どれくらいたっただろう?
30秒?1分?
いやいや。5分は余裕でしょう。

5分間,大河は止まったままだった。
考える時間を与えようと思ってた竜児もさすがに痺れを切らしてきた。
って言うか息してるのか心配になってきた。

「大河ぁ〜?」
今まで抱き合ったままの体制だったので、名残惜しいが腕を緩め体を離し大河の顔を下から覗き込み確認する。
「ぅおうっ!?」
そして驚く。
目はまん丸に見開き口は半開き。
効果音を付けるなら正しく【ポカーン】だ。
これで涎でも垂れてれば完璧なアホ面だろう。
呼吸は虫の息ごとく,かろうじてしていた。

「た…たいが?」
「………」
「おい。大河!!しっかりしろ!!」
「……はっ!?…えっ?えっ?」
どうやら意識を取り戻したらしい。
「はぁ。良かった」
「あっあれ?私なんで…?…って…」
ハッ!!っと思い出したようで一気に血の気が上昇する。

「ああああんた。ささ…さっき,私にききっキキキキスしろとかなんとか…」
「あぁ…言った」
「んなっ!!?なんで私がっ」
「あー。大河。ちょっと待て」
俺は今にも飛びかかって来そうな大河にストップを掛け自室に向かった。

「……え?」
噛みつこうとした獲物に逃げられた虎は1匹茶の間に残された。
「…え?え?…何?この放置プレイ…」



「すぅー……はぁー」
いよいよだ。
いよいよこの時がきた。
竜児に取っても大河に取っても最後の山場。

自室に戻った竜児は深呼吸をしてさっきから鳴りっぱなしの心臓を落ち着かせていた。

一々深呼吸するためだけに自室に来たのかって?
違うね。深呼吸はついでだ。
そう。竜児が自室に来たのは理由があった。

「う〜ん。どうするかなぁ?」
上はあれで…下はこれ?いや!こっちの方がいいか?
などと独り言をブツブツ言ってる5歳児。
「よし。これにしよう!あっ!!安全ピンもいるな」
さて何をしているのだろう。


その頃,隣の居間にいる大河は…
「…………」
またもやポカーンっとゆう表情で放置プレイの寂しさ,切なさ,孤独さ,そして怒りに浸っていた。

なんなの?キキキ…キスしてとか甘い言葉ぬかしたくせに「待て」で放置プレイ?
私よくツンデレとか言われるけど,あのチビ駄犬の方がツンデレじゃないの?

プツプツと恥ずかしさで赤く染まってた顔が怒りの色に変化していた。
そこへスーッとゆっくり襖の開く音が聞こえ
「お…お待たせ」
控えめな竜児の声がした。

「竜児!!あんたいったい……って,えぇぇ!?」
俯いて自分の世界に入ってた大河は出てきた竜児に勢いよく顔をあげ罵声をあげようとしたが,それは出来なかった。
だってそこには
「ああああんた。なに?何?その格好…?」
「いや〜そのあれだ!も…戻るから」
そう言う竜児の格好は上はまだ17歳サイズの時に寝間着として着てたパーカー。
そして頭以外の体をスッポリとパーカーに包まれているから気付きにくいが下も膝丈くらいの短パンを履いていた。
因みにに短パンは持ってないと下がるのでパーカーと短パンの端の方を安全ピンで止めている。
これで戻った時に手を離していても安心なのだ。

「準備は万全だ」



「ももももどるって,わ…わたし!!??」
わたし?何を言って…!!
もしかして…
「それはどもるの間違いじゃないのか?」
確かに大河は滑舌は悪いし,しょっちゅうどもっているが。
「ひゃー!!?……じゃ,じゃあ戻るって何よ!?」
確実な間違いを指摘され少し恥ずかしかったのだろう。
目には涙を溜めて顔が熟したトマトのようだ。
そして悔しかったのだろう。
睨みをきかせている。が,それでも迫力はいつもの3分の1だ。

「おう!!だから17歳の高須竜児に戻るつもりだから着替えた」
「…どうやって?」
んっ?そんな事も分からんのかこいつは…。
「どうやってって…そりゃあさっきまで着てた服を脱いでこの服を着たんだよ。あっ!!因みに上下は安全ピン「ちっがーう!!」で…」
今から今回一番の工夫を紹介しようとしていた竜児の言葉をブッタ切ったのは他の誰でもない,この逢坂大河だ。

「あんたなめてるの!?服の着替え方とか3歳の頃から知ってるわよ!!バカ!!このバカ犬!!エロ下僕!!腐れ外道!!」
「……腐れ外道…」
俺,腐ってる上に道外してたのか。泰子…すまん。
ショックを隠しきれない竜児がそこにいた。
俺は今まで大河の言葉で何回心を折られただろう…。

「そんなんで一々落ち込んでんじゃないわよ!!そうじゃなくて,どうやって戻るのよ?」
あぁ…そっちか。って…
「だっ,だからそれは…さっき言っただろ…」
「さっきって…?……!!いいいいやいや,おかしい。あんた絶対おかしい!!」
「おかしいって何がだよ?」
「だだだだって,…き…キスの事でしょ?」
「…ぉぅ」
改めて発言されるとやっぱり照れてしまう。
増してやそんな恋する乙女ちっく風な顔で言われると余計にだ。



お互い赤くなり俯いたままの沈黙は30秒ほど続いた。
が,その沈黙を破ったのは大河だった。

「…なんで?」
「えっ?」
「なんで私があんたにキスしなきゃいけないのよ!!」
…大河は泣いていた。
そして言葉を続けた。

「だってそうでしょ…お爺さんは好きな人からして貰ったらって……あんたの好きな人はみのりんでしょ!!」
「現に櫛枝にしてもらって戻れてねぇだろ」
「だからそれがおかしいって言ってんのよ!!…あんたの好きな人はみのりんなのよ。…なのに,なのになんで私に「察しろよっ!!」っ!?」
なんかムカついて,腹立って,悔しくて…俺は叫んでた。

「察しろよ…察してくれよ…」
「……竜児?」
「俺はこのままじゃいられねぇんだ。このままじゃお前の隣には並び立てねぇんだよ」
「っ!!?」
「並び立つには…お前の傍に居続けるには,お前の助けが必要なんだ。」
「ぁ…」
「だから…大河!!!」
ビクッと大河の身体が硬直する。

「唇じゃなくていいんだ。頬でも額でもどこでもいい!!…キス…してくれ」
「………」
「頼む!!」
俺はその場で土下座した。
この必死さ…違う!この真剣さを伝えたくて

「…った…よ…」
「えっ?」
「分かったって言ってんのよ!!」
「たいがぁ〜」
歓喜のあまり俺は大河に泣きついてしまった。
この身体になって甘えん坊になったのは間違いないだろう。
言っておくが俺の意志じゃない!身体が勝手にだ!!ほっ…本当だかんね!!



「泣くな!!だだ抱きつくな!!変な声だすな!!気持ち悪い!!」
そんな事言われたら俺,余計に泣いちゃうよ?

「だってよぉ〜これでやっと戻れるって思うと嬉しくてよぉ」
おいおいと泣き続ける竜児。
どうやら甘えん坊だけでなく泣き虫にもなってしまったようだ。
幼児特有のアレだな。

「ななななによ!?…ちょっと可愛いじゃない……って何を言わせるかぁ!!」
「おうっ!!?」
大河の膝になすりついてた竜児をカミナリ親父が『こんな飯食えるかぁ!!』と卓袱台をひっくり返すがごとく大河は竜児を放り投げてくださった。

「つ〜ってぇな!大河,いきなり何すんだよ!?」
「うううるうるうるうるさい!!あんたがいつまでも泣きついてるからでしょ!この万年発情犬!!」
「ぐっ…!!…だからって投げ飛ばすこたぁないだろ!?」
「うるさいって言ってるでしょ!!いいからあんたはそこで大人しくおすわり!そしてステイ!!」

ビシッと指示されて竜児は忠犬のごとく言われた通りにステイした。
て言うか,ただあまりの迫力に動けないだけだった。
「うむ!……。」
満足気な顔をして頷いたのも束の間,大河は竜児の目の前に行き正座をして俯いた。

「…たっ,大河?」
「黙れ…今集中してるんだから邪魔するな…」
はい。と俺は返事する他出来なかった。
竜児は待った。
ただひたすら大河の次の行動,言葉を待って待って,なんと主人に忠実な躾のなった犬だろうと自分で思う程待ち続けた。

そしてついに大河が動いた。



「よし!おい駄犬!」
んなっ!?こんなに待たせといて第一声が駄犬かよ!?
「お前なぁ」
「うっさい!!今私が喋ってんだからあんたは口を開くな!」
「ぐっ…」

なんなんだよこいつは?
なんでこんな急に機嫌悪くなってんだよ。
この沈黙の間にいったいお前の中で何が起きたんだよ。
思うのは勝手。だか口を開くなと言われた竜児は口には出せなかった。

「耳の穴かっぽじってよく聞きな!私は今から情けないあんたの為にほんとの本当にしょーーーがなく,き…きすをしてやる」
ゴクっと唾を飲み込む音が大河にも聞こえたんじゃないかってくらい部屋に響いた気がした。

「言っとくけど口じゃないからね!!ほっぺただかんね!!」
「わっ分かってるよ!!」
「…よし。…じゃあ,目…瞑って」
「…ぉぅ」
俺は目蓋を閉じた。


ギシッと畳が音をたてたのが聞こえた。
大河が座る俺の高さに合わせて手をついた事で軋んだのだろうか。
目を閉じているから分からないが俺はそう判断した。
それに…本当に微かだか温かいものが近づいているのも感じる。
やっべ。すげぇ心臓ドキドキしてる。ちょっと静かにしてほしい。
大河に聞こえちまうだろが!!

「………」ドキドキ
「………」
「………」ドキドキ
「…〜〜ぷはぁっ!!」
「!?」
止めていた息を解放したかのように大河が耳元で吹き出した。
俺はそれに驚き思わず目を見開いた。
そしてすぐに目線を下に落とした。
そりゃそうだろ?目の前…それも目と鼻の先とも言える程近くに顔を真っ赤にした大河と目が合ったら,なんと言うか…恥ずかしっ!!

っていうか
「何してんだよ。お前は…?」
「…ゼーゼー…いや。ゼーゼー…緊張して,思わず息…するの忘れてたら…ンク…呼吸困難になった…」
「………」
「…ふぅ…遺憾だわ」
やっぱこいつは根っからのドジだわ。



「はぁ…お前って奴は」
「何よ!?うううるさいわね!!ちょっとした事故じゃない!!」
「まだ何も言ってねぇよ」
「むっ!…チッ!!」
ったく。こいつだけは。
いつも通りの大河を見て思わず竜児は顔が緩んでしまう。

「なにニヤついてんのよ,気持ち悪い」
「んなっ!?にっ,ニヤついてねーよ!!」
「おーやだやだ。あんまち近づかないでくれない?小さくてもその般若面は変わらないのね」
あー怖い怖い。と,付け加えて口を動かす。

「はぁ…。なぁ大河」
なによ。とジト目で答えてくる。
「俺,早く元に戻りたいんだよ。このままじゃトンカツも作れないし食えないぞ。お前腹減ってんじゃないのか?」
「べ,別にそこまで減ってな…」グキュルルル
減ってないと言いたかったであろう大河の言葉は正直な体に遮られた。
「……//」
「…ほれみろ」
「うっうるさいわね!!ていうか、あんたちっさくなってからちょっと調子乗ってない!?それが人にものを頼む時の態度かしら!?」
「だからさっき土下座までして頼んだだろ?」
「ぐっ…」
大河は反論できない。
「んでお前は了解してくれただろ?」
「んだぁぁ〜!!分かったわよ!!テイク2いくからそこに座りなさい!!」
もう座ってるよと言いたかったが口に出せばまた虎が怒り出し進まないような気がしたので竜児は黙ってた。

「頑張れ私。あなたはやれば出来る子よ!!」
そう自分に言い聞かせ両頬をバチバチと叩き気合いを入れている大河をただボンヤリと見ていれるほど竜児はなぜか心が落ち着いてた。



そう竜児は落ち着いてた。
なぜだろうと自分でも思う。
別にドキドキしてない訳じゃない。寧ろ心臓の動きは急ピッチで動いてる。
でもドジな大河を目の前にしてこの安心感はなんだ?
櫛枝の時と明らかに違う気持ち…。
やっぱり俺は……

「目…瞑りなさいよ」
「おう!?」
いろんな思考をしてると声をかけられた。
ビクつくように驚いたけども竜児は素直に従った。

「すぅー…はぁ〜…では、行きます」
「…おう。もう呼吸困難起こすなよ」
「うるさいわね。分かってるわよ!」
再度深呼吸をして小さく気合いを入れた大河の声が聞こえた。

先ほどと同じように畳が鳴る。暖かみも感じてきた……


――――チュッ――――

そして暖かくて柔らかいものが俺の頬に触れた。
「!!」
その瞬間凄い勢いで竜児の体中の血液が暴れ出した。
ドクドクなんてものじゃない!
ドドドドッと腕が足が腹が背中が頭が全ての血液が血管の中でお祭り騒ぎだ。

「ちょっ!竜児!?」
大河にもこの暴れる血液の音が聞こえるのだろう。うずくまる俺を心配そうにどうしようと慌てている。

そして異変は起こった。
ゆっくりだけど腕が伸びてきてる。
足も胴も体全てがスクスクと大きくなっていく。
痛みもなにも感覚がない。
絶句と言う表現が合うような顔で大河もその異変をただただ見ていた。


そしてついにその怪奇現象が終わりを告げた…。










「…………」
右手を見る。
「…竜児?」
左手を見る。
「…………」
「ねぇ竜児ってば!!」
そして両手で顔をおもむろに触って
「…大河…俺…どうなってる?」
自分の状況を目の前にいる小さい奴に聞いてみる…。
「…私の知ってる、いつもの竜児だよ」

竜児の体はなんの変わりもない高校生に戻っていた。
相変わらず目つきは恐ろしい三白眼だが。

「俺…戻って…る?…戻った…戻ったぁぁぁ!!」
「えっ!?ちょ!?うわっ!!」
喜びを押さえ切れず竜児は大河に思いっ切り抱きついた。
「ちょっ、りゅう…、ひゃあ!!」
そして自分の頬を大河の頬にスリスリと……これぞその名のごとく頬擦りをかました。

「たいがぁ〜ありがとう!お前のおかげだよぉ〜たいがぁぁ〜」スリスリ
「んなっ!わっ,分かったから!止めっ,かっ顔近いから…キモいから!」
「戻ったよぉ〜たいがぁ〜」スリスリ
「〜〜〜っ//わかった!分かったから離れろぉぉ!!」
ふんっ!!っと一声入れなんとか竜児から逃れる事ができた。
顔真っ赤にして息をつく。

「なんだよ連れないなぁ。もっと喜べよ。はぁ〜でもやっとこれで自由に動けるぜ」
両手をワキワキしながら体の自由さを身にしみ喜びを表す竜児。
「……とんかつ」
それを邪魔するがごとく大河は欲望を声に出す。
「おう!そうだったな。待ってろ、すぐ作ってやるからな」
コクンと大河が頷いたのを確認して竜児は台所へ足を向けすぐさま調理を開始した。



****

「ごちそーさま♪ふぅ、世は満腹じゃ」
どこぞの殿様のような言葉を吐き捨てその場に寝転がるフランス人形みたいな容姿の肉食の虎。
「お粗末さん。たく俺の分まで食いやがって…それと女の子がすぐ横になるな」
グチグチと小姑よろしく小言を言ってるヤンキー面した草食?の竜。

「うるさいっての。おばさん犬」
「おばっ!?って,おまえなぁ」
竜児がこのおばさん…もとい、ヤンキー面に戻って2時間近くたっていた。

早々と洗い片づけをすまし熱い茶を入れ転がってテレビを見てる大河にも差し出して,やっと一息つける時間ができた。

「いやしかし不思議な体験だったなぁ。この二日間で一週間分疲れた気がするぜ」
「全くよ。だいたいなんで会った瞬間に本当の事言わないのよ!?」
「だから,あんときは焦ってたし、さっきも言ったけどタイミングを逃したんだよ」
「それでも言うチャンスはいくらでもあったでしょ!?…じゃなきゃ、あああんな失態…」
「あ…!!」
昨日大河と色々あった事を思い出して竜児の顔に赤みが差す。
よく見ると大河の顔も…。


お互い黙り込みテレビからさほど面白くもないバライティ番組の司会者の声が部屋に響く。
「あ…あのさ」
このなんとも言えない空気の中、先に口を開いたのは竜児だった。
ビクッと一瞬強張った動きを見せるも
「…なによ?」
と視線はテレビに向けたまま平然を見せるように答える大河。

「昨日の夜の話しだけど…」
「………」
「…ごめんな」
「…なんのこと?」
「イブのことだ。その…お前がそんな風になってた事知らなくて、独りにしちまって…ごめん」
「………」


大河は未だテレビ画面だけを見つめていた。





「あの…俺…」
「嘘だから!!」
「えっ!?」
「あれ嘘。冗談なの。作り話なの」
「お前なに言っ…」
てんだよと続けて言おうとした竜児だが、大河は遮るように起き上がりテレビを消し卓袱台を挟んで体をこちらに向けた。

「あんたもまだガキね。あんな作り話信じるなんて」
ははんっと笑って見せながら話す大河にズキンと心が痛む。
無理してる…
それが手に取るように分かるから。

「あの時お前はまだあれが俺だって知らなかったんだろ?」
だからなに?と言いたげな顔で見てくる大河に竜児は言葉を続ける。
「知らないガキにあんな嘘言う必要ねぇじゃねぇか!辛そうな顔する必要ねぇじゃねぇか!!泣くわけねぇじゃねぇか!!!」

思わず怒鳴るような口調になり声も大きくなってしまった。
大河を見やると怒ってるような、でも今にも泣き出してしまいそうな顔で竜児を睨んでた。
だが竜児も後には引けない。
俺は真相が知りたい。今の俺で大河の本当の気持ちを知りたい。聞きたい。

「お前…俺のこと好きなんだろ?」
「んなっ!?なに自惚れてんのよ!!」
「好きなんだろ?」

こんな上から目線自分には割に合わないと分かってる。
自惚れてると言われてもしょうがない。
でも…ここは引けない!
「大河!!」
「――っ!!………ょ…」
「えっ?」
「好きよ!!…すき!…えぇそうよ!…わたしはりゅーじが好き……クッ…すき…なの……大好き…」
その告白は泣きながら…泣き叫びながら告げられた。
「…ヒグッ…ムカつく…クッ…これで気…スンッ…すんだ…でしょ…ヒクッ……なん…なょ…あんた…ヒクッ……くやしい…スンッ…ばか……ヒグッ…」
「…大河」

俺は大河の傍に行き、その小さい身体を優しく抱きしめた。




今この部屋で聞こえるのは時計の秒針が進む音。
俺の腕の中に包み込んだ大河のすすり泣く声。
…それと二人の鼓動の音だけだ。

「……竜児」
「おう。……なぁ大河。俺が櫛枝にキスしてもらって戻らなかった理由…そしてお前にキスしてもらって戻れた理由…分かるよな?」
「……」
反応がない。でもその反応で俺は理解する。

「…俺が好きなのは櫛枝じゃなかった。確かに昔は櫛枝の事が本気で好きだった。でも…」
大河に出会ってからも俺は櫛枝を想ってた…でもそれは好きの延長戦でそう思い込んでただけだったんだ。
「でも今は違う!!俺は、俺が好きなのは…大河…お前だ!!」
「…りゅ…じぃ…」
「好きだよ大河…待たせてごめん。独りにさせてごめん…。気付かせてくれてありがとう」
「ぅぁ…わあぁぁぁぁぁ〜〜ん」

大河も竜児の背中に腕をまわしこの優しくて温かい胸の中で大河は泣いた。
今まで溜め続けてたものを全て吐き出してぶつけるように。
そしてその全てを竜児は大河ごと受け止める。


――やっと並び立てた――


****


30分は泣いただろうか?
大河も涙はまだ出てるがだいぶ落ち着いてきた。「…スンッ」
「大丈夫か?」
コクンと頷きながら鼻を啜る。
それを見て竜児は微笑みながら大河の髪を優しく撫でてやる。
「ね…りゅーじ」
「おう?」
「夢じゃ…ない…よね?」
はぁ!?この女まだ信じられんのか?なぶり殺してやる!!…なんて事は塵ほども思ってない訳で。でも最初の方は米粒程は思ってしまった
「…悪いが現実だ」
「ほんとに?」
「…なんでそう思うんだ?」
本当に信じてない…と言うか不安そうに聞いてくるので、俺はその不安を聞いてみた。

「だって…今と同じ様なやり取り夢で何度も見た…」
「……」
「嬉しくて幸せで…でも結局それは夢で…目が覚めたら現実に戻されて…私じゃなくて、みのりんの事が好きな竜児がいる」





…だから夢じゃないかって不安になる。
涙を流しながら大河はそう言った。
本当、バカな女だなと竜児は思う。
不安を払ってやるように強く抱きしめてやる。
それでもまだ足りないのか背中に回ってる腕が震えてる。
だったら夢とは違う、夢じゃないよって証拠を見せてやるよ。

大河の肩を掴んでゆっくりと体を離す。
?マークでも上に付いてそうな顔で見上げてくる
「んむ…!?」
その大河の薔薇のような唇に自分の唇を重ねた。ttp://imepita.jp/20091029/027670

「んン〜…はぁっ…りゅっンチュ…」
驚きと恥ずかしさがあってか大河は逃げるように唇離す。…が、俺は大河のうなじを掴み引き寄せもう一度唇を重ねた。
乱暴かもしれないが、舌だって強引に入れてやった。
こうでもしないと大河は夢から抜け出せないと思ったから。
「んっ…はぁ…ン…クチュ…」
次第に大河も俺の首に腕を回し舌を絡め応えてくれた………


どれ程の時間口付けを交わしていただろう?
短いようで長い。長いようで短い。
そんな時間が過ぎ二人は唇を離し寄り添うように抱き合った。
「夢じゃないからな」
「…うん。嬉しい…ありがと…竜児大好き…」
「俺だって大好きだ」
クスクスと笑い合って抱き締め合う。
そんな幸せな時間もタイムリミットはくる。

時刻は夜の11時。
『泊まってけよ』
…なんて言える程の軽い奴ではない高須竜児(17)。
そんなこと大河は十二分に承知だ。
「そろそろ帰るね」
「おぅ。送ってくぞ」
「いいよ、隣だし」
「でも…」
まだ大河と一緒にいたいし…とは思っていても口に出せるような男にまだなれない竜児。
「それより明日の朝、ちゃんと起こしに来てね」
「おう。そりゃいいけど珍しいな、休みの日なのに」
「だって目覚めた瞬間に竜児におはようって言いたいんだもん」
「ははっなんだそりゃ」
(ちくしょー!!可愛いじゃねーか!!)
もちろん顔は真っ赤である。
「へへ♪じゃ、また明日ね。おやすみ竜児」
「おう。おやすみ大河」

そうしてカンカンカンと大河が階段を駆け下りる音が鳴り止むのを確認して竜児は寝支度を始めた。




階段を下りて道に出た所で足を止める。
高須家の方を見やる。

夢じゃない…

先程の出来事を思い出しボンっと一気に紅くなり1人クネクネと身をよじりながら地団駄を踏む…
まぁ、端から見れば変質者とも言われてもしょうがない小柄な美少女がそこにいた。

キス…しちゃった…

夢では見なかったその行為が頭から離れず、にへら〜っと顔が緩む。

いけない!!こんなんじゃ私まるで変態みたいじゃない!
そう自分を言い聞かし顔を整える。
しかし自然と指が唇に触れる。

…あいつのすごく熱かった…

そしてまた、にへら〜っと……無限ループって怖くね?

そんな事を繰り返してた時に大河は自分が小腹が空いてる事に気付く。
「いっぱい泣いちゃったからかな?」
竜児になにかねだろうとも思ったが、さっきおやすみと言ってしまったし迷惑とも思ったので1人コンビニに行く事にした。


****


おにぎりだけのつもりだったが結果的に言うと肉まんとプリンも買って来てしまった。
コンビニから出てちょっとするといい匂いが漂ってきた。
なんとなーくその匂いの方向に足を向けると屋台のおでん屋さんがポツンとあった。

「まぁ冬だし,おでん屋さんも出てきてるわよね」
そんな事をボソっと口ずさみ通り過ぎる時さり気なく中を覗いてみたら
「あっ!!」
見知った顔を発見した。
「んっ?おぉ!!小学生のお嬢ちゃんじゃないかい!!」
「誰が小学生じゃい!!って言うか酒くさっ!!」
今回の珍事件の黒幕とも言えるあのお爺さんが1人酔っ払いながら飲んでた。

「はははっすまんすまん。君もあのおチビクンと一緒の高校生だったね。…で、高須君は元に戻ったかね?」
「おかげさまでなんとか」
「それはそれは。あっ!一杯一緒にどうかね?」
「お酒は飲みません!」
マジうざく、さっさと帰ろうと軽く返事してあしながす。
「そりゃ残念。なら今回のお詫びって事でジュースでも持って帰って飲みなはれ」
そう渡されたのは見覚えのある禍々しいピンク色の缶…そしてピーチ味。

だが大河はそれがなにか知らない…。


****


翌朝。天気は良好。雲一つない快晴。気分はスッキリ爽やか。
そんな中、竜児は朝食の準備をしていた。

「今日で冬休みも終わりか」
思えばこの冬休みは色んな事があった。
クリスマスに櫛枝に振られ,年末にインフルエンザで倒れ,あの不思議な体験をし,そして大河と…。
あまり良いことはなかったが結果的に全てを覆す程の良いことがあったのでヨシとする。
そう言えば今日夜にも泰子が帰ってくるな。
「さて準備も終わったし我が家のお姫様でも起こしに行くか」
そう言うと竜児は愛用のエコエプロンを外し冬の朝は寒いので上着をはおり高級マンションへ足を運んだ。


「おじゃましますよっと」
慣れたもので合い鍵で玄関の鍵を開けズカズカと上がり込み寝室を目指して歩いてゆく。
寝室に着きゆっくり扉を開けると布団に体全てをくるませてる塊を見つけた。いつもの風景だ。

「大河ぁ〜朝だぞぉ〜…ん?」
天蓋付きのベッドに近付いた所で変な違和感を感じた。
布団の盛り上がりがいつもより小さい…どんだけ縮こまってんだこいつは?まぁいいか。
そうして布団に手をかけ
「大河ぁ,起きろよっと…!!?」
バッと布団を捲り上げたと思ったらすぐさまバッと元に戻した。

えっ?えっ?何、今の?

竜児は固まった。
今、未確認生物を発見してしまったから。
「ん…ぅん…」
そしたら布団の中の未確認生物が今,目を覚ます合図のような声を出した。

そして、布団の端からプニプニしてそうな…例えるなら子猫の肉球の様な小さな手が出て布団を掴み、続けてこれまた小さな頭、顔、でもって大きくまん丸したあどけない瞳をした幼少がピョコっと姿を現した。
「…あ…たったい…が…?」
竜児は息も絶え絶えに声をかけるとベッドの中の小さな女の子は,にぱーと笑い
「へへ…りゅーじ…おはよぉ〜」
っと声を出した。




「おっおはよ…って、大河…だよな?」
「ふぁぁ〜?なに言ってんのよ?当たり前でちょ…!?」
欠伸をしながら布団から抜け出してた大河も自分の声と最後の語尾に違和感を感じ取った。

なに?今の?…そう言いたげな目で竜児に視線を送る。
「大河…お前,鏡見てみろ」
不思議に思いながらもベッドから降りて鏡台の前に行く。

あら?この鏡こんなに大きかったかしら?

大河は寝起きの為まだ頭がちゃんと働いてないのだろう。
取りあえず鏡台の前にある椅子に登る。
そして目の前にある鏡に写し出された自分の姿を見て…
「な…!?なんじゃこりゃ〜!!?」
大河はバッチリ目が覚めた。


「大河。昨日俺ん家出て真っ直ぐ帰ったんだよな?変なもん食ったり飲んだりしてないか?」
「………」
「…なんか心当たりあるのか?」
「…分かんないけど…じちゅは…」
昨日真っ直ぐ帰らずコンビニに行った事。
帰りにお爺さんに会ってあるジュースを貰った事。
そして家に着いて食べ物と一緒にジュースを飲んだ事を説明した。


「そのジュースって…」
竜児が恐る恐る聞いてみると、大河はアレ。と言ってテーブルを指差した。
そこには竜児にとって嫌と言うほど見覚えのある 禍々しいピンク色でピーチ味の飲み干された缶が…
「あんのジジイ…もう配るなとあれほど言ったのに」
「どうちよぉ〜りゅーじ」

もう一度大河を見やる。
元々体つきが小柄なせいか、どう見ても最近言葉覚えましたよ的な2,3才児にしか見えない。
だからしゃべり方も赤ちゃん言葉っぽいのか?
アタフタと焦ってる大河に
「元に戻りたいか?」
そう聞いてみる。
「もっ、もちろんよ!!」「だろな」

今回は竜児の時みたいに焦る必要はない。
だってもう戻り方は知っている。
だから…
「そうか。…なら、竜児お兄ちゃんって呼んでみな」ニカッ
「んなっ!?///」

今日一日、この幼児化大河をイジメて楽しむのもいいかも知れない。




END




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