−東京・蒸し暑い6月半ばの月曜日、朝7時。

高須家ではすでに朝の家事のほとんどが終わるころだった。
まだ夜が明けきらぬうちに玄関で力尽きた酔っ払い(泰子)の世話に始まり、部屋の隅々まで掃除をし、洗濯物を干し、
イケメン(いろんな意味で)フラッシュ全開のインコちゃんの水とえさを補充した。
弁当も作り終え、後は朝食が出来れば終わりだ。
「そういえば、まだメール来ないな・・・。」
ケータイを開き、メールを確認する。思ったとおり、メールは来ちゃいない。
そのメールの相手はもちろん、逢坂大河である。
朝7時前にメールで大河を起こすというのが竜児の日課。
ごく稀に逆のパターンもあったが、そんなのはほぼ竜児が休みの日だ。
「そろそろ起きないとやばいだろうし、電話してみっか・・・。」
番号を選び、通話ボタンを押す。4コール目で聞こえる、寝ぼけた大河の声。
『えーと・・・、今・・・何時?』


――――――


あれから3ヶ月以上が経つ。泰子が両親と和解し、そして2人が永遠を誓ったあの日。
その翌日、大河は大きな決断をした。
-----自分も母親の元へ行き、和解する。
それは、竜児とともにある未来のため。そして、その周りの人たちと笑顔で過ごすため。
どれくらい時間がかかるかはわからない。それでも、そこにしかあるべき姿はない。
彼女が何も言わずに去った夜、マンションの部屋に残した手紙。それに記された可愛らしくも少しがさつな文字から、そんな決意がにじみ出ていた気がした。

『何でもっと早く起こしてくれないのよ!!!』
「いや、その前にメールに気づけよ」
『マナーモードのままにしてたんだからしょうがないでしょ!』
「うわ・・・開き直った・・・」
『るっさいなぁ・・・、あーあ、やっぱ電話のほうがいいかもね。声も聞けるし・・・、そのほうがうれしいかも///』
「・・・///」

ふと口にしたこっ恥ずかしい台詞に、二人して黙り込む。
部屋に流れる音は、インコちゃんの呻き声(もとい鳴き声)と、テレビの天気予報。
関東地方は快晴、今日もまた暑い一日になりそうだ。



−熊本・大通りに陽炎がゆれる12時過ぎ。市の中心部に近いとある女子高。

母の再婚相手はいま、母の故郷でもある熊本に住んでいる。母の家は先祖は江戸から明治にかけて、このあたりで有数の商家として栄えたらしい。
父の身勝手さに振り回された娘を、この屋敷の住人は暖かく迎え入れてくれた。
そして実家の手筈もあり、新年度からは、屋敷から市電で十数分の所にあるこの女子高に編入した。
大河「あ、メール来た」
春菜(クラスメート)「おっ、東京の彼氏ですかな〜?」
大河「・・・分かってて言ってるでしょ?」
涼子(クラスメート)「おー暑か暑か!このままじゃこの婆は死んでしまうたい」
ゆかり(隣のクラス、涼子の幼なじみ)「あ〜こっちに倒れこまんで!」
屋上には弁当を食べながらいちゃいちゃしている女子が数人。その輪の中心には大河。
自分でも驚くことに、友人が出来るまでそう時間はかからなかった。確かに、この1年でいろいろあったから、無意識のうちに自分もだんだんと変わっているのかもしれない。
(これも、竜児を好きになったからかな?)・・・なんて、ひそかに思っている。
「ん〜となになに、『またコンビニ弁当か?いい加減に自分で作れよ!こっちにいるときは俺に作らせてたのに』・・・」
「えー!?たいがっち愛妻弁当かよ!うらやましかー」
「男じゃから妻じゃなかとね。えーっと、・・・なんて言えばいいんだろ」
「・・・///」
紅潮した顔を空へ向けると、湿気を含んだ熱風が頬をかすめる。
ぼそっと「一行余計だっての、このバカ」と、遠い空の下にいるメールの主にぼやく。
ぶっきらぼうな口調とは反対に、大河はどこかうれしそうな顔をしていた。



-17時・再び東京。高須家の台所。

「あ、やべ、またやっちまった・・・。」
「ん〜?どうしたの竜ちゃ〜ん?」
今夜はオムライス。レタスとかトマトとかを持った野菜サラダ。そしてコンソメスープ。
料理の腕はいつもどおり、味付けも完璧だ。
ただ、今日もまた、3人分作ってしまった。
「大河ちゃんの分も作っちゃったの?」
「ああ。もう3ヶ月経つのにな・・・。癖になっちゃってるな。」

何となく写メを大河に送る。程なくして返事が来る。『すぐに航空便で送ってくれるなら食べてあげてもいいわよ』・・・。いや、無理だろ。

そうしてまた、『3つ目のオムライス』は、次の日の泰子の朝食となった。

 -24時30分、東京の『彼』と熊本の『彼女』の間にはメールが飛び交っていた。
なかなか発展しない能登と木原の仲、竜児からの(惚気)メールを友人にからかわれたこと、櫛枝が打ち上げたホームランで女子ソフトが地区選で優勝したことなど。2人は何となく話が尽きるまでメールを続け、気づけば1時半なんてこともしばしばだ。

そして最後には必ず

「おやすみ、竜児☆」
と、大河の画像が添付されて送られてくる。それなりにいつもポーズは違うけど、どれも最高にかわいい。ちなみに、今日の大河はいつものふわふわな寝巻きで、どこぞの超時空要塞のにんじんアイドルよろしく『キラッ☆』というポーズだった。
ちなみに、以前竜児も自分の画像を送ったことがあるが、「寝る前にあんたの阿修羅顔なんか見たら恐ろしくて寝れんわ」と言われひどくへこんだので送っていない。


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