「…何これ?」

放課後、逢坂大河の机の中から出てきた一冊のノート。
淡い桜色の表紙には「LOVE♥NOTE」と書かれている。
そのタイトルはハートマークに囲まれており、その下にはオリーブをくわえた鳩が描かれていた。
ノートというよりは日記帳か手帳のようである。
もちろん買った覚えも仕舞った覚えも無い。

「一体誰がこんなものを…」
そう思ってとりあえず革の表紙をめくってみると、
「使い方」と書かれた説明文が細かい字で書かれている

┌───────────────────────
│次のページに描いてある相合傘に、
│あなたと想い人の名前を書いてください。
│その瞬間から想い人はあなたに好意を寄せるでしょう

│お好みで、シチュエーションも設定出来ます。
│相合傘の下の空欄に書き込んでください。
│……

──なにこれ。
──子供騙し未満としか言いようが無い。
──今どきのおまじない雑誌だってこんな付録は付けないだろう。
──誰がこんなことやるってのよ…。

──でも、もし北村くんと恋人同士になれるなら…。
──あのときのようにもう一度北村くんから告白してきて、
──あのときの顔を見せてくれるなら、私は今度こそ素直に「はい」って言えるのかな…。

妄想がぐるぐると大河の頭の中を駆け巡る。
そのうち考え疲れたのでひとまずノートを閉じて鞄の中に仕舞い込んだ。




「おーい大河何やってんだー?夕飯買いに行くんだろー?」
「うううるさいうるさい!今行くからちょっと待ってなさいよ!!!」

思わずドキッとした。
別に後ろめたいことをしていたわけじゃないのに。
何かと世話を焼いてくれる(というか焼かせている)
目付きの悪い隣人が突然声をかけてきたものだから、つい怒鳴り返してしまった。


「なぁ俺が悪かったよ。だから機嫌直してくれ」
「……」

スーパーへ向かう道すがら、大河はずっと押し黙っていた。
別に怒っていたわけではない。
もしもノートに北村との恋愛成就シチュエーションを書くならどうするか
一生懸命に考えていたのである。

「そうだ、お前の好きなもの特別に一品追加でどうだ?」
「…………………………」

だめだ。
どうしてもうまいこと思いつかない。
自由に考えるということが却って枷となってしまい
何をどう書けばいいのかさっぱりわからない。

「なぁ大…」
「あーもうごちゃごちゃうるさい!考え事してんだから少し黙りなさいよね!!このバカ犬!」

爆発した。
いつものことではあるけども、なんと理不尽なことか。
ちょっと自己嫌悪に陥ってしまう大河だが顔にも口にも出さない。

「…すまん」
「…わかればいいのよ」

若干重い空気の中スーパーに到着。
二人とも押し黙ったまま店内を歩き食料をカゴに入れていく。
さりげなく大河の好物をカゴに入れて竜児はレジに向かう。
精算が終わりエコバッグに品物を詰めて店を出る。

「…竜児、今日は私が荷物持ってあげるからよこしなさい」
「おぅ…?いや重いから俺が…」
「いいからよこしなさい!たまには人の厚意を素直に受け取りなさいよ!!」
「ぬぅ…わかった。じゃあ頼む。転ばないように気をつけろよ」

そうしてエコバッグを受け取る大河。
確かに軽くはないけれど持てない重さでもない。
ただし足取りはやや重くなってしまう。
竜児が歩調をゆっくりと合わせていることにはまだ大河は気付いていなかった。





夜。
高須家での食事を済ませてお茶を飲みゴロゴロした後、大河は帰宅。
風呂上がりに冷蔵庫から冷やしたハチミツ金柑を取り出して一杯。
テーブルの上には例のノートが広げられている。
いろいろ考えてみた結果、とりあえず竜児で試してみることにした。

──大丈夫だよね、別に。
──後から消しゴムで消せば何も無かったことになるみたいだし。

まず「逢坂大河」と書き込んだ。
そこからがなかなかペンが進まない。
なんでだか分からないけど緊張している。
もしかしたら迷っているのかもしれない。
逢坂大河が好きなのは北村祐作。
高須竜児は忠実なただの犬。
たまたまお隣さんがお節介焼きで几帳面で家事炊事掃除洗濯整理整頓が得意だっただけ。
別にいてもいなくてもいい存在なはず。
なのに、なんで、こんなに大河は緊張してるのだろう。

気付けば時計の針はかなりの時間を刻んでいた。
決心するかのように大河は「高須竜児」と書き込んだ。
シチュエーションまで考える余裕は現在の彼女には無かった。
ノートを閉じて灯りを消すと倒れこむようにベッドへと転がり込んだ。


翌朝。
携帯の着メロで大河は目を覚ました。
竜児からのモーニングコール。
通話ボタンを押すと
「おーい、朝メシ出来たぞー」との声。

今行くからと返事をして洗面所に向かう
顔を洗って制服に着替えて教科書やらノートやら──例のノートも一緒に──
鞄に詰めて朝食の待つ高須家へと足を進めた。

竜児はいつもと何も変わらなかった。
目が合って顔を赤らめるとか、そういうのはまるで無かった。
毎朝とまったく同じく大河のためにご飯をよそい、味噌汁をよそい、
食べ易いように切ってくれたおかずを皿に載せて出してくれた。
もちろんランチボックスにはお弁当も詰めてある。

──何よ、全然効果無いじゃないの。

朝食を終えていつものように登校。
親友の櫛枝実乃梨と待ち合わせ場所で朝の挨拶。
拍子抜けするほど何も変わらない朝の登校風景。

その後もいつものように昼休みが来て、
いつものように竜児と昼食を取り、いつものように放課後になった。

竜児は何も変わらなかった。
大河…好きだ!なんてストレートに言うようなやつじゃないのはわかってる。
それでも何かしらこう…そういうそぶりを見せてもいいはず。
でも本当にいつも通りの高須竜児だった。




誰もいない教室にひとり、席に座って物思いにふける大河。
結局、誰かのいたずらだったのね。
そう思うとなんだかムカムカしてきた。
あんなノート、びりびりに破いて、ぐっちゃんぐっちゃんにして、丸めてゴミ箱にポーイだ。

鞄を開けて取り出そうとすると…あれ?
確かに今朝鞄の中に入れたはずなのに。
またドジして家に忘れてきちゃった?
ううん、そんなはずないよ。
中身を全部机の上にぶちまけて探してみるも、影も形も存在しなかった。

ちょうどそこへタイミング良く、いや悪くと言うべきか、
いてもいなくてもいいはずの、だけどいないと本当はとても困る目つきの悪いお隣さんが。
「おーい大河ー、待たせて悪かったな。いやーなかなか汚れが落ちなく…うぉ!?」

無言のうちにギロリと竜児をにらむ手乗りタイガーがそこにいた。
びっくりして後ずさりする駄犬を一瞥して大河はぷいっとそっぽを向いた。
やれやれといった面持ちで肩を落とす竜児。

「なあ…その…すまん!俺が悪かった」
「…別に…あんたのせいじゃない。いちいち謝らなくていいから」
「そ、そうか。すまん」
「また謝った…いいわよもう。帰るんでしょ?やっちゃんをご飯抜きで仕事に送り出すつもり?」
「おぅ、そうだった。じゃあ帰るか」
「今夜はしょうが焼きとチャーハン作ってよね。材料はまだあるんでしょ?」
「はいはい」


本当にあのノートはなんだったんだろうか?
よくわからないけど、今は食事が先決。
それに…高須竜児は櫛枝実乃梨が好きなんだもの。
何か釈然としないモヤモヤ感の正体に逢坂大河が気付くのはずっと後のお話。

そして、ノートの正体に気付いているのは、少なくともこの世界には存在しなかった。
あくまで『この世界』ではあるが。















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 ┃CAUTION!!┃
 ┗━━━━━━┛

ここから先には幻想成分が大量に含まれております。
「東方厨は美しく残酷にこのスレッドから往ね!」
という方には読み飛ばすことをおすすめいたします。
重ね重ね申し訳ございません。











薄暗い図書館の一角に紫色の髪の少女と紫色の服を着た金髪の少女が何やら会話をしている。

「で、結果はどうだったのかしら?」
「効果があったといえばあったし、無かったと言えば無かったわね」
「はぁ…イチから説明してもらえる?」
「簡単に言えば、もう既に登録されているのに再登録しようとした、というところかしらね」
「ふうん…つまり彼女は注意書きをちゃんと読まなかったということね」
「おそらくそういうことね」
「ちゃんと説明文書いたのだけれど…」

そう言って紫髪の少女は「LOVE♥NOTE」と書かれた革の表紙をめくる。

「『既に相手が好意を抱いてる場合、目に見える変化はありません』とね」
「あるいは、認めたく無くて見落としたのかもしれないわ」
「いずれにせよ、お疲れ様だと言っておきましょう」
「あら、ありがとう」
「どういたしまして。せっかく作ってみたけれど幻想郷ではいまいち使い道が無いからね」
「里の人間にでも使わせてみればよかったじゃない」
「残念ながら今の彼らには無用の長物よ」
「ふふふ、確かにね。それにしてもベタなタイトルをつけたものね」
「何を仰ってるんだか。言霊がどれだけの効力を持つか知らないわけじゃないでしょう」
「あなたほどの力の持ち主なら別に構わないんじゃない?」
「過大評価は結構よ。あの黒白魔法研究家と違って私は念には念を入れる方なのよ」
「おやおや、そういうあなたこそ、あの黒白のことを見くびってるんじゃない?」
「あいつは光と熱専門じゃない。その分野だけ突出してるのよ」

そんな会話をしているところへ、この図書館のある屋敷の主がやってきた。

「二人とも、何を話しているのかしら?」
「あらレミィ、おはよう」
「お邪魔してますわ、永遠に紅い幼き月」
「その呼び名はやめていただける?」
「あらあら気を悪くしたかしら?」
「あなたがいることが充分気を悪くする要因よ。ところでパチェ…」
「これよ、これ」
「ん?ああこのノートね。わざわざ外の世界に置いてきた成果はあったのかしら」
「正直はっきりしないのよ。レミィ、ちょっと見てもらえる?」
「どれどれ…へえ。これは面白いことになるかもね」
「?」
「この逢坂大河って子供、まだ本当の自分の気持ちに気付いてないわね」
「なるほど…そういうことね。睡眠時間を割いて外の世界に行った甲斐があったわ」
「私がこのノートを使って実験するにはあまりふさわしく無かったのかしらね」
「そうとも言い切れないわよ。行き着くところは一緒かもしれないけれどね」
「ふふふ、私にとっても面白いことになりそうね。それじゃまたお会いしましょう。ごきげんよう」

そう言って紫色の服は空中に指で線を引くと、
すっとその部分が裂けて目やら手やらが蠢く異空間が現れ、
その中に入っていずこかへと去っていった。

「レミィ、八雲紫の様子からするとこの逢坂大河って子、幻想郷に何か関わるのかしら」
「まだ確実では無いけれどね。あるいはもっと大きな流れの中で出会うのかもしれない」
「どっちにしてもまだまだ先の話になりそうね」

そう言うと、紫髪の少女は栞を挟んでいた本を開き読書にふけり始める。
もう一人の少女は食事の時間だということでドアを開けて図書館から出て行った。

──この世界の誰一人、見たことが無い、優しくて甘いもの。
──そう簡単には見つけられないように世界が隠したそれを得る逢坂大河と高須竜児。
──彼女らが幻想郷の住人と関わるのは、無限に広がる夢幻の世界でのお話。





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