「あ、逢坂っ!?」
テーブルの上、木刀を振り下ろした体勢のまま固まっていた逢坂の身体が、まるで糸の切れた操り人形のように、急にぐらりと後ろに傾いだ。
このまま倒れたら、頭から床に真っ逆さまじゃねーかっ!?
慌てて駆け出すと、俺はテーブルを一足飛びに飛び越して、逢坂の落下地点へと回りこむ。
ドサリ。
すんでのところでその身体を受け止めて、安堵の溜め息をつく。
「・・・ったく。なにやってんだよ?おい、逢さ・・・」
腕の中の逢坂に話し掛けようとして、俺は言葉を止めた。
なぜなら・・・。
「・・・なんで、気絶してんだ?しかも・・・鼻血?」
・・・どこにもぶつけてないよな・・・?っと・・・!!
ちらりと視界に入った、はだけたネグリジェから伸びる逢坂の白い太腿。
思わず鼻に手を当てた。

『1話if・12』





「全くなんだってんだ一体全体・・・」
乱暴にガリガリと頭を掻きながら悪態をつく。
ついたところでどうにもならないのはわかっている。
そもそも、どこに向けてついたら良いのかがわからない。
そうして傍らの俺の布団に目を向ける。
いつも俺が寝ているはずの場所には、今は逢坂が眠っていた。
結局逢坂は、さっき気絶してしまってから起きる事はなかった。
そのまま床に寝せておくわけにもいかず、どうしたものかと考えた末、俺の布団へと移動させた。
詳しい容態などは、素人の俺にはわからないが、呼吸が規則正しかったので、単に寝ているのだろうと判断した。
そうしてそのまま、今に到ると言う訳だ。
「・・・」
その寝顔を少し眺めてから、また一つ溜め息をつく。
・・・やっぱ可愛いぞこいつ。
男ならなんてーかこう・・・ヤバイ。違う。そうじゃない。
頭に浮かんだ考えを振り払うように、頭をプルプルと振る。
ああ・・・本当に何がなんだかわからない。
俺は混乱してる頭を冷やすために、台所へ飲み物を取りに立ち上がった。
部屋を出る瞬間寝ている逢坂に目を向けるが、起きる気配は微塵もなく、そのまま静かに襖を閉めた。





水道の蛇口を捻り、水をコップに汲むと一気に煽る。
生ぬるい液体が喉を通る感触が不快だが、それでもないよりは十二分にマシだった。
「ふう」
一息つくと、少しだけ冷静になった。
しかしそれでも混乱の極みは脱せてないが。
逢坂はなんでここにいるんだ?
どうやって入った?
そもそも俺の家をどうして知ることが出来たんだ?
わからないことだらけだ。
しかし・・・。
「・・・」
コツ。
俺は飲み干したコップを流し台の水切り台の上に置くと、冷蔵庫の扉を開く。
そこから、よく冷やされた麦茶を取り出す。
そのまま棚からコップをもう一つ取り出すと、さっき置いたコップの隣に並べる。
そのまま栓を引き開け、コポコポと麦茶を注いでいく。
俺の分と・・・逢坂の分を。
「起きたら・・・多分飲みたくなるだろーし・・・」
なんに対してかわからない言い訳をしながら、八分目程入れて、麦茶のビンを冷蔵庫にしまう。
そしてコップを手に取りつつ一口。
さっきとは違う冷えた感触に、思わず溜め息が漏れる。
「・・・はぁ、うまい。下手に動き回ったあとだけになー・・・」
さてとりあえず戻るか、と思ったときにふと気付いた。
「俺今・・・どっちのコップに口つけた?」
・・・まあいいか。






「・・・逢坂・・・?」
ゆっくりと襖越しに声をかける。
返事はない。
「まだ寝てんのか・・・」
なんとなく安堵の息をついて襖に手を掛ける。
刹那。
「どぉうりゃああああっ!!」
裂帛の怒声と共に突き出されてきたのは・・・木刀の切っ先。
見事に襖をぶち抜いたそれは、正確に俺の顔めがけて繰り出されていた。
透視能力でもあんのか?
きっちり目の前5cmで止まったそれに、俺は小さく溜め息をついた。
暫く切っ先を眺めていたが、動く気配なし。
もう一度溜め息をつくと、そのまま振り向いて、持っていた麦茶をテーブルの上に置いた。
・・・いきなりの奇襲にも反応しないなんて、もう感覚が麻痺してるな俺。
頭の片隅でそんな事を考えながら、ちらりと後ろに目をやる。
視界にはさっきと寸分違わずそこにある切っ先。
ゆっくりと襖に近づくと、その出ている棒切れに手をかけた。
「おまえな・・・いきなり人んちの襖に大穴開けてんじゃねーよ」
言いつつ右にずらしていく。
それに伴いゆっくりと開いていく襖。
そうして目の前には・・・。
「〜〜〜〜っ!!」
「・・・真っ赤だぞお前」
木刀を握り締めて、林檎色に頬を染めた子虎が、鼻息も荒く待ち構えていた。






「ななななななに人が気失ってる間に、べべべべベッドに連れ込んだりしてんのよ!?」
いきなり怒鳴られた内容に、少し首を傾げる。
・・・ああ。今こいつの羞恥はそっちにいってんのか・・・。
「別に何もしてねーだろ?ほら服だって乱れてねーし」
言われて自らの体を見る逢坂。
・・・せめて確認してから難癖つけてくれ。
「お前気絶したから、とりあえず寝かせてただけだ」一通り確認おえたのだろう。バツの悪そうな顔が、俺に向けられる。
ったく・・・。
「それにベッドじゃねー。敷布団だ」
んな顔向けんじゃねーよ、バカ。
「どどどどどっちだっていいわよそんなこと!!」
案の定噛み付いてきた。
そうた。お前はそっちのがいい。
「よくねーよ。俺は今までベッドで寝たことなんか皆無だからな。マットレスの感触すらわからん。」
「・・・なんの話してんの?」
「お前の勘違いについてだ」
「・・・」
「・・・」
「・・・あんたって、変な男よね?」
いきなりなに言うかな?
「お前も十分変だけどな」
「私のどこが変だってのよ!?」
一言一言にいちいち噛み付いてくる。なんだこれ?なんかおもしれー。
「とりあえず真夜中に人ンちに忍び込む辺りだな」
「ぐ・・・!」
痛いトコを突かれて逢坂が黙り込む。
「・・・それについては、わ、悪かったわよ・・・」
「殊勝な心がけだ」
意外にもあっさりと謝った逢坂に、知らず笑みがもれた。
・・・あれ?
俺・・・こんな自然に笑ったのなんていつ以来だ?
「な、なに笑ってんのよ!?」
「あ、ああ悪りぃ」
そういや・・・こいつには最初から自然体だよな、俺。
俺を怖がらないってのもあるが、なんか・・・。
「な・・・なによ・・・。そ、そんなにみつめないでよ・・・」
「え!?」
逢坂の言葉に我に返る。
気がつけば俺は、逢坂の顔を凝視していた。
何やってんだ俺!?
途端に頬が熱くなり、慌てて目を逸らした。
「わ、悪い!ちょ、ちょっと考え事してて・・・」
「考え事・・・?」
その言葉に逢坂が首を傾げる。
刹那に真っ赤になる顔。
「ど、どうした逢坂?」
「かかかか考え事って、ああああれよね?」
「?あれ?」
「ラッ!ララララブラブラブラブレター・・・」
「!!」
そうだったーーーっ!!
すっかり忘れていた事実に、脳内でザッパーンと高波が岸壁にぶつかる光景が浮かび上がった。





「あ、ああ。そうな・・・」
努めて平静さを装って逢坂に目を向けると、こちらといえば耳まで真っ赤になった顔を、俯かせて必死に隠していた。
やばい・・・その反応は止めてくれ・・・。
俺だって・・・なんだかんだでギリギリなんだ。
こんな夜中に女の子と二人っきりなんだぞ?
ここまで平静だった自分の鈍感さが、今となっては恨めしい。
もっと・・・鈍感でも良かったのに・・・。
「あ、「「あのさ!」」
思わず重なってしまった声。
・・・最悪のタイミングだ。
どちらとも何も言えず、ただ、アウアウと口を動かしている始末・・・。
そんな俺たちの膠着状態が、永遠に続くかと思われた。
・・・が。

グゥ〜〜ゥ・・・

盛大に鳴ったのは・・・逢坂の腹の虫。
「・・・」
「・・・」
「あー・・・飯、食うか?」
間を置いてコクリと頷く逢坂。
そのまま木刀を引き抜いて、立ち尽くしている。
たぶん恥ずかしいのだろう。
しかし逢坂。
正直お前には悪いが・・・俺は助かって安堵している。
ナイス腹の虫。
だから、飛び切り美味いチャーハンをご馳走してやろう。
そうして俺は逢坂を居間に座らせ、いそいそと台所に向かった。



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