顔を絶望に歪ませ、モウダメダーの舞を踊る二人を尻目に、北村と警察官の二人
の顔はどんどん綻んでゆく。
そして、最初に我慢の限界が来たのは北村だった。
「HAHAHA!!Oh my, Muc!You surprised me!(あぁもうマック!驚くじゃないか!)」
「は?」
これに二人の動きが止まる。
二人とも頭脳の方は比較的優秀なので、この旅行に行く前に軽く日常英会話ぐら
いは身につけていたのだ。特に、大河については外国語学に対して天性のものが
有り、その枠は日常会話を越えてお喋りの地へと広がっていた。
つまり、二人とも今の発言はばっちり判る。もし判らなくても、北村の雰囲気か
らして知り合いに会ったぐらいは判るだろう。
「HAHA.Sorry, sorry.But, loug time no see.(悪い悪い。しっかし、久しぶりだな)」
「Yeah, how have you been?(そうだね、元気にしてたかい?)」
「Sure.Why then, who are they?(勿論さ。ところで、彼等は誰だい?)」
「Oh, I got behind with introduction.Man's name is Ryuji.The woman is Aisaka.They are my best friends.
(おっと、紹介が遅れたね。男の方はリュウジで女性の方はアイサカ。僕の親友達さ)」
「Are they your best friends?Than me?(親友だって?僕よりもか?)」
「HAHAHAHA!!Yes, yes!!」
「Oh no!HAHAHA!!」
困惑と困惑が二人を包む。まず、状況が判らない。そして、笑えるポイントが判
らない。
「HAHA…あー、二人ともすまんな。いい加減紹介しよう。彼はマック。こう見え
て警察官の職に就いているんだぞ」
「「見れば判る」」
ボケか本気かの判定がしづらい言い方に竜虎が息の合ったツッコミを入れる。そ
の様子を見ていたマックが指を鳴らす。
「Great!You are a good match as it is rumor.You are worthy of being married couple.
(良いね!噂通り、君達は息がぴったりじゃないか。流石夫婦だ)」
これにまた息の合ったタイミングで二人の顔が赤くなる。それに北村とマックが
顔を見合わせて笑う。
この警察官は二人の関係を知っている。そのうえでからかっているのだと、二人
が察するには容易だ。からかわれているのなら、無駄な争いを避ける為に軽く相
槌を打つぐらいで済ませれば良い。
「Sun of a bitch!Do you want to be thrown a punch?(クソが!殴ってやろうか!)」
だが、気性の荒い大河は相手が警察官だというのも忘れて、その虎の牙を剥き出しにした。



「Oh, You are scary.Now, I'll come back my job.Good bye!(おぉ、怖い。そ
れじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るわ。グッバーイ)」
「Never come again!(二度とくんな!)」
しかし、その貪欲な牙も屈強な四肢も炯々と輝く狩人の如き眼もマックを竦み上
がらせる事は出来なかった。
やはり、素手か刀で虎に向かう事になる日本人より、銃を片手に対面するアメリ
カ人は違うということだろうか。それとも、ただマックという人物が飄々として
いるからか。真相は判らない。
「落ち着け大河」
放っておいたら、背を向けて去る獲物に本当に飛び掛かりそうな大河を竜児が抱
っこする。
「ふにゅ」
虎を抱っことは是れ如何に。きゃつは自殺願望が有るのか?と思うだろう。だが、
大丈夫。大河は虎とての名さえなければ、唯の一人の女の子である。愛する人
に抱っこされるとは、衆論違わず幸せな事なのだ。
今や大河は顔を嬉しさと恥ずかしさで桃色に染め、いらない力を抜けるところま
で抜いた穏やかな状態となっている。
「Good bye!(じゃぁな!)」
北村がマックに別れを告げたところで、竜児は大河を地面に降ろした。その時、
大河が少し寂しそうにしたのには気付いたが、友の面前だとして、いちゃつきた
い欲望を押し殺した。
「さて、じゃぁ久しぶりに会った訳だし、お互い積もる話も有るだろ。ちょっと
アフターヌーンティーとでもいこうじゃないか」
「そうだな。だが、その恰好は目立つからまず着替えてこい」
竜児と大河の幸せオーラ全開の組み合わせだけでも、充分目立っている事には目
を伏せておこう。
裏の話をすると、北村がかような出で立ちをしているのは友と会う為の彼なりの
正装という訳ではない。北村がアメリカの地に足を着けた時、余りにオープンな
大衆の様子を目の当たりにし、負けてたまるかと駄目な対抗心を燃やして出来た
産物である。
勿論、阿呆のように目立ちまくり、色々な人に声を掛けられた。それ故、今では
警察も含めて、皆知り合い状態となっているのである。だから、実際に目立って
いるのは日本から来た熱々甘々カップルだけなのだ。






アメリカンコーヒーは薄い。だから、本場のコーヒーも薄いだろうと思っていた。
だが、そうでは無かった。
その香は数種の豆をブレンドしないと出せない濃厚かつ嫌味の無いもので、少し
きつめの苦味の中に仄かに酸味が混じった味わいは後味が良く、ミルクやシュガ
ーとの調和も素晴らしい。
極上とまではいかないが、中々に優美なコーヒーである。
このような店を見つける北村のリサーチ力には敬意を称したくなる。
「さて、じゃぁまず俺から色々問わして貰うとするか」
竜児達の前で足を組んでコーヒーを啜る北村は中々に絵になっている。
あくまで、きちんとしたスーツにでも身を包んでいればの話だが。
「結局着替えてねぇんだな」
「莫迦を言うなよ高須。外で着替えたら、流石のアメリカでも捕まるぞ」
「一旦帰れば良い話だろ」
「家は遠いんだよ」
遠いとなれば、流石にそれだけ(初見の人にはそれだけで済みはしないが)の為に
わざわざ帰らせるのは憐憫に思えた。それに法には触れねようなので、竜虎夫妻
は北村の恰好についてはこれで諦めた。
「で、話だが、お前達は今どうしてるんだ?」
「大学で全独り身生徒と独身教授及び最近夫婦仲が悪くなってる教授に睨まれな
がら、幸せに過ごしてるぜ」
「結婚が出来なかった事が遺憾だけどね」
「そうか」
変わらぬ友に北村が目を暝って穏やかな笑みを浮かべる。その返答はたった三文
字だが、無愛想な感じや投げやりな感じは一切含まれていなかった。
三人は一杯のコーヒーを悠々と飲みながら、積もる話を一個ずつ丁寧に降ろして
いった。
川嶋はモデルを辞めて女優として頑張っている事。櫛枝は念願叶って体育大学に
行けた事。ゆりちゃん先生が結婚する事。春田や木原、能登に香椎の事等も話した。
そして、北村が話す番がやってきた。
「狩野先輩とはどうなんだ?」
好奇心に輝く顔二つに見つめられ、北村が苦笑を浮かべる。
「なにもないさ。あの頃の生徒会の関係のままさ」
「は?ままってお前…」
竜児の顔に曇りが見え始めたその時、何処からともなく軍隊の行進のような音が、
優雅な時を刻むカフェの空気を掻き乱した。
三人が入口に顔を向けて見えたのは、長い髪を風になびかせ威風堂々とした面立
ちの少女を先頭に整列する人の海。
「祐作!集合場所の変更をしたんだ!それなりの理由はあるんだろうな!」
凛と響く美しい純日本語。言語の壁を乗り越えて、人の上に立つ人間というもの
認識させる覇気のある声。恥じる事をせぬ豪胆な姿には思わず信頼を置きたくなる。
狩野すみれは欠点はとことん削り、美点をさらに鋭くして現れた。
こうしてみると、一端の生徒会長という肩書が彼女にとっていかに小さな檻だっ
たかをまざまざと理解した。
「済みませんすみれさん。高須と逢坂にどうしても会わせたくて」
「はいストップ」
狩野の下へと向かおうとした北村を竜児が制する。
「なんでお前等名前で呼び合ってんだ?」





「Dismiss!(散れ!)」
「「Sir, Boss!(了解!)」」
狩野の一言で、塊だった人の群れがばらばらと別れていく。その光景は圧巻とし
か言い表せ無い。
「久しぶりだな、高須。そして逢坂」
一人だけ散らずに残った集団のリーダーは、躊躇なく北村の隣に座り、コーヒ
ーとケーキを頼んだ。
「お久しぶりです、狩野先輩」
「ふんっ!随分と大層な身分になったのね」
ツンツンしている大河をコツンと叩き、耳元で素直になれよと囁く。
だが、ここに地獄耳が一人。
「いや、良いんだぞ高須。逢坂らしい挨拶じゃないか」
呵々と笑う彼女は、アメリカに来て若干丸くもなったようである。
そもそもこの二人は派手な殴り合いをしてから別れたきりの筈である。何故この
ように普通に接する事が出来るのか。
女の友情は判らねぇと竜児はぽつりと呟いた。
だが、それ以上に判らぬ事がある。
面前でコーヒーと紅茶(北村は追加注文)を啜るペアの関係だ。正直、ペアなんて
言わずにカップルと表した方がお似合いである。
「それで、聞きたいのは私と祐作の事だったな」
遅れて運ばれて来たケーキに銘刀フォークの一太刀を入れながら、落ち着き払っ
た声で狩野はそう言った。
みるに、二人の関係は秘密にしたい事でもなんでもないらしい。
僅かばかりの期待を抱いていた夫妻は顔には出さず、心中のみで落胆した。
「私が舵を取り、祐作は的確な補助や意見をくれる。あの頃の関係に恋人という
追加要素が加わっただけで、他は驚く程変わってないさ」
「へー」
狩野の言葉がすんなりと頭に入ってくる。成る程、恋人になった以外は変わって
いないと。成る程。成るほ……
「「えぇぇぇぇぇええぇぇえ!!」」
ただでさえ目立つカップルの突然の叫び声に、穏やかになりかけていた店内の空
気は、僅かな緊張感と過度の好奇心を孕んだものに変わった。


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