***


『どうか俺と……結婚してください!!』
竜児が土下座をしながらお願いする。
『竜児……顔を上げて』
私はそんな竜児に近づき、頭を抱きしめる。
『大河……』
『竜児、そんなに私と結婚したかったの?』
抱きしめる力をより一層強くし、尋ねる。
『大河以外、考えられないんだ』
竜児は怯えるような手つきで、私を抱きしめ返していいものか戸惑っている。
『……私、子供はたくさん欲しいな』
『!!大河……』
竜児はようやく私を抱きしめ返す。
悪魔で優しく、割れ物を扱うように。
『ああ、たくさん作ろう。俺、がんばるよ』
『私も、がんばるね』
想像する。
子沢山の未来。
可愛い娘息子に囲まれて、でも竜児は常に私の隣にいて。
『竜児、みんな元気に育っていくわね』
なんて言いながら私が微笑むと、竜児は、
『そうだな』
と優しく返してくれる。
そんな何でも無いことが嬉しくて、ついお腹を触る。
『今度は三つ子だって……』
『ああ、二人で、育ててやろうな』
『ええ、きっちり愛してあげなきゃ』
私は自分の境遇からそんな事を子供が生まれる度に言って、
『確かに、子供も大事にしたいけど……俺はお前が一番大事なんだぞ』
その度竜児は耳元で愛を囁いてくれる。
『私もよ、竜児』
『大河……愛してる』
そうしてもう何度交わしたかわからない行為、二人の唇の距離がゼロになるその行為を……。


***


ぱちり。
目を覚ました。
二度三度と瞬きをする。
「俺、なんて夢みてんだ……」
軽い……いや相当重い自己嫌悪に陥る。
なんでこんな夢を見たのだろう。
昨日の夜見た映画のせいだろうか。
たしかあれは、世界一のエージェントと呼ばれる主人公が、ヒロインのためにがんばる話だ。
最初はお互い憎まれ口を叩き合うような間柄だった。
だけど、ヒロインが盗まれた家宝の剣を盗み返そうとしてるのを主人公は知ってしまう。
しかし、それには多大な危険が伴う。
それを不安に思った主人公はいつの間にかヒロインと同棲するまでになり、気付けば人目を憚らずイチャつくようにまでなる。
しかし、目的を忘れたわけじゃなく、二人でその家宝の剣を探し出し奪い返す、というようなお話だった。
まぁ最後は結局取り返せなかったんだよな。
俺は、そんな昨晩見た映画の内容を思い出し、「なんか、イチャつき方が似てた気がする」などとブツブツ言いながら朝食を用意し、次いでベランダにある洗濯機へと向かう。
洗剤を適量入れてスイッチオン。
ゴウンゴウンと音を鳴らしながら洗濯機は回りだす。
なんか、洗濯してても気がまぎれねぇ。
「はぁ……あんな夢見たら大河の顔見づらいよなぁ」
そんな、思ったことを口にした瞬間、ベランダから見えるお隣の部屋の窓、端的に言って大河の部屋の窓が開いた。


***


ぱちり。
目を覚ました。
二度三度と瞬きをする。
「私、お告げ……見ちゃった」
口から、思ったことがポロリと出てくる。
竜児と結婚した未来。
子沢山の未来。
竜児に愛される未来。
ボフッと顔が赤くなる。
夢とはいえ、あんなストレートに竜児が私に『愛してる』って言うなんて……。
「これは……神託に違いないわ」
そう、未来への神託。
それとも予知夢?
ほら、私は今、『にゅーたいぷ』とかいうのに覚醒したのよ。
私が一番竜児を愛せるんだぁ、とか。
………………思ってて恥ずかしくなってきた。
ゴウンゴウン……。
「あ、洗濯機の音」
竜児はどうやら洗濯しているらしい。
ばっとベッドから飛び降り、窓を開ける。
「おぅ、大河」
私に気付いた竜児がおはよう、と挨拶してくれる。
そんな竜児の顔を見て、伝えたくなった。
「私、夢を、未来へのお告げを見たわ……」
「はぁ?お前大丈夫か?」
竜児が心配そうに私を見つめる。
ああ、竜児が私を心配している。
愛を感じるわ。
「問題ないわ、これで一つ、未来への障害が減ったもの」
「そ、そうか。よくわからんが良かったな。ああ、朝飯できてるぞ。今日は早めに食って旅行の買い物に行くんだろ?」
「そうよ、すぐそっちに行くわ」
私は、朝一番の竜児との時間を名残惜しみながら窓を離れた。
早く隣の家に行かなければ。


***


大河は大丈夫だろうか。
窓を閉めた大河に一抹の不安を覚える。
「お告げって一体……」
内容が気になるところだが、まぁ夢かなんか見て勘違いしたんだろう。
その証拠に、俺を見て、顔を赤くし、ずっと両の掌で両頬をふにゃふにゃさせてたんだから。
あの大河は間違いなく正常な思考でなかった気がする。
今日は大河の行動に注意しよう。
調子が悪いのかもしれない。
もしかしたら寝ぼけてただけかもしれないけど。
あ、ちなみに何故そんなことを思ったかかというと、決して昨日の夢が原因で大河に変な感情を抱いたのではないぞ。
うん、無いはずだ。
無いと、思うんだけど……。
無い、よな?
まぁ、少し、いや結構、いやいや、かなり大河が可愛いと思ったのは内緒にしておこう。


***


突然だが、人生ってのはままならないものだ。
例えば、遺伝のせいか目つきが悪く恐がられたり、名前で勘違いされたり、子供を若いうちから作って苦労したり。
人それぞれ違うだろうが、誰しもそう思うことはあるはずだ。
それも、自分のせいじゃなかったり、自分ではどうにもできないことだったりと多種多様。
人はそんな自分の意思じゃどうにも出来ないわずらわしい事を幾度となく経験する。
しかし、もしそれから逃れる事ができるのなら、逃げてもいいのだろうか。
端的に言って、今すぐこの場からエスケープしてもいいだろうか。
そもそも、今日は旅行の買い物に来た筈なのだ。
それが何故、男の俺が、女性ランジェリーショップにいなければならないのだ。
それもこれも、この目の前でさっきから三角のソレを手にとってはやめ、手にとってはやめを繰り返してる同級生のせいだ。
いや、俺も悪かったのだ。
「ちょっと買いたいものがあるから付き合って」
この言葉に簡単に頷いたんだから。
しかし、だがしかしだ!!
この世界の何処に、一体何処に同級生の男を捕まえて、女の下着売り場に連れて行く輩がいるだろうか。
世間一般常識非常識を考えれば、ありえないと言って差し支えないのではなかろうか。
そういえば昨日見た映画の主人公も下着売り場に連れて行かれそうになって、結局行かなかったっけ。
ほら見ろ!!、映画ですらそんなシチュエーション起きないんだぞ!!
やっぱり俺は悪くない!!
だって、こんなのおかしいだろ!?
な、そう思うよな!?な!?
……俺、画面を見ている奴に何熱く語ってるんだ。
ん?画面ってなんだ?……まぁいいか。
とにかくだ、俺がここにまだ居続けるなんて不可能奇妙の得て不得手だ。
「なぁ、大河……」
「なに?」
大河は振り返り……ってうお!?
「ばっ!?お前俺にそそそそんなパンパンパパパパパッパ……」
「?ああ、これ?」
大河はかなりキワドイ、もはや紐と言って差し支えないそれをびよ〜んと、
「伸ばすな!!ってか見せるな!!」
俺は大声を出し、大河に背を向ける。
「ぷっくくくく……」
大河の笑い声が背を通して聞こえる。
この野郎、やっぱからかってやがったな。
「お前、そんなの買うのかよ?」
「う〜んどうだろうねぇ?竜児、私に着て欲しい?」
コイツ、まだ俺をからかう気だ。なら……。
「おぅ、いいんじゃないか?」
たまには反撃だ。
「うんわかった」
そうだろそうだろ……は?
ちょっと待て、いや待ってください、お願い待って!!レジ行かないで!!
俺は真っ直ぐレジに向かおうとした大河の肩を掴む。
「ま、待て大河!!バカ、本気か!?」
「だって竜児が気に入ったみたいだし」
「バカ!!冗談だ。間違ってもそんなの買うな、穿くな、見せるな!!」
「う〜、じゃどんなのなら……」
「その前に!!」
「ん?」
「何故俺がお前の下着を選ばなきゃならないんだ!?」


***


「もう、いい加減機嫌直しなさいよ」
大河と二人、駅ビルにあるこじゃれた店で昼食を摂る。
「……俺が一体どれだけ羞恥に身を焦がしたと……」
普段からキツイと言われる三白眼をこれでもか、と吊り上げ不満さをアピールする。
「きゃぁ!?」
俺の視線の先の別の客が俺の目を見て逃げた。
はぁ……心が折れそうだ。
「もう、ほらお昼は奢ってやるって言ってんでしょー?」
しかし、目の前の虎は些かもビビッてない。
これじゃ不機嫌になるだけ損だ。
「ったく、二度とあそこには付き合わないからな!!」
「わかってるわよ、ちょっとした遊び心よ」
「お前……」
呆れて物も言えなくなる。
何が遊び心だ。
そう思いながらメニューを見ていると、
「アレ?高須君とタイガーちゃん?」
声をかけられた。


***


竜児はずっと不機嫌そうだった。
でも、そんな竜児を見ているのも楽しい。
今日は竜児好みの下着を見つけるのが目的だった。
いざという時の、その……勝負下着を買おうと思って……。
しかし、竜児はやはり羞恥に耐えられなかったらしい。
まぁ、実は内緒で一着だけちょいとキワドイのを買ったからいいんだけど。
さて、折角の買い物(っていうかデート?)だし、ずっと竜児が不機嫌ってのもつまらない。
奢るからと宥めて機嫌を直してもらおう。
「アレ?高須君とタイガーちゃん?」
ちょうどそんな時、どこかで見たことのあるウエイトレスの女が話しかけてきた。
「香椎じゃねぇか、ここでバイトしてんのか?」
「うん、休みの日はね」
そうだ、同じクラスの香椎奈々子だ。
髪が長く、ホクロがあって牛みたいに乳のでかい女。
女は胸の大きさじゃないんだから!!
「良かったな、バイト」
「ええ」
?なにやら、二人だけでわかる会話をしている。
良かった?バイトが?何のハナシ?
「そういえば、高須君は……」
「俺はやっぱダメでさ、あ、そうだ、結構前に教えてもらったレシピ……」
何か、おいてけぼりなカンジ。
「あ、そうだ大河」
「え?な、何?」
ようやく竜児が私に話を振ってくる。
「香椎に料理を習ったらどうだ?香椎は結構料理上手いんだよ、ほら、お前がウチで目玉焼き作ったときに少し話さなかったっけ?女子で料理上手い奴がいるって」
「あ、……聞いた、かも」
ムカ。
「えぇ?私そうでもないよ?」「いや、お前は結構凄いと思うぞ」
ムカムカ。
「ふぅん、仲が良いんだ?」
私は、自分の胸のムカムカを隠しつつ、会話に入り込む。
「仲が良いっていうか、まぁ似たようなもんか」
「そうね、同じ境遇っていうか……タイガーちゃんも、よね」
「ああ、俺は父親がいないし……」
「私は、母親がいないの」


***


食事を終えて帰路へつく。
二人は、お互い片親ということで、知り合いになっていたらしい。
でも、随分と仲は深いように感じた。
「ねぇ、竜児」
「おぅ」
「あの子はアンタを恐がらなかったの?」
「いや、最初は恐がられた」
ほっとする。
勝手に心の中でガッツポーズ。
無意味に勝った、などと思い込む。
「でも、話してるうちに片親同士だからか意気投合して、今じゃ数少ない会話の出来る女友達だな」
ムカムカムカ。
意気投合?何か、腹立つ。
家について竜児は夕飯の支度をしだす。
私は普段と違い一度マンションに戻らず、テーブルの前で座って待っていた。
「あ、大河ちゃんおかえり〜」
やっちゃんが襖から出てくる。
仕事への準備は万端、あとは竜児のご飯を待つだけなのだろう。
「むふふふ、竜ちゃん今日は何作ってくれるのかな?」
「う〜ん、どうだろうね?今日駅ビルでバイトしてたクラスの子からレシピ聞いてたから、案外それかも」
「……バイト?」
「うん」
珍しく、少し真面目な顔でやっちゃんは私に尋ねる。
「竜ちゃん、何か言ってた?」
「えっと、俺はやっぱりダメ、とかなんとか」
「そっか」
ほっと胸を撫で下ろすようにやっちゃんは安心する。
そう言えば、バイトで思い出す。
みのりんがたくさんバイトをしてるのを聞いて、竜児は羨ましがってた。
「竜児、バイトしたいのかな?」
「!?竜ちゃんがそう言ったの?」
「この前、私の友達が一杯バイトしてるって言ったら、羨ましがって、あんまりいい顔してなかった」
「………………」
「バイトしたいならすればいいのにね、なんなら友達に頼んで紹介「ダメ!!」」
「お願い大河ちゃん、竜ちゃんにバイトなんて紹介しないで」
「え……?」
「竜ちゃんにはバイトしないで欲しいの。働くのはやっちゃんだけでいい。竜ちゃんにはお勉強がんばってもらって、楽しく学校通って、一杯遊んで、すっごく幸せになって欲しいの」
「やっちゃん……」
「だから竜ちゃんにはバイトは禁止って強く言ってるの。大河ちゃん、もし竜ちゃんがバイトしそうになったら止めてあげて欲しいの」
「……うん、でも竜児はきっとやっちゃんのためにも」
「わかってるの。それはわかってる。でも、やっちゃんそれで竜ちゃんの時間を奪われたくない、だから竜ちゃんには働かないで欲しい」
何か、わかった気がする。竜児が、やっちゃんを大事にする理由。
それと同時に、竜児はいつも悩んでるんだと、気付いた。
「今度旅行行くんだって?いーっぱい楽しんできてね」
「あ、うん」
そうだ、旅行。
ばかちーの別荘に行くんだ。
私は、そこで竜児に全てを捧げるという目標を胸の内に秘めてたけど、もう一つ目標ができた。
旅行中は竜児に目一杯楽しんでもらいたいという目標。
その中に、私とのことが入れば、いいな。
うん、そうしよう。
竜児を目一杯楽しませて、その後、私を竜児に……。
「大河ちゃん?」
黙った私を不思議に思ったのか、やっちゃんが顔を覗き込んでくる。
「!?な、ななななななんでもない!!竜児ご飯まだー?」
「おぅ、もうちょっとだー!!」
そう、旅行まで、もうちょっと。


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