しくじったと思った。
やらかしたと思った。
内心自己嫌悪に落ち入りながら、俺は静かに逢坂の方を見やった。
『なんで?飯なら親が・・・』
思わず口をついて出た言葉だった。
慌てて口を押さえたけど、そんなの手遅れなのは一目瞭然だった。
その一瞬、逢坂の動きが止まったから。
馬鹿野郎か俺は。
昼間散々北村に聞いておきながら、何を無神経な事をと思った。
言い様の無い罪悪感が込み上げてきてますます落ち込んでいった。
「・・・わりい・・・」
思わず口をついて出て謝罪の言葉。
今考えれば失礼な行為。
逢坂の境遇を不幸と決め付けての自己弁護の言葉。
でも。
それなのに逢坂は、
「私は気にしてない。だからあんたも気にすんな」
そんな風に何事も無かったかのように流してくれて。
複雑だった反面、少し安堵した俺。
でも次の言葉が聞こえた時、俺は自分の迂闊さを心底呪った。

「今更だから」

流される涙と共に漏らされた言葉。
その時になって俺は逢坂を傷つけた事をまざまざと自覚した。
自分の鈍感さに怒りが込み上げてきた。
だが今は俺が落ち込んでる場合じゃない。
そんなもんは後でいくらでもしやがれ。
だからゆっくりと手を伸ばした。
「・・・ついてるぞ」
米粒をとる振りをして、ゆっくりとその涙溢れる大きな目に。
添えた言葉に隠したのは二つの意図。
一つはカモフラージュと若干の照れ隠し。
もう一つは、
「・・・安心しろ」
「え?」
「・・・俺はここにいるだけで、取ったりなんかしねーから」
「・・・」
「・・・ちゃんといるから」
傍に「ついてる」から。
「落ち着いて食えよ」
そう言って不器用に笑った俺の目の前、逢坂は泣き笑いの表情を浮かべた。



『1話if・14』



「・・・食べたー!」
「お粗末さん」
ゴロンと畳の上に寝転がった逢坂を見て、俺は笑いながら相槌を打った。
内心舌を巻きながら。
昨夜の残りの飯をしこたまぶち込み、優に3人前はあったチャーハン。
それを逢坂はいとも簡単にぺろりと平らげた。
この小さな体のどこにとは思うが、ここまでされるといっそ清々しい。
「おーいしかったー!」
満面の笑みを浮かべる逢坂。
そうしてふと気付くのは初めて見た笑顔だったな、と。
そっか。
こいつはこんな顔で笑うんだ。
つられて笑顔になりながら、俺はなんだか嬉しくなってきた。
「あんた料理上手ね?」
「そうか?」
何気ない逢坂の言葉に、カチャリと皿を手にして立ち上がる。
「まあ昔からやってるからな」
「そうなの?」
「ああ」
そのまま台所へ向かうと、流し台へ皿を置く。
軽く水で流した後、泡立てたスポンジで擦っていく。
「親が夜の仕事してるモンでな。物心ついたときには家事は俺の仕事になってた」
「へえ・・・」
意外そうな逢坂の声。
「じゃあ掃除や洗濯もできるの?」
「大得意だ」
キュッと蛇口を締めて水を止める。
洗い終わった皿を丁寧に拭いて流し台横の台に置く。
同時にシュンシュンと蒸気を発しているやかんの火を止める。
戸棚からお茶っぱを出して急須へ。
手際良くお湯を注ぎ暫し蒸らす。
その間に出した湯飲みは、既にお湯を注いで暖気してある。
お湯を捨て、そこにコポコポと茶を注ぐ。
最後の一滴まで使うのが美味く飲むコツ。
そうして出来上がったお茶を持って振り向いたら、
「すごいっ!!」
「おわあっ!!」
すぐ目の前に逢坂が立っていてメチャクチャ驚いた。




「な、なにやってんだあぶねえな!!」
「あんたすっごいわねっ!!」
ぶつかってたら熱湯が・・・とか言おうとした俺の言葉を遮って、逢坂はキラキラした目で俺を見上げてきた。
「今のなに!?すっごい!あっという間にお茶が入ったわよ!?どうやったの!?手品!?」
「て、手品でもなんでもねーよ」
普通にお茶入れただけだ・・・そう言いかけた俺に、
「うそっ!」
「うわっ!」
ズイッと背伸びするかのようにして、逢坂が顔を近づけてきた
「うそよ!だって私あんなのできないよ!?お茶っぱとかバサーッ!ってなっちゃうし!」
「い、いやそれは、慌てすぎ・・・」
「ポットのお湯も飛び散って、熱っ!てなるし!」
「・・・ドンだけ落ち着きないんだよ・・・?」
俺は、目の前でまくし立てられる言葉に逐一返事をする。
が、実は内心かなりドギマギしていた。
・・・こいつやっぱりかなり可愛い。
顔ちっさいし目おっきいし唇ぷっくりしてるし顎のライン綺麗だし・・・って待て。
何を考えてる俺!?
何マジマジと分析してんだ!?
HENTAIか!?
いや違う!
だってこんな可愛い女子にこんなに接近されたら、男は誰だったドキドキするだろう!?
じっくり見ちゃうだろう!?
そうだ。
そうに違いない。
俺がおかしい訳じゃない。
きっかり2秒、脳内葛藤を経た末、せめてもの理性を持って声をかける。
「あ、逢坂・・・も、もう少し離れて・・・」
「すごいねー!すごいねー!」
「・・・」
・・・目の前ですごいすごいとまくし立てる逢坂に、思わず顔が綻ぶのを自覚した。
常日頃この顔の所為で敬遠されがちな俺に対して、こんなにも自然に接してくれる相手など極僅かだった。
しかもほぼ初対面だと言うのに。
また、胸の奥から何か暖かいものが込み上げてきた。
なんなんだろうなコレは?



「・・・そっか。すごいか」
「うん!すっごいよ!!」
俺の言葉に大きくブンッ!と首を縦に振る逢坂。
見た目の愛らしさと相まってか、このような子供っぽい仕草は逢坂に妙にマッチしていた。
普段学校で見せている姿など、所詮『外向け』の顔に過ぎないのだと確信するほどに。
「・・・今度教えてやろうか?」
「!!ほんと!?」
俺の言葉に、逢坂がパアッと顔を輝かせる。
「やった!ありがとう!」
その顔に笑顔で、ああ、と返してから、お茶が冷めるからと、居間へと連れ立って戻る。
「・・・あれ?」
「ん?どうした?」
戻る・・・。
「・・・わたしなんでここにいるんだっけ・・・?」
「!!」
戻ろう・・・。
「あれ?あれ?」
「あ、逢坂それは・・・」
戻ろうとする・・・途中。
「・・・・あーーーーーーーーーっ!!」
真夜中に不似合いな逢坂の大声を聞いて、俺は思わず額に手を当てて天を仰いだ。

『忘れたままでいてくれたらよかったのに・・・』

驚愕に目を見開く逢坂を視界の端に捉えながら、俺は小さく溜め息をついた。 時計の針は既に3時を回っていた。


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