」
というより今は4月。
そもそも春先に、窓を開けたまま寝るなんてことがあるわけない。
だとすると・・・。
「!!」
窓を見ながらそんな事を考えていた俺。
その視界の中、映るものに戦慄した。
その窓に映るのは俺と・・・白い人影?
慌てて後ろを振り向いた。
そして目に入ったのは・・・。
「・・・返事を聞きにきたわ・・・」
「あ、逢坂!?」
慌てて壁を探り電気のスイッチを入れる。
二三度の点滅を繰り返して灯る蛍光灯。
いきなりの光源に、少しだけ目を細める。
暫くして慣れた視界の中。
やはりそこには・・・逢坂大河が立っていた。





「・・・」
一瞬言葉を失った。
何でここにいる?との疑問も確かにあったが、それよりも目を奪われてしまっていた。
逢坂の今の姿に。
学校で見た制服姿とは違う完全な部屋着。
しかもおそらくは就寝用のネグリジェ。
純白で、所々にフリルの付いたそれは、なんというか・・・逢坂のためだけに存在してるのではないかと思うほどにしっくりときていた。
思わずゴクリと喉が鳴る。
はっきりいって可愛い。いや可愛いでは収まらない。
知らず、胸がドキドキする。
なんだか落ち着かない気持ちになった。
この熱い頬はなんなのだろう・・・?
「聞いてるの?」
「え、あ・・・な、なんなになにがどうだって?」
しどろもどろになる俺。
うわ、なんか情けねぇ。
そんな俺をみつめながら、逢坂はもう一度同じコトを繰り返した。
「だから・・・へ、返事を聞きにきたのよ・・・」
そうして拗ねたように下を向く逢坂。
その仕草が妙に子供っぽくて・・・言っちゃ悪いが逢坂にぴったりだった。
ダメだ目が離せない。
そんなにマジマジと見るのは失礼だとは思うが・・・。
「聞いてるの!?」
不意に怒鳴られて我に返る。
やばい。俺今完全にトリップしてた。
「あ、ああ・・・へ、返事だったな・・・」
「そうよ」
挑むように睨み付けてきながら、その顔は真っ赤に熟れたりんごのようで、なんというか・・・。
「可愛いな・・・」
「へ!?」
「あ!な、なんでもねえ!!」
思わず口に出しちまった。
慌てて右手で口を塞ぐ。
幸いにも逢坂には聞こえてなかったようだ。
眉間に皺を寄せて、怪訝そうにこっちをみつめている。
安堵に胸を撫で下ろし、小さく深呼吸。
冷静になれ高須竜児。
今日は色々あっただろ?
それの延長と思えばこれくらいなんでもない。
「あーあれか?返事ってのは・・・その、手紙の・・・?」
伺うように聞いてみると、逢坂の顔が一層真っ赤になった。
なるほど。
気が短いというのは、まんざら嘘でもないらしい。
明日まで待てなかったってことか。
思わずクスリと笑いが漏れる。
それを目聡く見つけて、逢坂が怒鳴った。
「なななに笑ってんのよ!?ははは早く返事聞かせなさいよ!!」
照れ隠しかよ・・・。見てるこっちが恥ずかしいっての。
俺は一つ溜め息をつくと、小さく笑ったままで逢坂に語りかけた。
「手紙の返事だったな?」
「そ、そうよ!!な、何度も言わせるんじゃないわよ!!」
そうだこれは今日一日の流れの延長だ。
ならばちゃんと答えてやれば、また次の展開へ進むだろ。
「ああ逢坂、あれな?いや実は・・・」
「嫌って言ったわね!?」
「へ?」
いきなり怒鳴られた言葉に、思わずポカンと呆けてしまった。




「今嫌って言ったわよね!?私はっきり聞いたわ!!」
逢坂はいきなり大きな声を出すと、今にも泣きそうなように顔を奇妙に歪めた。
「へ?お、おい逢坂ちょっと待・・・」
「言い訳なんかき、聞きたくない!!今あんた嫌って言ったわ!嫌って言った!!言ったったら言った!!」
「い、いやだから・・・」
「嫌だから!?嫌だから何よ!?嫌だからもう顔見せんな!?あんな手紙よこしやがってって思ってるんでしょ!?迷惑この上ないって!!」
・・・おい待て。
なんだか話がどんどんずれてきてるぞ?
なんで何も言ってないのに、話だけがどんどん膨れていくんだ?
目の前の逢坂は、今や頭を抱えてブンブンと左右に振っている。
なんというか、もはや只のダダッ子だ。
見てる分には面白いが、当事者となれば話は別だ。
「あ、逢坂落ち着け。俺は別に嫌とは・・・」
「問答無用」
瞬間ピタリと動きを止める逢坂。
ゆらり・・・と身体を揺らしたかと思うと、顔を思いっきり上に仰け反らせて、見下ろす角度で俺を睨みつけた。
はっきり言ってすごく怖い。
「お話の時間はもう終わり・・・。これからは・・・実力行使の時間よ・・・」
「じ、実力行使?」
なんの話だ?いやそもそも話をさせてくれ。
「どうやら・・・やはりこれが必要になったみたいね・・・」
「これ?」
俺の疑問をよそに、逢坂の手が襖の陰へと入れられる。
そうしてその手に握られたものは・・・。
「あんまり派手に動くんじゃないよ?おとなしくしてたらすぐに終わることだから・・・」
言いながら肩にトンと乗せたのは、今から行う行為への合図なのか。
「お、おい。ちょっと待て逢坂・・・」
「お話は終わりって言ったわよね?」
言いながら左手がゆっくりと持ち上がる。
それが右手と並んだ瞬間。
「ほんの少し記憶飛ばさせるだけだから往生せいやああああ!!!」
「うわああああああ!?」
ぶん!と振り下ろされた木刀を辛うじて避けて、俺は、予想外の展開に自分の甘さを呪った。


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