竜児の膝の間にちょこんと収まっている大河。その大河を優しく撫でている竜児。
穏やかな5月の昼下がり。二人は会話もなくずっとそうしていた。それが二人に
とっての幸せであり安らぎであった。ヤンキー高須も手乗りタイガーもそんなあ
だ名を感じさせないほどに穏やかな顔をしている。
「ねぇりゅうじ〜」
「おう」
「ひまぁ〜」
温かな空気に愛する人の温もりを感じている二人は、眠りに入る手前の声でそん
な短い応答をする。
「ひまぁ〜」
「ん〜」
暇と言う大河だが、それを解消して欲しくてそう言っているわけではない。竜児
もそれが判っているから、答えを出そうとはしない。
「あっ!そうだ!」
いつもならこのまま数語言葉を交わした後、お互い眠りに入るのだが、この日は
違った。竜児が出さないつもりでいた答えを大河が思い付いたのだ。
何かを思い付いた大河は、まずそれを実行しようと立ち上がる。そして、それか
らその事を相手に伝える傾向がある。この時も例外ではなかった。
急に覚醒した声を発し立ち上がった大河の頭が、こっくりこっくりしていた竜児
の顔にガツンとぶつかる。

「あいてっ!」
「ねぇ竜児、聞いて」

人と人がぶつかったら、双方にきちんと痛みが分散する筈だが、今回痛がってい
るのは竜児だけで、大河は顔をしかめることさえしなかった。
この辺りに虎らしさが垣間見える。
「あ゛ー、なんだ大河?」
鼻血の有無だけを軽く確認した竜児が、無邪気な顔の彼女を仰ぐ。
「暇だからさ、ゲームやらない?」
「ゲームってなんのだ?」
「嘘発見ゲーム」
「おう。良いぞ」
この竜児の承諾は当たり前のようで実は結構凄い。というのも、今の会話を大河
が他の人とすると、承諾後にそれは何? と聞き返されるであろうからだ。竜児が、
大河が後で必ず説明を入れる事をきちんと理解していなければ出来ない承諾だ。

この何気ない会話にお互いがお互いを良く理解している様がわかる。まるで、親
友の関係に愛を加えたような…。まるで、長年付き添ってきた夫婦のような関係
がこの二人なのだ。


「私が今から言う発言の中の嘘を見つけたらあんたの勝ちよ」
「おう、判った」
「じゃぁ、ちょっと待って。考えるから」
竜児は考えて無いのかよ、という突っ込みが浮かんだが、それを飲み込んだ。言
ったら必ず照れ隠しに怒るだろうからだ。別に怒られるのが嫌な訳ではない。寧
ろ、そうやって照れ隠しに怒る所も竜児は大河の長所として受け止めている。
そう言わなかったのは、必死に考える大河が可愛くて、もうちょっと見てみたい
と思ったからである。
「よし、思い付いた!」
「…じゃ、早速話してくれ」
竜児はちょっぴり残念そうな顔をして大河に聞こえないように「…早いよ」と呟
いたが、直ぐに穏やかな笑顔に戻した。
「じゃぁ、始めるよ」
「おう」
大河が深呼吸をする。その時の平行に延びた両手だとかいつもより大きく振幅す
る胸とかが、これまた可愛くて竜児の顔についつい笑みが零れる。
その顔に竜児は自分で喝を入れる。勝負事には本気でやってあげないと大河が気
分を悪くするからだ。視惚れていて話を聞いてなかったからなんてのは滑稽極ま
りない。
心を頬の痛みに集中させて気を引き締めてから、竜児は改めて大河の方を向いた

ぴしっと構えた竜児の姿を見て、大河が口を開く。
「竜児…好き!」
初撃は、今までお互い散々言ってきた言葉だったが、それでも竜児の顔は顔を赤
らみ、心は大河への愛おしさで一杯になった。だが、直ぐにこれはゲームの中の
言葉なんだと自分に言い聞かせた。
「竜児大好き!本当に好き!もう、竜児以外の人を好きになれる気がしない!」
「〜〜〜っ!」
好きの連呼に竜児の体温と愛おしさが限りなく増していく。今や、竜児の顔は赤
ではなく紅に染まっている。
「竜児と離れたくない!いつだって何処でだって離れたくない!私は竜児が居る
だけで幸せになれる!逆に竜児がいなきゃどんな事があっても幸せになれない!

竜児は心の中で必死にゲームという単語を反芻し続けた。だが、何分愛おしさが
溢れんばかりに湧いてくるので、その効果も段々と薄くなってきている。いや、
実際もう溢れているのかもしれない。
「竜児…好きだよ。胸が竜児への想いで裂けそうなくらい好き…」
「……おう」


大河が口を閉じて、期待した目で竜児を見つめる。ゲームは竜児のアンサーター
ンに移ったのだ。
「卑怯だ」
「なにが?」
「だって…嘘を見破れって言ったのに嘘なんかねぇじゃねえか」
「せ〜かいっ!」
大河が満面の笑みで竜児に抱き着く。抱き着かれた竜児はそれよりも強く抱きし
める。抱きしめたまま、二人は異常に熱くなったお互いの体温を感じ合った。言
われた竜児も言った大河も相手への愛おしさが破裂寸前だったのだ。
「竜児…好き」
「俺も好きだ。お前が大好きで堪らない。お前が居て、初めて俺の生活になるん
だ」
「竜児……」
「大河……」
ゆっくりと唇を重ねる。触れるだけの優しいキス。
「竜児…熱いよ。火傷しちゃう」
「お前のだって、凄く熱い」
そう言ってまたキスをする。今度は、深く濃厚なキスだ。二人はお互いの気の済
むまで、唇を重ね舌を絡めあった。
ようやく唇が離れたのはそれから20分経ってからだった。だが、二人にとっては
その何百倍もの時間に感じられた。
「ん……好きだよ」
「俺だって大好きだ」
大河は息を荒げながらも恍惚の表情を浮かべ、竜児は愛惜の目で大河を見つめる。
二人は時間を気にすることもなくずっと唇を重ね、舌を絡め、互いを愛し、心を
絡め、互いを優しく包み、身体を絡め合った。

そうやって二人の穏やかな午後は過ぎていった

−END−




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