「竜児!!」
バンと障子を開ける。
竜児はいない。
「竜児!!」
机の下を見る。
竜児はいない。
「竜児!!」
押し入れを見る。
竜児はいない。
「竜児!!」
ゴミ箱を見る。
竜児はいない。
「りゅうじーーーーーーっ!!!!!!」
叫ぶ。
竜児がいない。
そんな、一体何処へ……ん?
机の上に見覚えのあるノート。
自分の体温が急激に下がった。
「あれは……」
そう、あれは竜児がみのりんへの想いを綴ったノート。
私はまた、勘違いしたのだろうか。
竜児にしては珍しく出しっぱなしの上、ノートが開いたまま置いてある。
恐る恐るノートに近づいてみると……。
「ぷっくくく……」
体温が急上昇する。
「あーはっはっはっ!!!!」
笑い出す。
もう、今の私には某仮面ライダーだろうと敵わないだろう。
まさにNO FEAR NO PAIN。
最っ高にHIGHって奴だ。
『ああ大河、大河よ大河、ああ大河』
これはもう、竜児は私の事を想いすぎて言葉にならないという現れだろう。
ああ、可哀想な竜児。
私のことをそんなに想っていたなんて。
「うふふふふふ……」
背中が震える。
と、同時に自分の高性能な耳は水の音を捉えた。
「そ、こ、かぁーーっ!!」
動く足は俊足、いや瞬足。
頭はクリア、いやクリアすぎて真っ白。
バァン!!
何も考えず、お風呂場へと突入する。


***


「……は?」
これが俺の第一声。
何て言えば良いのだろう?
今の状況を例えるなら、そうだな……。
擬音はポカーン。
表情はあぼーん。
まさしく鳩が豆鉄砲を、いやバズーカを全身直撃したような、そうでないような。
どっちだよ、というツッコミは受け付けない。
いやそんな暇すら無い。
状況は極めて不利。
しかし、この状況になったのは断じて自分のせいではない。
正面には勢いよく入ってきた大河。
入ってきた?
何処に?
もちろん今の俺がいるところ。
俺の今いるところは何処かって?
あっはっはっはっ……風呂場。
風呂掃除か何かしてたんだろう?って?
入浴中のこの身はバリバリ全裸。
しかもタオルすら無い。
今まさに、見つめ合うという言葉が相応しい状況で、俺は動くことが出来ないでいた。
いや、動けよ俺の体。
っていうか隠せ、いや隠させて下さい!!
「竜児、待たせたわわわわわわわわわっわわわ!?!?!?!?!?!あああああああんたなななんなてかこかこかこ……」
大河は俺の姿にようやく気付いたようで、顔から湯気を出して固まる。
それと同時に俺もようやく硬直が解けた。
というより、今まで自分が驚きのあまり硬直していたことにすら気付いていなかった。
「お、お前が急に入ってくるから!!……ああ、もういい!!とりあえず向こう向け!!」
「う、うん」
大河がぎこちなく振り返る。
それでようやく俺も余裕をスズメの涙、アリの頭ほど取り戻した。
慌ててタオルを手に取り腰に巻く。
「全く、急に入ってきて何のようだよ?」
「え……と、それは……あれ?なんだっけ……?」
どうやらあまりの衝撃に記憶がぶっ飛んだらしい。
まぁ無理も無い。
こんな珍事件が起きれば。
っていうか、俺は悪くない。
「とにかく、早く風呂から出てくれ。上がったら話聞くから」
「あ、うん」
大河は頷いて出て行き……、
「思い出したぁーーーっ!!!」
ものの五秒で帰って来た。
「なっ!?お前正気か?」
「思い出したのよ、竜児!!」
「いや、だからそれは後で聞くって!!俺は風呂入ってんの!!」
「それが何よ!?」
「いや、何って?俺は裸だぞ?」
「それに何の問題が?」
「え?あれ?」
問題ないのか?いや……ある……よな?あると言ってくれ。
「今の私達には何の問題ないわ!!まずは裸の付き合いというのも悪くないし!!」
マテ。
今の不穏な言動はなんだ。
「待ってなさい竜児!!」
大河は風呂場を飛び出す。
待つこと数分、っていうか素直に待たずに上がれよ俺も。
「お待たせ!!」
とか思ってたら大河は戻って来た。



「……水着?」
「そうよ」
「そう、だよなぁ」
一瞬、ほんの一瞬だが一糸纏わぬ姿を期待したのはいけないことでしょうか、神様。
いや、問題はそこじゃない!!
「なっ何で!?」
「何でって……まさか裸の方が良かったの?まぁ竜児がそういうなら……」
見透かされた?じゃなくて!!
何故そういう話になる!!
「そんな話じゃない!!俺は男!!お前は女!!ここは風呂!!わかるだろ!?」
「何言ってんの竜児?わかってるわよ」
「そうか、わかってるか。ならいい」
「うん、じゃあはい、背中出して」
前言撤回。
全然良くありません。
っていうかこの人全くわかっていません。
「だから……」
俺は怒ったようにもう一度大河を諭そうとして……出来なかった。
真っ直ぐに、照れた笑みを浮かべて、タオルを両手に持って体全体で「はい、座って」ってアピール。
銃声が聞こえた気がした。
それは俺にしか聞く事の出来ない銃声。
間違いなくその銃弾は的に命中しているのがわかる。
俺の心臓が、そうだと言っている。
「……おぅ」
気付けば俺は座っていた。
裸を見られる恥ずかしさよりも、大河を見ているほうに照れを感じた。
だから背中を差し出すよりなかったのだ。
すぐに大河のタオルが背中に触れる。
背中を奔る小さな手が心地よい。
「んしょ、んしょ、気持ちいい?」
なんとも言いがたい快感が俺を襲う。
「あぁ……天国みたいだ」
「もぅ、大げさなんだから」
大河は照れたように顔を逸らしながら背中をこする力を強める。
どうしたんだろ俺……でも大河にこうしてもらえるなんて、まるで天国みたいだ……。
当初の同様など、かつて葬り去って来た汚れの如く忘れ、天国のような夢見心地に体を預け、
「はい、じゃあ次前ね」
急に目が覚めた。



マエ?それとも舞え?
踊れって言うのか?
いや違う。
前だ。
なるほど、背中は終わったんだから前を洗うと。
実に合理的かつ自然の道理だ。
……んなわけあるか!!
「いや、大河、流石に前は……」
先程の夢うつつが一気に覚める。
気持ちは良かった。
何処までも飛んでいけそうなくらい快感を覚えた。
しかし、いくらなんでも同級生に前まで洗ってもらうのは……。
「何言ってんの?それとももう前洗った?」
「お、おぅ!!実はそうなんだ!!」
ナイス大河!!今日のお前は冴えている!!
「嘘ばっかり。はい、ちゃんと洗ったげる」
冴えすぎだ、大河。
大河は純真無垢にニッコリと笑って前に回りこみ、俺の肩から腹へとタオルを移動させる。
「う……」
なんというか、なんだろう?
気持ち良いのだが、くすぐったい。
「こ、こいうのもちゃんとおぼえないとね……」
大河が何かブツブツ言ってるがこの際関係ない。
頭の中はこのまま洗ってもらいたい欲求といい加減止めさせなければという理性がせめぎあっている。
大河に「もういいよ」と言おうとすれば、快感が押し寄せ、快感が続けば続くほど自己嫌悪が襲う。
だんだん大河の手は下降してい……「待て大河」
「ん?どどどどうししたたったたののののの?」
動揺しすぎだ。
っていうか、今俺の股のにかけてるタオルに手をかけようとしたな。
「その、何でお前が急にこんなことをしだしたのかわからないが、流石にそこは……」
「で、でも今から知っておけば役立つかも……」
役立つ?
何に役立つというのだ。
「そ、そう、これも経験なのよ!!アンタも嬉しいんでしょ?だから……ええーい!!」
「あっコラ!!」
俺の抑止もむなしく、タオルがひっぺがされる。
「…………か、かめ……」
きゅ〜パタン。
大河は顔を真っ赤にしてとある部分を凝視し、数秒沈黙、そしてゆっくりと倒れた。
「た、大河ーーっ!?」
返事は無い。
ただの気絶のようだ。


***


大河を風呂場から連れてきて数十分。
この高須竜児、生まれてこの方今日ほどの修羅場を迎えた事はない。
先程からの風呂場のことかって?
いや、あんなもの生ぬるい。
俺はたった今それを悟った。
人生ってやつは何処に落とし穴があるかわからない。
しかも試練ってやつは続くらしい。
さらなるレベルアップを遂げて。
場所は密室。
っていうか俺の部屋。
目の前には、布団に横になる大河。
そう、大河水着バージョン。
横にはちゃんと着替え用意済み。
俺に一体どうしろと?



だってしょうがないじゃないか。
あのままほっとくわけにもいかないし。
仕方なく風呂場から連れてきたのだ。
でも気絶したまま。
横にさせるのに可哀想だと俺の布団まで用意したところで気付く。
大河はびしょ濡れだ。
ここからが試練の本当の始まりだと気付いたのはその大河をどうするかと考えてからだった。
まず、拭かなければならない。
何を?
大河を。
誰が?
俺が。
殆ど裸(水着着用)で気絶している大河を。
これにはそうとう苦労した。
まず何度も頭を拭いてやり、風邪をひかないようした。
次いで足。
ここはまぁ楽だった……ということにして欲しい。
決して細く白い足に見とれ鼻の下が伸び……以下略。
これ以上は俺の人格が疑われかねない。
というか、大河に知られたら何を言われるかわからない。
そして回ってきた体。
無理。
現実逃避してみるが、それこそ無理。
しかも早く拭かないと風邪を引く可能性もある。
俺は意を決し、まずは胸から拭いた。
何で?
何でだろう。
多分、途中で起きた時、言い訳できないのがそこだからだ。
最初に終わらせてしまえばあとはなんとかなる、そう思っていた。
撫でるように体を拭いていく。
おぅ、なんだ大河、結構弾力あるじゃねぇか。
……なにやってんだ、俺は。
自己嫌悪しながら一心不乱、無心になって拭く事に専念する。
しかし、それから数分して気付いた。
「これ、俺が股の間も拭くのか?」
この世に神はおわしませぬのか。
俺がアソコに手を当て、タオル越しとはいえ、拭くのか?
それこそ無理!!
でも、拭かないと濡れたままになってしまう。
なんかここが濡れたままってエロい表現だなぁ。
とか言ってる場合じゃない!!
俺はそっとタオルを当て、
「あん……竜児……」
飛びずさった。
「ち、違うんだ大河!!これはその……」
しかし、大河は返事をしない。
どうやら寝言のようだ。
「脅かしやがって」
しかし、これでようやく全身拭き終わった。
やれやれ、と一息ついて気付く。
流石に水着のままでいさせるわけにはいかない。
しかし大河は絶賛気絶中。
幸か不幸か大河の服は脱衣所にあった。
で、今に至るわけだ。
神はトコトン俺が嫌いなのだろうか。
それとも好きでこんなことをさせていらっしゃるのだろか。
これはつまり、俺に着替えさせろと?
先程のお礼とばかりに、大河の水着を脱がし、文字通りすっぽんぽんのぽんにして、パンツからシャツから服から全てにおいて俺が着せろと?
んなことできるか!!と思いつつも、俺の右手は高須棒ではなく、大河の下半身を覆うための下着を装備……もとい手にしていた。




「……いや、待て待て待て!!」
自分の頭をぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん……うえ……振りすぎた。
しかしそれぐらい振って考え直す。
いきなりそれは無いだろう、ここは無難?に周りからだろうと思い直す。
と言っても周りなんて……あっ!!靴下があった!!
これなら、と俺は靴下を履かせ「おぅ、大河って足小さいな」……地獄の底から後悔した。
断言しておくが、俺はノーマルだ。
決して、決して!!アブナイ趣向などは無い。
しかし、水着に靴下を履く大河という、ミスマッチながらもありえなくは無いこのシチュエーション。
「うぐっ!!」
鼻を押さえる。
赤い熱を持った液体がドロリと流れ出し、次いで前傾姿勢になる。
情けないと言われようと、これは男の悲しい性だ。
慌てて鼻にティッシュを詰める。
そして再び大河を一瞥。
「エロすぎる……」
それが答え。
もう一度言うが、俺にそんな趣味は無い。
しかし、予想もしえない大河の水着+靴下というコンビネーションは俺に想像以上のダメージを与えた。
履いてないからダメージを受けると思い履かせた結果がコレ。
女体の神秘のなんと奥深い事よ。
いや、俺は変態か。
こんな事ではいけない。
俺は即座に水着に手をかけ、離す。
今、俺は男として、人間として何か大事なものを捨てようとしている気がする。
しかし、ここはもうさっさといつもの服装にして気を休めたい。
俺は意を決した。
まず、方足にパンツを入れておく。
次に水着の上からシャツを着せる。
おおぅ、このシャツわりと透けるな……イカンイカン!!
今度は肩に手をかけ、シャツの内側の肩にかかっている水着を腕を通して脱がせていく。
これで、大河は腰から下はまだ水着だが、上はシャツだ。
よし、とばかりに俺は最大の難関へと立ち向かう。
まずそのまま水着を足元まで持っていき、脱がす。
う……エロ過ぎる。
このシャツの下に隠れてる股は……ダメだ!!考えるな!!
そして足にかけておいたパンツをもう片方の足にもかけつつ一気にぐいっと。
「ああん……」
ビクビクビクゥ!!!
起きたかと驚くが、どうやら運よくまた眠っていたらしい。
後は頭からこの服をすっぽりかぶせればいいだけだ。
コレは楽、とばかりに服を着せていき、
「ふぅ」
ようやく終わる。
これで今日の試練は終了、かと思いきや、
「俺、何処で寝よう?」
まだ問題が残ってた。
しかし、神はやはり俺が好きなのか嫌いなのか。
寝返りを打つ大河の腕が俺の後頭部を直撃する。
「ぐぁっ!?」
そこは今日プールでも衝撃を受けた場所。
俺の意識は痛みで闇へと沈んだ。
それゆえ気付かなかった。
大河の着替えはまだあることに。
脱衣所に胸当て、一般的に言ってブラジャーと呼ばれるもの(大量のパッド着き)があることに。


***


「ん……うぅ……」
目を覚ます。
「ここは……竜児の部屋?」
気付くとそこは竜児の部屋。
「ん……竜児」
隣には、布団の外にいる竜児。
まさか竜児が私を寝かせてくれたのだろうか。
自分は布団に入らずに?
「……竜児」
胸からなんとも言えない嬉しさがこみ上げてくる。
こんなに人に思ってもらったのは始めてだ。
「よいしょ」
竜児を布団の中に入れてあげる。
と、そこで違和感に気付いた。
なんかスースーす……!?!?!?
……私、ブラしてないではないか。
そんな馬鹿な。
アレだけはいついかなる時も外さないようにしていたのに。
確か、昨日は……どうしたんだっけ?
そもそも私は何故竜児の部屋で寝てるの?
…………あ、思い出した。
そうだ。
そうだそうだ。
私は竜児の背中を流そうとお風呂に水着で入って……水着?
今の私は私服。
じゃあ水着の私は何処へ?
何かの思い違い?忘れてるだけ?
そう思って何度も頭で昨日の事を思い出してみるが、思い出せない。
私は確か、竜児のタオルを引っぺがして、アレを見て、気を失ったんだ。
じゃあ、竜児がここまで運んでくれたんだ。
……まさか着替えも?
いや、だって竜児よ?あ、でも風邪を引かないように、とか気を使ったのかも。
っていうことは竜児に全裸見られた?
ボフッっと顔が赤くなる。
どどっどどどどどどうしよう?
竜児のことだから変なことはしてないと思うけど……。
「ん……大河……風邪ひくな……よ……」
「あ……」
竜児の寝言。
それで不安が吹き飛んだ。
そうよね、竜児だもん。
何もしてないわよね。
一瞬でも疑った私が恥ずかしい。
……でも、逆に言えば手を出す気になれなかったとも言えるのかも。
私に女の体としての魅力が無いから?
……今日から少し、大胆になってみようかな。


***



「なぁ大河」
「なぁに?」
俺達は須藤コーヒースタンドバー、略してスドバに向かっていた。
そこで、川嶋の別荘とやらに行く時の計画を話し合うらしい。
つまり大河は負けたのだ。
俺のせいと言えなくもないが。
まぁそれはいい。
しょうがないがそれはいい。
それはいいのだが、
「お前、何か近くねぇか?」
「そお?」
そ知らぬ顔で俺の隣を歩く大河は、いつもより間違いなく近い。
普段なら人一人分くらいはある二人の間に、今は週間少年ジャ●プ一冊ほどの隙間も無い。
今までこんなことは無かったのに。
どうも今日の大河はおかしい。
いや、昨晩からか。
昨晩の風呂場での奇行に始まり、今朝の朝食騒動、そしてこれだ。
ちなみに朝食騒動は、ただ単に大河が炭化した卵焼きを作っただけに留まったのだが。
そしてこれ、というのはもちろん俺に近寄りすぎる大河のことだが、さらに、
「なぁ、何で右手と右足が一緒に動いてんだよ?何か緊張するようなことでもあるのか?」
大河は右手右足を一緒に動かして、よくある間違いな歩き方で歩いている。
「きき、緊張?わわ、私が?きききき気のせいじゃない?」
「じゃあ、その動きは何だよ?」
「これは体の運動よ!!」
「例えそうだとしても、それを今やる意味がわからねぇ!!」
そんなやり取りをしているうちにスドバに着い……ん?
「おい大河」
「な、何?」
「開いてる。ほら、こんなとこ他の奴らに見られたらどうすんだ?」
大河は着ている服のボタンが上から二個ほどしていなかった。
恐らく、着替えをするときからそうとうテンパっていて閉め忘れたのだろう。
なんでテンパってるのかは皆目検討もつかないが。
まぁ仕方が無いのでボタンをつけてやる。
「これで良し」
そうしてからようやく、俺達はスドバへと入った。
カランコロンとベルが鳴って、すぐにコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
「あっ?おっそーい高須くーん……と逢坂さん?」
川嶋が意外そうに目を見開く。
「どうして逢坂さんもいるのぉ?」
「うっさいばかちー」
大河は俺を引っ張るようにして席へと座る。
「遅かったじゃないか。もう大枠は決めてしまったぞ」
次いで俺に声をかけたのは北村だった。
「北村?」
「おお、意外そうな顔してるね高須君」
「と櫛枝まで」
驚いた。
川嶋が呼んだのだろうか。
「あーあ、高須君と二人で行く予定だったのになぁっと」
川嶋はつまらなさそうに、かつ意地悪そうに大河に視線を向ける。
「流石に二人はマズイだろうってことで俺達も行く事になったんだ。というか、最初からそのつもりだったんだろ、亜美?」
「さぁね〜」
はぐらかすような笑い。
なんだ、川嶋ってそういう奴なのか。
結構いいとこあるじゃねぇか。
「まぁ逢坂さんは来たくないかもしれないけど〜」
……やっぱ川嶋への評価は保留にしておこう。



「うっさいわね、もちろん行くわよ」
大河が、川嶋の挑発に苦虫を噛み潰したような顔で応える。
「あれれ〜?随分素直ね〜?実は昨日高須君となにかあったとかぁ〜?」
川嶋のからかいは止まらない。
「べ、別に何もないぞ、な?大河?」
「あれれ〜?何で高須君が応えるのぉ?っていうか名前で呼ぶようになったんだぁ?」
「うぐっ」
しまった。
大河が何か変なことを言う前にと思ったが墓穴を掘った。
「別に何もないわ」
しかし、大河がフォローをだしてくれる。
おお大河、俺は今日までお前を誤解して……。
「昨日ちょっとチン事件があっただけよ」
「珍事件?」
「そっ、チン事件」
いなかったようだ。
というか大河、そこだけカタカナにするのは止めてくれ。
あらぬ誤解……でもないが厄介な状況になりかねない。
ここはさっさと話を変えよう。
「そ、そうだ。さっき大枠は決めたって言ってけど後は何が残ってんだ?」
「む、そうだな。まずは順を追って説明しよう」
北村の話によると、話はほとんど地形的なことと移動手段で、集合場所と買い物先、必要な物等はすでに決まったらしい。
後は現地についてからで、とりあえず今決めるのは部屋割りだそうだ。
「というわけなんだが、亜美、部屋は……」
「実は一部屋足りないのよね〜だから高須君と私は相部屋がいいかな〜なんて」
間延びした声でとんでもないことを言い出す川嶋。
「お、おい、いくらなんでもそれは」
「っざけんじゃないわよばかちー。竜児は私と相部屋よ」
「はぁ?」
無いだろ、と言おうとして、大河の発言にも目を丸くする。
「ええぇ〜?逢坂さんが泊まる予定の部屋はベッドが一つだけしかないけどそれでもいいのぉ〜?」
まるでからかうように川嶋は笑い、
「構わないわ、むしろ好都合よ」
失笑した。
「は?アンタ今なんて?」
俺も同じことを思った。
何言ってんだ大河。
「好都合と言ったのよ」
「ねぇ……ちょっといい?」
驚きの発言に川嶋が怪訝な顔をし、その場から大河を連れ出す。


***


「なによばかちー」
ばかちーが私を連れてテーブルを離れる。
まぁどちらかと言うと竜児と引き離したというべきか。
「アンタらマジで何かあったの?いや、高須君は普通だしアンタか」
「べ、べ、べ、別に……?」
目がつい泳いでしまう。
「ふーん。そぅなんだぁ」
「……何よ?」
「べっつにぃ。ただそんなに高須君のことが気になってるならもっとこういろいろやらないとダメだよって思っただけ」
「なっ!?ななななななな!?」
「あら図星ぃ?まぁお風呂にいきなり侵入して背中流すくらいの気概無いとダメだけど……あはははは!!」
ばかちーは「あー超ウケる!!無理だよねーそんなの!!」とお腹を抱えて笑い出し、
「あ、それ昨日やった」
「あははははは……は?」
笑うのを止める。
「やったって、何を?」
「あっ!?」
しまった。やってしまった。
「ねぇ、アンタまさか本当に何か……」
マズイ、ばかちーが何か変に勘ぐっている。
「まっいいや」
しかし、ばかちーにしてはやけにあっさりと矛を収めた。
「あ、そうそう。さっきの部屋が足りないっては嘘だから安心して。バッチリ部屋なら余ってるの。でも貴方的には足りないほうが良かったのかしらぁ?」
前言撤回。まだやる気だ、このイロモノ女。
「まぁ、一つ言っておくと、男ってのはすぐ他の女になびくから早めに自分を刻んでおいたほうがいいよぉ」
「は?」
何を言ってるのばかちー。
「まぁさっさと既成事実作成、ってわけじゃないけどそれぐらいの方がいいらしいよぉ」
「何のこと?」
「べっつにぃ?ただの参考話〜じゃあそろそろもどろっか」
ばかちーがいつになく親しみを込めて声をかけてくる。
何だって言うのよ、一体。


***


夜中、天蓋付きのベッドで寝返りをうつ。
昼間は、決めることを決めてさっさと解散した。
ばかちーが最後まで私をニヤニヤ見ていたのが気になる。
だいたい、既成事実って何よ?
わけがわからな……ってまさか。
唐突にとある言葉が思いつく。
おしべとめしべ。
まさか、これのこと?
ま、まさかね。
だいたい、もしそうだとしてしても竜児に限って……。
大丈夫、と思う頭とは裏腹に急に心は不安になる。
だから何度も自分に言い聞かせる。
大丈夫、大丈夫、と。
今日だって竜児は私を気遣って「開いてる。ほら、こんなとこ他の奴らに見られたらどうすんだ?」なんて言って私のボタンをしめて……あれ?
開いてる。ほら、こんなとこ他の奴らに見られたらどうすんだ?
あいてる。ほら、こんなとこ他の奴らに見られたくないだろ?
愛してる。ほら、お前のこんな姿他の奴らには見せたくないし。
な、な、な、んんてことぉーーーっ!?
わ、わ、わ、私としたことが!!
竜児の気遣いにまるで気付いていなかったなんて!!
というか、竜児は竜児以外に私を見られたくないってことだから、竜児は見たい、ということよね?
……そう思うと、少しばかちーの言ってたことも考えようかなって気になる。
名づけて、竜児寝取り作戦!!みたいなのとか。
……よし、考えよう。ちょっと、旅行が楽しみになってきた。


--> Next...



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