「…くそ」

まただ、また一人で教室につっぷして唸っている。
貧乏ゆすりに加え、たまに頭を乱暴に掻き毟り、机の脚を蹴る。不機嫌なのは火を見るより明らかだろう。
遠くからそんな竜児の様子を伺う大河。いつもなら「あんたが不機嫌だと皆ストレスで死んじゃう」等と
笑い話に持っていけるのだが、今日はいつもと違う。何も知らない者が見れば薬が切れてイライラしていると
勘違いするに違いない。大河もそうにしか見えないから仕方ない。
ほら、毎日おとなしく受験勉強をしてる後ろの席の子も、手がガタガタ震えてわけわからん字になってる。
自分がいる反対の入り口にも女子達が竜児をチラチラ見てはガタガタ震えてる。

2日程前は、竜児は天にも昇りそうなほどご機嫌だった。3年生なので担任は独神ではないが、
確か朝のHRを終えた頃から超がつくほどご機嫌なのは覚えている。
いつもなら大河から竜児の膝に座るのだが、近づくと待ってましたと言わんばかりの勢いで腰を引っ手繰り、
ぼすんと自分の両膝に乗せて頭を撫でてくれた。機嫌がいい理由を聞いても、別に〜♪と言うだけで
何も教えてはくれなかった。別に無理に聞く必要はないので聞かなかった。それからは朝も昼も晩も食事が豪華だったので、
自分もつられてご機嫌になるってもんだ。


* * *


昼休み。いつもなら竜児と一緒に昼食をとるのだが、昨日と同じで弁当を机におくと、どこかへ行ってしまう。
誰かを殺してしまいそうなので、つけてみた。以外とすぐ着いた場所は自動販売機前。
ばかちーはいないようで、コーヒーを買うとそれを一気飲み。熱さも感じないのだろうか。
飲み終えると、ゴミ箱へボッシュート。しかし外れたが、入れなおす気はないらしい。しばらく販売機に両手をつき、
不意に頭をガンガンと打ちつけ始めた。これは重症だ…。

「竜児?あんた最近変。何かあったんじゃないの?」
「…何もねぇよ、気にすんな」

いつも通りぶっきらぼうな口調だが、目を見れば不機嫌だってすぐわかる。
いつもなら前髪をいじるなりなんなりするはずなのに、今は狂目を隠そうともせず死線を辺りに振りまいている。
「教室戻ろうぜ」
それだけ言うと、自分を抜かして教室へ向かう。待って、と言っても当然待ってはくれない。オカシイ。


* * *


「ん〜…」

教室で一人思案する。竜児は帰るぞと言ってきたが、考え事があるから先に帰ってと言ってある。
自分が何かしただろうか?竜児にとって大切な物を壊したとか。いや、それはない。だって竜児の大切な物は私なのだから。
バカバカしいことを考え、一人顔が緩む。情けない…。

「あれ?大河、帰らないの?」
「あ、みのりん。ちょっと考えたい事があって…」
「ははーん、高須君の事だね?今回は随分と深刻なご様子だね」
「うん…みのりん何か心当たりない?」
「大河にわからないものが私にわかるわけないじゃん…例えば料理を粗末に扱ったとか」
「ないない、ちゃんと平らげて竜児の分まで奪ってるくらいだよ」
「そうだよね〜、大河が高須君の手料理を残すなんてゴジラが来てもありえないしね」
「みーのりん♪」
「す、すまねぇ…さて、あたいはキャップ取りに来ただけだからもう行くよ。あでゅー!」
「あ…うん、またね。みのりん」


* * *


チュンチュン、と外で小鳥が歌声を束ねる。昨日は夜遅くまで考えたが、何も浮かばなかった。
いつも通りの食事を終え、竜児と手を繋いで登校する。
登校の途中で1年生の男子がバカ騒ぎしながら走ってすぐ傍を通る。
2人、3人と傍を駆け抜け最後の一人が竜児の肩にぶつかった。
振り向いて、すいませんと言う。いつもならそのまま見逃すのだが、今日もやはり一味違う。
ギラギラッと本気の目で睨み付けると、散れと言い放つ。1年生達は素早く財布を取り出し、一つにまとめて
竜児の近くに置いて全力疾走で駆けて行く。財布を置いていくのはいつも通り。それを拾って職員室にある落し物入れに
投下するのだが、拾い上げると青いポリバケツに突っ込んだ。

「ちょ、竜児…それはいくらなんでもあんまりじゃない?」
「あれはゴミだ。1年坊に人生の厳しさをその肉体に刻んでやらねばという優しい先輩の精一杯の気遣いだ」

多分、今なら山口組にでもどこへでも入れるだろう。高須組を作り上げる事も可能。マジもんの悪だ。
その後いくら問い詰めても一向に答えようとはせず、気づけは昼休み。弁当を机に置くと、また自動販売機へ向かった。
その後を追おうとするが、我らが櫛枝実乃梨に声を掛けられる。

「大河!高須君の不機嫌の理由がわかったぜぃ!」

おぉ!と声を馳せるのは大河だけではなく、ほぼクラス全員。不機嫌になり始めてからクラスの空気は二酸化硫黄ほど重かった。

「で、理由はなんだったの?」
「聞いて驚くなよ?それは…『プール掃除』だッ!!!」

はあ?と大河を含めクラス全員の頭の上にクエスチョンが浮かぶ。
確か、前回の体育はクラス全員でプール掃除だった…のだが、あいにくの雨となり、中止となったのである。
そして次の日に1年生が代わりにプール掃除をした…あぁ!繋がった!!
確かに竜児は図書室へ続く廊下を通るたびにニヤニヤしていた。理由は窓から見えるプール。
水のないプールはカビとコケで緑に変色し、プール内の壁にも床にもコケが生えまっくていた。
プールへと続く更衣室の廊下にもコケがこれでもかと言わんばかりの勢いで多い茂っていた。
竜児にとってはあそこを掃除する事を3度の飯より楽しみにしていたんだろう。
この前なんてプールを管理している黒マッスルにプール掃除をさせてくれと頭を下げに行っていた程だ。
しかし黒マッスルは放課後生徒一人を残してプール掃除をさせるなんて親に知れたら何を言われるかわかったものではないので
その申し出を断ったのだ。本来プール掃除は1年生の役割なので、2年生の頃も歯を食いしばって耐えたとか。
そして、プール開き間際に1年生は隣県へ研修に行くらしい。そのため、一番近くに体育のある3年がする事になったのだ。
しかし、それも雨のため中止をせざるを得なくなり、今に至るという訳だ。
だから、1年生に対して厳しくなったのか。嫁を別の男に寝取られた夫の気分だろう。
なら、する事は一つ。フィアンセを喜ばせるために自分ができる事をする。それは…。


* * *


「竜児!こんな所にいたの!?」
「おう…大河?どうした?」
「喜びなさい、放課後!プール掃除させたげる!」

自分にできる事…それは黒マッスルに頼み、再び竜児にプール掃除をさせる事。
もちろんそんな事できる訳がない。しかし…大河の後ろには、1年生を含めた3年生ほぼ全員。
要求は、『竜児にプール掃除をさせないと集団エスケープを実行する』というもの。
竜児の掃除好きなのは教師だけでなく誰もが知っている。そして、最近不機嫌なのも。
黒板で問題を解いて貰おうと竜児を指した先生は、あぁん?と一言で後ろの席の子へ行ってしまう。
不機嫌な理由を黒マッスルに告げると、『ある意味病気だな…』と愚痴を零し、掃除させる事を許可したのだ。

「本当か!?…でも、1年が殆ど掃除しちまったんだろう」
「学校のプールの汚さを見縊ってはいけないわ。所詮1年、真面目に掃除するのはごく一部よ?
 みんな水を掛け合ったりキャッキャキャッキャしてるだけだから。壁際の溝もコケだらけよ」

そう言った瞬間、死んだ魚のような目をした竜児の三白眼に生命の色が宿り始めた。
言い終えたあとは、無言で自分を抱きしめ、頬ずりをかました。頬が濡れてる。それ程嬉しかったのだろうか。
それから、竜児は朝一番(7時前後)に学校へ一人で向かい、プール掃除をする事が5日ほど続いた。

おわり





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