すでに日は傾き、やわらかなオレンジ色が教室に降り注ぐある日の放課後。掃除当番の竜児は既に七ツ道具を携え、既に準備万端の様相。今日はこのために学校に来たと言わんばかりの風体であった。
いつもなら「早くしろこの掃除犬」と帰りを促してくる大河も今日は「見たいテレビがある」といってそそくさと帰ってしまった。少々寂しい気持ちもあるにはあるが、今の竜児にとっては好都合。今日は眼前の敵勢力を日が暮れるまで殲滅出来るのだ。


「さぁて、この高須竜児様を掃除当番に指名してくれたからにはこの教室……覚悟はしておろうのぅ?」

不気味な笑い、見開かれた凶眼を前にクラスメイト達はそそくさと教室を出ていく。それに紛れて同じく掃除当番だったはずの者も脱走し、間もなく教室は竜児一人となる。しかし一騎当千の豪傑たる彼にとってはこれもまた好都合であった。

「さぁて……まずはホウキで……」

竜児は獲物を手にせんがためゆっくりと掃除用具入れを開く。

「ンッフッフ……むっ!?」
「この瞬間を待っていたのよ」
「なっ……!た……たい……ぐぁ!!」

掃除用具容れの中には彼の望んだ獲物は無く、代わりに竜児の婚約者、大河の姿があった。大河の手によって竜児は掃除用具容れの中に引きずり込まれ、扉を閉めた大河は周りに悟られぬようそっとギシギシアンアンしたのである。







閉じた掃除用具入れの中。
二人は向かい合って密着していた。
「お、おい…」
「何よ。」
「何よじゃねえ。なんでこんな場所に押し込められなきゃならないんだと聞きたい。」
「……のよ。」
「なに?」
「寂しかったの!あんたと二人っきりになりたかったの!そのくらいわかりなさいよこの鈍感!」
矢継ぎ早に愛の機銃掃射を受ける竜児。至近距離で口撃を受けて耳が痛い。
「大河…」
こいつという奴は…。
目の前に見えるのは、栗色の綺麗なロングヘアと真っ赤な顔だけ。
二人の顔の距離、わずか20cm。そういえば心なしか大河の顔が近い。
…そうか、こいつ裏返したバケツに乗ってるのか。
いつもよりちょっとだけ高い大河の顔。手を伸ばせば、楽にキスだってできそうな距離。
大河のにおいがする。大河の吐息が感じられる。
無意識に竜児は大河の背中に手を回していた。
少しだけ驚き、そして穏やかな表情に戻る大河。大河もまた、愛する人の体に手を伸ばす。
心臓の鼓動まで一つになれそうな近い近い距離。その体は互いに熱を帯び、
愛する人を感じたいという欲求に駆られる。
潤んだ大河の瞳が、もう、やることは一つでしょこのバカ。と語りかける。
二人が唇を重ねるまで、そう時間はかからなかった。
そして二人の顔が近づき…
「たい…がぁぁっ!」
突如、大河の体が竜児に押し付けられ、次の瞬間、小さな叫び声と共に掃除用具入れがゆっくりと倒れた。



いてえ…。
このバカ、足を踏み外したな…。
咄嗟に大河を力強く抱きしめたおかげか、幸い怪我はないようだ。
強烈に背中が痛い。人二人分を受け止めたのだから当然だろう。
「いってぇ…」
「竜児!大丈夫竜児!?」
泣きそうな顔で大河。
「あぁ…それよりお前怪我はないか。痛いところは」
「ない…竜児ごめんね。私が変なことしたせいだ。」
「気にすんな。別になんともねえ。それよりお前、俺の上にいつまで…
竜児の唇に大河が重なる。卑怯だ。こんな体勢で。逃げられないのわかってて。
ありがとう。ごめん。大好き。全てが込められたキス。長いキス。
「りゅうじぃ…」
こんな狭い空間で密着しながらいい匂いを振りまかれてキスされて、理性を保てる
高校生がいたらぜひお目にかかりたい。
竜児も強く強く、そのちょっぴりドジな婚約者を抱きしめ、唇にしゃぶりついた。
好きだ。大河が好きだ。その体温を唇で感じたい。体全体で感じていたい。



ちゅぽっという艶かしい音とともに、唇が離れる。
「なぁ大河…」
「なに?」
「扉は俺の背中だ」
「うん」
「俺たち、どうやって出たらいいんだろうな」
「もうしばらくこのままで…んっ、んむっ…」

独身(31)が教室にやってきて発狂するまで、それからおよそ1,800秒を要した。





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