教室

「なんですって! 誰に向ってそんなこと言ってると思ってるのよ!」

「だって、そうじゃないか! 大河が悪いんだろ!」

「アタシのどこが悪いって言うのよ! もう一度言ってみなさいよ!」

「何度でも言ってやるよ! 大河が悪いんだ!」

「ムッキーー! もうアンタなんかと口も聞きたくないわ!」

パーーーーーーーーーーン。

朝の突然の出来事である。教室中が竜児と大河の方を向き、静まり返っている。
さすがの春田もあまりの言い合いに、ものを言うこともできず呆然と眺めているだけだ。

ドスドスドス。ガタ。ドスン。

ふくれっつら大河は、ドスドスと音を立てて自分の席に戻ると、腕を組んで椅子に
どっかりと腰を降ろした。そんな大河の所に櫛枝が様子を伺いながら寄って来る。

「た、大河? ねぇ、どうしたのよ?」

プ〜っと膨れたまま、親友であるはずの櫛枝をもキッっと睨みつけるつける。

「なんでもないわよ!」

「大河〜…」

何を話し掛けても聞こうともせず、とても冷静に話しができる状態では無い。ただ、
腕を組み、目をとがらせて、プ〜〜っと膨れているだけである。

一方平手をくらい、頬を押さえている竜児の方には、仲の良い春田と能登が駆け寄っていた。

「ちょっとちょっと高っちゃんどうしたっていうのよ?」

「あぁ、何でもない」

「何でもないこと無いだろ? 今回はちょっと様子が違ったじゃないか」

「いいんだ、大河なんか! 大河なんか!」

心配して事情を聞こうとするが取り合おうとしないので、どうしたものかと顔を見合わせる2人。



「それよりさ、春田。今日泊めてくれないか?」

「え? 別にいいけど…いいの?」

「何が?」

「タイガーの事だよぉ、あのままでいいわけ?」

「なんで大河の事なんかが出てくるんだよ。関係無いだろ!」

大河の名前が出たとたん、声が大きくなる。

「う〜ん…なら別にいいんだけどね」

ハァと溜息をつき、顔を見合わせうなだれる春田と能登。

休み時間

竜児はトイレに行く為に、教室を出ようとする。その時廊下から歩い
てきた大河と教室の入り口で鉢合わせになってしまう。

「た、大河、ちょっと…」

お互い譲ろうとせず、向き合ったままの状態になってしまったので、大河の後ろに
付いてきた櫛枝が、大河を引っ張る。しかし、大河も頑として動こうとせず、竜児を睨み付ける。

「どきなさいよ!」

「フン!」

竜児は、道を譲りはしたものの顔をそむけ、いかにも通してやるぞという態度で、
ぎりぎり大河だけが通れるだけの隙間を開ける。

「なによ! その態度は!」

ダン!!

大河は、体重を乗せて竜児の足を踏みつけ通り過ぎる。

「い、痛ってーーーーーー! なにするんだよ!」

教室中が、再び沈黙し、2人の様子をハラハラしながら眺めている。




「アンタなんかには、それがいい薬よ!」

「そんなことばかりしてるから、手乗りタイガーなんて言われるんだよ!」

「な、なんですってーーー!」

まさしく、一触即発の雰囲気で睨み合う2人を、あわてた北村と櫛枝が急いで
引き離し、連れ去っていった。

「おい高須、どうしたんだよ。おまえがここまで言うのも珍しいじゃないか」

「たまにはきつく言わないとあいつにはわからないんだよ」

「しかしなぁ…」

「いつもいつも、俺が謝ると思ったら大間違いなんだってことを教えてやる!」

「はぁ……」

どうしたものか、北村は悩むが対処のしようが無い。同時刻、櫛枝も大河の側で同じように悩んでいた。

昼休み

「竜児! お弁当よこしなさいよ!」

弁当は竜児のカバンの中にあるので、仕方なく取りに来る。2人が接触したので、教室に緊張が走る。

「うるせぇな。ほしいなら勝手に持って行けばいいだろ!」

「う、うるさいですって! 誰に向ってそんな口聞いてるのよ! そう、それなら
 勝手に持って行くわよ!」

そう言うと、竜児のカバンを机の上に置きガバっと開ける。弁当を無造作に取り出し
て去って行こうとする。

「ちゃんと元の場所に戻せよ!」

「フン! うるさい!」

「自分でカバンを開けたんだろ! 机の上に置きっぱなしだと邪魔だろ!」

「アンタのカバンになんか、触りたくもないわ!」

なんとか、仲裁に入ろうとする北村、能登、櫛枝。しかし2人の間にピリピリと
緊張が走っていて、間に入るタイミングが無い。

「もういい! 今度からお前の弁当なんて作らないからな!」

「ええ、結構。アンタなんかに作ってほしくなんてないわよ!」

その後は、話をするどころか、顔を合わせようともしなかった。
春田と能登、そして櫛枝はどうしたものかと、昼休みに相談したが、原因がわから
ないので、対処のしようが無い。結局、今日春田の家に泊りに行く竜児からは、
春田が事情を聞き出し、大河からは櫛枝が事情を聞き出すということになった。




帰路

ムカムカムカ…。なんなんだよ、大河なんか! いつもいつも俺が謝ると思った
ら大間違いだからな! 大河から謝ってこないと、今回は絶対許さねぇ!

ムスッっとして下校して行く竜児の横に、春田と能登が付いて歩くが、なかなか声が掛けれない。

「高っちゃん、家の人には俺の家でおとまりってちゃんと言ってあるの?」

なんとか、話すことを考え付き、話し掛ける春田。

「おう、ちゃんと言ってあるよ」

「そっかぁ。でもいいの?晩御飯の用意しなくても」

「かまわない。 たまには大河が自分でやればいいんだ!」

「そ、そっか…」

いつに無い竜児の剣幕(あるにはあるが)に、引いてしまう春田。気まずい雰囲気の中、3人で下校し
ていたが、春田と能登の家を分ける分岐点まで到着する。

「じゃあ、俺はこっちだから。後はよろしくな、春田」

「わかってるよ〜。また明日ねー」

能登は心配しながらも、家路についた。

「(う〜ん…聞き出すとは言ったものの、一体どうやったら…)」

能登がいなくなってから、春田は足りてない脳みそをフル回転させる。同じ様に、同じ頃櫛枝も弱音を吐いていた。

「(はぁ、どうしたらいいんだろ…)」

そこへ、注文した2人のパフェが運ばれてきた。

「大河…それは、あまりにも大きいんじゃ…?」

運ばれてきた特大パフェを、ほっぺたにクリームをつけながらパクパク食べだす。
まさしくヤケ食いとしか見えない食べかたであった。なんでもおごるとは言った櫛枝
だが、自分の財布の中身を心配気に眺める。

「大丈夫よ。ちゃんと自分の分は自分で払うから心配しないで」

そんな様子を見た大河は、クリームをいっぱいつけた顔で櫛枝を安心させる。

「いいわよ、おごるって約束だし。それより、高須くんとの喧嘩の原因教えてくれない?」

「パクパク。なんでもないわよ。パクパク」

「そんなはずないでしょ、あれだけ大喧嘩してたんだから。」

「もぅ、アイツの顔を思い出したら、マズくなるわ…やめましょ、こんな話」

必死で事情を聞き出そうとするが、大河は全く取り合わず、目の前の特大パフェを
食べることに専念している。

「パクパク。あー、やっぱりここのパフェが最高ね! パクパク。竜児の弁当
 なんかとは大違いだわ!」



「あまり比較する物じゃない…と思うけど」

普通サイズのパフェを食べるダイエット戦士の櫛枝は、わけのわからない比較をする大河に呆れて
ボソっと呟く。

「そりゃそーよねー、比較する方が失礼だわっ! パクパク」

「いつもあーんで食べさせて貰ってるくせに…」

みるみる無くなっていく特大パフェ。

「ねぇ、私にも言えない事情で喧嘩したの?」

「もぅ、その話はやめようって言ったでしょ? せっかくのパフェがまずくなるじゃない!」

「だけど・・・、このままじゃ、お互いつまらないでしょ」

「いいえ。パクパク。せいせいしてるわ。」

「本気で言ってるの?」

「とーーぜっん!!!」

「はぁ…」

ここまで言われては、何も聞けないのは当然である。

結局、パフェの料金は大河が支払ったので、櫛枝の懐の心配は無くなったが、喧嘩
の原因を聞き出すという目的は達成されなかった。櫛枝は春田に期待して、その場は分かれた。

春田宅

「汚いけどあんまり気にしないでねー」

「ありがとう。おじゃまします。」

「あーいどうぞー。じゃあお茶持ってくるから待っててね」

「おう」

お茶を用意した春田が、竜児と一緒に居間の座布団にドカっと腰を降ろす。

「ねぇ高っちゃん、そろそろ訳を教えてくれよぉ〜」

「大河が悪いんだよ」

「それはわかるけど…いつもあちちな二人が喧嘩するなんてありえないっしょ?」

「大河が悪いんだ…」

「う〜ん…もっと具材的にさ〜?」

「もういいよ! いつも黙ってるわけじゃないって事をわからしてやるんだ!」

「それじゃわかんないよぅ…」

「いいじゃないか。せっかく春田の所に泊りにきてるんだから、ゲームでもして遊ぼうぜ」





「うん…じゃあ準備するね」

2人は、夜遅くまで家庭用ゲーム機で、対戦ゲームをして遊んだ。何度と無く趣向を変え、
根掘り葉掘り聞いてみたが、結局聞き出すことができず、その日は終わった。

横で眠る春田を見つめる竜児。春田は既にいびきをかいて寝ている。

結構寝るの早いな…。今ごろ大河は何してるんだ…?ちょっと言い過ぎたか…?
でも、今更後には引けないよな。

春田の部屋の天井を見ながら寝付けない竜児であった。
竜児は、大河のことを考えながら少しずつゆっくりと眠りに落ちていった。

学校

翌日、大河が登校すると、既に竜児は既に席に座っていた。ジーっと見ていると、目が合う。

「大河! 行こ!」

櫛枝が大河の手を引っ張るが、その手を振りほどいてノシノシノシと近づいていく。
昨日のことがあるので、教室に緊張が走る。櫛枝も春田と能登も冷や汗をかいて
仲裁に入ろうと近寄っていく…が。

「なんだよ」

椅子に座っていた竜児が、近づいてきた大河をだるそうにを見上げる。

「はい! ミルクチョコで作り直してきてあげたわよ! アンタがビターチョコ嫌いだっ
て知らなかったのよ」

そう言いながら、真っ赤な包装紙で奇麗にラッピングされたチョコレートを差し出す。

「え?」

竜児は驚きつつも、そのチョコレートを受け取る。

「これで、文句無いわね!」

「あ、ありがとう…流石大河だ、うれしいぞ。別に文句なんか言うつもりじゃ無かったんだ。」

「あたしも、『ビターなのか?』って聞かれただけで、怒ってしまってごめんね。
 愛をこめて一生懸命作ったから、ケチつけられた気がしたの。」

「そ、そんなわけじゃない。大河が俺の為に作ってくれるものなら、何でもおいしいに決
まってるじゃないか」

「今回も、愛を込めて一生懸命作ったから、甘いわよ」

「おう…大河の気持ちも解ってあげなくって、ごめんな。これ開けていいか?」

「じゃ、廊下に行きましょ」

「おう」

唖然と見つめるクラスメートの中、2人はぴったりと寄り添って、廊下に出ていった。
仲裁に入ろうとしていた3人は口をあけたまま立ち尽くしている。
クラスメートも、事の成り行きについて行けず固まっている。



『おぉ、これまた豪華なチョコレートだな』

『そりゃ、竜児の為に一生懸命作ったんだからね!』

『おう、ありがとう』

『アタシのこと好き?』

『もちろん世界で1番好きだぞ、大河』

『えー、じゃ、2番は誰なのよ!』

『言葉のあやだ。そんなのいるわけないじゃないか』

『本当に?』

『本当だ!』

『じゃ、証拠として、今週の日曜日デートに連れてってくれる?』

『いいぞ。大河と一緒ならどこでも行く。どこに行きたい?』

『アタシも竜児と一緒なら、どこでもいいわ』

姿は見えないが、イチャイチャと話をする声が、廊下から聞こえてくる。

『あ、そうだ。それより、昨日春田の所に泊まったから今日弁当無いんだった…』

『大丈夫よ! アタシが作ってきたから』

『おう!本当か、ありがとう』

『愛妻弁当よ。味わって食べてね』

『あぁ、大河だと思って食べるよ』

お互いに顔を見合わせる春田、能登、櫛枝。廊下から恥ずかしいセリフが、
これでもかというくらい次から次へ聞こえてくるので、3人とも顔が真っ赤だ。

「俺たち…何を心配して必死になってたんだ?」

「何の心配も無かったみたいね…。ハ、ハハハ」

「結局ふーふ喧嘩だったって事かぁ…」

友達思いの3人は、二度と2人のことは心配などするものかと内心誓うのであった。

fin.





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