「ご・・・ごめんね。りゅ、竜児がそんなに思ってくれてるなんて、気付かなくて・・・」
やばいやらかしたやっぱりそうだ。
言いながら俯いてしまう大河を目の前にして、竜児はコレでもかというほどに後悔していた。
早合点早とちり早漏。いや最後のは違う。
全く、後先考えずに突っ走るのは大河のはずだった。
よもや自分がその二の轍を踏むとは。
いつもの俺はどこに行った?
石橋を叩いて殴って掃除して。キレイにしてから渡らない。それを眺めて悦に入る。
なに言ってんだ俺は?
取り留めなく混乱する竜児の頭の中。
それを現実に引き戻したのは、大河の強い声だった。
「・・・でもね!それなら私も一緒だよ?」
「・・・え?」
はっと我に返り、視線を向けた竜児の目に飛び込んできたのは、真っ赤になってはにかみながら微笑む大河の顔。
「・・・いっつもね、玄関出るとき・・・か、帰りたくない・・・って思ってた」
「!!」
「こ、このまま前みたくここでゴロゴロして、竜児の煎れてくれたお茶飲んで、夜中まで他愛無い話して・・・そんで眠くなったらベランダから帰るの」
言いながら大河はふと、カーテンの引かれた窓の方へ視線を向けた。
その先には・・・。





「でもね、今はこうなっちゃって、それはとても・・・とても哀しいんだけど、受け入れないといけなくて。ママも、新しいパパも私のこと大事に思ってくれて、だからだから・・・」
そうして大河は、ニッコリと微笑んだ。
「私も我慢しなきゃなって」
あの頃よりも、確かに成長した、少し大人の笑顔で。
「大河・・・」
「だからね、竜児。私は竜児に辛い思いをさせてたことに気付かなかった。だからそれには謝る。ごめん。でも・・・寂しい思いは、これからもさせちゃうし、すると思う」
そこで言葉を切ると、大河は目を瞑って一つ息をついた。
そうして開いた瞳には、決意の篭った光が見えた。
「でもそれは、私たちが望んだものだから。二人で乗り越えていくものだから。だから平気!」
・・・いつからだろう?
竜児は、目の前で屈託なく笑う少女を、まるで初めて見るかの様に目を細めた。
眩しい光を放つかのような自分の恋人を。
・・・以前はただ直情的に行動するだけだった。
自分の意思に従い、そして他人のためにも同様に。
それは大河の勘の良さとでも言うべき幸運さで、辛くも難を逃れ、そして道を作ってきた。
しかしそれは所詮、偶然が重なっただけに過ぎない。
もしどちらかにブレれば、真っ先に奈落まで真っ逆さまの危ういタイトロープ。
そんな中で竜児たちは、今に繋がる現実に辿り着いていた。
しかし今の大河はどうだ?
今まで通り、自らの望むことは決して譲りはしない。
しかしそれは、今までのようなゴリ押しでまかり通るのではなくて、まわりを、自分を、一つのものと考え、その中で最良と思えるものを選んでいく決意で満ち満ちている。
たとえその中で、自らに多少の不利益が出るとしても、それを飲み込み、我慢し、そして未来に繋げていく。
そんな風に生きていこうと大河は言うのだ。
・・・自分はなんと浅はかだったのだろう?
竜児は、知らず自嘲気味に笑っていた。





俺は大河を信じていなかった。
いや信じていなかったのでは無く、護ろうとしたのだ。
汚いもの、傷つけるものから目を背けさせ、幸せな綺麗なものばかり見せてやろうと。
今までずっと傷ついてきた大河に、竜児は自分のできる限りの幸せを『与えてやろう』と思っていたのだ。
なんと傲慢で、独善的な思い上がりだろうか?
今の大河に対して、これほどの侮辱もそうはあるまい。
「竜児?」
急に黙ってしまった愛しい人に、大河が小首を傾げる。
竜児の自己嫌悪など知る良しも無い大河は、ただただ竜児に心配そうな視線を送るだけだ。
その様子に、また竜児が笑った。
嬉しさの中に少しの寂しさを混ぜた笑顔で。
「大河」
竜児はゆっくりと立ち上がると、そのまま大河の隣へと移動する。
「竜児?」
下から見上げる瞳を真正面からみつめ返す。
そこに込められた感情を、大河は知る由も無い。
だから竜児は行動で示した。
「りゅ、竜児!?」
竜児はゆっくりと、覆い被さるようにして大河を抱きしめた。
全身でその小さな身体を包み込むように、優しく、強く。
「・・・ごめんな」
そして寄せた耳元に小さく呟く。
瞬間ブルッと大河の身体が震えたが、抱きしめる腕は緩めない。
「ごめんな・・・ごめん」
「な、なに謝ってんのよ・・・?」
その質問には答えない。
否、答えてはいけない。
大河が・・・これ以上先に大人にならないように。
いつまでも横で並び立つ存在でいるために。
ずるいとわかっていながらも、竜児は敢えて答えをあげない。
ただ・・・一言だけ、わかりにくいようにそっと差し出した。
「・・・ありがとうな」
「は?ごめんの次はお礼?一体なんなのよあんた!?」
少し怒気を込めた台詞に、竜児の顔が綻ぶ。
そうだ。今はそれでいい。
いずれわかる時がくるまで、大河・・・今のお前をもう少し感じさせてくれ。
今まで通りの、俺が好きになった大河をもう少しだけ・・・。
そうして静かな抱擁は、離れ際の口づけにバトンを渡して終わりを告げる。


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