「もう一度……」

開け放した窓が迎え入れた冷たい空気の中で、頬に触れた手と、
何度も触れては離れる唇だけがやけに熱く、
それだけがお互いの存在の拠りどころのようで、大河は竜児の袖口を掴んだ手に力を込めた。

今離したらきっと、全部壊れてしまう。
漠然とそんな思いに駆られて、自分の方に屈んだ竜児に身をすり寄せる。

離したくない。そう思っていたのは竜児も同じで、
服越しに感じるもどかしい体温を少しでも逃がさないように、
左手を背中に回し、撫でるように落として腰を引き寄せた。

お互いにしがみつくようにして、何度も何度も唇を重ねる。
別の部屋の泰子の笑い声がひどく遠くに聞こえる。
今だけは、この瞬間はここには二人しか存在しない。

キスは次第に長く、深くなり、爪先立ちに疲れた大河が踵を下ろすのに合わせて、
崩れるように蒲団の上に膝をついた。

大河が竜児の膝に乗る格好でキスを再開する。至近距離の熱い吐息のほかは言葉もない。
耳を澄ませば心臓の音が聞こえてきそうな静寂の中で、口づけが次第に水音を立てはじめる。

鋭敏な神経はまさにこのときのためにあったのだろう。
ましてやその相手はかけがえのない、世界中でもっとも大切な、やっとやっと手に入れた存在である。
ただでさえ敏感な唇の感度はいやが上にも高まった。

「やっぱり、がさがさしてる」

「悪かったな」

「でももう……私が、乾かしてやらないから」

大河は顔を真っ赤にする竜児の袖口を掴んでいた手を首に回して、
噛みつくようにキスした。そうすることで消えない印でもつくかのように。

「お前なんてこっ恥ずかしいことを……しかも痛えよ、今のは」

「あんたのさか剥けも痛かったから、おあいこよ」

一時唇を離して見つめあう。今二人たぶん、全く同じことを考えている。

足りないのだ。キスだけではもう足りない。それだけではお互いを確かめ合うには充分ではない。


*


「……竜児」

「おう」

「今日はここまでだね」

「へっ?」

竜児は思わず間抜けた声を出した。その胸に大河は顔をすり寄せる。

「……したい? ……この先も」

「なに、言い出すんだよ。んなこと考えてもいなかったのに」

そう言いつつ臨戦態勢の下半身を悟られまいと腰を引く竜児であったが。

「私とじゃ、したくない?」

「バカ言え…………したいよ。けどさ」

「うん」

「……ないだろ、あの……コ……避妊具が」


大真面目な顔で言うのである。
二秒ほどぽかんとした大河はブッと雰囲気のかけらもなく吹き出した。
それでも遠慮があるのか、必死に笑いを堪えて震えながら竜児の胸に頭をぐりぐり押しつける。

「んだよ! 大事なことだろ!」

「……っひー……ふへっ、ご、ごめんでも、だってあんた……ぷぷぷ……」

どうにも笑いの発作が収まらないらしい。

「大河、俺はマジだぞ。その場の勢いでやっちまって妊娠しちまったらどうすんだよ。
 俺はお前に、泰子と同じような思いをさせたくないだけだ」

「ん……分かってるよ。ごめん。分かってるけどさ、
 その、最初って結構その場の勢いでしちゃったりするって言うじゃない?」

「……そんな無責任なことできるか」


*


お前のこと、大事なんだからな。傍目には睨みつけているようにしか思えない、
真剣な顔の竜児に見つめられて、大河はまた頬を赤らめた。

「……ありがと……そうだよね、あんた真面目だし……優しいもんね。
 そういうところ、好き」

「お、おう……」

大河は涙目を拭った。再び視線が絡み合って、二人の距離が縮まる。

「あれ?」

「ど、どうした?」

「言っちゃった」

至近距離に大河のびっくりしたような顔。
それが次第に緩んで綻んで、照れ笑いに目が細められる。

「何を?」

「バカね、結局言ってなかったでしょ。でも言っちゃった……『好き』」

「え……って、おう! おまっ、そんなさらりと!」

 大河は両手で竜児の頬を挟み、真正面から、とびっきりの笑顔で繰り返した。

「竜児……大好き」

竜児は赤鬼の正体を現し……たわけではなく、暗い室内でも明らかなほど赤く染まった。
途轍もなく恥ずかしいが、顔を固定されていて動けない。

 観念して、見つめ返す。

「……好きだ」

お互い逃げ出したくなるほど恥ずかしかったが、
それでも絡み合った視線はもう離れないし、抱き合う両手も解いたりはしない。

たとえ手を離しても、もう大丈夫だ。
二人の居場所はお互いの傍らだと、もう知っているから。


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