いつもどおりの学校からの帰り道。
わざわざ申し合わせる様なこともなく、二人の足は自然とスーパーへ向かう。今日はかのう屋が特売だ。

昨日に比べやけに冷え込み、日が沈んだ夜道はもう5月だというのに少し肌寒い。
そんな気温のせいなのか、竜児は不意に右手を絡め取られ、驚いた。
この時間ではまだまだ同級生らの人目があり、普段なら滅多なことではこんなに擦り寄ってはこない。
左手は竜児の右手としっかり繋がれ、もう片方で腕に絡みつくようにして頬を摺り寄せてくる。
今にもゴロゴロと喉をならしそうだ。
だからといって今更、これしきのことで耳まで赤くするような俺ではない。
恥ずかしながら、人前でさえなければ四六時中くっついているようなものだ。
自分が主導権を握っている状況なら、軽いキスくらいさらりとかましてやる自身はある。
昔は櫛枝の顔さえまともに見られなかった自分が、随分度胸がついたもんだ。

いきなりなんだよ?と余裕の対応をする。
しかし照れこそしなくても、凶悪にニヤついた殺人鬼の表情まではどうしても隠しきれない。
隠しきれなければ当然、道の向かいで見知らぬ奥様が『ひっ!』と小さく悲鳴を上げたりもするが、今の竜児には瑣末なことだった。
このおとなしくしてさえいれば世界一可愛い、腰までふんわりとウェーブを描くけぶる長毛種の猫科に、全神経を持って行かれる。

「あのさ…」
「おう?」
「…竜児。
あの…あのね。お願いがあるの。」
「なんだよ、あらたまって。」

腕に絡みついたまま俯き気味のままぽつぽつと話し出した。
甘えてきたと思ったら、やっぱり何かあったのか。
そういえば今日は昼過ぎくらいから、どうも覇気が無かった。
今日は一日殆ど近くで行動していたと思うが、特別変わったことも無く、川嶋とのバトルだってもいつものじゃれ合いレベルだったはず。
しいて言えば、5時間目の体育。
今日は男女別メニューだった。






「……。
怒らないで聞いてくれる…?」
「いや、なんだ?とりあえず言ってみろよ。」

本当に何かあったのだろうか。
大河の言う事なら出来るだけ聞いてはやりたいが、自分の力では解決してやれない無理難題を振られてしまっては困る。
身長がどうとか、哀れ乳がどうとか。
内容を言ってみろよと促すが、どうにも歯切れが悪い。

「うん…ん〜…

…えっと…

あー!どうしよぅぅダメダメやっぱ言えない…!」
「ったく、どうしたんだよ。
ほら、俺に出来ることなら、我が儘くらい聞いてやるって。いくらでもって訳にはいかねえけど、出来るだけな。だからそんな顔すんなよ。な?」

体をうねうねさせながら言い淀み、表情まで曇ってくる大河の手を一瞬振りほどく。
え…と悄気そうになったところを引き寄せて正面からぎゅっと抱きしめた。
今日は散々密着して歩いていたんだから、これくらいはしても許されるだろう。
途端に表情は転じて晴れとなる。

「えへへぇ…怒ったらやだよ?」
「おぅ、わかったって。なんだ?」

また一瞬黙り込む。
緩んだ表情から一転、きゅっと真剣な眼差しで、胸に埋められていた視線を上げた。


「夕飯とんかつ食べたい」




「………な……」

…大河さん今なんと……





「お、おまえぇぇ〜〜〜!!!」


「あんたがお昼に見てた献立の本あったじゃない!
あれに載ってたとんかつ!ミルフィーユとんかつ!あれ食べたいの、あれ…!チーズ挟んであったの、見た!?
やばい。ちょ〜〜〜〜〜おいしそぉ〜〜〜〜〜〜だと思わない?遺憾よね、チーズはダメよね。反則じゃない?
ね、今日はそれにしようそれに。とんかつ!ねえいいでしょ〜〜〜〜」

「………昨日は夕飯唐揚げだっただろうがぁ!」


俺の気遣いを返せこの馬鹿。
ちょっとカッコつけたさっきの自分もきれいさっぱり無かった事にしてくれ。
騙された、罠だ。
ああ、馬鹿は俺だちくしょう、涙が出ちゃう。だって男の子の純情を弄ばれたんだもん…

そんな潤んだ目でねだられて、本気で却下できるわけ無いだろう。卑怯だ。



「…川嶋にでも入れ知恵されたんだろ」
「へ?何が?」
「いや…なんでも。
その代わり週末まで肉は無しだからな。」
「え〜〜〜」
「えーじゃありません。じゃあとんかつは週末にするか、どっちかにしなさい。」
「致し方あるまい…その条件を飲もう。今日はとんかつは譲れぬ。」


きっとまた懲りもせずに俺はこの罠にひっかかるんだろう。こんなトラップ、どう回避しろと。
そう思うとちょっと凹むが、正直まんざらでもない。





作品一覧ページに戻る   TOPにもどる
inserted by FC2 system