「幸せの手乗りタイガー、かぁ」
竜児はその帰り道、ぼんやりと今日聞いた話を思い出していた。
触ると幸せになれる手乗りタイガー伝説。
その日1日はどこかいつもと違い、彼の心に疑問を投げ掛けていた。
「大河に触ると幸せになれる。だったら大河はどうすれば?」
亜美に聞いた時、彼女は小声で「もう十分幸せだ」と言っていた。
竜児にはよく分からなかった。
食事も終わり、泰子が以後とに出かけるまでのほんの一時、彼女の言うところの3人家族の一家団欒の一時。
各々の湯飲みでお茶を飲み、泰子は大河に笑い掛け、大河は泰子に今日有った事等を楽しそうに話してる。
ふ、と竜児の顔に笑みが零れる。
それはまるで殺すタイミングを伺っていた殺し屋が好機を得た瞬間の様。
でもその目に込められたモノは穏やかで優しいモノ。
慈しみ
3人で過ごす部屋を見渡す。
(そうか。俺はもうずっと前から、幸せの手乗りタイガーに触ってたんだな。だってこんなに、俺は幸せじゃねぇか)

やがて泰子が仕事に出掛ける。
「それじゃ、いってきまーす」
「おう。なんかあったら電話すれよ?」
「いってらっしゃい、やっちゃん!」
「うん!」
泰子が出勤し、いつもの大河と二人の日常。
大河はそのままテレビに噛り付く。最近大河がはまってる刑事ドラマの始まる時間。ココから先は番組が終わるまでその場を動こうとはしない。

「ねぇ竜児。プリンとって」
「はぁ?アレは明日のオヤツだろ?お前、時代劇見る時は絶対プリン喰いながら見てるじゃねぇか。今喰ったら、明日喰うもん無くなるぞ?」
竜児は呆れたように返している。
「こまかい駄犬ね。明日また買ってくれば良いでしょ?」
「駄〜目だ。お!そうだ。そう言えばグレープフルーツが有ったんだ。待ってろ、今切ってやる」
「え〜…すっぱいのは嫌」
「ちゃんと砂糖のっけてやる」
「う〜…なら食べる」
竜児は手馴れた手つきでフルーツを切り、砂糖を乗せてテーブルへ。
「ほら、切ったぞ」
「ちょっと待って……良し!」
コマーシャルの隙に大河はテーブルに視線を向け、身を起こす。ソレを確認すると、竜児は襖に背を預け、あぐらをかいてテレビに向かう。
「ったく。ちゃんと綺麗に食べろよ?」
「分かってるわよ、煩いわね」
言って、大河は竜児の足の上に座り、その背を竜児の胸元に預け座り、フルーツ片手に再びドラマに向き合う。

大河はオヤツを食べながらテレビを見る時は、背もたれにもたれながら見るのが好きだ。
自分の家には背もたれ付きの椅子が有るが、高須家には竜児の部屋に1個有るだけで居間には無い。
こんな時、竜児が大河の椅子になる。そしてそれは……

逢坂大河がこの世で一番安らぐ椅子。

懐に座る大河と共にぼんやりとテレビを眺める竜児の耳に、小さな声が届いてくる。
「…幸せの手乗りタイガー伝説。でも一番幸せなのは私ね」
「?ん?」
「家族が居て…やっちゃんと、竜児が居て。こうして竜児と過ごせて…私が一番幸せ」
「そうかい……でもな?大河。だったらソイツは間違いだな」
言って竜児は大河の頭を優しく撫でながらささやく。
「私がじゃないさ。私達が、一番幸せなんだ。そうだろ?大河」
「……うん」

今夜もまた、高須家の夜は穏やかに過ぎてゆくのだった。

終わり。






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