ゲタ箱を開けると、封筒が入っていた。

 閉める。
 目をこする。
 開ける。

 やっぱり入っている。
 手に取ってみる。とりあえず幻の類では無いようだ。
 どこにでも売っているようなピンク色のキャラクターものに、可愛らしい字で『高須先輩へ』と。差出人の名前は無し。
 どうやら場所を間違えたというわけでもないらしい。

「竜児、どうした……の……」
 怪訝な顔で近づいて来た大河の動きが、俺の手元を見て止まる。
 と思いきや神速で封筒を奪い取り、一瞬のためらいも無く開封。
「……会ってお話したいことがあります……今日の放課後……」
 読みながら大河の指先に力がこもっていく。
「……体育館裏に……来て下さい……」
 び、と紙の裂ける鈍い音。
「ちょ、待て待て大河!」
 完全に破り捨てられる前に、どうにかこうにか手紙をサルベージ。
「なによ竜児、あんたまさか行くつもりじゃないでしょうね?」
「いや、放っとくわけにもいかねえだろ」
「婚約者を置いて他の女の所に行くわけ!?」
「人聞きの悪い言い方をするな。
 大体行ってみなきゃどんな用件かもわからねーだろうが」
「こ・ん・な・ベタベタな方法使うヤツの用事が告白じゃなきゃ何だっていうのよ!」




 その日、3年のとある教室には朝から異様な緊張感が漂っていた。
「なんだよ高須、夫婦喧嘩か?」
 などと軽口を叩き、虎の不機嫌オーラと眼力に失神寸前に追い込まれた被害者が約一名。
 数日中に『手乗りタイガー、いまだ健在』の噂が広がるのは間違い無いだろう。
『たかすくん、何があったのさ?たいがとケンカでもした?』
 2時間目に回って来た櫛枝からの手紙に
『大したことじゃねえ。気にしないでくれ』
 と返してから溜息を一つ。
 すぐ前の席の大河は、背中から見てもわかるぐらいに不機嫌で。
 ……今日の夕食のメニューはとんかつに変更しようか。


「それじゃちょっと行ってくる。すぐ戻るつもりだけど、遅くなるようだったら先にうちに行っててくれ」
 大河はそっぽを向いたまま返事も無く。
 俺は溜息をつきながら教室を出る。
 そもそも大河が心配する必要など無いのだ。
 自他共に認めるこの悪人ヅラを恐れこそすれ、惚れる人間なんてものがそうそう居るとも思えない。
 ……今日はデザートにプリンもつけようか。たまにはちょっとぐらい贅沢してもバチはあたるまい。
 ともかく、大方誰かのイタズラか、さもなければ何かの罰ゲームといったところだろう。

(――さもなきゃ何かの罰ゲームってとこじゃねえの?)
(……でも、竜児は優しいし、面倒見もいいし、そういう所がってことも……)
(うわ、こんな状況でもノロケかよ。そーゆーのってマジでウザいんですけど)
(お二人さん、あんまり騒ぐと高須君に見つかっちまうぜー?)
 前髪をいじりながら歩く竜児から少し離れて、こそこそと後をつける人影が三つ。
 逢坂大河、櫛枝実乃梨、そしてなぜか川嶋亜美。
 端から見るとかなり異様な光景なのだが、当人達にあまり自覚は無いらしい。
(でーんでっででっでー♪でーんでっででっでー♪)
(お、ミッションインポッシブル?)
(うんにゃ、スパイ大作戦)
 ……実は実乃梨と亜美は面白半分だったりするようで。




 案の定というかなんというか、体育館裏で待っていたのは線が細い感じの男子だった。
 妙におどおどしているのは俺の目付きを見たせいか。
(ほら見ろ、告白なんかありえねえって)
 心の中で大河にツッコミを入れつつ、声をかける。
「えっと、この手紙は君が?」
「は、はい、僕、一年の阿部といいます」
「で、話ってのは?」
「あ、あの……高須先輩、好きです!」

(……今あの子何て言った? 亜美ちゃんちょーっと聞こえなかったんだけど)
(あ、あはは、私もなんか空耳聞こえちゃったかなー)
(…………)

 たっぷり30秒ほどの空白。
「……え、えっと……すまない、良く聞こえなかったんだが……」
「高須先輩、好きです!つきあってください!」
 ずい、と近寄ってくる阿部君に、思わず一歩後ずさる。

(……マジかよ……)
(うっわー、ホンモノのびーえる?初めて見た……)
(…………り)

「わ、悪いが俺にはもう恋人が……」 
「確かに高須先輩と北村先輩はお似合いだとは思いますけど、僕だって……」
「何でそうなる!? 俺の恋人ってのは「竜児は、私のだぁぁぁぁぁ―――――っっっ!」
 突然の絶叫に振り向くと、
「ちょっ!実乃梨ちゃん、大河止めるよ!」
「お、おうよ!」
「大河!? 何で櫛枝と川嶋まで!?」
 ものすごい形相で突っ込んでくる大河。
「竜児、そこどけぇぇぇぇぇ!」
「待て、待て大河! 阿部君、とりあえず逃げろ!」
「嫌です!好きな人を置いて僕だけ逃げるなんて!」
「ああもうなんでそう逆撫でするようなことを!」
「このガキ、ふっざっけんなぁぁぁぁ!」
「タイガー、ストップストップ!」
「そうだよ大河、とりあえず落ち着いて!」


  * しばらくお待ち下さい *





「ああ……無駄に疲れた」
 暴れる大河をどうにか取り押さえ、泣きじゃくる阿部君を説得するのに約30分。ついでに軽い打撲が数ヶ所。
 帰り道、別れ際の櫛枝と川嶋の微妙な笑みはしばらく忘れられないだろう。
「鼻の下伸ばしたりするからバチが当たったのよ」
「伸ばしてねえ。つか原因の半分ぐらいはお前じゃねえか」
 横の大河を軽く睨むが、そしらぬ顔でそっぽを向かれる。
「……まあ、正直に言うとちょっと嬉しかったんだけどな」
 俺のセリフに大河の目が驚愕に見開かれる。
「竜児、あんた、まさか……」
「違う違う、大河がヤキモチ焼いてくれたことが、だよ」
 大河の頬にさっと朱が散る。
「な、何言ってるのよ竜児!まさかあんたってばドM?変態!?」
「お前なあ……ヤキモチってのはそれだけ大河が俺を好きだってことだろ?
 それが嬉しかったんだよ、俺は」
 上手く言葉が出ないのか、真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせる大河。
 よし、久しぶりに勝った。
 とか思ったのも束の間、何かに気づいた大河がにんまりと笑う。
「竜児、顔真っ赤」
 ……きょ、今日はこのぐらいにしといてやる。


 一週間後。
 ゲタ箱を開けると、封筒が入っていた。
 手に取れば、見覚えのある薄い桃色の和紙に淡いブルーのインクペンで『竜児へ』と。
 ちらりと横を見ると、『ふひゅー』とか吹けもしない口笛を吹くフリをしながら視線を逸らす大河。
 ……さては、昨日先に帰れとか言ったのはこいつのためか。
 開いて中を見れば、そこには一言
『とんかつ食べたい』
「ぶっ!」
 思わず吹き出し、それにむっとした大河の頭に手を乗せてわしわしと撫でる。
「ちょうど昨日、泰子が店のオーナーさんから東京Xって珍しい豚肉のお裾分けを貰ったんだ。
 覚悟しろよ、今までで一番美味いとんかつ作ってやるから」
 たちまち表情を輝かせる大河を見ながら俺は、そのうち大河にラブレターを送ってやろうかとか、そしたら大河はどんな反応をするだろうかとか考えていた。





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