それはこんな一言から始まった。
『しっかりしろよ』

今朝も高須竜児は台所に立っていた。最愛の恋人との再開も果たし、その顔を想い浮かべながらニヤニヤと…
でも現実は厳しい、泰子の両親からの援助もあり進学する事にしたが、一体いつになったら大河との約束を果たせるのだろうか?
「嫁に来いよ」
ハァとため息が出てしまう。
出来れば自分としても早く大河と家庭を持ちたい、でも社会の常識を重んじる俺としては収入もないのに余所のお嬢様を嫁にくれとはいかない。
それに大河の両親だって納得してくれる訳がないし……
とにかく今は考えても駄目だ、目標に向かって一つ一つ勝ち取るんだ!こんな時はあの言葉だ!

「よっしゃ、盛るぜー!!」

「おはよ〜りゅうちゃ〜ん」
「オッ!おう、おはよう泰子って…」
「どうしたの〜?りゅうちゃん」

今まさに決意を固めた息子の前に眠そうに目を擦りながら泰子は自室から出て来た。
その姿はとても思春期に少年から大人に変わる息子を持つ母とは思えない下着の様な姿。

「またお前はそんなカッコで、もう昼間の仕事なんだからもうちょっと母親らしくと言うか『しっかりしろよ』」
「母親らしく?しっかりしろよ?」

ハッ!しまった、今のは失言だ。
泰子は若くして家も捨て俺を育てる為に苦労してくれているのに…
俺は誰に後ろ指さされようが、陰で噂されようがハッキリ言える『これが俺の母です』と、なのに何だ今の言葉は

「いや悪い、そのなんだ、えぇと……ん?」

俺の意に反し、泰子は難しい顔をして考え込んでる、てっきり落ち込んで悲しい顔をしてるとばかり思ったのに。



泰子は考えた、『母親らしく、しっかりしろよ』その言葉を聞いた瞬間キラッ☆と頭に閃く物があった。
でも寝起きである、悲しいかな自分は起きていてもそんなに頭は良くない、だから竜ちゃんにはしっかりお勉強してもらわなければいけない…って、違う違う何だったっけ〜?

「う〜ん?う〜ん?」

泰子のやつ何唸ってんだ?
もう家を出ないと大河との待ち合わせに遅れるし、かと言って唸りながらフリーズした母親をこのままにしては不安だし…

「泰子〜、泰子さ〜ん」
「ヒッ☆びっくりした〜?!」
「びっくりしたじゃねーよ、朝からフリーズしちまう母親にこっちがびっくりだよ」
「ごめんね〜☆」
「いや、俺こそ悪かった…」
「なにが〜?」
「覚えてねぇのかよ!まぁ良いや、朝飯いつの所な」
「竜ちゃんもう行っちやうの?」
「ああ、大河との待ち合わせに遅れ『アアァー!!』
「どっ!どうした、泰子?」
「大河ちゃんだ〜☆」
「何が?なにが大河なんだ?」
「なんでもな〜い☆早く行かないと大河ちゃん待ってるよ〜☆」
「オッ!オウ、じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃ〜い☆」

何なんだ、泰子のやつ?



「うふふ☆そうだ、大河ちゃんだ☆」

もうすぐしたら大河ちゃんがお嫁に来てくれるんだった。
竜ちゃんにさっき『しっかりしろよ』って言われて何だろ〜?ってなったのはこれなのか。
竜ちゃんのお嫁さんとゆうことは、やっちゃんの娘、大河ちゃんにとってのお義母さんになるんだからつまり……

『☆嫁と姑☆』

さっき『しっかりしろよ』って竜ちゃんが言ったのはこの事ね、間違いない!
そうだよね〜やっちゃん初めてだし、お嫁に行ってないからお姑さんに会った事ないし、どうしよう…

ハッ!!ダメダメさっき竜ちゃんにしっかりしろって言われたばかり、やっちゃんがんばらなくちゃ☆
そうだ☆お店に行ってパートさんに聞いてみよ、やっちゃん賢い☆


「ただいま」
「りゅうちゃんおかえり〜☆」
「オウ、ん?珍しいなお前がDVD借りて来るなんて?」
「へへ〜☆やっちゃんこれ見てお勉強するでガンスよ☆」
「で?何のDVDだ?」
「渡●世間は鬼ばかり☆」

何の勉強だよ…



最近やっちゃんが変だ。

何かよそよそしいと言うか、顔は引きつってるし、言葉が棒読みのセリフみたいだし何なんだろ?
竜児に聞いても「俺も最近泰子がわからなくなった」って言うし…
ハァ〜 私なんかしたのかな?
ダメよ逢坂大河!弱気になったら、これはきっと高須大河になる為の試練よ!考えなくちゃ。
最初に気付いたのはいつだっけ? えっと〜そうだ!みんなで竜児の家に行った時だ!
その日は私が帰って来たお祝いだって言うからてっきり竜児と二人きりだと思って、おもいっきりオシャレして心は乙女モード全開にしたのに着いたら元クラスメートが勢揃い、何なんだ!アァん!
私の乙女心返せっちゅうねん!ハァハァ……

違う違う、今はそれじゃないやっちゃんの事だ。
あの日は、家に入ったらみんなが居てびっくりしてたら「大河ちゃん、おかえり〜☆」やっちゃんに抱き締められて……
そうだ!その後急にやっちゃんがハッ!ってなって

「大河ちゃ…さん、ミッ皆さんにごっ・ご挨拶して、その後グラスととっと取り皿をお配りして」
「ハァ、ハイ」
「泰子、今日は大河が主役なんだぞ!」
「えっ?だってDVDで…」
「まあまあ高須クン、ここはグレート・ウェイトレス櫛枝にまかせたまえ」
「…すまん、櫛枝」

その後は、お酒が入っていつものやっちゃんに戻ったけどあれからだ。後なに話したっけ?うーん………
そういえば、私にじゃなくてみのりんに『櫛枝さんは何でも手際良くやるね〜☆女の子版りゅうちゃんだ〜☆』
……わかった!!わかったわよやっちゃん、そう言うことね!。

つまり…

竜児ように家事が出来るようになるまで嫁には迎えない、いえ高須家の敷居も跨ぐなってことね!

「よっしゃー!ヤッタル〜!!」
「たっ!大河!?」
「あっママ、私ちょっと竜児の家行ってくる」
「えっ?もう8時よ?もう暗いし」
「大丈夫!この決意が変わらないうちに伝えたい事があるの、お義母さんに」



「なぁ泰子、最近お前大河に対して変だぞ?」

俺は疑問をぶつけてみた。大河には止められていたが、やはり気になる。

「エッ!?そうかな…」
「ああ、何か態度が冷たい気がする」
「そんな事ないよ〜、大河ちゃんは大切なお嫁さんだよ!、やっちゃんの娘だよ!」
「ヨッ!嫁って、お前の気持ちは嬉しいが気が早すぎるだろ?」
「え〜 だって卒業したら結婚するんでしょ?」
「しねーよ!!」
「なんでー!!!」
「俺は進学するんだ、収入もないのにどうやって生活するんだ!」
「それはやっちゃんが一生懸命働いて…」
「ダメだ、また体調崩したらどうする、だからダメだ!」
「やっぱり竜ちゃんはやっちゃんの事頼りないって思ってるだ…」
「そんな事ねぇーよ!」
「だって『しっかりしろよ』って…」
「えっ?」

全ての謎が解けた、俺の一言が泰子の暴走、いや努力を生んだらしい。
ありがとうお母さん、あなたの行動は俺の予想斜め上を行ってます。
そのあと小一時間かけて俺はこれまで泰子がどれほど頑張って来たか、それに対して俺がどれだけ感謝しているかを伝えた。

「ありがとう…竜ちゃん」
「何度も言わせるな、それはこっちのセリフだ。ありがとう…」
「大河ちゃんも許してくれるかな?」
「大丈夫だよ、今までどうりにしたら大河も安心するさ…」
「……でも、よりにもよってなんで渡●世間なんだ?」
「パートさんに聞いたら『嫁と姑?だったら渡鬼でしょ』って、だって最後はみんな仲良く幸せなるんでしょ?」
「お前何年分見るつもりだよ…」

たしかに今までは夜一緒にをテレビなんて無理だったしな、たまには一緒に見るか……その時



ドンドン「りゅーじー!」
ドンドンドン「りゅーじ、開けてー!」

時刻は午後8時20分
「大河?」
何でこんな時間に?
以前なら何ともない時刻だが今は違う、大切な恋人が俺の嫁が夜道一人で歩いて来たのか?これは一大事だ!
なんて危ない事を、説教か?説教するべきなのか?それとも優しく抱きしめて注意をすべきか?う〜ん難しいぞこれは

「…うちゃん、竜ちゃん!」
「ハッ!」
「竜ちゃん!大河ちゃんじゃない?」
いかんいかん妄想が暴走した、早くドアを開けねば。
「もう!どんだけ婚約者を待たせるのよ!」
「すまん」
「春とはいえまだ夜は寒いんだから!あっ!そんな事よりやっちゃん居る?」
「ああ、居るよ。今テレビ見てる、早く上がれよ。」
「お邪魔します」

さぁ!やっちゃんにこの決意、竜児への熱い想いを伝えなくちゃ!逢坂大河一世一代の勝負だわ!



…居間にはキチンと正座したやっちゃんが居た、また私先手を取られた?
いや!まだまだ〜!

「大河ちゃん、いらっしゃい。あのね、今まで『ちょっとまって!…ください』

「やっちゃん!いいえ、オッお義母さん!私の話しを聞いてください。」
私はやっちゃんの正面に座り
「お義母さん!」
「ハイィ!?」
あぁ〜もう泣いちゃいそう、でも伝えなくちゃ私の気持ち、竜児への想い、やっちゃんへの感謝を…
そして私の決意を!

「私、逢坂大河は一流の嫁になるまで高須家の敷居は跨ぎません!」
「……ハァア?」
大河のやつ何を言ってんだ?一流の嫁?何だそれ?それに肩を震わせて今にも泣きそうだ。
「…大河、一体何があったんだ?」
「うっ、りゅ〜じぃ〜」
「なんだ?大河」
「うぅっ、いばは、やざじぐじだいで」
「えっ?」
「今は優しくしないでって言ってるの!……いま優しくされたら私の決意が崩れちゃう…」
「急にどうしたんだ?一流の嫁って何だよ?それに家に来ないって」
「わたしはー!!……私はお義母さんに認められるお嫁さんになるまで竜児の家には来ない」

何だそれ!大河のやつ本気みたいだし、それにお義母さんって泰子の事か?
んっ?何か横で畳がポタポタ言ってんな……って、泰子!何だその大粒の涙は!!おぉー!今度は大河に飛び付いて体をブンブン揺すって!

「大河ちゃーん!何で家に来ないなんて言うの〜何で〜!なんで〜!!」
「だっ、だって…」
「やっちゃんの事嫌いになったの?やっちゃんがちゃんとお姑さんができないから?」
「ちっ!違うよ!やっちゃんの事が嫌いとかじゃなく・て?……おしゅうとめさん?って何?」

わかったぞ、二人共も妄想が暴走したんだな〜、わかるぞ〜!解るぞその気持ち!!俺も櫛枝に始まり、大河のまで合わせると妄想ノートは30冊はくだらないからな〜
今度は大河オータムバージョンを作る予定だしな、楽しみだな……って違う違う、今は二人のすれ違いの誤解をとかねば!



「一流のお姑さん?」
「そうだ、お前の言葉を借りるなら一流のお姑さんだ」

なんだ、やっちゃんは私をお嫁さんとして認めてないんじゃないんだ、良かった。それに私を嫁に迎える為に頑張ってくれたし!幸せだな〜
よし!幸せな家庭を作ろ!
その為にはやっちゃん子供好きそうだし、やっちゃんの為にた〜くさん子供作ろ!竜児も私をたくさん愛してくれそうだし…… ヒヒヒ

「…が、た…が、大河!」
「ひゃい!」
「今度はなんだ、考え込んでると思ったらニヤニヤし出して」
「そ〜ね〜一言で言うなら、これから方針?、未来予想図?、そうだ!!明るい家族計画!!!」
「一言じゃねぇし、大体なんだそのどこかのキャッチコピーみたいなのは!!」
「まぁ良いじゃない!三人で幸せな家庭を作りましょ!」
「さんせ〜☆やっちゃんもがんばって〜良いお義母さんと〜おば〜ちゃんになるでがんす☆」
「!!…おばあちゃんって、気が早いんだよ!」
「もぅ〜竜児は細かいのよ、なんでも早い方が良いのよ!幸せになるのも、子供も作るのも」
「子供って!」
「りゅ〜じ〜、それより緊張したからお腹すいた」
「緊張とお腹は関係ありません!…たく、チャーハンぐらいしか出来ないぞ?」
「うん!チャーハンがイイ!」
「ヨシ!ちょっと待ってろよ」
「待って、竜児」
「ん?なんだ?」
「わっ私!作ってみようかな〜」
「へっ?」
「イイネ〜☆大河ちゃん、やっちゃんと一緒に作ろ〜☆」
「…たく、火に気を付けろよ」
「ハ〜イ」

自然に顔が綻ぶ、二代目高須家大黒柱としてはこの時間を末永く続けられるように頑張らねば。
しかし今回の事で良くわかった、俺たちは似たもの家族だ。肩肘張らず、気遣いなんかしないで自然にしてた方が幸せみたいだ。

そして俺は台所の二人を見て思う、まあこれが幸せの風景ってやつなんだろうな…


おしまい





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